三章#15 遠い彼方
妹乃は自分と似た少女たちに背を向けた。彼女たちの言う事実、現実から逃げるように、見たくないものを見ないように目を背けた。
目を背け、来た道を引き返す。つい先ほど見たものを振り払うように、妹乃はその足を早める。
そうして出た先は街の中心近く。少しばかり視線を上に向けさえすれば首都陵空の中心に聳える巨大な城が目に飛び込んでくる。翔賀君に手配してもらった渡会の屋敷とはほどほどに離れている。つまりはここまで意識の無い私は攫われたのだろう。
そして、どうして私がそんな目にあったのか。その理由は分かりたくないが地下のアレなのだろう。どこの誰かは知らないが、攫った人を置いておくにしては機密情報に過ぎる。
普段なら沸々と怒りが沸いたのだろうか。
誘拐なのだから当たり前だが、何の説明もないままに攫われ、どれだけかもわからないが、時間が流れているのだろう。それを認識しても尚、どうしてか怒りが湧かない。
怒りを忘れるほどの物事があった。無論、それは地下で見た彼女たちのことだ。その彼女たちの存在が、考えが、今を生きている妹乃の理解の及ばない遠い場所にある。さながら蓬莱のような手の届かない遥か彼方。その威容が妹乃から怒りという感情を奪い去った。
茫然自失。外に出た妹乃は久方ぶりに感じる風をその身に浴びながら、ただ虚空を眺めている。
よくわからないまま遭遇した者たちが理解できない思考をしている。立ち会った妹乃にしてみればそれは言葉の通じない者たちと同じ時を過ごしたも同然だ。
自分を囲むのが鳥であれば、その鳴き声に何かの意味を見出そうとはしないだろう。チュンチュンと囀るその音に耳を和ませるだけだ。
それが鳥以外の動物や虫の類でもそれは変わらない。
けれど、あの時降りかかってきたのは言葉だ。その音を文字として再生することができるし、その単語ごとの意味ならば分かる。分かるのに、それを一つの文章として見た途端、再生した文字は、理解しているはずの単語が崩壊していく。
それが酷い疲労を感じさせる。物事への価値観が根本から違っている。そのような相手との意志疎通は可能なのだろうか。
「あの人たちは?」
妹乃は家の陰に隠れ、ひっそりと様子を見てみる。
何かから逃げるようにその人たちは目の前の巨大な屋敷へと入っていく。その誰もが庶民に比べればしっかりとした衣服を着、人によっては豪奢な髪飾りを刺し、それが光に照らされ輝いている。
あの方々は公族だ。
ごく一部を除いて一切姿をお見せにならないお方々が今はどうしてか市井の片隅ではあるが、ここに集まっていらっしゃる。
その理由はわかりようも無い。
ちょっとした怖いもの見たさだ。妹乃は公族の方々が入った大きな建物、『紡歴館』の前に立った。いるはずの衛兵はここにはおらず、消えている。
いないのをいいことに妹乃は閉ざされたその扉を開けた。
目の前に広がるのはむせ返るような数の本や書物の類だ。
丁寧に右に寄るように整えられたその書架は見るものによれば垂涎ものだろう。探せば御伽草子などもあるかもしれない。この量を前に探せるかどうかは考えないこととするが。
だが、この圧倒的な光景が妹乃の目には些事に映る。
「誰もいない………」
妹乃が見た限りではあるが、入っていった人数は二桁は数えたはず。決して大勢とは言えない。けれど、少ないとは絶対に言えないような人数だ。
そのはずなのに、今妹乃の前には人っ子一人いない。代わりにあるのは膨大な数を誇る本だけだ。
「どこに行ったの?」




