第45話 血戦と大蛇 その2
大蛇は、自慢の羽を仰ぎ螺旋を描き、ぼくたちという獲物に向かって嘲笑う代わりに雄叫びを響かせた。
全身の毛が瞬時に逆立つ感覚……これが捕食者の前に立つということだ。
『グガァアァアア――――ッ!』
『ヴォオォオオ――――ッ!』
ぼくたちの咆哮に歓喜を含む隙間なんてない。
抗うために命を燃やす。
大蛇から見れば、それもか細い……今にも消え入りそうな火に見えているのだろう。
だからぼくたちは焚べるんだ。
決意の叫びという薪を――
「ガァアアアーーッ!」
大口を開けたままに急降下する大蛇へ飛び掛かった。何よりも最初に確かめなければならないことがある。
大顎を飛び越え、背後に連なる首を覆い尽くす『鱗』へぼくたちの視線は集中していた。
さらにぼくは両手の長剣を並べ全力で斬りつけると、ギリリッ――と、傷跡を残すに留まるも長剣は欠けはしても粉々になることはなかった。
「ポチッ! プチッ!」
傷跡へ続けざまにポチの爪が走り、より深く削るも鱗は健在だ。
そしてポチの巨体が飛び退くと同時にプチが角を突き立てた時、傷跡から亀裂が走ることをこの目で確認する、が――
『ヴォォゥッ!』
あと一押しが足りず砕くには至らなかった。
口を開けたままに地面へ突き立てた大蛇は悠然とその巨躯をしならせ、とぐろを巻く。飛び退いたぼくたちは向き合うように地に降り立った。
大蛇にとっては、暇つぶしの玩具を見つけた感覚なのだろう。純然たる事実として、ぼくは噴き出る汗を止めることさえ叶わない。
息苦しさを覚えるほどに高い濃度を誇る魔力。その魔力を十全に振るうにふさわしい、しなやかさと強靭さを兼ね備えた巨躯は、絶望という言葉が形を成したようにさえ見えていた。
「この前のように簡単にいくと思うなよ――ッ!」
大蛇がぼくたちを覚えているかさえ分からない。戯れに放った魔法の前に成す術なく、その身を切り刻まれただけの関係なのだから。
エサとすら認識しなかった無常な現実。
その屈辱を腹に留めてやり過ごしてしまったら、それはここに落ちる前のぼくと何も変わっていないということだ。
だからこそ……ぼくにとって命を懸ける理由になる。
「ぼくはここにいるッ!! お前を倒し……――這い上がるんだッ!」
『グガァア――ッ!』
『ヴォオオ――ッ!』
大蛇の双眸がポチを捉え、流れるようにプチへ移る。
チロチロと艶めかしく揺れていた舌先が口の中へ引きこまれると、僅かに……ほんの僅かに両瞳が弧を描いたように見えた。
どこまでも癇に障る蛇だ。
「ポチッ! プチッ! 狙いはそのままでいくぞ――ッ!」
低い唸り声を以て返事をした次の瞬間。あの時と同じように大蛇が咆哮をあげた。周囲の木々はおろか岩さえも怯えるように震えるあの轟音だ。
「くるぞ――ッ!」
周囲の風が一瞬にして渦を作りだすと、悲鳴にも似た響きを奏でながら竜巻が形成された。巻き込む風の力に抗うだけでも、動きを制限される。だからこそ、ぼくたちは間髪入れずに左右に跳び、回り込むように大蛇の首を目指した。
プチは大蛇をも超える業炎の壁を作り出し、ポチが大地を沈下させ牽制の域を軽々と超えた行動の抑制――にも関わらず大蛇は動揺の欠片すら感じさせない。
――どころか、二対の羽をゆっくりと広げる素振りを見せた
「また飛び上がる気か!? させねーよッ!」
上から抑えるべく、ぼくたちは一斉に跳躍を繰り出す。
でも。
その行動は裏目となった。
ぼくたちが大地を蹴った直後、勢いよく広げた羽から……
数多の羽根が放たれた――
「ふ……ざ――っけんなッ!」
『グガァッ!?』
『ヴォオオ――ッ!』
狙いなど関係がないほどに全方位に撃ち出された羽根。一枚一枚の先端に暴風の魔力が込められている。
プチが作り出した炎の壁を容易に突き破り、分け隔てなく――限りなく等しく。ぼくらに数えきれない羽根の波が襲い掛かった。
ぼくは喉を震わせる直前、両の手を瞬間的に脱力する。
「ガァアア――ッ!」
直後――
最大限の力を込めると同時に目前を埋め尽くすほどの剣閃を疾走させ、
「痛――……ぎっ!」
右肩と左脇腹を抉られるに留めた。
ポチ、そしてプチも無傷でやり過ごせるほど甘い攻撃ではなく、紫色の血でその身を濡らしている。
それでもぼくらの足を止めることはない。足を止めれば待っているのは確実なる死。ということを理解している。
だからこそ、出し惜しみなんて考えられる状況じゃない。
端から全てを注ぎ込み、それでも足りないならば戦いの中で注ぎ込めるものを探すしかない。
それでも足りなければ……ぼくたちの負けだ。
弱肉強食――
頭の悪いぼくにお誂え向きの分かりやすい理に従い、ぼくたちは目の前に大蛇へ飛び掛かった。




