第55話 決着と目的 その3
「竜だなんだは後々説明するとして……あとは大蛇か……結局あの遺跡が絡んでたってことなんだよね?」
『グル』
『ヴォ』
ふたりが仲良く『たぶん』と言った。
剣牙なんで、ぼくに説明せずに帰った? ポチとプチに伝えれば安心とか思ったのか? 中途半端に知ることがどれだけ好奇心を刺激するのか分かっていないのか?
ふたりが剣牙に聞いた限りでは、あの遺跡は大昔にいつのまにかできていたものらしい。
そこで生活らしきものも行われていたということだ。
この言葉に剣牙の自由奔放さが垣間見える。
興味を示す基準がわからないよぉ……
それと同時にあの大蛇も出現して、何をどうみても大蛇とあそこにいたひとたちは争っていたと。
そして負けたのはひとだった。
「やっぱ墓守じゃないけど、封印していた大蛇を代々見守る場所だったんだろうなぁ……で――封印が解けちゃったから仕返しをされた……と」
降り掛かる火の粉でなかった以上、剣牙も気にしなかったのかもしれない。猫のように気まぐれなだけかもしれないけど……
「でも大蛇だって飛べるんだから、崖下に拘らなくてもよかっただろうにね。封印から解放されたんだからどっか行けばよかったのに」
『グル~グルルゥ~』
『ヴォ~ゥヴォヴォゥ』
ポチは『それじゃ負けたことを認めるようなものだから』と言っている。プチは『無駄な足掻きを……』と言っている。
そう、大蛇は戦っていたんだ。
当時のナワバリの位置関係から、出会ったのは三本角。剣牙が言うには大爪のナワバリはさらに奥。届くわけもない、とのことだ。
あの町を滅ぼした後、ナワバリの拡大を目論んだのだろう。その先を支配していたのは三本角だった。
そして。
両者の戦いはあまりに一方的すぎた――と。
大蛇は、全ての羽を灰にされ、あの強固な牙も三本角が生み出す業炎の前では簡単に溶かされたらしい。
巨躯も当時、穴をあけられ過ぎた末に千切られて、頭を含む上部だけで逃げ帰った――と。
しっかり止めを刺しておいてほしい。
「その事実から考えると大蛇ががっかり風に最初絡んできたのも、二回目見下すように笑ってたのも、プチが原因か?」
『ヴォ~ゥ』
プチ曰く『ボクじゃない。父が悪い』とのことだ。自分扱いするのか親扱いするのか、場面単位で変えるのは控えて欲しいと思う。
「気持ちは分かるけど……まぁでも結局、寝る邪魔を~と言いつつも、剣牙が気に掛けてたのはポチだったってことだよね?」
『グ~ル~ゥ』
ポチに言わせると『敬意と警戒が足りない』とのことだ。なんでぼくの弟たちはここまで図太く育ってしまったのか。
大蛇が三本角と戦うよりもさらに昔、剣牙は、大爪と戦っていたんだ。
正確に言うなら、剣牙の親が――だ。
負けたのは剣牙の親で、その時も繭を作ったそうだ。これは剣牙が大爪に聞いた話なんだろうけど。
繭から生まれ、繭や魔力液を食べて育つ間、大爪はそれとなく剣牙を気に掛けていたらしい。
その頃から大爪は、弱きを助け強きを望む、そんな誇り高い生き方をしていたのだろう。
そして『やる気になったらいつでも相手になる』と、剣牙に告げていたと。
でも、剣牙曰く、『やるわけない』とのことだ。あのデタラメな魔法を以てしても、一切戦う気が起きないって改めて強さの次元がわかんない。
でも、やっぱり……剣牙も繭から生まれて、親よりも考えが柔軟になったってことなんじゃないか――って、そうも思えていた。
「そうは言っても……お前たちがパゥパゥプォプォ言ってた頃に大蛇来てたら確実に死んでただろう……鳴き声に愛嬌はあったけどさ」
『グルルゥ……グルゥ!』
『ヴォゥヴォゥ!』
ポチは『生まれたての魔法……最初の生贄になるだけだ』と言っている。
違うよね。マダニの魔獣に届いてなかったよね。
プチに言わせると『また風通しの良い身体になりにきただけだ』らしい。
角短すぎたよね? あの頃ってただの頭突きだったよね?
大爪と三本角の戦いは、剣牙はもちろん、大蛇も気が付いていたらしい。
そしてあわよくば、と大蛇は動き出したらしいけど、剣牙が睨みをきかせていたようだ。
そのせいで戦いへの警戒が薄れ、あの極大の鰐みたいな魔獣が横槍にきてしまったり、大爪の繭は魔獣にちょっとかじられたという結果になったという経緯だった。
睨みだけでなく倒しておいてくれれば……とも思ったのは秘密だ。
でも、ぼくたちが半年前に大蛇に竜巻で吹き飛ばされたとき、大気の魔法を行使して助けてくれたのは他ならぬ剣牙だったそうだ。
意識がなかったけど、あれで生きてたことにやっと納得がいった。
でも、戦いに横槍を入れる気はあまりなかったようで、行く末を欠伸交じりに見物していたついでだったそうだ。
動く時と動かない時の差がよく分からない……気分屋が過ぎる、ともいえるけど……その気分で動くことを許される強者だから何も言えない。
でも、大蛇も剣牙を認識していたなら、最後の瞬間も逃げればいいものを……
そんな考えも及ばないほどに激昂してたんだろし、逃げだしたとしても、あの傷じゃ力尽きるのを待つだけだったけど。
「でも……かなり事情が把握できて助かったかな……それに……」
そして剣牙は去り際に、ポチとプチへこう言い残していったらしい。
『そこで眠る強き者と共に親が上り詰めた頂へ――そして願えるならば……さらにその上を』と。
痛みを忘れるほどの興奮がぼくを襲ったことは言うまでもないだろう。ぼくに言わせれば剣牙がどう言おうと、大爪や三本角と並ぶ次元の違う魔獣そのものだ。
そんな相手からの言葉をどんな顔をして受け止めればいいのか分からない。
それでも初めて『声』として贈られたことで、実感を伴ったことは確かな事実だ。
「崖下を……生き抜いたこと……その一言で報われた気が……するよ。伝えてくれて……ありがとう。大蛇に勝った事実よりもそのことがうれしい……よ」
そう告げたぼくを見上げるふたりはいつも以上に牙を覗かせながら、うれしそうに口元が吊り上がっているように思えた。
「そしてこれで……ぼくたちの勝ち……だな」
本当は世界に響き渡るほどの声を張り上げて喜びたかった。
でも、それは無理だ。
今、改めてその言葉を噛みしめるだけで、目の前のふたりさえ見えなくなる。
見えない……見れないのは、今のぼくは目から溢れ出る喜びのせいでふたりの顔をまともに見ることもできないからだ。
いつこの涙が止まってくれるのか……
今のぼくにはちょっとわからない。




