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第59話 油断と真実

 黒ローブ(ヤツ)の背後に巨大な炎の精霊が顕現された。

 ひとに似た形をしているだけで実体は炎そのもの。その荘厳な姿は、一目見ただけで『サラマンダー(ヒノ)』よりも高位の精霊だと理解できた。


「――こいつッ!? 〈始まりの火を灯せ〉ッ!」


 後塵を拝する形で降霊をした時、憎しみと覚悟を以て告げられた、その言葉をはっきりと聞き取ることができた。


「――〈刃の最上位炎魔術ラミナス・ファルベルド〉ッ!」


 魔術を発動させる『(うた)』を。

 そして――


『――ヴォッ!? ヴォーーーゥッ!』


 『(うた)』を唱えた直後に、黒ローブ(ヤツ)の持つ剣が炎に包み込まれる。さらに弾かれるように飛び出した直後、炎の剣が振り下ろされ――


 プチの角が圧し折られていた。


 その信じ難い光景にぼくとポチは、ほんの僅かながらも硬直という時間を相手に与えてしまった。

 その隙は……

 黒ローブ(ヤツ)が振り下ろした剣を跳ね上げるには、十分すぎる時間でもあった――


『グルゥッ! グルァッ!?』


 返す剣がポチの牙に食い込み、微かな軋みを見せた後――

 鈍い音と共に牙が砕かれた。


「な……――にやってんだテメェ――ッ!」


 即座に短剣を抜き、牙と角を砕かれ仰け反ったふたりを蹴飛ばす。相手の一足の間合いからポチたちを逃がすためだ。


「ポチ! プチ! 下がれェーーッ!」


 ふたりを押しのけた後、黒ローブ(ヤツ)の横薙ぎの一閃と、ぼくの銀の剣尖が衝突した。

 ぶつかり合う直前、燃え盛っていた黒ローブ(ヤツ)の剣の炎が散ったように見えたにも関わらず、ぼくの短剣は衝撃に耐えきることができず、粉々に砕け散る結果が待っていた。

 ぼくはもう――武器がない。

 でも――


「気を……――抜いてんじゃねェよッ!」


 ――戦えないわけじゃない。


 ぼくの体が半円を描くと、相手が放った止めの一閃が空を斬り地面へ突き刺さる。

 ――と同時に剣を握る手の甲をぼくの裏拳が薙ぎ払った。骨を折る感触と共に相手の剣が弾け飛んでいく。


「――ぅぐっ!」


 相手が呻き声と共に手の甲を抑えながら、後退の動きを見せる。


「自分から仕掛けて……――逃げられると思ってんのかよッ!」


 ぼくは間髪入れずに足を踏み込み、下がった相手の最も避け難いであろう、胸元へ獣の爪に見立てた掌底を叩き込んだ。


「――がっ! ふ――っ!」


 込み上がった呼吸を喉に詰まらせたような呻きを残し、相手の体は遥か後ろにそびえ立つ樹の幹へその体を叩きつけることとなった。

 魔獣を殴るにはぼくの身体は軟弱すぎる。

 でも……ひと相手なら武器なんてなくても十分に戦うことができる。


「そんな(やわ)い身体で勝とうなんて甘いんだよ……!」


 すでに気を失ったのか、幹に叩きつけられた後、ぐったりと地に伏せる相手に聞こえないであろう言葉を告げ、


「ポチ! プチ! 大丈夫か――ッ?」


 その光景を見守っていたふたりの元へ駆け寄った。


『グルゥ~ッ』

『ヴォ~ッ』


 ふたりはぼくの勝利を称えている。思ってる以上に反応が吞気なのはいかがなものか……

 傷という意味で見れば、牙と角だったということが幸いだったのかもしれない。血が通っているわけではなく、ふたりの魔力の塊そのものの部分だからこそ、痛みはないようだ。

 戦いで困るけど。


「崖上だからって正直油断してた……ごめんな」

『グルゥ~』

『ヴォ~ゥ』


 ふたりも『ひとがこんなに強いってびっくりした』と言っている。大蛇(だいじゃ)との激闘を経て、気を抜いてしまっていたことは否めないだろう。

 怒るうんぬんよりも、驚きのほうが勝っている様子だけど……これは、むしろ折った相手に対する敬意を込める意味もあるのかもしれない。

 とはいえ、兄弟仲良く反省する必要がありそうだ。


「ひとまず落ち着いた……かな。でもさすがにあれを放置したまま渡ったら背後が怖いよね……?」

『グルルゥ~グルグル』

『ヴォ~ゥヴォゥ』


 ポチの提案は『木の上に吊るそう』だ。見せしめ的な意味合いが強いように感じる。

 プチは『崖から落としておこう』だ。念には念を入れたいと言うプチの気持ちがヒシヒシと伝わってくる提案だ。

 ふたりとも自慢の角と牙を折った相手の強さを認める器量はあるものの、それはそれこれはこれ、というなかなかきっちりした線引きだ。


「まぁ自分から仕掛けてきたんだ。何があっても……――」

『グルゥ~オゥオゥ』

『ヴォゥ』


 そこでポチがこんなことを言っていたとぼくに告げた。

 それは黒ローブ(ヤツ)が襲い掛かる前に呟いた言葉だ。プチも頷いているので聞こえなかったのはぼくだけらしい。


「よく分からないけど、勘違いされてるっぽいのはわかった。けど……こっちは短剣……は、まぁいいとして牙と角まで折られてるんだ。話を聞かなかったヤツが悪い」

『グルゥ~……』

『ヴォ~ゥ?』


 いきなり襲って来るなんて、ぼくから見れば魔獣と変わらない。

 みんながみんなとは言わないけど、少なくとも黒ローブ(ヤツ)はそういう(たぐい)なんだろう。あんな黒尽くめで姿を隠してるって、悪いことして逃げてるとしか考えられない。


 そしてポチは『牙や角はまた魔力で練ればいいけど……』と。プチが続き『あの武器はまた拾えるの?』とふたりが揃って気にしている様子だ。無手のぼくを気にしているのか、どっちかというと武器のほうな気がする……けど、今は後回しだ。


「東側ならもしかしたら、ぼくと同じように村とかに帰りたいのかもだけど、連れて行く義理なんてないよ」


 すでに緊張感を欠いた話になっている最中。黒ローブ(ヤツ)の視線がぼくを捉えたことに気が付いた。


「……もう目が覚めたのかよ……次の眠りはもう覚めないかもしれな……!?」


 ぼくが振り向いた時、頭を覆い顔を隠していた頭巾(フード)は捲れていた。そして隠されていた黒ローブ(ヤツ)の顔。

 ぼくのくすんだ赤い髪とは違い、陽の光が透き通るような紅。さらに長髪を後頭部で結っている。神様……いや、女神様に愛されたような美しく通った鼻筋にふっくらとした唇。(あで)やかとはこの女性のための言葉なのではないだろうか。まぁ初めて使った言葉だけど。

 唯一、瞳だけはぼくたちを突き刺すような鋭さを持っている。

 そして同時にその視線に深い悲しみが混じっていることも、ぼくには伝わってくる。


「私……は、お前ら……なんかに絶対……捕まら……ない」


 ぼくに打たれた胸元を抑えながら乱れる息と共に呟くと、女性は意識を失い前のめりに倒れ込んだ。


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