第51話 血戦と大蛇 その8
大蛇が乱れ撃つ魔弾の嵐を掻い潜り、ぼくが背後へ疾走する。
尾で地上を薙ぎ払いながら、ぼくに双眸を向けているが背後から迫るポチへの警戒を疎かにしているわけではない。
尾を避けるために、ポチが大地を蹴ると狙っていたかのように大顎が襲い掛かる。
ポチはその瞬間、岩を繰り出す魔力さえ惜しみ、親譲りの豪爪に込めた魔力が唸りを上げ、大蛇の『牙』に強烈な一撃を刻み込む。
それでも折れることなく鈍い光さえ醸し出す牙へ、
「お前を倒すのはお前自身の牙が一番だろッ!」
さらにぼくの渾身の力を込めた一閃を振るう。
ぼくたちの目的は大蛇自身の牙だ。この強靭かつ鋭い牙なら決着の一撃になり得る。そう考えた末の足掻きだ。
「ガッ……ガアァアア――ッ!」
そう簡単に折れないことくらいは分かっている。それでもこの牙はプチの角を二度に渡り真向から受け止めている。蓄積された傷は決して浅いものではないはずだ。
そんな最後の希望を頼りに更なる力を込めた時だった。ビキリ――と、持ち手部分に亀裂が走り――ぼくの握りしめた長剣は砕け散った。
「――くっ! こんのォォォーッ!」
残された最後の一本。
銀の短剣で苦し紛れの一撃を牙に重ねた時、甲高い音をたてながら、キラキラと輝く銀の粒を撒き散らした。
せめてひびを――
そんな思いの元に振るった短剣は小気味いい音色を響かせるも、浅い傷と煌めく剣尖を残すだけ……のはずだった。
『ヴォオォ――ッ!』
さらにぼくの背後からプチの角が突き立てられた時、あれほどまでに強固を誇っていた牙へ微かに突き刺さり。
「――な!? いや……――やれ! プチィーッ!」
『ヴォオオオオオオォ――ッ!』
プチの魔力が角の先に集約した時、同時に角へ亀裂が走る。そこへ最後の魔力の欠片までも燃やし尽くす覚悟を込めた特大の爆炎が放たれた。
腹の奥に響く轟音。そして煌めきを放ちながら上空へ舞うのは折れた牙だ。
『ヴォウッ!』
「まか……――せろォォォ――ッ!」
金切り声と呼ぶに相応しい、耳に触る叫びと共にのたうち回る大蛇。ぼくはプチの背を踏み台にさらに跳躍を繰り出した。
折れた角は片手で握れる大きさじゃない。牙の先端を下方に向け空中で抱える。
「お前自身で……鋭さを味わってみやがれ――ッ!」
落下に伴い速度が上がる中、暴れ狂う大蛇に突き刺すことは困難そのものだ……でもそれは、ポチがいなければの話だ。
残りの魔力を振り絞った岩壁がぼく目掛けて伸びる。それは最後の一撃を加速させるための踏み台だ。
最後の力の一欠片を足に込め、岩を蹴り飛び出す。
狙いは『目』だ。
でも、あの透明の膜に守られた双眸じゃない。
あの壁画には三つの眼が記されていた。
両目と……最後は額に一つ――だ。
「これで……最後だッ!! 潰れる前に見ておけ……這い上がったぼくたちの姿を――ッ!」
落下と加速。全ての力を込めた一撃が大蛇の目――そう、額を貫いた。
大蛇の牙は大蛇自身の喉までも突き破り、その鋭さを見事に証明する結果を見せた。
一瞬の静寂がぼくたちを包み込む。
続けて、直立していた大蛇の上部がゆらり――と揺れた。
太古の魔獣の最後。
全ての力を出し尽くしたぼくたちは――
勝手にそう決めつけてしまった。
「しまっ――こいつッ!」
揺れが突然止まったとき、危機を教えるように全身の毛が逆立つがそれでも遅かった。頭部を力の限りに振り上げられた途端、ぼくの体は宙に舞う。
崖上側じゃない。
崖に向かって――だ。
ポチとプチはその場で立っているだけで奇跡と呼べるような状態だ。
足を一歩踏み出そうとしているが、体がすでに言うことをきく状態じゃない。
「どこか!? 掴まれる場所を!」
無理だ。
崖際に放り投げられたわけじゃない。ぼくの手の届く範囲にあるのは宙だけだ。
大蛇が大爪や三本角のような、潔い最後を迎えるとは端から思ってはいなかった。
それでも。
死なばもろともなんて、ひとのようなことを魔獣が考えるわけがないと思っていた。
ぼくを放り投げた大蛇は、発狂にも似た咆哮を天に向けて放つ。
それは全てを破壊する意思表示だ。
ただ大蛇は体が朽ちるまで足掻く。いや、自分の最後を理解なんてしていないんだろう。
その証拠に傷口が広がることすら考えず、この状態でも怒りのままに竜巻を起こして見せた。
「ポチ! プチ! 逃げろッ! 放っておけば大蛇は勝手に死ぬ! だから……――お前たちだけでも生きろ!」
最後の祈りを込めた言葉を告げた時、自分の終わりを悟りながらもなぜか笑顔を向けることができた。
ぼくがいなくてもあのふたりなら大丈夫。
そう信じることができる。
心残りがないと言えば嘘になるけど……ぼくにしては上出来だと思う。
後は……崖下に激突するまで足掻き抜くだけだ――
『グ……グア……!』
『ヴ……ヴォォ……!』
ふたりがぼくに向かって走る気概を見せるがそうじゃない。
その力は逃げるために使うんだ。
「だから……行け! これで……さよ――痛っ!」
最後の言葉に喉を震わせたとき。
ぼくは空中で尻もちをついていた。