第54話 決着と目的 その2
「信じ難いけど……いや……むしろ納得できるのか……?」
『グルルゥッ』
ポチとプチから一通りの話を聞いたぼくの素直な感想だ。
「助けに来たわけじゃないっていうのは……ん~まぁ理解できるよ」
『ヴォゥヴォゥ』
あの場に現れた理由は、剣牙の眠りを妨げたことが原因ということらしい。
狂ったように乱れ撃ってたけど、それが当たったのか掠ったのか……運がなさすぎるやつだ。
――という体をとりたいのだろうか。
剣牙と大爪の関係性も一緒に聞いた今となっては好意的な解釈で、助ける理由として使っただけ……とも取れた。
「でも、ぼくを助けたのはまぁ……ささやかな勝利のご褒美みたいなもの……ってことかな。今となっては最後もきっちり締める姿を見せたかったけど……」
『グルグゥ~』
『あの頃からの成長に驚いたこともある』そう、告げていたとも付け加えられた。
ぼくが気が付いたとき以外でも、以前からぼくの存在は認識していたらしい。
「なるほど……言われてみると納得はできるよ。たしかにぼくが剣牙の立場でも同じ疑問を持つかもしれないし……」
『ヴォ~ゥ』
そう、なぜ剣牙がぼくを認識していたのか。
それは、大爪と三本角のナワバリの中を自由気ままに動き回っていたからだ。
剣牙のナワバリは崖下にあるとは言っても空中らしい。ポチたちから聞いてる限りでは、ナワバリ意識じたいもかなり薄いように感じた。
それでも崖下の『地』を主戦場としていた大爪や三本角の存在は十二分に認識もしていたそうだ。
「ぜんぜん気が付かなかったなぁ……感知じたいもできるようになったの最近だしなぁ……」
『グルルゥ~』
数多の魔獣がその匂いだけで逃げ出す領域。
その中に小さな猿……じゃなくてひとらしき者が自由に動き回っていれば、目で追ってしまうというのも納得できる理由だった。
ぼくが崖下に落ちてから感じていた視線のようなもの。
それはヒノだけが原因じゃなかったということだ。ほら穴の中で感じるものと外で感じるものに違いがあったようななかったような気がしていたけど、まさかあんなんがぼくを見ているなんて思いもしなかった……
「それで……お前たちには『王者の子』……かぁ……」
剣牙は、大爪や三本角の事をポチたちに対して『親』と言ったそうだ。
だから、やっぱりあの繭は自分の力を子供に引き継ぐためのものだったと言うことだ。あんなに強力な魔獣でも、自我を持ったまま体を作り直すということは不可能に近いというかもしれない。
「で……どっちが王者だったの? 王者って複数じゃないでしょ?」
『グルッ』
『ヴォゥッ』
ふたりが揃って『ボクだ』と言った。
『子』という表現ももしかしたら、少し違うのかもしれない。分身とは言わないけど、ひとの親子とも少し認識が違うんだろう。
とりあえず、睨み合った後に、角と爪で突っつきあうのは止めなさい。止めに入ったぼくにも刺さってるからね。
「きっと……それを決めるのが、あの戦いだったのかもしれないね」
こうしてじゃれ合うふたりを眺めていると、もっと他に道があったんじゃないか――とも思ってしまう。
長年生きた譲れないもの。
他を駆逐しなければ生き残ることができなかった時代の名残にも思えてしまう。だから……あの繭は『今』に適応しやすいように、自我が引き継がれないのだろうか、とも。
大爪と三本角は最後に何を伝えたんだろう。あのとき、理解できなかった声が、生まれ変わった時の約束を告げていたのだとしたら……
なんて……それはちょっと考えすぎだろう。
「『今決着をつけてやる』じゃないんだよ。仲良くしなさい。――ったく、自分たちの価値を理解していないやつらだなぁ……」
そしてぼくの予想もあながち間違えてはいなかった。
今はもうあの『繭』を作れる魔獣なんてほんの一握り。いなくてもおかしくないと告げたらしい。
剣牙自身でさえ、今の自分では作れるかが分からないと告げるほどの絶大な魔力が必要だと。
「もう神話の話だからね。まさか竜とか炎の鳥と同列に語られるなんて思ってもいなかったからな……」
それらの獣ならできるかもしれないが、やらないだろうとも言っていたそうだ。
その『位』に到達した獣はそもそも自然の魔力の流れへ還っても、自我を保ったまま復活するそうだ。だから他の獣に力を奪われる可能性が高い繭を作ることはしないだろう、と。
復活って……めちゃくちゃ迷惑な話だ。
でも。ぼくを見ながらこうも言っていたそうだ。
『大爪と三本角が、子に力を残し繭を作った理由が少し解った気がする』と。
子の残し方が生むわけではない以上、子に力を譲ることができても、親として接することはできない。
そしてあまりにも強く孤高な存在であるがゆえに、赤子同然の者に牙を剥くことはなく、どちらかと言えば気に掛けることが多かったらしい。
それがぼくを気に掛けていた理由であり、ぼくが生き延びることができた理由でもあるだろう。そして『そんな者と共に成長するのも悪くない。そう思ったのかもな』とも言っていたそうだ。
だとすれば……ぼくは少しでも恩に報いることができたのだろうか。
返しきれるものではないと思ってる。でもそれは報いるための行動をしない理由にはならないとも思っている。
「うん。あからさまにつまらなそうな顔をしないでほしいかな。プチ、欠伸をするんじゃない」
なんで竜とかと近い位置として例えられてるのに胸を弾ませないのか。ぼくには理解できなかった。
そして親? の気持ちを汲むつもりが一切ない態度も理解ができない。いや、むしろそれこそが大爪や三本角が子に願ったことなのだろうか。
――にしても、生きることに必死だった崖下だから教育が後回しになったことが原因だ。
だから……兄として、男の浪漫を教えてやらなければいけない。
そんな無駄な使命感がぼくに湧き上がっていた。




