第18話 大爪と鳴き声
「おい……大丈夫か……?」
ぐったりとしたまま目を開けない大爪のお腹を叩く。
やはり出てくるのが早すぎたんじゃないだろうか。
息もしていない。
「おい……しっかりしろ!」
この小さな身体は早産の影響なのかどうかがぼくには判断ができなかった。
鼻から息を吹き込み、胸付近を握った手で叩く。
「――くそっ! おいっ! 目を開けろっ!」
ぼくは考えられる限りの手段を尽くしたつもりだ。それでも……大爪は、ピクリとも動かない。
まだ、起きる段階でもないということなのだろうか。
「だったら……」
ぼくは残った繭とドロリと垂れ流れた液体に目を向ける。
「少し……少ししんぼうしてくれよ……」
ぼくは脱いだローブの上に大爪を乗せると、剣を抜いた。残った繭を岩から切り放し、残った液体が零れないよう穴を上に向け、
「一度出ちゃったあとでも効果があるか分からないけど……」
中に大爪を入れた。
かろうじて浸かる程度に液体は残っているけど……
「ここじゃもうダメだろうな……ちょっと揺れるけど我慢してくれよ」
繭の穴部分を袋の口のように手で抑え、荷袋のように担ぐと、ぼくは拠点にしているほら穴へ脇目もくれず疾走した。
必要以上に揺れないよう配慮しながら無事にほら穴へたどり着くと、普段は使わないほら穴の一番奥へ繭を置き。さらに簡単に触れられないよう、付近の岩を空気の通り道を残して敷き詰めていく。
「これで……どうにか……そしたら先に――」
これで一安心なんてできるわけもない。
この処置があっているかも分からない、そしてそれ以上に三本角の繭も確認しなければならない。
「ちょっとだけ……待っててな」
振り向き様に告げると、ぼくは帰り道以上の速度で、三本角の繭へ向かった。
「は~……よかったぁ~……」
場所のおかげもあるのだろうか。
密林のほら穴の中へ作られた繭は、周りに魔獣も見当たらず、あのときのままだった。
「移動……させたい……けど」
この繭もほら穴に持ち帰りたい。というのがぼくの本音だ。
でも、大爪と違い、今時点ではここに問題は出ていない。もし、環境にも左右されるとしたら変に動かすことも避けるべき。という思いがぼくの行動を鈍らせていた。
「いや……逆だな……ぼくがこっちに来よう」
ぼくは、迷うことなく探索を中断することも決定していた。
これは村に帰ることよりもずっと大切なことだとぼくは感じているからだ。無事に孵れば元の状態に戻るのかは分からない。それでもぼくは少なくともそれまでは見守らなければいならない――と、そんな使命感に胸が満たされていた。
「もっとほら穴の奥に押し込みたいけど……それも良くないかな……」
判断の材料にできる知識が足りなさすぎるため、ぼくは安全のための繭移動も避けるしかない状態だ。
いや、そもそも魔獣が繭を作るなんてことじたい聞いたことがない。
念のため周囲に魔獣がいないことを確認すると、ぼくはまたも拠点のほら穴へその足を向けることとなった。
「動物の卵だってひとに取られたり、他の動物に食べられちゃうんだし……もっと早く気が付けば……」
自然のままに任せることが最良だと思っていた。
でも、あの出来事を振り返ってみれば、そんな悠長なことが許される環境じゃない、と自分の思慮の浅さにちょっと辟易していた。
「食べ物と手記とか……先に大爪持って……――」
気が付くのが遅れたのは、引っ越しに思考を向けていたからこそだ。
「……ん?」
ほら穴の奥からぼくに向かってちょこちょこと駆け寄ってくる子犬のような生き物。
小さな全身を躍動させるよう、全力で駆けていることがよく分かる。
その小さな生き物は、目の前で尻尾を千切れるほどに振り回しながら止まり、
『……パゥッ!』
と、聞き覚えのない庇護欲を誘う鳴き声をあげていた。