第34話 三年後 成長と決意
「ふふふっ……」
ぼくは自分の手の平に灯す火を前に口元を緩めている。
ポチとプチはチラ見するとすぐに他に視線を移すあたり、もう愛嬌というものが削げ落ちてしまったんだと思う。
「見ろっ! 降霊しない状態でも火が出せるようになったぞ!」
『グルルゥ……?』
ちなみに魔術は使えません。
魔術とは『詩』と言われるものを唱えると発動できるもので、この火を灯す、というモノは、残念なことに魔術の領域に到達していないものだ。
はっきり言うと属性が合えば誰でもできる。
風の属性が合うなら、火ではなく風を出せるし、水が合うなら水を出せる、という具合だ。
だから。
「いや~お前らの強靭な魔力をもらってこれしかできないって、逆にぼくすごいんじゃないか?」
『ヴォゥ……』
そんなぼく自身、驚きと流れる涙を隠せない。いつかうれしくて涙を流せる時が来ることをただただ願うしかない。
ちなみにポチがぼくに告げたことは『ずっと降霊してるんだから、変わらないんじゃないの?』と、無駄につぶらな瞳で問いを投げかけていた。
長男の威厳を物理的に教えてやるべきなんだけど、普通に負けるのでぐっと堪えた自分を褒めてあげたい。
プチは『その分足が速くなってるから……』と言っている。哀れみの視線を向けるのは止めてほしい。
「うん。まぁお前らが成長しすぎなんだよな……」
ポチとプチの体躯はすでに獅子……よりも大きい気がする。
力は上がってるので、持ち上げることはできるけど、体格的に抱えるということはもう無理だ。持ち上げても足を引きずる結果になってしまう。
逆にぼくはどちらにも楽々乗れるほどの体格差になってしまった。逃走に限らず、奇襲する時もぼくがどちらかに乗っていく場面はかなり多くなっていた。
「やっぱお互いの魔力の繭を食べたのは効果があったんだろうな」
『グルゥ~……』
『ヴォ~ゥ……』
「揃ってまずかったって言うな」
わかりやすく苦渋の表情を浮かべるあたり、昔の凛としたあの頃はもう戻らないんだろうな、と少し悲しくなってしまう。
あの圧倒されるほどの威圧感……いや、威圧感よりももっと包み込むような威厳が……と言っても過去の話だ。
そんな中でさらに一緒に過ごして分かったこと。
ポチは匂いで相手の位置どころか、心情的なものも感じ取れているようだ。
だから初めからぼくの言葉に反応というより、鼻で感じ取っていたのかもしれない。
プチは相手を感知する時、温度で探れる。
姿を隠してもなかなか体温までは変えられない。これもかなり有効な手段だと思う。実際何度もそれに助けられたしね。
水の中だったりすると鈍るみたいだけど……
「いっぺんに食べるよりも、毎日少しずつ馴染ませる――って言い方が正しいか分からないけど、それがよかったのかな?」
『グルゥ~……』
『ヴォ~ゥ……』
「そのせいでずっと食事がまずかったって……贅沢を言うな」
食事の締めとして食べていたけど、最後にあの味が来ることが苦痛だったようだ。
ぼくとしてはどんなに不味くても魔力が上がる以上、喜んで食べる以外に考えは浮かばなかったけど。
あの魔獣が、あっさりぼくに斬られた原因は欲張ったことも起因している、とぼくたちは結論づけていた。
魔力に振り回されていた――
これが原因だ。
何も考えず力を振るうだけで、あの周辺の魔獣を駆逐することは可能だったんだろう。それだけの魔力があの繭にはあったから。
でも。
それを扱うどころか振り回されていた結果、ぼくに反応することもできず、ただただその身を真っ二つにされるだけだった。と言うことだ。
そしてなにより。
大爪や三本角の魔力を取り込むにはそれ相応の資質が必要だ。器と言ってもいいかもしれない。
魔獣が、自分の口元すら焦がしてしまっていたのもそれが原因だ。
もちろん資質というモノに生まれた時から片思い中のぼくも例外じゃない。
だからこそプチが頑なに自分の繭をぼくに食べさせようとしていたんだ。
大爪の大地の魔力《《だけ》》を取り込んだ場合、いずれその魔力を取り込み切れず魔力が岩で塞がれたように破裂する未来が待っていた。
三本角の炎の魔力《《だけ》》を取り込んだ場合、体内の魔力がぼく自身を灰にしていただろう。
大地と炎の魔力を共に取り込んだことで、ぼくの中で大地と炎の魔力が互いに干渉し、相殺どころか相乗効果をもたらしてくれた。
硬質な大地の魔力を炎が溶かし混ざり合うことでマグマのような強靭さを持つ。
炎は大地の魔力を溶かすことで不要にぼくを焼くことがなかった。
これは大爪と三本角の力が限りなく拮抗していたことも要因の一つだと思う。
それでもぼくには手の平から火を出す――が精一杯なんですけどね。
どこまであのふたりに、そしてポチとプチに感謝をすればいいか、ちょっとアテがつかない。
「それじゃ~そろそろ……かなぁ……」
『グルゥ……!』
『ヴォゥ……!』
ぼくの声に反応すると一転して瞳が自然と鋭さを増した。
言いたいことをすでに理解してくれている、ということだ。
「うん。崖上を目指していこう」




