第19話 大爪とつぶらな瞳
「大爪……! お前目が覚めたのかーっ!」
駆け寄ってきた子犬? を抱きかかえる。
まぁ犬がこんな牙と爪を持っていたら飼うひとはいないだろう、というくらいには小さくても形から禍々しさを放ってるんだけど……
体毛の一本一本が周囲の魔力を吸い尽くしてるんじゃないかってくらい艶があるし……この毛を服に付けたらすごい防御力を……――って、違う違う落ち着け、ぼく。
睨みつけるだけで相手を射殺すような鋭い眼光は過去のもの。今はつぶらな瞳をぼくに向け、あまつさえお尻に申し訳程度についた尻尾がブンブン振り回されていた。
でも、この尻尾に岩を収束させて、特大の剣のように相手をぶった斬っていたことを知ってるぼくとしては気が気ではないということも事実だ。
『パゥッ!』
毛の色は一緒……だけど、あの魔獣がこんなに愛嬌を振り撒くことになるとは、ぼくの想像を容易に超えていく事態だ。
頬をペロペロと舐めてくるし……全体的にちょっとポッチャリしてるのが、なお子犬らしさを醸し出している。
地面に戻すと感情を全身で表現しているのか、くるくるとぼくの周りを走り出した。魔獣の名残があるとはいえ行動も子犬そのものにも見える。
「生体に変化するどころか小さくなるとはなぁ……」
残った魔力で体を作り直したのだろうか。
だとしたら、ここまで性格的なものが変わるというのもおかしい気がする。ちゃんと孵化? できなかったから記憶が混乱していたりするのだろうか。
ぼくの知識にも手記にも魔獣の繭のことは一切手がかりがない。
「でも……あのまま起きない――なんてことがなくてよかった……」
尻尾を振りながらぼくを見上げる大爪の頭を撫でる。
そして一つの悩みもこれで解消だ。
「そんで……お前は自由だ。それにこの周辺はもともとお前がその身を削って手に入れたナワバリだからね」
言っていることが分からなくとも、ぼくの声という音に意識を注いでいることが見て取れる。
「最近はちょっと危険になってきたから、生き延びる上でも注意しないとだけどね」
襲ってこないという保証なんてないけど、そこはあまり重要じゃない。
でも……動物のように一緒に過ごすことはできない。それはこいつの自由を束縛してしまうことになるからだ。
「ぼくは別の場所に行くからここを使うのも自由だ」
『パゥ……?』
この幼さ――実際に幼いのか不明だけど……とはいえ、こいつが生き延びるための心配はこれ以上は不要だとぼくが思っていることもある。
魔獣の本能は、このような自然界で生き延びることに長けている。圧倒的な捕食者などがいれば危険だけど。
「一緒だと逆に危険だからな。ぼく狙いの魔獣もこれから先増えていくだろうし」
そして何より魔獣はひとを狙う。大爪がぼくを――ということじゃない。この崖下に生息する数多の魔獣たちが、だ。
だから誕生を見届けた今、これ以上一緒にいることは大爪にとって不利益でしかないんだ。
「魔法は扱えるまま……だよね? 牙とか爪はすっかり……だけど魔法があれば大きさなんて関係ないからね」
そしてぼくが安心する最大の理由がこれ。
正直言って大爪と三本角の魔法は、今まで出会った魔獣の中でも群を抜いて強力……といえる次元を超えるほどにデタラメだ。
有り余る魔力で一度戦いだせば周囲が原型を留めていることなんて一度もなかった、ということ。
大爪が戦えば大地すら武器に変わる。正直羨ましいことこの上ない……
――と、ないものねだりは良くない。
ぼくは考えを切り替えて移動させる荷物の整理に取り掛かった。
その間も大爪は体を擦り付けてきたりと、どう考えても元の記憶を持ち合わせていないような行動ばかりとっていた。
「生まれ変わりって言うよりも、魔力を引き継いでるだけなのかな……?」
整理を終えて、喉元を撫でていると、『パゥゥゥ……』と気持ちよさそうな声をあげている大爪。
体を作り直したついでに、精神……気持ちも一新ということなのだろうか。
「まぁ……でも……ぼくはそろそろ行くよ。すぐに何か起こることもないだろうけど心配だしね」
最後に頭を撫で立ち上がると、大爪は不思議そうに見上げるだけだ。
「それじゃ――って言っても行動範囲は似たような場所になるからすぐ会うだろうけどな。前のように逞しく生きるんだぞ!」
『パゥ~~……?』
ぼくは首を傾げながら見上げる大爪へ手を振ると、慣れ親しんだほら穴を後にした。