三章#14 異世廻転生
「どうして、私がいるの………?」
長く黒い髪が無造作に腰の辺りまで流れている。顔も自分の丸っこいソレと比べれば幾らか瘦せている。しかし、目の前にいる五人の少女の顔立ちも瞳も、鏡で見た自分のそれとそっくりだ。
篝火こそ焚かれているが、隠し扉の先のこの部屋も石室である。やはり、相応な室温を誇っている。そのためか防寒対策に羽織を着て、少女たちは膨らんだ腹を携えている。
自分と瓜二つな少女たちに驚く妹乃。だが、それとは対照的に元から石室にいた少女たちに動揺は見られない。すぐ近くに似た者がいるせいで特別でも何でもないのだろうか。一瞥をくれてすぐ、少女たちは興味をなくしたように再び虚無を見つめ始める。
聞いてみたいことなんて山ほど、いや山よりも多く、霊峰くらいはある。
どうしてここにいるのか、ここはどこなのか、ここで何をしているのか………。溢れかえるような量の疑問に頭がクラクラする。
だが、これは人との交流である。ならば先ずすべきなのは名前を聞くことではなかろうか。
「ねぇ、名前はなんていうの?私は本居妹乃。あなたは?」
「安。稗田安」
「以。稗田以」
「宇。稗田宇」
「衣。稗田衣」
「加。稗田加」
利便性のみを追求したような名前だ。五十音を上から順番に。何かの意味があると、そう思えなくても仕方のない名前だと妹乃は思う。
妹乃という名前はあの暖かな記憶から数日、本居のみんなが付けてくれた名前だ。
聞いたのはずっと後のことだが、『妹』には親しみやすい女性、『乃』にはまっすぐ育ってほしいという願いがあるらしい。
この名前を妹乃は気に入っている。意味もそうだが、何より響きがかわいらしい。可愛いものには未だ心ときめく年頃である。
それを思えば、更にこの異質さが際立つというもの。そしてもう一つ。
「どうして、一人いないの?」
安、以、宇、衣、加。
五十音順ならば、『於』が抜けてしまっている。その人物もどこかにいるはずだ。
そしてその疑問に答えるように、少女たちは妹乃を指差す。
「「「「「あなたが『於』」」」」」
異口同音に、揃いも揃った平坦な声で少女たちは紡ぐ。
「え?冗談………だよね?」
冗談でないことはもう既に分かっている。これほどまでに似た容姿の人間がいるなんて幻でもない限りありえないことだろう。けれど、妹乃は拒絶する。名前というものが個性ではなくただの記号に堕落していることに心が激しく嫌悪する。憎悪する。
「分からなくても」
「仕方がない」
「あなたの記憶は」
「消されている」
「そのはずだから」
さながら連歌のように少女たちは続けざまに言葉を発する。それが続けざまに放たれた矢のように妹乃の心へと突き刺さる。一人に言われるよりもなお深い、そんな傷が妹乃に刻まれる。
「や、やだ………嫌だ」
「でも」
「あなたとは」
「もう関係のないこと」
「すぐに立ち去って」
「自分の人生を歩んで欲しい」
「「「「「私たちの代わりに」」」」」
五人が一斉に妹乃を見る。何かを託すような眼差しで妹乃を射る。
「……どうして?あなたたちも」
それができる。できるはずだ。見た目からの判断ではあるが、この少女たちは妹乃と大して変わらない年齢であろう。であれば、これから十分に希望があるはずだ。
「私たちにそれは」
「許されない」
「私たちはもうすぐ」
「”稗田いろは”になる」
「だから」
「安も」「以も」「宇も」「衣も」「加も」
「「「「「未来は決まっている」」」」」
少女たちはそう一糸乱れず斉唱する。そこには恐怖も喜びも無い。ただその事実を受け入れ、それを自分のことだと認識している。
「“稗田いろは”になるって、どういう………」
「そのままの意味」
「私たちは」
「”稗田いろは”として」
「生きていく」
「だから私たちは」
「「「「「死ぬ」」」」」
堂々と、背筋を伸ばし、前を向いて、胸を張って、少女たちはそう紡ぐ。
稗田いろは、それはこの国の歴史を紡ぐ存在だ。今もこの国のどこかで歴史を記しているのかもしれない。だが、その高名とは裏腹にその実態は全くの不明だ。
誰もが知り、同時に誰もが知らない神秘的な存在でありながら、ある種の禁忌な存在。
それが”稗田いろは”という存在である。
「怖くは、ないの?」
「どうして?」
「私たちは」
「永遠に」
「生き続ける」
「この国の」
「「「「「歴史となって」」」」」
稗田いろはとなる少女たちはそう続けた。
そこに恐怖の色は全くない。
日頃、『死』というものと密接な環境に身を置いている妹乃は未だ『死』が怖い。けれど、そうあっていいと思っている。『死』はそんなにも簡単に受け入れてはいけないものだと、妹乃は思う。
だから、だからこそ妹乃は叫ぶ。目の前に鎮座している全てを諦めた少女たちに向かって未熟なりの考えを投げつける。
「一度だけなのに、諦めちゃダメだよ!」
「一度ではない」
「私たちは廻る」
「この世界を」
「この世界さえ飛び越えて」
「死と生を繰り返す」
「「「「「異なる世界を廻り転生する」」」」」
「私たちが」
「生き物である限り」
「魂がここにある限り」
「それは永遠に」
「変わらない」
胸の双丘の間、ドクドクと鼓動するそこに黒髪の少女たちがやっているように妹乃は手を当てる。
音が無いからか、心の臓の音がいつもよりも喧しく耳を打つ。




