第31話・伝説
惑星【アダマス】の遺跡に一組の親子がやって来た。
粗末な布を頭から被り、砂嵐の中を歩いてきた父親と十歳前後の男の子は、砂嵐を避けるコトができる遺跡の中に入ると安堵の吐息を漏らす。
父親が言った。
「その昔、この惑星アダマスにも高度で華やかな文化が繁栄していた時代があった……異界の者たちから与えられた偽りの繁栄だったが、今は誰も住まない廃墟となっている」
父親が松明の明かりを遺跡の照明溝に近づけると、溜まっていた油に引火して遺跡の通路を炎の側溝が照らす。
父親は入ってきた遺跡の入り口に目を向ける。
砂嵐の中に巨人のように建ち並ぶ、廃墟ビル群が砂塵の中に見えた。
砂嵐の中に浮かぶ廃墟群と化した『至高都市ジルコニア』を眺めながら息子が父親に訊ねる。
「栄華を満喫していたジルコニアの人たちは、どこへ行っちゃったの?」
「どこにも行っていない……豊かな生活を捨てて、我々と同じボルツ族にもどっただけだ、先へ進むぞ。語り部の家系として息子のおまえに伝えなければならない伝承が、遺跡の奥で待っている」
語り部の親子が遺跡の通路を進むと、少し広い場所に出た。
そこには十五体の石像と、並ぶ石像の中央にひときわ目立つ巨大な女神の像があった。
女神像の頭上にある天井には、宇宙熱帯魚が描かれている。
十五体の石像の台座には供え物があった。
父親が言った。
「これが、その昔、惑星アダマスに救いの手を差し伸べてくださった『アリアンロードの十五神』それぞれの神には個別の力があり、今でも十五神の加護を求める者が供物を捧げに訪れて祈っている」
父親は十五神像の前に息子を連れていき、それぞれの神の説明をした。
「第一神・ゲシュタルトン……軍隊と戦略と兵器の神としてして崇拝されている」
隣の台座には、両腕を台座に付いた大柄の人間のような像の上で、歌舞伎の見栄をきっているカエルのような像があった。
「第二神・エントロピーヤン……商売と金銭と雨乞いの神。その隣の台座に乗っているのが死と芸術と美の神、第三神・アズラエル」
父親は次々と息子を神像の前に立たせて説明していく。
「第九神・バハムート。食べ物と旅と暴食の神……第十神・ソウジュウロウ。詩人と護衛と馬の神……第十二神・ケイト。道具と身体能力と星空の神」
父親の説明は続く。
「第十二神・セグ、交渉と雷と家族の神……第十三神・テルミン、盗人と音楽とパズルの神」
父親は十五神の説明を終えると、見上げるほど巨大な女神像の前に息子を連れていった。
「そして、十五神の頂点に立つ女神……ミキ神、下着はヘビ皮」
ミキ神像のミニ振り袖ドレスの下から覗き見える、薄暗い股間には蛇のウロコ模様が見えた。
手の甲を口元に当てて哄笑しているポーズの女神像の、腰から生えている妖精羽の片方が欠けているコトに息子は気づく。
破損ではなく最初から欠けた形に作られていた、疑問を父親に質問する息子。
「女神さまの片方の妖精の羽は、どうして欠けているの?」
息子の質問に微笑む父親。
「よく気づいたな、欠けた妖精の羽は、性悪女神ミキ神さまの優しさの表れだ……今こそ語り部の家系として、おまえに語り伝えよう、この星を守った【アリアンロードの十五神と性悪女神の伝説を】」
父親は息子に遥かな伝説を語りはじめた。
◆◆◆◆◆◆
炭素系鉱物ダイヤモンドで形成された小惑星帯アダマース──その中央に浮かぶ惑星アダマス。
華やかな富める層の『貴族』と呼ばれる者たちがいる一方で、貧困に苦しむ層の者たちもいた。
《ガガガ……おはようございます、労働に適した快適な湿気と気温の朝です。みなさん今日も鉱山での採掘作業に勤しみましょう……ガガガ》
村の広場に設置された機械のスピーカーから流れてきた電子合成声を受けて、粗末な半球型のテント小屋から疲れた顔で『ボルツ族』の男女がゾロゾロと出てきて、鉱山へと向かう列ができる。
