三章#21 極楽と地獄
理外の力を使い、鷹峰颯は空へと飛びあがり時には瞬時に、時には鷹揚に、狩りをする猛禽のように狙いを定めて襲い来る。その五指に嵌めた鉄製のかぎ爪は当たり所によってはこちらの命を容易く穿つ凶器である。
体の中心に攻撃を貰った時のことはあまり考えたくない。
ヒット&アウェイの極地のような攻撃のサイクル。弓しかなければ本当にどうしようもないが、幸いにもここは神術という名の魔法のある世界だ。やりよう自体は幾らかある。
そう、やりよう自体は。
なにかが”できる”という状態にはいくつかの前提条件がある。
例えばの話、勉強をするとなれば紙やペンがないよりはあった方が嬉しく思うだろう。パソコンでゲームをするのならば、キーボードやマウスまたはコントローラー、モニターは必要だ。
だが、現実とはいくつかの事象が複雑に絡む環境だ。
勉強をしようとしても参考書の類がなかったり、運悪くインクや芯が切れてしまうこともあるだろう。ゲームの例えで言うならば、充電が少なかったり、故障なんてこともあり得る。
まぁ、要は現実はただ一つの物事に集中していられないということである。
鷹峰颯が高空へと飛び上がったが、翔賀は視線を上に向けることもなく真っ直ぐに目の前の導士、馬谷良秀へと向ける。
良秀の周囲には五色のカラフルな球体が浮かんでいる。
クリスマスツリーの装飾ならばどれほど良かっただろうか。良秀が手を振るうや否や、極彩色の球体は速度をもって迫りくる。
それが物に当たると水風船が割れるように弾け、込められた神術が解き放たれる。
『火』、『水』、『木』、『金』。
赤い球体が『破壊』し、青い球体が『浸食』し、緑の球体が『腐食』させ、金色の球体が『溶解』させる。
個性豊かな球体はそのどれもが確かな害意を持って降りかかる。
「優しいボクは言ってあげただろう?ここは通さないってさ!!!」
それだけのためには勿体無いほどの物量で馬谷良秀はその力を存分に振るう。
嫌になるほどのそれを捌けば次に来るのは空からの急襲だ。単純だが、単純だからこそ対処が難しい。
あの鷹峰という説者だけならば、勝つことができるだろうか。
そんなことを思っていると、突如、良秀の背後、城の最上階が輝いた。
煌々としたその輝きは短い時間で消え去った。
「あの将軍は全てを知れたことだろう。どうか彼女が涅槃へと至らんことを」
「全て?彼女……?」
突如センチメンタルなことを語りだす良秀に翔賀はつい問いを投げる。
「あぁ、彼女、蒼穹碧もキミも知らないんだね。でも、それだっていい。何も全てを知ることが必要じゃない。知らない方が幸せなこともこの世にはあるものだから。それでも彼女は知りたいと思い、願い、祈った。ボクにその助けができただろうか」
遠く、輝いていた辺りを眺めながら良秀はその瞳に憂いを映す。
「極楽も地獄もあの世にはありはしない。あるのは涅槃と輪廻だけだ。そんな現実、知らなくていいと、ボクは思うんだ。報いなんて無い現実を知る必要があると、キミは思うかい?武田翔賀」
「なんでそんなことを俺に聞く!」
斬りかかるもひらりと躱される。体が重い。余計なことを考えているせいだ。
振り払うように翔賀は頭を振るう。
「キミだからだよ!!!武田翔賀!ボクの秘密に気付いたのはキミともう一人!曙留尼陀様だけだ!!!キミとあの方には”しなじー”って言うんだっけ?それを感じるんだよ!!!」
「シナジー?」
「そうさ!!!キミとあの方しかボクの秘密には気付けなかった!!!気になってしまうのも仕方ないとは思わないかい?ボクは気になって仕方ない!!!武田翔賀!キミはどんな生を歩んできたんだい?」
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『極楽も地獄もあの世にはありはしない。あるのは涅槃と輪廻だけだ』
この言葉を耳にした途端、頭が真っ白になった。
どれだけいい行いをしようとも天国には行けない。本当にそうなら、アタシは、結月梓は、三日月薊は何のために今日まで生きてきた?
わざわざ行かなくていいからと、親を捨て、故郷も捨てた。向かって来る奴を大真面目に殺して囃されて、次の殺しを待ち遠しくまで思っていた。
全部、全部、アタシが極楽に行くためだ。
この世を悲しみで満たせば、長すぎる眠りについている夢莱様が起きてこの世を救ってくださるかもしれない。
ならば、この世を悲しみで満たそうとする行為も善行であるはずだ。
そう信じてアタシは今日まで生きてきた。
なのに、その全てが無駄だと。無意味な行いだとあの導士は言った。
もう、どうしていいのかアタシには分からない。




