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第15話 一年後 大爪と三本角 その2

 あの激突から三日経った今。

 なおも二匹はお互いの前で立っている。

 大爪(おおづめ)の背は焼け爛れ、強固な魔力を滾らせていた焦げ茶の毛が痛々しく張り付いている。

 腹部には焦げた穴も空いていて、しかも一つどころじゃない、数えきれないほどだ。自慢の牙も片方折れ、強靭な爪も折れているか溶けているかの違いしかない。

 三本角(さんぼんづの)の角はすでに一本だ。

 首を守っていた強固なフリルもすでに切り裂かれ、守るという役目を果たせる状態じゃない。その証拠にその巨躯の至る箇所に岩の突起が刺さり、さらに爪跡が刻まれている。鋭く歪んだ、かぎ爪もすでに千切れ、自慢の突進力の要も失っていた。

 ぼくでもわかる。

 どちらが先に倒れようとも、残りもあとを追うだけだ――と。

 でも……決着はついていないんだ。

 だから二匹はお互いから目を離さない。

 川に立つ二匹の足元から毒が振り撒かれたように紫色に染まっている。もう血が枯渇していてもおかしくないほどの量を二匹は流し続けていた。

 時折、体が揺らめいているのはすでに意識を繋ぎとめるだけで精一杯ということを示している。

 だからこそ――

 それを理解しているからこそ――

 二匹は最後の咆哮に喉を震わせた。


『グルゥ……――グガァアァアアアアア――――ッ!』


『ヴヴォゥ……――ヴォオォオオオオオ――――ッ!』


 最後となる突進に全てを賭けるべく、わずかに身を屈める。

 でも。


 自然とはいつも無慈悲なものだった――


 三本角(さんぼんづの)の足元。

 濁りきった水中から突如現れた巨大な顎が、歓喜の叫び声と共に血塗れの腹に食らいついた。


『グォオォォォ――――ッ!』

「――え?」


 丈夫な鱗で覆われた背面。獣よりも長く強靭な大顎。そして、二匹に劣らぬ巨躯を持つ(ワニ)に似た魔獣が三本角(さんぼんづの)の腹に遠慮なく牙を突き立てていた。

 大爪(おおづめ)三本角(さんぼんづの)も、互いだけに意識を向けていたからこそ、この強大な相手に気が付くことがなかったんだ。


「ふっ……――ざけんなァァァ――ッ!」


 ぼくは激情のままに飛び出した。

 丸焦げの大地を蹴り、行く手を阻むように飛び出している岩の突起を足場として、全力で突き進む。


 こんなことがあっていいのか?


 もう最後だからこそ――


 もう助からないからこそ――


 決着はあの二匹に委ねられるべきじゃないのか?


「〈始まりの火を灯せ〉――ッ!」


 (ワニ)の顎に敷き詰められた牙一つ一つがぼくと変わらない大きさだ。そんな相手にぼくが勝てるわけはない。

 それでもぼくはここで動かないのならば、これから先、自分の利だけを追求することでしか戦えなくなる。そう――強く思った。


 ぼくは恩や情で戦えるひとになりたい。


 だから――

 ぼくは叫ぶんだ。


「ガァアァァァァ――――ッ!」


 岩の突起を起点に大跳躍を繰り出す。目標は(ワニ)の魔獣。

 正確に言えば――


「でかいことが有利なだけだと思うなよ――ッ!!」


 目だ。

 ぼくは短剣と骨剣を逆手に持ち、(ワニ)の瞳に力の限りに突き刺した。三本角(さんぼんづの)に大顎で食らいついていたからこそできた隙。

 (ワニ)にとって想定外の奇襲と痛み。

 大顎が三本角(さんぼんづの)の胴体から外れ、慟哭の如き鳴き声をあげながら、その身を捩じり頭を振り回す。

 ぼくは両の手に力を込めるが、吹き飛ばされるのは時間の問題だろう。

 少しでも傷を――

 骨剣を刺したまま、銀の短剣を何度も突き刺すと、(ワニ)の巨躯が海老(エビ)のようにその身を跳ねさせた。

 手の力が限界を迎えた時、(ワニ)が頭を縦に振るったと同時にぼくは天高く吹き飛ばされる。


「――ぐぅっ!」


 下で待ち構えるのは大顎を開けて待つ(ワニ)だ。

 それでもぼくは諦めない。

 あの巨体である以上、嚙み潰されなければ消化されるまでに時間があるはずだ。今のぼくは逃げに思考を回さない。

 消化液にぼくが溶かされるのが先か、ぼくがお前の腹を突き破るのが先か勝負してやる。

 でも――

 そんな決意は不要だった。

 大きく開けた口の奥から、体を突き破る岩の突起をぼくの目が捉えた。

 (ワニ)は絶命を告げる叫びさえ許されず、モズの速贄(はやにえ)のようにその身を岩に串刺しとされた。

 ぼくに意識を向けていなければ、こんなことにはならなかったとも思う。

 さらに足場となる突起が繰り出され、ぼくは地面に叩きつけられることを回避するとその場から二匹を見回した。

 大爪(おおづめ)は、それ以上魔法を繰り出すことなく佇んでいた。

 すでに足元さえも定まらない三本角(さんぼんづの)が、ふらつきながらも足を進めている。

 その一歩一歩は、大爪(おおづめ)へ辿り着くことすらも怪しいほどに鈍重だ。

 でも……ぼくには、その姿が奇襲の傷など関係ないと叫んでいるようにも見えていた。


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