子供も老人も関係なく、歩く先には異界サルパ軍残党が結成した。
『新サルパ帝国』の兵士たちが列の両側に立ち並び、歩いてくるボルツ族の鉱山労働者たちに朝食の果物を手渡している。
果物を手渡す兵士の一人が言った。
「サルパの栄光を再び」
その言葉が復唱される。
「サルパの栄光を再び」
「サルパの栄光を再び」
鉱山──惑星アダマスの富裕な貴族層社会を支えるレア鉱石『ネメシスリューム』の坑道に採掘道具を手に次々と入っていくボルツ族。
採掘用の効率化した重機はあるが、使用しているのはサルパ帝国兵士だけで。ボルツ族の鉱山労働者たちは過酷な手掘りでの採掘作業を強要される。
一日の作業終了時刻になると、また合成された感情がない機械の声が聞こえてきた。
《ガガガ……一日のお仕事ごくろさです、作業を中止して夜間シフトの労働者と交代してください。一日の疲れを取り除いて明日も元気に採掘しましょう……ガガガ》
ボルツ族の鉱山労働者たちは、疲労した体で坑道を出て家路につく。
帰り道ではサルバの兵士たちが、わずかばかりの日当を手渡していた。
「サルパの栄光を再び」
「サルパの栄光を再び」
半球型のテントに戻った者たちは、夜勤シフトで鉱山に向かう者たちと入れ違いに。
鍋に残っていた、新サルパ帝国から支給される疲労回復効果がある薬草食材入りのスープをすすり、そのまま倒れ込むように眠りにつく。
そして、また朝になると鉱山へと向かう……その繰り返しだった。
◇◇◇◇◇◇
昼間の鉱山労働から帰ってきた、ポルツ族の少女は仮眠をすると疲れが残る体で立ち上がり。
夜の鉱山労働に駆り出された兄のために朝食スープ作りをはじめた。
ぶつ切りの食材を鍋に張った水の中に放り込んで、サルパから支給された調味料にも使える薬草を手で千切って入れ、栄養豊富なカニの味がする太った虫の幼虫も放り込んで鍋を薪火にかける。
火の近くに膝抱えの姿勢で座り込んで、ぼんやりと揺らぐ炎を眺めていた少女は毎日の鉱山作業の汚れが割れた皮膚に染み込み、荒れた自分の手を眺めて思った。
(どう見ても、普通の女の子の手じゃないな)
何度も血マメが潰れ厚くなった手の平……頭に羽飾りをした、ボルツ族の少女は新サルパ帝国の超大型要塞戦艦が、惑星アダマスの明け方の空に現れた日のコトを思い出す。
突如、朝焼けの空に現れた鉄アレイを十字に交差させたような形の超巨大要塞……その要塞戦艦に乗ってやって来た『ネージ皇帝』を名乗るサルパ人の男、そしてその配下で後にアダマスを統御するコトになる、サルパ人と血球人の血を半々に持つ残忍で冷血な男『ド・ライバ将軍』が、サルパ軍を率いて現れ言った。
「今日から惑星アダマスは、我が新サルパ帝国の管理下になった……心配しなくてもいい、惑星アダマスに繁栄と富を約束しよう」
その言葉通り、惑星アダマスの文化水準は上昇して豊かな星になった。
ただし、総人口のうちの数パーセントのボルツ族だけが富裕な格差惑星に。
新サルパ帝国は最初に、ボルツ族全員に記号と番号を割り当て統轄管理した。
そして、ある地域に居住するボルツ族だけに、高層ビル群が建ち並ぶ文化水準が高い都市を造り与え贅沢を実感させて。
『貴族』と呼ばれる富裕層を作り上げた。
膝を抱え込んで座り、炎を眺めている少女は疲れた頭でぼんやりと思った。
(ダマされた……ボルツ族全員が裕福になると思って、最初は手放しで喜んだけれど。鉱山利益を得ているのは新サルパ帝国だけ……栄華の贅沢を味わっているのは貴族地域の一部のボルツ族だけ……ザルパにダマされた)
鉱山労働で得た賃金は税金の名目で徴収されて、わずかばかりの収入しか手元には残らなかった。
(貴族の生活を支えるためだけに働かされている……貴族とサルパを豊かにするためだけに昼夜を問わずに働かされている。あたしたち、いったい何なの?)
