第6話『飛天ナユタ』
「どうしたんですか? カプト・ドラコニスさん」
「あそこに立っている若い奴……野良猫亭の近くにも立っていたなと思ってな」
砂漠色の遊牧民風の衣服を着た、若い男はレオノーラに向かって爽やかに微笑みながら軽く手を振った。
レオノーラは不思議そうな顔で、カプト・ドラコニスのタクシーに乗り込むと去っていった。
レオノーラがいなくなると、壁に背もたれしていた遊牧民風の衣服を着た若い男──拳闘師バグの『飛天ナユタ』が呟く。
「無法旋律の序章が奏ではじめた……さてさて、どんな旋律が聴けるのかな」
そう呟いた、飛天ナユタの背もたれしている壁に宇宙の影が出現して、影に倒れ吸い込まれるようにナユタの姿は消えた。
◇◇◇◇◇◇
翌日……レオノーラが店の前で、客同士の喧嘩で割れたビンの片づけをしていると、遮光器土偶型の宇宙種族がのっそりとやって来た。
緒羅家専属執事で、セレナーデとレオノーラを担当している『アラバキ夜左衛門』だった。
夜左衛門の両隣には同じ土偶型&埴輪型宇宙種族で、緒羅家のメイド見習いで逆三角顔をした『仮面の女神土偶型』宇宙人と。
細長い触手のような腕を振ってクネクネ踊っているように見える、空洞のような目と口の『埴輪型』宇宙人がいた。
夜左衛門がレオノーラに訊ねる。
「そろそろ、極楽号の扱いを決断していただけませんか……レオノーラさま」
たびたびレオノーラの元を訪れている、夜左衛門の話しだと。
衛星国家登録が可能な、大型宇宙船『極楽号』の所有者が決まらなければ……緒羅家の決まりで、廃棄処分にされるらしい。
「決断してくれって言われても……誰かに無償譲渡するコトは?」
「『極楽号』の中には、すでに数万人の難民を受け入れています……国家名はセレナーデさまが命名した『衛星独立国家・サンドリヨン』で登録済みでございます。兵器搭載をしている『極楽号』を安易に緒羅家の血族以外の人物に譲渡するというのは……ちょっと」
「廃棄処分になったら、宇宙船内の難民はどうなるの?」
「もちろん宇宙船から、出ていってもらうコトになりますが……緒羅家、現在の当主『緒羅・豪烈』さまは、難民を受け入れた後の誕生日プレゼントの『極楽号』をどうするかはセレナーデさまか、レオノーラさまにお任せすると」
緒羅・豪烈、緒羅家現当主でセレナーデとレオノーラの父親、その性格は放任主義の自由奔放……セレナーデとレオノーラには、銀牙系に散らばっていて滅多に会うことがない母親がそれぞれ異なる──兄と姉、弟と妹がいる。
レオノーラは極楽号の廃棄処分について、さらにアラバキ夜左衛門に質問してみた。
「もし、所有者が決まらなかったら……どんな風に廃棄処分されるの?」
「恒星の溶鉱炉に落とされてドロドロに溶かされるか……衛星級宇宙船専門のクラッシャー業者に委託して、数十年掛けてバキバキに圧縮破壊してもらうか……それとも、ジワジワと空間圧縮で限界まで縮小して装身具に加工するコトも可能でございます」
夜左衛門が続けて話す。
「現にとある大富豪のご令嬢は、乗員ごと空間圧縮した縮小の衛星級宇宙船をイヤリングにして楽しんでいます」
空に浮かぶ『極楽号』を眺めながら、夜左衛門は言った。
「あと三日間……この星の時間で滞在します、セレナーデさまが所有権をすでに放棄なさっているので……『極楽号』の運命はレオノーラさまが、お決めください」
そう言い残すとアラバキ夜左衛門は、滞在しているホテルへと去っていった。
度の入っていない眼鏡をかけたレオノーラは、困惑した表情で去っていく執事を見送った。
その日の午後……事件は起こった。レオノーラが開店準備を進めている野良猫亭にディアが泣きながら飛び込んできた。
