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第16話 引き分けと繭

『グルルゥ……』


 大爪(おおづめ)が喉を鳴らすと、三本角(さんぼんづの)は驚いたように反応しその動きを止めた。

 三本角(さんぼんづの)は、何か伝えようとしているのか、口を開けるも困惑しているように瞳を揺らすだけだ。


 ……――


 ……――――


 ……――――――


 すると、大爪(おおづめ)三本角(さんぼんづの)に背を向け歩き出した。


『ヴォゥ……』


 その後ろ姿に三本角(さんぼんづの)は、微かな鳴き声をあげる。

 側にいるぼくでも聞き逃すほどの囁きにも関わらず、大爪(おおづめ)は、頭部だけで振り返り視線を交わすと何も言わずに去っていった。

 その足取りは普段のしなやかさなんて一切持ち合わせない、とてもぎこちない歩みだ。

 でも、その姿は出会った当初よりも美しく、身震いさえ感じるほどに大きく映っていた。


 三本角(さんぼんづの)は、大爪(おおづめ)の姿を見送ると同じように踵を返すと、ゆっくり……一歩ずつ、その重い足を動かしていく。

 それはぼくが歩いても追い抜いてしまうほどの速度だ。滴り落ちる血の跡を消しながら、あとをついていく。

 そして、付いていった先でその意味がやっとぼくにも理解できた。最後を自身の寝床で迎えるために戻ってきたということを。

 動物も死期を悟ると姿をくらますことがある。

 この誇り高き魔獣は戦いに敗れたなら、そこで死を選ぶことに迷いはないだろう。だから……あの時の鳴き声は決着が付いていない――引き分けとでも伝えたんだろう。お互いに最後だということを理解していたことくらい鈍いぼくでも分かっていた。

 そして、三本角(さんぼんづの)は、密林の中に隠された巨大なほら穴へ入ると糸が切れたようにその身を地に伏した。

 すると今まで感じていた圧がふっ……と風に撫でられた蝋燭の灯のように揺らめきながら消え入った。


 もう本当は、事切れていたのかもしれない――


 大爪(おおづめ)の最後の声を受けたからこそ、ここまで戻ってこられたんだと。

 命を懸けて向き合った相手だからこそ、その気持ちに答えたんだと、そう、強く思えた。


「戦いに明け暮れてたんだ。でも……もう……ゆっくり眠れるな。それと……ありがとう」

『……』


 ぼくは結局、恩も何も返すことができなかった。

 だから、せめて気持ちだけを伝えた。

 そのとき――

 三本角(さんぼんづの)の体中が淡い光を帯び。砂の山が風に吹かれたように体が崩れていく。


「自然の魔力の流れに還るんだね」

『……』


 赤く煌めきながら揺れる光が広がっていく。広がるにつれ細い糸のようにわかれ、また中心に糸が集まりさらに包み込んでいく。


「違……う? 魔力の糸? が……集まって何か……」

『……』


 目を離すという思考すら生まれない、神々しくも温もりを覚える光景にぼくは呆然と佇むことしかできなかった。


 数分だったのか、それとも数時間経ったのか――


 三本角(さんぼんづの)の体と魔力は全て赤い糸に(ほど)け、ほら穴の中に『繭』を作り出していた。

 幼虫が作り出すようなモノの数千倍はあるけど、これはたしかに繭だ。

 おとなでも、二……丸まれば三名はいけるだろうか。そんな大きさだ。


「治癒……じゃないよね。体は崩れたし……」

『……』


 幼虫は蛹が繭を作って成体になる。

 でも……三本角(さんぼんづの)は明らかに成体……だよね?


「でも……なんであれ、そっとしておくのが一番……かな……――うん……行こうか」

『……』


 繭作りを見届けたぼくはその場を後にした。

 名残惜しさがないといえば嘘になる。でも、じっと見ていたらせっかくの安息の邪魔になってしまう。

 そして。

 まだ拠点に戻るわけじゃない。

 ぼくは周囲を警戒しつつも、その足に力を込めその身を疾風と化した。


「やっぱり……崖下の魔獣はそういうものなのかな……」


 ぼくは大爪(おおづめ)のナワバリに入り血の跡を辿った結果、同じような繭を見つけていた。

 あっちが朱に近い色だったことに対して、こっちの繭は土の色だ。崖近くの巨大な岩の根本に開けられた穴の中に作られている。

 色が違うことしかぼくには違いが分からない。

 それでもぼくはこの繭に対して何かする気はない。この神聖ささえも醸し出す繭にぼくが手出しするのは気が引けるからだ。


「ありがとう……おかげでぼくは今……生き延びることができてる」


 繭に手を当てながら別れの言葉を告げるとぼくは振り返った。


「よし……それじゃ~戻ろうか! ご飯食べるのも忘れてずっと見入っていたしね。血の跡も踏み消してきたし……もう……ゆっくり休ませてあげよう」

『……』


 ぼくはこの三日間の出来事。そして今起こった出来事を忘れることはないだろう。

 今日ここで二匹の偉大な魔獣の最後に立ち会う事ができたのだから。


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