第53話 決着と目的 その1
苦し……い……
まるで左右から壁が迫るような感覚。
重……い……
まるで左右から圧し潰されるような感覚。
「……――え?」
木々の隙間から覗く突き抜けるような青い空。
開けたばかりの目を思わず細めてしまう陽射し。
「……――え?」
右側にモサモサかつボサボサの暑苦しい毛の塊。
左側にツルツルかつゴツゴツの硬い岩の塊。
『グルゥ~』
『ヴォ~ゥ』
じゃなかった。ポチとプチだった。
「どう……なった……!? 大蛇はともかく……剣牙はどうした!?」
ぼくが起き上がり、ふたりがここにいる以上、最悪の結末は迎えていないはずだ。ここがどこかなど気にも止めず、ともかく気を失った後の出来事を把握したかった。
『グルゥ~グワグワッ』
『ヴォゥヴォゥ……ヴォ~ゥ』
ふたりがそれぞれ、
『ボクの真の力を見抜いて絶望と崇拝の意思を示して、牙をガタガタと震わせながら逃げて行った』
『ボクの中に眠る資質に驚愕と賞賛を残して、あの巨体を縮こめながら去って行った』
と、言っている。
ぼくは願望を聞きたいんじゃない。事実を確認したいんだ。
なんでここで虚勢を張るの?
その無意味に空を見上げている仕草はどこで覚えた?
あと手記から覚えたんだろうけど、無駄に仰々しい言葉を使うのも止めてほしい。
「そうか……そんな軽口言えるくらいなら、本当に何もなかったってことだよな……それなら……よかったぁ……」
脱力と共に起こした体を草の絨毯に投げ出した。
『グワグワッ』
『ヴォ~ゥ』
ぼくが耳を素通りさせたことが気に食わないのか、爪と角でぼくのお腹を突っついてくる。お前たちがぼくにやってきたことをやり返してるようなものなのに……立場とはこういうところでも扱いに出てしまうのだろうか。
「姿も見えないし……ぼくは剣牙の唾液……――?」
もう一度起き上がる。
手を握りしめると筋がギシギシと痛みに軋むけど、外傷はほぼ塞がっている。ポチやプチを見ても同様だ。
魔力液を使った後に受けた傷も跡は見えるけど、どれも治癒が施されていた。まだポチの牙と爪、プチの角にはひびが見えるけど、時間と共に塞がっていくはずだ。
あの時は血がのぼってたけど、大爪や三本角と同じように唾液に治癒効果があるということだろうか。
「ぼくは早々に気を失っちゃったけど……ふたりは結局、剣牙と話すことができたってこと?」
『グルゥ~ッ』
どうやら話自体はしたようだ。
「それなら……あれ? ここって崖上だよね? また落ちたりしてないよね?」
『ヴォ~ゥヴォ~ゥ』
プチが『崖から少し離れた森の中に身を隠した』と、崖の縁の方角を角で示しながらぼくに伝えた。
取り留めの無い話にしているのは、ぼく自身が原因なのかもしれない。
でも、あんな最後の最後で矢継ぎ早な流れが起きた上に、途中で気を失ったらこうなるのもしょうがないじゃないか。
しかも、ふたり揃って願望と妄想が入り混じったことしか教えてくれないし……
「よかったぁ……目的はまとめて達成できたみたいなもんだなぁ……」
胸を撫で下ろすぼくを見て、ポチとプチも浮かれるように喉を鳴らしている。
実感なんて今は湧いていない。
でも……どちらかと言えば大蛇の背にしがみ付いて上った時にみた景色は世界の美しさを実感させてくれたとも思う。
そのせいで死にかけたけど。
「うん。それじゃ勝利を喜ぶ前に……結局剣牙は何の目的できたのか教えてほしいかな?」