第58話 奇襲と黒づくめのローブ
「うん。あの状況で言い出しにくかったのは分かるよ。でもさ、あのままぼくが行ってたらと思うとやるせなくなるんだけど……」
ぼくたちはまだ西側にいる。
『グルゥ~』
『ヴォ~ゥ』
ふたりは『良い雰囲気だったから、まぁいいかなと思った』というのでぼくはこれ以上責めることができない。また、ぼくが崖下で放り出したリュックは、剣牙が拾い上げてくれていたとも。
それも先に言ってほしい。
「この葉っぱ細いけどやけにお腹が膨れるからな……落ち着いたら動物を狩ってお肉食べよう」
リュック内に入れていた食料代わりの葉を黙々と頬張る。この葉っぱは大爪と三本角のナワバリ内では、見つけることのできなかった葉だ。
岩壁から生えていて、飛翔系の魔獣が食べているのを見て発見したものだ。
「でも……その前に……」
そう、良い雰囲気で言い出せなかった本題。
それは『牙』だ。
ぼくの手持ちはすでに銀の短剣のみ。だから大蛇の牙を新しい長剣代わりに持っていこうという話だ。
太古の魔獣の牙なんだし、ぼくたちに折られたとはいえ耐久もかなりのもののはずだ。
「お~あったあった。でも……」
『グルゥ~』
大蛇の亡骸は三枚おろしされた場所にあったことはあった。でも、元が元なだけに魔力の凝縮で縮んでも大きすぎる。
残っていたのは、『牙』が一本。そして『鱗』が一枚。両目も小さくなってまだ生きているように輝いてるけど、相変わらず怖い。
瞳だけはどうも慣れない……――ので、いつものように埋めておこう。
夜歩いてて光ったら怖いしね。
『ヴォ~ゥ』
「おぉ……プチ悪いな……でも、どっかで加工しないとこれ使えなさそうだ……」
プチが『自分に巻きつけろ』と身を乗り出した。
この牙は重さとしては持てる。でもぼくの背丈の倍以上の長さなので、このままじゃ扱いにくい。鱗も似たような大きさで、使うためには両素材とも加工する必要があった。
『グルゥ~……グルグルッ』
「うん……森の影でしょ? あれが『ひと』だよ。散々大蛇が暴れたからね……近くの街でもそうとうの距離があったけど、あの音だったからね。様子を見に来たのかも?」
かなり遠目からぼくたちを見ていたけど、すでに走り去っている。
ポチに言わせると『軟弱すぎる……』とのことだけど、ポチたちから見たらだいたいのひとがそうだと思う。
『ヴォゥヴォゥ?』
「う~ん。魔獣よりはそういう危険は少ないけど……そういうやつがいないとも言えないからね。取るものは取ったし、東に向かうほうがよさそうだね」
プチは『襲い掛かってくるの?』と素朴な疑問をぼくに投げかけた。
魔獣がその心配をするのもどうかと思ったけど、魔獣退治を生業とするひともいる以上、ないとは言い切れない。
ここまで来て今度はひとと戦うのもごめんだ。とは言っても巻き込まれる時は巻き込まれるものだ。
だからこそ緩い会話をしながらも、警戒心は持っておかなければならない。
プチに牙と鱗を積み、ぼくたちは足早にその場を去って行った。
『グル――ッ』
『ヴォーゥッ』
「さっきのひととは別だね……」
ぼくたちはあの場を離れ、透明の橋を目前に見据えている。それでも、橋を渡り始めることができない理由があった。
ポチとプチが唸り声をあげている通り、今ぼくたちを見ている者がいる。しかも明らかな敵意。憎悪に塗れた意思を以て――だ。
「うん。今渡るのは良くない。剣牙の魔力の塊とはいえ、かかってる岩部分破壊されたら落ちるかもしれないし……」
視線の正体を探ることが重要だ。この場合考えられるのは……魔獣に家族や仲間を殺された者だろう。ぼくだって例に漏れず該当している。
憎しみに任せて、『魔獣』と一括りにされてしまうと話が通じない気がする。
唯一の救いはこのふたりは生まれてからぼくと共にいるから、そういうことをしたことはない――と言いたかったけど、大爪や三本角に挑んでいたらその限りではない。
でも、それはそれ、これはこれじゃないかな……
結局のところ、通じないならこの世界の共通語である力で語り合うしかない。
それでも……対話から入るべきなんだろうけど。
「おいッ! 見てるのは分かってるぞ……! 出てこい――ッ!!」
声を認識したのか、向けていた視線の元が動き始めている気配を感じ取った。
この周辺は森が切れているので、どう頑張っても姿を見せずにぼくたちの元へたどり着くことは不可能なはずだ。
それでも剣牙の魔法を見てしまっている以上、ぼくたちは視線の元以外にも気を配らざるを得なかった。
「今感じてるのはひとり……他は……いないと思う」
『グルゥッ』
『ヴォゥッ』
ふたりも揃って同意を示す。
そしてぼくたちの予想を裏切らず、密集した森の奥からひとり、黒ずくめのローブを纏った者が飛び出してきた。ローブ姿の上に、頭巾を深々と被っているため、見た目から手に入れられる情報が極端に少ない。
仰々しい手袋の手が握り締める一振りの剣がすでに話し合いという意思を拒否していることを無言で示しているようにも見える。
それと同時に見た目の威嚇から入る魔獣と違って、ここまで制限されているのも逆に先手を打ちにくいということを実感した。
「なんの――」
訪ねようとした時、相手がぼくを見ていないことに気が付いた。
「やっぱり……東に逃げ込むことを予想していたってことね……」
何を口走っているのかが聞き取れない。
あれはぼくたちに向けてじゃない。
「いつまでも逃げるばかりじゃないって……教えてあげる……!」
自分自身を鼓舞するために喉を震わせているだけだ。
だから――
戦闘の明らかな意思表示である、『降霊の詩』すらぼくは聞き取ることができなかった。
「……――〈燎原の火炎よ 祝福と成れ〉」