煮えた肉スープを火から下ろして、明け方に帰ってくる兄のために地面に鍋を置いてスープを冷ます少女は絶望の中……膝を抱え座った格好で、焚き火の前で兄の帰りを待ちながらいつの間にか眠っていた。
◇◇◇◇◇◇
《ガガガ……おはようございます、今日も元気に採掘作業に励みましょう……ガガガ》
いつもの合成音声に、少女は目覚める。焚き火は炭に変わっていて、座り込んで眠ってしまった少女の体には毛布がかけられていた。
(お兄ちゃん……夜の鉱山から帰ってきたんだ)
鍋の肉スープには食べた痕跡があり、奥の部屋に寝台の上に横臥して眠っている兄の背中が見えた。
立ち上がった少女は、昼の鉱山採掘作業へと向かう。
少女が鉱山へ向かった、その日は朝から日差しが強い日だった。
いつものように村人と一緒に、鉱山へ向かっていた少女は額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。
(今日は特別に暑い)
サルパ帝国の兵士から果物を受け取ろうとした少女は、激しい目眩を覚え果物を兵士の手から受け取りそこねる。
(あっ……⁉)
そのまま、地面に向かって倒れる少女。薄れていく意識の中で舌打ちする兵士の。
「チッ、また一人倒れたか」の声が聞こえた。
◆◆◆◆◆◆
次に少女が意識を取りもどした時──少女は涼しい小屋の木製ベットに寝かされていた。
少女の傍らには、頭に薄いベールを被った女性が椅子に座り、少女の額を冷水を含ませた布で拭っていた。
ベールを被った女性が、優しい笑みを浮かべながら言った。
「大丈夫ですか………今日はもう鉱山労働はしなくていいように、お願いしておきましたから。具合が良くなるまで、医療小屋で休んでいなさい」
「聖母さま」
ベールを被った女性は村で『聖母』と呼ばれている、ボルツ族の占い師の女性だった。
少女は介抱をしてくれている聖母の手を見る、汚れ傷ついた荒れた手だった。
聖母も短時間の鉱山労働をサルパから強要されている。
少女の目から涙が溢れてきた。
(聖母さまの手まで、労働者の手に……酷すぎる)
少女に背を向けて、布に水を含ませている聖母に向かって、少女が呟く。
「あたし、悔しいです……聖母さまにまで鉱山採掘を強要する、新サルパ帝国が憎い……特に、あたしの両親と弟を殺した冷酷で残忍なライバ将軍だけは絶対に許せない!」
少女の両親は過酷な強要労働に抗議するために、村人数人でライバ将軍の元に出向き処刑された。
その処刑方法が変わっていた、体のサイズにピッタリな大きさの樽にお尻を下に、前屈姿勢で押し込めて放置するという方法だった。
自力では出られない細工がされた『悪魔の樽』に押し込められ反逆者の烙印を押された者たちを。
高圧電流が流れる金属柵で仕切られ、銃を持った兵士数人が見張る晒し場の外から、ボルツ族の者たちは眺めるコトしかできなかった。
「『悪魔の樽』に入れられた両親が衰弱して死んでいくのを、あたしと兄はただ柵の外から見ているしかできなかった………弟の場合は、もっと残虐な方法で処刑を」
ライバ将軍は子供が嫌いだった。特に泣きわめき走り回る子供に嫌悪感を抱いていた。
「ガキは騒ぐ、泣きわめく、走り回る、存在自体が害毒だ」
部下が恐る恐る、将軍にも子供の時代があったのでは? と訊ねると、素知らぬ顔で「そんなコトは忘れた」と言って、意見をしてきた部下の体を昼夜を問わずに羽毛でくすぐり責めて、笑わせ続ける『笑い刑』で処刑した。
ライバ将軍が少女がいるボルツ族の村を視察で訪れた時に、悲劇が起こった。
将軍の近くを少女の弟を含む数人の子供たちが、騒ぎながら走り回って遊びはじめた。
そして一人の幼い子供が将軍に向かって、ふざけて小石を投げた──小石はライバ将軍の頭上を通過して当たるコトはなかったが。
激怒したライバ将軍は、鞘から抜いた軍剣の切っ先を子供たちに向けて怒鳴った。
「覚悟はできているだろうな! ガキども!」
ライバ将軍は、騒いだ子供たち全員を地面に深い穴を掘らせる過酷な作業刑に送った。
「ガキと一緒に、サルパ帝国に反抗的な大人も穴に入れて掘らせろ……その方が早く穴が完成する」
直径五十メートルの円筒状の大穴が完成すると、穴の底へと繋がる木製の縄梯子が引き上げられ、少女の弟を含む数人が穴の中に放置された。
電流金属柵で囲まれた『悪魔の口』の下部側面は、崩れやすい地質で大人でも自力での脱出は不可能だった。
聖母に介抱されながら少女が言った。
「『悪魔の口』には、子供たちの親も同罪で数人突き落とされ──穴の上部にはフタをされました、もう弟は」
涙を拭いながら少女が呟く。
「銀牙系には衛星級宇宙船の目安箱システムというモノがあって、嘆きの声が届くと『おせっかい娘』が、怒りの声が届くと『性悪女』が来ると聞きました……でも、ボルツ族の村には亜空間通信衛星の機材も無ければ、通信できる技術者もいません」
ジルコニアの亜空間通信は、新サルパ帝国が管理していたので……目安箱にアダマスからの声が届くコトは無かった。
少女の額の汗を濡れた布で拭きながら聖母が言った。
「その昔、ボルツ族の中には精神の声を遠くに飛ばせる不思議な力を持った者がいたと聞きます……星に祈りましょう、今夜『祈りの集い』を開催します──衛星級宇宙船に強く祈れば、ボルツ族の嘆きの声はきっと届くはずです」
「はい……聖母さま」




