第28話 ポチとキュクロプス
結局周辺を散策した結果、遺品的なものはいくつか見かけたけど使い物にならないものばかりだった。
日記的なものがあれば状況把握に使えてうれしいけど、よくよく考えるとぼく自身も残していないので、東側で見つけたことは幸運と言ってもいいんだろう。
『魔術を使える道具』もなさそうだけど、ぼくがあまり知らないので見逃している可能性は否定できない……
「ポチ! お前……いけるのか!?」
『パ~ゥ!』
そんなぼくたちは、結局魔獣たちとの戦いに明け暮れる日々を送ることになっていた。
ポチとプチの成長はやはり魔獣として見たとしても優れて……いや、優れ過ぎている。まだ、体躯は犬並みだけど、魔法がどんどん強靭に研ぎ澄まされたものとなっていた。
「言いたいことは分かる! でも気を付けろよ……!」
『パゥゥゥゥッ!』
この周辺は凶悪な魔獣がとても多い。
今向かい合っている『キュクロプス』という単眼の鬼も、手記に記されていた以上に強力な魔獣だ。
見た目の筋肉もごつすぎるし、元のポチたちには遠く及ばないものの、おとなの三倍は背丈がある。おまけに岩を削って作ったのか、石の棒も持っているあたりちょっとズルい。
武器はか弱いひとたちが使うものだろう。
正直な気持ちを言えば、今のぼくら全員で掛かっても勝てるかどうか、というところだ。
「プチ。こっちも油断できないぞ……!」
『プォ!』
そう、ぼくたちは今、百足の魔獣に囲まれている。にもかかわらず、さらに余計なキュクロプスまで登場した。
そこで、ぼくたちが百足たちを掃討するまでの時間稼ぎをポチが買って出たところだ。口を挟む余地を許さない立派な後ろ姿は、小さくともあの頃の大爪の姿をぼくに思い出させてくれる。
『パゥ――ッ!』
ポチの唸り声が咆哮に変わったと同時に大地がキュクロプスに牙を剥く。開戦の合図と共に、ぼくとプチは百足たちを蹴散らしていく。
「もうお前ら程度じゃぼくは止められないぞ――ッ!」
瞬時に百足を百以上に切り刻み、プチの炎が無慈悲に飛び交う。あとはポチが引き付けているキュクロプスだけだ。
倒しに掛かるかどうかは状況しだい――
すぐさま振り返り地を蹴ろうとした矢先。
『パゥゥゥンッ!』
キュクロプスの石棒を見事に受け、目を回しているポチの姿が目に入った。
「うそぉぉぉぉッ! ぬあープチィィィィー!」
『プォォォォッ!』
プチの炎の角が発射されるとキュクロプスも迂闊に近寄ることはできない。ぼくが滑り込むようにポチの元に駆け寄ると、俵を担ぐように肩へ乗せた。
「逃げるぞぉぉぉーッ!」
『プォーッ!』
目を回したポチは無反応。
良い夢を見ているのか、悪夢にうなされているのかは分からない。あのかっこいい雄姿に、見惚れたぼくの気持ちのやりどころが見つからないことだけが問題だけど。
「くっそ――! 立派に成長してすっかり重くなりやがって……そのうち持てなくなりそうだ……!」
『プォ~!』
今も死闘はたびたび起こる。
でも、ぼくたちの戦い方はかなり柔軟になった気もしている。逃げる回数も順調に伸ばしているけど、そもそもすぐに勝負がつかない場合はぼくたちは逃げるほうが多いんだ。
なぜなら魔獣の集まる速度がこの周辺は異常に早い。
「キュクロプスしつッこいな!」
『プ~ォ~……プォッ!』
それだけひとが来なかった。
魔獣による魔獣のためだけの領域だったのだろう。
そこにぼくが踏み込んで騒ぎを起こせば、みんな競ってエサに群がるのはしょうがないと言えばしょうがないんだろう……とは思う。
「よし……これなら引き離せる! よくやったプチ!!」
『プォ~!』
ぼくらの逃げ方もかなり洗練されてきていると思う。今もプチが大樹の根本に炎の角を打ち込み、キュクロプスの進行を上手く防いだところだ。
ぼくとヒノだけで生き抜いていた時よりも、だいぶ気持ちにゆとりができていると最近は実感している。
張り詰めた糸のように、薄氷の上を歩くように、ギリギリの毎日なことはたしかだ。
でも、誰かが倒れた時に誰かが助けられる。
そんな支え合う関係は糸が切れる前に、氷が割れる前に、ぼくの気持ちを掬い上げてくれたんだと。そう考えられるようになっていた。