「どうしょう、レオノーラさま……大変なコトになっちゃった」
泣きじゃくっているディアを、レオノーラはなだめる。
「どうしたの? ボクに話してみて……力に」
語尾を一旦飲み込んだレオノーラは、少し思案した後、深呼吸して言った。
「……力になれるかも知れないから」
「ホグおじいちゃんが……莫連組の連中に騙されて、牧場の土地権利書を受け渡すサインをさせられて」
「なんですって⁉」
「最初から莫連組は、おじいちゃんの土地が目的だったんです──博打の負けを帳消しにする代わりに、牧場の土地を渡せと……わずかな牧草地と住んでいる小屋だけは残って、立ち退きにはなっていませんけれどショックで寝込んじゃって、ボクどうしたらいいのかわからなくて」
「今、牧場はどうなっているの?」
「莫連組の連中が土木重機を持ち込んで掘り起こしていて──もうメチャクチャです」
レオノーラは莫連組の目的に気づく。
(デミウルゴス文明の地下遺跡にあるかも知れない、古代遺産が目当てか……どうしたらいい)
【虫喰い惑星】の司法には、莫連組に関係した者も入り込んでいて賄賂も横行する腐敗司法なので、弱者がいくら訴えても握り潰されるだけだ。
姉のセレナーデだったら法の力や、織羅家の財力を利用するコトも思いつくだろうが……今のレオノーラには、そんな考えは思いつかない。
(今のボクができる解決方法と言ったら)
レオノーラは意を決した顔でディアに言った。
「野良猫亭で待っていて、ボクがなんとかする」
そう言うと、レオノーラは泣き続けるディアを、店の椅子に座らせて厨房の奥へと入っていった。
壁にかけてあった光弾ライフル銃を手にして、振り返ったレオノーラの前に母親のアリアが立っていた。
アリアが厳しい表情で言った。
「そんなもの持って、どこへ行くつもりだい」
光弾ライフル銃をレオノーラから取り上げたアリアは、銃と娘の顔を交互に見る。
「この銃は、あたいが店を守るための銃だ……気まぐれや哀れみの無責任なお節介なら、やめておきな……中途半端な、お節介ならされる方もいい迷惑だ」
レオノーラは凛とした表情で母親に言った。
「お願いお母さん、一回だけライフル銃を貸して。この店には迷惑はかけないから」
「ダメだって言っているだろう! 中途半端で無責任なお節介は!」
「中途半端な気持ちじゃない! 無責任な気持ちじゃない!」
しばらく睨み合う母と娘。アリアの顔に諦めにも見える笑みが浮かぶ。
「まったく、あんたたち姉妹は──これも織羅家の血筋かね」
アリアはレオノーラの度無し眼鏡を外すと、自分がかぶっていたカウガールハットをレオノーラにかぶせた。
「ちょっと、そこで待っていな、光弾ライフル銃は渡せないけれど」
そう言うとアリアは食器棚の奥から、硬貨が入った布袋を取り出してレオノーラに投げ渡した。
「セレナーデとレオノーラの結婚資金にとコツコツ貯めていた金だ……セレナーデの分は、店を飛び出して行く時にくれてやった……自分の銃は自分で買いな」
「お母さん……ママ、ありがとう」
涙目で一礼して厨房から出て行く、レオノーラの背中に向かってアリアは一言。
「無茶だけはするんじゃないよ、母親より先に死んだら、墓標に光弾撃ち込むからね」
そう言ってから。
「豪烈……あんたの娘は両方とも、とんでもない娘に育っちまったよ」
アリアは棚に置かれた小さな額に飾られた、山賊時代の少女アリアから光弾ライフルの銃口を頬に押し当てられ、両手を挙げて白い歯を見せて苦笑いをしている青年時代の織羅・豪烈と。
凄み顔をした山賊若頭の少女アリアが並び立っている、古びたセピア写真を眺めながら苦笑した。