第41話 ぼくと遺跡 その1
『グルゥ……!』
『ヴォゥ……!』
「うん。あの道具を試してる時、空中からちらっと見えたんだ。色々可能性が広がるかもしれないぞ」
ぼくたちは進行ルートからさらに西へ外れ、西の崖付近まで足を延ばしていた。
なぜなら。
「これどうみても……町……だもんな。この状態だと遺跡とかいうのかな? でも……」
あの時、崖のふもとが楕円状にぽっかりと穴をあけていることに気が付いていた。しかもばかでかい穴だ。
これが自然に作られるということはない、という考えのもと足を運んでみると、広がっていたのは様々な建物が密集するいわゆる町だった。
「誰も……いない……?」
『グルゥ……ルゥ~……』
ポチが匂いを嗅ぐと消沈したように俯いた。それはぼくの言う通りということだろう。
「でも……さ……これ『古い』って言えるのか……?」
ぼくの村は石造りや雨に強い樹木で造った建物が多い。
そしてここの建物も木の種類が違ったり、石も単一の石だけでなく何か混ぜているかもしれないという可能性はある。でも、風化の気配が見えなかった。
洞窟の天井が崩落したのか、大きな岩が至る所に突き刺さり、大半の建物を圧し潰してはいるものの、残っている建物は不自然なほどに綺麗だ。
ぼくは洞窟内に足音を響かせ、一つの建物に近づいた。
「造りたてというか……劣化していない……?」
『ヴォゥ?』
この感覚はポチとプチには分かりにくいのかもしれない。そもそも家屋や建物という概念がこの崖下にはないも同然だから。
「うん。これはひとが使う寝床みたいなものだよ。寝るだけじゃなくて『生活』……そうだな、『料理』をしたりとか……――」
『グルゥ……』
ふたりの表情から読み解けば、必死にぼくの説明を理解しようという姿勢は十二分に伝わってきている。
でも……
「ははっ。違うな。こういうのは説明して理解するもんじゃないや。今は無理に覚えなくていい。崖上に帰ってぼくと実際に暮らせばすぐにわかるんだからね」
ぼくの言葉に大きく頷きながら尻尾を振る。 楽しいこと、だと少しでも伝わっているのなら今はそれで十分だ。
「ちょっと見て回りたいから警戒は頼むな?」
この町は歪だ。洞窟の中でこんなに綺麗な建物が残されてるだけでもおかしいのに、それを管理しているひとも見えない。
いや、ここに住んでいる、もしくは住んでいたのはひとであるという確証もない。
「でも……家具とかはボロボロだ。テーブルなんて……」
軽く叩いただけで崩れ落ちた。そうだ。それほどまでにこの町は忘れ去られているはずなんだ。
「建物だけが……時間から守られてるような……」
『ヴォ~~ゥ』
部屋の中を見回しているとプチがぼくを呼ぶ鳴き声をあげている。建物の外に出ると、プチが外壁の根本に彫られている文字を角で指し示していた。
「これ? なんかぼくの村で使う文字によく似てるな……『守る』みたいな文字とか『不滅』に似たような文字だけど……」
『グルゥ~』
「……え? この文字は魔力を発してるの?」
そういう魔術? 何の魔術? この劣化していない原因は魔術や魔法で食い止めてるということだろうか。
ちなみに普通に剣で切ったら傷はできたし、天井が崩れて岩に圧し潰されている家屋は風化が進んでいた。
「う~ん。さすがに……これは無視して進むことはできないなぁ……それにこの……洞窟の上部が何が起きたんだってくらいズタズタに抉られてるのは、魔法? それとも何かが通ったのか……?」
劣化しない原因はこれ以上考えても分かる兆しは見えない。もちろん天井の原因も、だ。
でも。
「昔の町なら……すごい強い武器が隠されているかもしれないってことだしね……ぼくでも使える魔術を覚えられたりとか……」
ぼくの興味はすでにそちらに移っていた。
この世界の魔力は濃い薄いをとても長い周期で繰り返している。魔力が濃い時期はそれだけ魔獣も強くなるけど、その分魔術の研究が活発になる。
だから古き良き――ではないけど、魔力が濃い時代に残されたものなら、それだけ強力である可能性もあるんだ。
――にも関わらず。
『グルゥ……』
『ヴォゥ……』
ふたりは『そう言いながら見つけた試しがない』と、欠伸まじりの心無き回答をぼくに突き付けていた。
古代……かはともかくとして、遺跡のようなものに心が躍らないなんて、男としてどうなんだ、と声を大にしたかったが、物理的に黙らせることができないぼくは黙って次の建物の家捜しに精を出すことしかできなかった。
あの頃の可愛いポチとプチを返して欲しい……
そう心の中で願いながら。