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第64話 カグヤとセキ

 ぼくの決着とほぼ同時。

 最後のワームが断末魔の叫びと共にその身を焼き尽くされていた。


「ふぅ……お前たちには歯応えのない相手だったろうけど……あ――お姉さん大丈夫でした――……か?」


 背後に視線を向けてしまった時、喋りかけた以上、そこにいることは理解していた。でも、お姉さんがどのような状態かぼくの頭から抜け落ちていたんだ。

 薄汚れていた肌は水浴びによって、本来の艶めかしい色艶を取り戻している。そして女性らしさを視覚に訴えかけるようにふっくらした双丘が揺れる。

 ぼくの剣技を見届けてくれていたがために、横姿ですらなく真っ直ぐに――見えてはいけない部分までもがしっかりとぼくの目に映し出されていた。


「――あっ! わっ……!」


 お姉さんはとっさに隠した。胸や秘部……ではなく、両足の()()を砂に埋め、両手の()()を包むように、だ。

 隠すのはどう考えてもそっちじゃない。


「え? その……――ごめんなさい!」


 すぐさま後ろを向くも、とても気まずい静寂が訪れる。

 完全にぼくが悪い。

 そういうつもりでは……いや、無理だ。言い訳ができない。


「あの……見えちゃった……かな」


 恐る恐るぼくの背中に声が投げられた。

 嘘は……言えない。

 見てないと優しい嘘を言うのがおとななのかもしれない。それでもぼくは口が裂けてもそんなことは……言えない。


「ご……ごめんなさい。見え……見ました……かなり……いえ……かなりというかしっかり隅々まで……」


 沈黙が針のようにぼくの全身を突き刺してくる。責任を取れというなら喜んで取るけど、そういう話じゃないことくらいは理解している。


「そ……そっか……あの……」


 言い淀むことはない。

 断罪の内容をはっきりと伝えてもらって構わない。


「見ての通り……なんです……これが追われてた理由……私……『石精種(ジュピア)』……です」


 ぼくとポチとプチは揃って首を傾げつつ、頭の上に疑問符を浮かべることとなった。



「――と言うのが今私がここにいる事情です。あ……あと、名乗りもせずにすいません! 私は……『カグヤ』といいます。この旅の果てで出会えたのがあなたで……ほんとに救われました」

「そういう種族がいるんだなぁ……あ――ぼくは……ぼくは『セキ』。よろしくおねがいします」


 考えてみるとこういった挨拶がとてもひさしぶりだった。言葉を交わし……カグヤさんが微笑みを向けてくれる。ぼくだってそれだけで救われている。


『グルゥ』

『ヴォゥ』


 ふたりはぼくの名前を初めて知ったと言っている。そういえば言ってなかった気がする……ぼくがお兄ちゃんだぞ、って伝えてたことも原因かも……。

 そして初めて知った。

 こうして誰かに名前を伝えられることが。

 こんなにうれしいことだって――

 お互いを知るための始まりの合図なんだということを。ぼくは今理解したのかもしれない。


「や~……見たっていうからてっきり爪のことかと思ったのに違ったんですね~……も~セキさんはエッチですね~!」


 お姉さん。もといカグヤさんが背後からぼくの首を締め上げつつ、頭を拳でぐりぐりと攻めているが正直背中に当たる胸の感触で何も痛みを感じない。

 カグヤさんは悩んだ末に事情を説明してくれた。

 『石精種(ジュピア)』という珍しい種族であること。

 そして盗賊やその(たぐい)に狙われた末に逃げてきたこと。

 逃げる途中で姉とはぐれてしまったこと。

 追手の中に魔獣を従える者もいたことが勘違いの原因だということ。

 石精種(ジュピア)の爪である宝石はとても高価で貴重な魔術素材になるらしい。だから行く先々で種族がバレた時、裏切りばかりを経験してきたということも聞いた。

 でも、話している時は俯いていた顔がだんだんと進むに連れて上がっていた。

 それはポチとプチが失礼なほどに興味を示さなかったこと。

 ぼくが宝石の爪を知ってても()()()()()より裸に興味を向けられたことがうれしかったと言ってくれた。


「爪は見てたけど色んな種族がいるんだし……魔術素材って言ってもぼくは魔術使えないし……」

『グルル~ゥ』

『ヴォゥヴォゥ?』


 ポチは『ボクの爪のほうがすごい』と鼻息を荒くしている。プチは当然『ボクの角に劣るのに?』と煽り気味でもある。一本叩き折られてるけど。それを伝えると「その通りだよ~!」とうれしそうにふたりに抱き着いていた。

 この明るさが本来のカグヤさんなんだろうと納得できるほどに笑顔が眩しい。

 結局この日は双子岩で夜を超すこととなり、砂漠で食べられる食材をかき集め、焚き火を囲むこととなった。

 落ちたばかりの頃、大爪(おおづめ)を見て強く生きると決意したはずなのに――


 ひとりで炎の果実をかじっていると涙が止められない夜があった。


 ヒノと出会い、岩芋をかじりながら、結果的にひとり言を呟いて寂しさを紛らわせた夜もあった。


 ポチとプチに出会い、残りの食料を誰が食べるかで喧嘩をしていた騒がしい夜があった。


 今。

 カグヤさんが加わった夜は料理を頬張る姿を見るだけで、いつもの質素な食材が輝いて見えるほどに胸が高鳴ってしまう。

 そんな夜を迎えた。

 いつまでも、願えるならずっと――

 そんな想いさえも。


 砂漠を賑やかす笑い声はいつしか途切れ、静寂の中にぼくらの寝息だけが響いていた。


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