表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/65

第07話 八か月後 決意ととっておき

「うがァァァ――ッ! ふざけんなァーーーッ!」


 あれから八か月が過ぎようとしている今。ぼくは相変わらず全力疾走していた。あの灰茶色の大きな犬。

 手記を見返したら『ガルム』という魔獣(まじゅー)らしい。そして崖下では見かけることが困難なほどに『弱い』とも書かれていた。

 うるさぁぁぁぁい! こっちはそんな相手でも命懸けなんだ!

 でも、そうすると納得できる部分がある。

 きっとガルム(あいつ)はぼくの匂いを覚えてるってことだ。

 なぜなら……この崖下で自分が捕食できる貴重なエサだから。


「いつまでも……やられてばっかりだと思うなァ――ッ!」


 ぼくは振り向きざまに剣を横に薙ぐ。

 ――でも、相手はその体に似合わぬ身軽さで飛び越え、その歪な爪で弧を描いた。


「いつっ……ぐぅ――ッ!」


 左腕に刻まれる四本の爪跡。さらに唾液に塗れた牙を剥き出しに迫る。

 ぼくはとっさに剣で受けながら後ろに転がっていく。必死で立ち上がり相手と向き合った時に気が付いた。ガルムの口から漏れ出る魔力に――


「ヤ――バイッ!!」


 ぼくが全力の横っ飛びでその場から退避すると、直後にガルムの口から放たれた土色の魔力が地面を爆ぜさせた。

 直撃を受けたらぼくの体も同じように爆発することが簡単に想像できた。


「うわああぁぁぁぁぁ――ッ!!」


 ぼくは手に持っていた剣を思いっきり投げつけると同時に、その足に力の全てを込めて地面を蹴り――


 ガルムから逃げ出した。


 ぼくはナワバリへ戻ると、全身から力が抜けたようにお尻を地に落とす。

 薄々感じていたことだけど、はっきり分かった。

 崖登り。木登り。魚獲り。岩を砕く。

 落ちて来たばかりのぼくでは考えられないほどに器用にこなすようになったと思う。

 愚直だけど、毎日欠かさずずっと振り回していた剣も、ふわふわした軌道から滑らかな線になってることもうれしい。

 大爪(おおづめ)の爪に見立てて逆手に持った剣で上から奇襲する練習。三本角(さんぼんづの)の角に見立てて、一直線に突き刺す練習。そして両者に共通する獣特有のしなやかな動きを真似する練習。

 ひとにはもっと適している練習があるんだろうけど、今のぼくが学べる相手は獣しかいない以上、吸収できるものは貪欲に吸収するべきだ。

 もともと才能なんてこれっぽっちもないんだから。

 でも、明確に足りないモノがある。才能も必要ない。


 それは……『覚悟』だ。


 ぼくはガルムと向き合った時でも、逃げ切ることを前提に動いている。だから踏み込みが浅いし、相手を怯ませるような殺気を向けることもできない。村に帰ることが目的な以上、完全な間違いではないと思う。

 でも……それだけじゃダメなんだ。

 相手がぼくの前に立ち塞がるというのなら、それ相応の覚悟を以って、相手を倒さなければいけない。

 それこそ……ぼくの命を懸けて――

 あと……狙われ続けるって悔しいからね。

 崖上の町や村なら生きるための対価としてお金(コバル)を使うことができる。お金(コバル)じゃなくても物々交換だっていい。

 でも、この崖下では生きるための対価として命を使わなければいけないんだ。

 差し出す気なんて……ないけど。

 そう考えたら。

 手の震えが止まらなくなった。


 怖い――


 落ちて来た頃はあんなに簡単に諦めることができたのに。


 怖い――

 

 だから、気が付いた。

 大爪(おおづめ)三本角(さんぼんづの)が誇り高く感じる理由に。

 安全な所で練習だけしているぼくが、あの二匹の真似をできるはずがなかったんだ。

 強くなったら挑む――なんて、相手が待ってくれるわけがない。

 だから……命を燃やすんだ。

 そんな眩い輝きだから、あの二匹はぼくの目に偉大に映るんだ。

 ぼくは本当の意味で『命懸け』という言葉を使っていなかったんだ。命を懸けて事を成す。ただの自殺に使う言葉なんかじゃなかったんだ。

 できれば綺麗なお姉さんとの恋に燃やしたい……

 いや……その夢を叶えるためにも。ぼくは生き延びるんだ。最初の決意より生きる気力が強くなった気がする。

 だからあとは簡単だった。

 まがりなりにも不器用ながらも、ずっと剣の腕は磨いていたんだから。ぼくが覚悟をもって、ガルム(あいつ)と向き合うだけだ。


 どちらかの灯が消えるまで――


 ぼくは確保していた剣をありったけ腰に差し、折れた剣を左手に、残った右手に『とっておき』の短剣を握りしめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