第5話・『カプト・ドラコニス』
午後になり母親のアリアが帰って来て、不足していた調味料があるコトに気づいたアリアはレオノーラに、離れた町の雑貨店への調味料の買い出しを頼んだ。
アリアがレオノーラに言った。
「あの調味料だけは、少し離れた町の雑貨店でしか扱っていないんだよ、スパイダー・モンキーたちは鼻にツーンとくる、あの独特の刺激が苦手で、調達を渋るほどの辛みに調味料だからね……タクシーを呼んだから、それで隣町まで行っておくれ」
隣町と言っても平原を車で走り、片道一時間はかかる距離だ。
レオノーラが【野良猫亭】の前でタクシーが来るのを待っていると、素行が悪そうな若者グループがレオノーラに絡んできた。
「おや、緒羅家のお嬢さまじゃねぇか……へへっ、どうだヒマしているオレたちと少し遊ばねぇか? そこのファストフード店で茶でも」
サル型・ブタ型・カッパ型の三種族を従えた、スキンヘッドのヒューマン型種族がリーダーをしている町の悪童グループだった。
リーダーのスキンヘッド男の傍らに立つブタ型の手には『銀牙系西遊一番』と書かれた虚勢の昇り旗が風にはためいている。
「ボク、これからタクシーに乗って隣町に買い物に……」
「そんなの別にいいじゃねぇか、オレたちと遊ぼうぜ」
嫌がるレオノーラの手首を男がつかむ、その時……店の柱の陰から声が聞こえてきた。
「そのくらいにしておきなガキども、レオノーラさまはオレのお客だ」
柱の陰から、東洋竜の頭をした竜頭族の男が現れた。
Tシャツの上に、首回りに毛皮がついたベストを着て、少しすりきれた古着のデニムを穿いているタクシー運転手『カプト・ドラコニス』だった。
ドラコニスは、デニムのポケットに両手を突っ込みテクテクと、素行が悪そうな若者たちの方に近づきながら竜の尾を振って、凄んだ声で言った。
「レオノーラさまから手を離して、失せろ! 悪ガキども!」
ドラコニスは口から火を吹いた、驚き逃げる若者たち。
「わぁ、こいつ火ぃ吹きやがった⁉」
「あぶねぇ!」
悪童たちがいなくなると、カプト・ドラコニスは黒煙の塊を、痰咳するように口から出して言った。
「くだらねぇ、宴会芸でも……ガキを追っ払うには使えるな」
カプト・ドラコニスはいきなり、レオノーラの顔に向かって手刀を横に打ち込んできた。
片手で竜頭族の手刀を受け止めるレオノーラ……カプト・ドラコニスは苦笑する。
「身体能力が高くて、護身を心得ているレオノーラさまだったら、手首をつかまれても簡単に対処できただろうに……どうして、本気で抵抗しなかったんだ?」
レオノーラは沈黙して答えない。
「まぁいいか……店の横の通りにタクシーを停めてあるから乗りな」
レオノーラは、カプト・ドラコニスが運転するオープンカー仕様の、前輪四輪・後輪六輪の十連車輪タクシーで荒野を疾走して隣町に向かう。
かじったリンゴのように、えぐれた陥没大地を横目に大きくカーブしたハイウェイをタクシーで走行する、カプト・ドラコニスが後部座席に座るレオノーラに話しかけてきた。
「人生で一度くらいは、あんなでっかい衛星級宇宙船をオレの手で操縦して、自由に動かしてみてぇもんだ……オレはどんな乗り物も乗りこなせる」
カプト・ドラコニスの視線の先には『極楽号』が、空に浮いていた。
「跳躍航行が可能な衛星級宇宙船……この銀牙系は、滅亡した先期旧文明『デミウルゴス』の科学恩恵で成り立っているからな──跳躍航行もその恩恵の一つだ……別の星で運転手をしているオレの双子の弟はデミウルゴス文明の科学力を『物理法則くそったれ文明』とか呼んでいるけれどな」
銀牙系のあちらこちらで今も発掘される、デミウルゴス文明の遺跡や遺産……その中には、忌む遺物や負の遺産も混じっている。
隣町の雑貨店に到着したレオノーラは、カプト・ドラコニスのタクシーを店の前の道で待たせて。
雑貨店内で店に必要なモノと、ちょっとした自分の買い物を店棚から選んでカゴに入れる。
アリアから指定された調味料を探していると、雑貨店で客同士が雑談している声がそれとはなく聞こえてきた。
「また、白の洞窟で例の化け物が目撃されたそうだ」
「あの洞窟は落盤の危険があるから、立ち入り禁止になっているんだろう……その昔、洞窟で迷子になって、恐怖で変な笑い方をするようになった。金持ちの女の子もいたって聞いたぞ」
「噂ではデミウルゴス文明の地下遺跡があって、その科学文明遺物で一攫千金を狙った『デミウルゴス・ハンター』の侵入が後を立たない……その、トレジャーハンターの一人が蒼白顔で震えながら語っていた、洞窟内で蠢く『白き怪物』に襲われて洞窟から逃げ出たそうだ」
「あの洞窟は、ホグじいさんの牧場の下にまで広がっているって噂だったな」
買い物を済ませたレオノーラは店を出た、タクシーの運転席で待っているカプト・ドラコニスは、向かい側の建物の壁に腕組みをして寄りかかりこちらを眺めている。
レオノーラと同じ年齢くらいの男を見ていた。