第32話 魔力液と強化
「ずっとほったらかしだったけど……残ってるかなぁ……」
『ヴォゥヴォゥ』
ぼくたちはプチの生まれた密林へ足を運んでいた。
もちろん目的は繭だ。
出発時にもちろんポチとプチにも告げたけど、プチは明らかに上機嫌に見える。産まれ故郷じゃないけど、懐かしさとかを感じているのだろうか?
それとポチたちから受けとったナーガの牙、もとい長剣も、ちょっと使ってみたい衝動に駆られている。
「無事に生まれたから安心して放置……というかあんな効能があるなんて思うわけないじゃないか……」
『グルゥ……』
『ヴォゥ……』
ふたりとも同意の様子だ。生まれた後の保護的な目的でも、あの繭は使われるものだった、ということなのだろうか。
そんな疑問を思い浮かべているが、答えはすぐに理解できることになった。
「なんだ……よ……これ……」
繭のほら穴が近づくに連れて地形が変化している。自然現象ではこんなこと起こりえない。明らかに強力な魔獣が戦った痕だ。
魔獣の亡骸はどれも魔力凝縮を起こしているが、昨日今日打ち捨てられたものじゃない。
『グルッ!? グルォォォ――ッ!』
そして何かを嗅ぎ取ったように、ポチが鼻先を跳ね上げ唸り声をあげた。明らかな敵意を向ける視線の先にいたのは、過去に見かけた『マダニ』のような魔獣……だよな?
「おか……しいだろ……変異した個体なのか?」
ぼくの顔程度の大きさのはずが、キュクロプスやミノタウロスに劣らないサイズに育っている。
腹が膨らんでいない状態で、だ。
八本の肢の一本一本がぼくよりも太く、牙代わりの鋏角が蜂の顎のように軋みを上げ、炎を纏った消化液? を垂れ流している。
いや、むしろチリチリと口元を焦がしているようにも見えた。
『ヴォオォオオオ――ッ!』
隣に立つプチが見たこともないほどの威圧と共に咆哮を奏でた。目に見えるほどの怒りの根源を今のぼくは理解できていない。
「強化された個体なのは間違いない……ぼくが突っ込むから、援護頼むぞ……!」
長剣を構え、足に力を込める。
「行くぞォッ! ――〈始まりの火を灯せ〉」
降霊と共に全力で大地を蹴った。
いつもとなんら変わりないはずだった。
でも、ぼくの身体は体感したことのない速度を以って――
魔獣との距離を一瞬で詰めていた――
「――えっ!? こ――のぉッ!」
動揺よりも先に反射的に動けたことは、今まで死闘を繰り返してきた成果なのか。とっさに構えていた長剣を下から真上に振り上げる。
自分が振り上げた剣の勢いに体ごともっていかれつつも、その場で一回転し勢いを殺した。
「な――これっ――!?」
魔獣の目の前から飛び退きつつ、自分の手に視線を落とす。
でも、その必要はなかった。
ズルリ――と、魔獣の体がズレる。
両断された魔獣は、断末魔の叫びさえ上げることすらなく、その身を地に伏していった。
『グルル~!』
『ヴォ~ゥ!』
その光景を作り上げた当事者であるぼくが、一番唖然と眺めていたのかもしれない。疲労が回復した、とかそういう表面的な話じゃない。
ぼくの魔力に大地や鉱石が溶けあい、今までの軽い火の魔力ではなく、マグマのような重さ――いや、強靭さが備わったような感覚だ。
体内の魔力が若干、引っかかるように感じることもある。まるでぼくの魔力では燃やすことができない石の塊、いや岩があるような。
すごい感覚的な話だけど……。
すると。
背後から弟たちの喝采を浴びることになるが、どう考えてもおかしい。
「え……ちょっと……どういうこと……?」
両手に視線を落とした脇でポチとプチが顔を見合わせながら、頬を緩めているようにも見える。
「――え……ポチ。プチ。これ……あの魔力液? 治癒能力だけじゃないってこと?」
そんなぼくを尻目にポチとプチは奥に走っていく。
奥というよりもほら穴に、だ。
そこにあった繭はポチの繭以上に穴があけられ、中の液体も残りわずかとなっていた。