三章#17 再臨 弐
「さあささあさ!!!皆の者!!!三十三番、歌の終、真求世怨をここに!!!馬谷良秀の御再臨である!!!歌え!!!騒げ!!!祝福せよ!!!」
高らかに声を発するのは金色の髪とオッドアイを持つかつて討伐したはずの導士、馬谷良秀である。
かつて消えない火を用いた攻撃で苦戦を強いてきた難敵だ。だが、その時は本人が言ったように斯波嘉達将軍の命と引き換えに討伐に成功したはずだった。
既に滅したはずの存在はこうして今、翔賀の前に立ちふさがっている。
目の前の光景をおいそれと認めることなどできるはずもない。翔賀はただ、呆然とした表情で良秀を見つめている。
「なんで、どうして、あの時………」
口から洩れるのはそんな反芻の言葉ばかり。目に映った現実をどうにか否定しようと頭がフル回転する。だが、そんな都合のいい言葉が出てくるはずもなく、無情な現実は帰らない人間と帰ってきた人間の存在を無理やりにも知らしめる。
「どうしたんだい?もっとぼくを祝っておくれよ!!!人間は何かの『生』を!『誕生』を!祝うのだろう??!!遠慮することはない!!!是非とも、ぼくの再臨を祝って貰いたい!!!」
「気狂いが………なら、もう一度討伐してやる!!」
「そうかい!!!心意気は立派だが、キミでは役不足だ!!!」
そっと、良秀が開いた右手のひらを翔賀へと向ける。斬りつけようと前進を続ける翔賀の全身に容赦のない風の暴威が吹き付ける。前には進めない、それどころかその場に留まっていることすら難しいような暴風だ。
翔賀は身を屈める。風に当たる面積を小さくするのだ。
「なら、こうしてみようか!!!」
良秀は開いた右手をそのままに左手で翔賀のかがんでいる真下を指差す。
たちまちに地面はぬかるみ、沼となる。地についていた足が、手が、瞬く間に泥濘に囚われた。
「さあ!ここからキミはどうするのか!!!お手並み拝見と洒落込もうじゃあないか!!!」
沼に沈んでいく翔賀には絶えず暴風が吹きつけている。立ち上がらなければならない。このままではいずれ沈みゆくのは目に見えている。
どうにか、どうにか………
(ものは試しだ!)
翔賀は沈んでいく足元目掛けて『陰の火』の神術を構築し、解放する。
『陰の火』の性質は『破壊』である。物の破壊。そして、それに伴った爆発が翔賀の足元に炸裂する。
解放された神術は良秀によって作られた沼を穿ち、翔賀の拘束を解く。更に爆発のエネルギーと吹き付けていた暴風が手伝い、翔賀は吹き飛んでいった。
無事ではない。決して無事ではないが取りあえずの危機は脱したと言って良いだろう。
何気に練習していた神術が思わず役に立ってくれた。やはり、日ごろからの努力とは思わぬところで役に立つらしい。
「おぉ!!見事!!!よくぞぼくの力から抜け出した!!!めでたい!!!存分に祝ってあげようじゃないか!!!」
良秀は余裕を満面に翔賀へとその輝く瞳を向ける。
戦いを楽しんでいるような、愛玩動物を愛でるような、そんな顔で良秀は尚も立ち上がる翔賀を見つめている。
「やっ!」
一時静寂の訪れた戦場に聞き慣れた高い声が聞こえる。
「翔賀!」
先に行ってしまっていた妹乃と望門である。どうやら無事に合流できたらしい。
そんな万感に浸りたい気分だけは山々だが、現実はそれを許してはくれない、
「おぉ!その二人も覚えているとも!!!神官の娘とその娘を守ろうとしていた者であろう!!!いやはや!なんとも懐かしいではないか!!!」
良秀の言葉を耳の裏で聞きながら、望門は翔賀へと手を差し伸べ、握られた手をグッと引き上げる。
「翔賀、あれって………」
「あの時と同じ奴だ。でも能力は違ってる」
どうして生きているのかについてならこっちも聞きたい。
そう疑問に思ったと同時、とてつもなく嫌なことを思い出す。そして、それは奴が蘇ったことの説明にもなる。
「やはり皆、このぼくが蘇ったことに喜びのあまり理解が追いつかないようだ!!!だが、深く考える必要はない!!!理由なんて”ぼくだから”だけで十分じゃないか!!!」
「いや、答えてやるよ。お前が蘇った理由。それはお前だからじゃない。お前が”三十三番”だからだ」
達多教の歌は目の前の導士が言う通り、確かに三十三番までだ。一番から二番、三番、そして最後の三十三番。だが、歌としては三十五曲ある。現代風に言うならば三十二曲のメドレーと一曲のフルコーラスを集めたような形。
そしてそのたった一曲のフルコーラス。それこそが三十三番なのだ。
想像だにしなかった翔賀の言葉に良秀は呆気に取られ、固まっている。その心中を察することなど翔賀には出来ない。が、己の考えが当たっているかどうか。それを察するには十分な空白である。
「ハ、アハハハハ!!!そうかそうか!!!いやはや!実に面白い!!!看破されたのはこれで二回目だ!!!そこのキミ!名前を教えてもらえるかな!!」
「俺の名前は武田翔賀だ!」




