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第62話 狸寝入りと初恋

 ぼくたちは結局近くの岩場で夜を明かすことにしていた。そして、泣き喚いたせいだろうか。いつもより深い眠りだった気がする。

 何もなしでお墓を建てるよりも、髪だけでも埋葬できることに安心したのかもしれない。胸につっかえていたものがポロリと取れたようにすっきりもしている。

 もうポチたちは起きてるなぁ……ぼくが起きるのを見て……?

 ぼくは思わず閉じていた瞼を限界まで開いた。それは……視線を三つ感じたからだ。そのまま横を向くと、起き抜けのカラカラの喉をぼくが震わせる前に告げられた。


「本当にごめんなさい」


 ぼくがそのまま体を起こすと、


「私の一方的な勘違いで大変なことをしてごめんなさい。それなのに……手当まで……本当にありがとうございます」


 耳に優しい声が続いていた。出来ればずっと聞き続けていたい。

 でも、彼女は頭を下げたままで一切顔を上げようとしない。

 彼女の左右に控えるポチとプチもぼくの反応を待っているようだった。


「あ……いや……誤解がとけたなら……別に……あのっ顔をあげて……こ、こちらこそすごい勢いあまってというか……殴ってしまったので……」


 上手く喋れん。

 ポチたちが説明してくれたのだろうか。この女性もポチたちの声が分かるということなのか。自分に都合よくしか事実を咀嚼しないポチたちの言葉がどう伝わっているのか、ぼくにとって不安以外の何物でもなかった。


「実は……橋の途中から起きて……いました」

『グルッ』


 あの時の鋭い視線はすでに過去のものだ。

 女性が顔を上げると、ぱっちりとした瞳でぼくを見据えながら呟いた。赤みがかった瞳に吸い込まれるような感覚――

 こんな綺麗な女性をぼくは見たことがなかった。そして倒れる前に感じたものは間違いではなかったと確信した。

 これは……サザンカ(ねー)ちゃん以来の『初恋』だ。


「――え!? そうだった……の?」


 ポチが『うん』と言っている。気が付いてたなら言えや。

 狸寝入りだから視線をぼくに向けることもなかったんだろう。だからぼくは気が付かず、匂いで感じ取るポチは気が付いていたんだ。


「会話から東側に向かっていると分かったので……じっとしていました。西の街ではなく東に向かっているのはおかしいと思って……会話を聞いてるうちに私の勘違いだと……」


 ちゃんと話してくれてるのに話がぜんぜん耳に入ってこない。まずこんな綺麗なひとと向かい合ってるということが、ぼくの中で現実味がなさすぎるからだろう。


「そ……それで誤解がとけたなら……うん」


 昨日も起きていたということだ。

 あの醜態をいきなり見られたのは正直なところ、精神的にとても……厳しい。

 出会ってぶっ飛ばして、起きて泣いてるとこって何もいいところが見せられていない。

 ……最悪すぎる。

 むしろ魔獣に襲われてるところをぼくが颯爽と助けて――とかそういう流れが一番望んでいるものなのに。

 でも、この女性(ひと)強いからなぁ……

 唐突な展開にぼくの頭ではすでに収拾がつかない状態だ。だから、気になっていたことだけはせめて聞いておこう。


「え……えっと一応言ってたけど……勝手に東に連れてきちゃったけど……大丈夫かなって……」

「はい。ずっと東に行ける道を探していたので……最悪の場合、崖を下りていこうかとも……それで数日前すごい爆発を感じ取ったのであの周辺に行って……それで……」


 それは最悪を貫通してるから止めておいた方がいい。強いのは分かるけど、それだけでどうにかなるような環境じゃない。

 大爪(おおづめ)三本角(さんぼんづの)はもちろんだけど。

 ポチとプチが……あと、剣牙(けんきば)も。

 誰かが欠けていただけでも、きっとぼくはこの場に居ることができなかったと思うから。


「そ……それならよかった。どこの村が目的か分からないけど、(こっち)側は西(あっち)より魔獣が強いって言われてるから気をつけて……」

「あ……いえ……アテがあって東に行きたかったわけでは……ただ……逃げたくて……東ならあいつらも追ってこれないって思って……」


 綺麗な顔にまったく似合わない影が差した。


「え~っとよく分からないけど、追われてた――と」

「あ……いえ、あの……」


 言い淀んでいる姿から根深い事情があると察することは簡単だ。

 だから……深く追求をすることは止めよう。


『グルゥ~……』

『ヴォ~ゥ……』


 そしてポチとプチが現状に飽き始めている。どういう神経をしてたらここで欠伸が出るんだよ。しかも『砂で痒いから水浴びがしたい』と抜かしている。

 そんなふたりにパンチを見舞いたくなるが、ぼくの手はそんな頑丈ではない。


「う~る~さ~い~。水浴びしたいならあそこに水溜まり(オアシス)があるから行って来い」


 その一言がぼくの予想を超えた状況を生み出すとは思いもしなかった。

 ふたりが返事と共に歩き出す。

 すると彼女がふたりを眺めてもじもじと言葉を紡いだ。


「あ……の……――」


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