第47話 血戦と大蛇 その4
「……ぐぎ――っ……うげ――ッ! い……痛てぇ……?」
――で、済んだことに驚きを隠せなかった。プチの巨躯をまともに受け止めた衝撃は凄まじいものがあったことはたしかだ。
手の感触を確かめる。うん、問題なく動く。続けて足に力を入れる。折れていることもない。
「泡の弾力ってこんなに強かったの……?」
全ての泡は弾けてしまっている。
それでも落下の瞬間、衝撃を押し殺した感触はぼくの背中がよく覚えている。泡は一つである必要はなかったんだ。
「次は……上手く使えるかもね」
潰れた泡筒に目を落とす。内部に蓄積されていた魔力を使い切ったということだろう。
でも。
雨のように降り注ぐ魔弾が、感心している場合でも、名残惜しんでいる場合でもない――と訴えるように周囲をえぐり、破壊し続けている。
「あのやろぉ……ひさびさの痛みを受けたのか? 狂ったように魔法乱発しやがって……!」
魔弾の嵐を掻い潜り力無く横たわる弟に駆け寄った。
「プチッ! すぐに治療するからなッ! ぬぅ……ぐぅ――ッ!」
プチを担ぎ上げ岩壁の根本へ滑り込む。そこは狙われれば盾代わりにもならない岩の屋根。それでも半狂乱の大蛇が狙いを定める可能性は極めて低い。
体格的に角を引きずる形になったが、この状況でお上品なことを言っている余裕なんてない。
リュック内に入れていた最後の竹筒を取り出す。
中に満たされているのは、抜群の治癒力を誇る魔力液だ。
傷口に掛け、一口分を口に含ませる。
「次は……――」
プチに巻き付けていた長剣を携え、臆することなく魔弾の雨の中へ身を晒す。
当たる攻撃は感知できる以上、恐怖に負けて動けないことのほうが危険だ。すでに穴だらけの大地を疾走し、ポチの元へ飛び込んだ。
「無理に動こうとするな! でも……よく持ちこたえたな……!」
『グルッ……グルルゥ……』
立ってはいるものの、それはすでに意地の領域だ。力無く震える四肢で気力を頼りにその身を支えている。
「この残りの魔力液で……」
竹筒内の残りの液体を塗り同じように、口に注ぎ込む。
ぼくと違って肉体を作る要素がほぼ魔力であるポチたちは、魔力液による治癒効果が段違いに高い。塗った魔力液が膜を作ると、傷口をあっという間に覆い始めている。
「これでよし……こっちも傷を負ったけど……狙いは成功したな」
『グルルゥ……!』
ぼくたちの狙いは最初から背の鱗だった。
本来、目を潰すのが得策とは言ってもあまりに口に近すぎる。だから瞳に対する攻撃は気を引くための囮でしかなかった。
欲を言えば囮攻撃でも目に傷を負わせたかったけど、あの膜は予想外でもあった。
「好き放題暴れやがって……でも、今のうちにプチのところいくぞ……!」
『グルゥ!』
ふたりで岩の屋根の下へ滑り込む。心許ない雨宿りだ。
それほどまでに大蛇の魔法は無慈悲な破壊力を備えている。
「もしかしたら、あのなだらかな崖も大蛇が戦った末にできたものなのかもしれないな……」
ふと、そう思った。
目の前に在る全てを蹂躙する力を持った魔獣。いや、目の前だけじゃない。怒りのままに解き放たれる魔力は、遥か彼方でその威力を振るう光景もしばしば見られた。
大地はすでに原型を忘れている。
木々は薙ぎ倒され朽ちる刻を待つだけだ。
岩壁も軒並み崩され、比較的近いあの忘れられた遺跡も崖崩れで埋まっているだろう。
『ヴォ……オゥ』
「プチ!? 目、覚めたか……よくあの鱗を砕いてくれたな」
プチは即座に状況を理解したようだ。
これだけ爆発音が響き渡っていれば見るまでもない、といわんばかりに表情を引き締めている。もう荷物の心配をしている状況じゃない。プチに巻き付けている長剣以外は邪魔になるだけだ。
ぼくは背負っていたリュックを放り投げた。
リュックに戻した竹筒もごく少量の魔力液があるけど、あの攻撃を喰らったらこの量じゃ焼石に水だ。
それよりも少しでも動きやすくするほうが重要だ。
「持久戦をしても大蛇の魔力が尽きることなんてないと思う。だから……あの背中から攻めるしかないんだけど……」
プチが受けたすり潰しは凶悪だ。
あの形状だから背中なら、という考えの元に狙ったけどあんな形で背面の敵に対応するのは誤算だった。
『グルルッ』
『ヴォ~ゥ』
迷いながら告げた言葉。
そんなぼくの意思を後押しするように、ふたりは唸った。
「うん……うん。そう……だな! ふたり共……――振り落とされるなよ?」
ころころ攻め手を変えられるほどぼくたちは器用じゃない――と言うよりも、大蛇に通用する手段が限られすぎている。
プチだけで振り落とされるなら……
いつ止むともしれない魔力の雨の中、ぼくたちは次の好機をじっと伺っていた。