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第63話 区切りと八つ当たり

 ぼくは崖下で目がとても良くなった。

 どれくらいかと言うと、この双子岩の木陰から、向こうの水溜まり(オアシス)の水の粒が見えるくらいだ。


「ダメだ……それは男としてダメだ……」


 今現在、あの女性とポチとプチが水浴びをしている真っ最中だ。

 最初にふたりに頭を下げて、折れた角や牙をさすっているのを見かけたので、思ったより打ち解けているようにも見えた。そこまではよかった。

 ボロボロの衣類だったからそのまま入るのかと思いきや、全部脱いだ時、ぼくはこの木陰から出ることを止めた。

 情けない男だと罵るなら甘んじて受け入れよう。ぼくはそういうのは良くないと思っているからここにいるんだ。

 ぼくの耳は、あの女性(ひと)の透き通るような爽快感を伴うはしゃぎ声、そしてなんで馴染んでるだよくそ弟ども――の媚びるような猫撫で声をしっかり拾っている。

 お前らは確実に猫じゃない、そう後で教える必要があると固く心に誓ったところだ。

 端的に表すなら憎い――これに尽きるだろう。


「――!?」


 でも、ここは崖上とはいえ東側だ。だから、どんなに緩んでいるとしても警戒を解くことは許されない。


「『ワーム』……かな? ()()()()と……同じだと思うなよ……ッ!」


 巨大、かつ胴長の芋虫のような魔獣だ。

 その巨躯に見合った円形の口で獲物を吸い込み貪る。目は退化しているのか、砂漠を歩く振動や匂いを頼りに地中から突如襲い掛かってくる。両親や(ねー)ちゃんを襲い、ぼくが崖下に落ちることになったきっかけの魔獣でもある。

 彼女の剣を借り一直線に走り出す。


「もうぼくは……――お前の獲物(エサ)じゃない――ッ!」


 ぼくに意識を向けていた以上、砂中からいきなり飛び出したところで意味を成さない。

 砂から出てくる部位に迷いなき閃を走らせる。

 あの死地を生み出した魔獣は、いともあっさりとぼくの前で散りと化した。


「あのとき……ぼくがもっと強ければ……ッ!」


 そんなことを考えても無駄だ。崖下に落ちなければ、ぼくはここまで強くなれなかったことも事実なのだから。さらに爆発したような激しい音が背後で響き渡った。

 ワームは一匹で行動することは少ない。

 でも、ぼくに意識が向いてないということは残りはポチたちに狙いを定めているということだ。魔獣なのに、魔力量――もとい、力量が計れないのだろうか。

 行く末を見守るべく、背後に視線を向けると、予想通りワームの群れがポチたちに襲い掛かっていた。

 そして……その中で一匹の魔獣がぼくの目に留まった。

 黒いワーム。

 同じ種でありながら、色が黒い魔獣は少ないながらもいることは知っていた。だからこの広大な世界で同じ個体に出会ったと思うのは、ぼくの勝手な思い込みに過ぎない。

 でも、あの時、(かー)ちゃんの体を貪った個体が黒かったことも……真実だ。

 だから――


 黒ワーム(あいつ)はぼくの手で仕留めなければいけないと思ったんだ。


 ポチたちは次々とワームを処理している。だから手助けじたい本来なら不要だ。それでもぼくは砂を巻き上げ疾走していた。

 これは敵討ちなんて響きのいいものじゃない。


 ただのぼくの……八つ当たりだ――


 群れの最後尾で様子を伺っていた黒ワームが接近するぼくに気が付く。奇襲だけが取り柄のワームが円形の口を限界まで開き、ぼくに向かって襲い掛かってくる。

 ぼくは全身の動きを制限する、怒りから生まれる硬さに気が付いた。疾走を止め歩き出した時、脳裏に浮かんだのは剣牙(けんきば)の姿だ。

 唾液に塗れた牙を剥き出しに迫る黒ワーム。対して脱力と共に歩くぼく。

 そして――

 すれ違いは一瞬だった。


 刹那の間に黒ワームへ閃を走らせた――


 ひと時の間を置いた後、黒ワーム(やつ)の体が中心からズレはじめ。

 さらに……ぼくが大きく息を吐き切った時、その巨躯は呻き声すら上げず、両断されたその身を、地響きを伴いながら左右に倒していった。


「区切り……にはなったのかな……うん。(とー)ちゃん、(かー)ちゃん……(ねー)ちゃん……ぼくはもう……大丈夫だよ」


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