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最終話 おれと

『ヴォ~ゥ?』

「うん。そうだな。お前たちのおかげで寄り道したかいもあったし……そろそろ村に向かってもいいかなって思ってる」


 翌日。

 朝食として昨日の残り物を食べ終えた後のことだ。

 プチは『そろそろ故郷に帰る?』とぼくに尋ねていた。その前にどうしても告げたいことはあるけど。


『グルゥ~?』

「――あ……えっと……」


 ぼくがちらりとカグヤさんを見ると、口元を上げながら首を傾げている。

 それでも察したようでもあり、


「うん――えっと私はまぁ……その~東側にはこれたんだしなんとかなるからっ」


 しどろもどろで手を振りながら返事に窮している様子だ。

 誤魔化すようにポチを撫でまわしている。


「あの……カグヤさん」

「ん……?」


 ポチに向けていた視線がぼくに移るだけで緊張するのはなんとかしたい。


「こっちでアテがないのはきっと大変だと思う……」

「ま……まぁそうですけど……それでも西にいるよりは落ち着けると思っているので……」


 それは心からの言葉だと理解できる。

 今のカグヤさんは街の賑やかな喧騒の中に、自分を密告する悪意の声が潜んでいるのかもしれない。という恐怖と戦わなければいけないのだから。

 ならば、いっその事ひとが少ない地域のほうが心が落ち着くだろう。

 だから――


「だ……だから、ぼ……く……――『おれ』と一緒に……暮らさない……? ポチとプチも一緒に帰るし……」

「……」


 言葉の選択を間違えたと思う。

 ポチプチの感覚で一緒に暮らすって言っちゃったけど違うよね。一緒の『村』で暮らさないか? だよね。

 反応がない。死にたい。


「えっとーそうじゃなくて……いや、そうなんだけど……もちろん嫌なら一緒じゃなくても別の村もそこそこあるから、好きに住めるし、家建てるのも手伝えるから――」

「いいんですか……?」


 これがきっと安堵の吐息と呼ぶものだと思う。

 いざとなったらぼくもポチとプチを連れてそっちの村に移り住もう。


「も――もちろん! 家建てるのもポチとプチがいればすぐに――」

「一緒でも……いいんですか……?」


 ポチとプチは崖下に帰そう。

 ひとと魔獣は……きっと相容れない。

 だから――悲しいことが起きる前に別れるのが、きっとぼくとポチたちにとって幸せなんだと……心の底から思える。


「と、当然……な、何も遠慮することなんてないから!」

「伝えた通り……一緒だと迷惑をかけてしまうかも――」

『グルゥ~』

『ヴォゥ~』


 カグヤさんが言い終える前に、ポチとプチが鳴き声を挟んだ。

 邪魔くさいやつらだ。やっぱり相容れないって考えは間違えていなかった。

 ――というか一緒に住むつもりなの……? 違うよね。ちゃんとぼくが作った小屋に住むんだよね?

 まぁ伝えるけどさ……


「ふたりも言ってる。()()()()が迷惑になるほど弱くないって、むしろ()()になるほどの強者と会えるなら願ったりだ。って……――そしてそれは『ぼく』も一緒の気持ちだから」


 少しだけ気持ちが分かる気がする。

 ぼくは誰かに認識……――そう、認めてもらいたかった。

 カグヤさんは誰かに受け入れてもらいたかったんだと。魔術の上質な素材としてじゃなくて――自分自身を。

 だから……その願いが叶うと自然と溢れてしまうものなんだと思う。


「よ……よろしくおねがいしま……す」


 目を擦りながら。それでも頬を緩めて喉を震わせる彼女は、息を呑んでしまうほどに綺麗だった。


「あ……でも……」

「……?」


 そして今のうちに言っておかなければいけない。

 こういうことは最初が肝心なのだから。


「その言葉使いはよくないかも? もう兄妹……ん? あれ逆……か? ぼくが九……八才? どっちだっけ……」

「ふふふっ。うん……分かった! 私は十三だから……じゃ~私がセキさ……セキのお姉ちゃんだ? だからセキもカグヤ『さん』じゃおかしい……よね?」


 弟になってしまった。

 でもそれで彼女の笑顔が見れるなら……それでいいかとも思った。


「え~っと……カグヤ……カグヤ姉ちゃん――カグ(ねえ)……?」

「な~に……? セキ」


 ぼくとカグ(ねえ)。そしてポチとプチ。みんなが一斉に笑った。

 崖下で目を覚ました時、ぼくはこんな未来を想像できなかった。

 ただ絶望し、ただ嘆くだけだった。


 ぼくが落ちこぼれと言う事実はずっと変わることはない。

 でも、誰かに助けてもらってこうやって笑うことができると知った。

 誰かに助けてもらって、認めてもらうことができることも知った。

 そして。

 世界がこんなにも綺麗で……色づいていると知った。


 だからいつか……ぼくも誰かに教えてあげたい。


 なぜか今……そんな風に思った。


 そしていつか『おれ』と呼ぶことに違和感を感じないようにもなりたい。


「――っし! じゃあみんな村に帰ろうか!」

『グルゥ~!』

『ヴォ~ゥ!』

「うん……! 帰ろう! じゃ~……はい。セキ」


 カグ(ねえ)が差し出した手を握り返す。

 柔らかくて……とても安心する温もりが、ぼくの心に染み入ってくるように感じた。

 いつかどこかでこんなことを言った気が……いや、いくらぼくでもそんな情けないことを叫ぶなんてなかったはずだ……


 ぼくは胸を張った堂々の凱旋をするだろう。


 でも――

 ぼくたちの性格からすれば村に留まっているなんて考えられない。


 きっと――

 まだ知らぬ未知に向かって駆けずり回るような日々を送るに違いない。


 そう――

 新たな旅がこれからも待ち構えているんだ。


 だから――

 この旅をまずはしっかりと終わりにしよう。


 未知を探し求め――


 可愛い女の子たちに頼られる――


 そんな胸躍らせる『おれ』の冒険。


 それはまた……別の話だ。



                赤色幼少記

                  完


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