セレストブルーの記憶
ある2人の旅人が宇宙空間を浮遊魔法で旅をしていた。軽装の鎧を身に纏った男性、ルーグ。そして白衣のようなものを着た女性、クリスタル。
食べ物が尽きかけていたある日、食べ物を宇宙空間を渡り歩いていると、ふと戦艦が見えた。相当ボロボロで、船体には穴も空いている。そして光が少ない事から、もうエネルギーは底をつきかけているのが遠目から見てもわかる。
「なんか戦艦あるぞ。どうする? 生き物がいるようには見えないが、寄ってみる? 食料も水も一応あれば欲しいし」
そうルーグが話すと、言葉遣いの荒いクリスタルが口を開いた。
「そうだな。食料が手に入るまもしれないし。誰かいれば購入して、誰も居ないなら悪いが貰っていこう。寄ってみるか」
2人は戦艦に空いている穴から内部に入る。外側からの衝撃で穴が空いたのだろう跡がある。瓦礫を超え、2人が見たのは荒れ果てた街並み。"街だった”のが分かる程度しかない民家の跡。生き物が居た痕跡しかない酪農地帯。瓦礫に埋もれ、何があったのか分からない農園。そしてあちこち群れている魔物。
「魔物の襲撃で滅んだのか……。だが、外から見る限りではここは「戦艦」だった。何故魔物の侵入を許したんだ? 攻撃して倒していけばいいのに」
「わかる奴がいればいいんだがな、望みはあまりないな」
「とりあえず、ここの住人を探そう。食料貰いたいし」
クリスタルとルーグが辺りを見渡すと、ルーグが遠くに倒れていない建物を見つける。
「高い建物が見えるな。あそこに向かわないか? 無事な人がいるかもしれない」
「そうするか。すまん、民家の人。ちょっと食料貰っていくな」
クリスタルは”住人だったモノ”に一言かけ、食料と水を貰っていく。魔物を退けつつ、2人は見える中で一番高い建物へ向かう。貰った食料を観察しながらクリスタルは話をする。
「食料の長期保存が出来てるし、街もかなり発展している。そしてここは戦艦。なのに、さっきの民家には武器すらなかった。何故だろうな?」
「武器とか持っていていいはずだがな。戦闘員ではなかったからか? だが、そんなヤツが戦艦に居るのも変な話だ。『戦艦』と言えば、戦える兵士が多いのが普通のはずなのに」
「何はともあれ、あの建物か。情報あればいいな」
やがて大きな通りに出る。大きな建物は通りの中央にある。大通りには、美しかったであろう街並みが瓦礫の山に変わっている。美しかったであろう商品はボロボロになっている。
それらを踏みつぶし、新しい獲物を見つけた魔物の大群が襲ってくる。2人はそれらも退け、やっと大きな建物にやってくる。建物は灰色ががった白の建物だ。高さもあり、建物には塔らしきものもついている。また明かりがついていることから、僅かにエネルギーがあるようだ。
「やっと着いたな。魔物の多い事よ。さて、中はどうなってる事やら」
「ドアは何処だ……、うおっ! 自動ドアか。まだ動いてるんだな」
自動ドアをくぐれば、中はやはり生き物の居た跡しかない。しかし、街とは違う点があった。クリスタルがしゃがみこんで壁を見る。
「見ろ、弾痕がある。それに、刃物の跡も。ここだけ、戦った跡がある」
「つまり、ここは最低限守らなければならなかった場所、って事だな。情報はありそうだな」
2人が話していると、エレベーターらしき装置が動く。警戒してルーグは双剣に手をかける。現れたのは、長髪のアンドロイド。所々ボロボロになっている。アンドロイドは二人を見るなり、急いで近づき話しかける。
「貴方方は……!? 住民番号を拝見させて下さい!」
突然のアンドロイドの発言に、ルーグは驚きながら答える。
「『住民番号』? すまない、俺達さっきここに来た旅の者だ。住民じゃないんだ」
それを聞いたアンドロイドは、何処か落ち込んだ様子を見せる。
「そう、ですか……。すみません、まだ生き残ったご住民様がいらっしゃったのかと……」
肩を落とすアンドロイドに、クリスタルが問いかける。
「なぁ、ここに食料は無いか? 分けて貰いたくて此処を訪ねて来たんだ」
「ございます。ですがその前に、貴方方はどうやってここまで来られたのですか?外は魔物だらけのはずでは……」
「倒してきたぞ。数が多かったから、少し面倒ではあったが」
「あの魔物たちを退けたのですか!? ……旅の方、食料をお渡しする代わりに、お願いを聞いてはもらえませんか?」
アンドロイドがすがるような眼で2人を見る。
「もしかして、魔物を退治して欲しいのか?」
「その通りです。私には戦う力がありません。ですので、ここから出られないのです。私には外に出て、やらなければならない事がございます。その為に、魔物を残らず倒しては頂けないでしょうか? 無理にとは言いませんが……」
「『残らず倒す』か。どうしてそこまでしなきゃならない? 俺らが付き添って『やらなければならない事』をこなせばいいだろ?」
ルーグの問いに、アンドロイドは目を伏せて言う。
「此処に居た、ご住民様を埋葬して差し上げたいのです。私はここの艦長でした。それなのに、皆を守れなかった。その罪を償いたいのです。ですが、魔物が居れば墓を荒らされてしまいます。どうか、お願いします……」
「……わかった。代わりに水も対価にさせてくれ。いいか?」
クリスタルの提案に、自分を『艦長』と言ったアンドロイドが頭を下げて礼を言う。
「いいのですか? ありがとうございます! お願いします!」
「ま、食料と水持って待っていてくれ」
クリスタルはルーグに向かって魔物退治の話をする。
「ルーグ、南から北へ魔物を挟んで一掃する。出来るな?」
「もちろん。艦長。行ってくる」
「はい! どうかお気をつけて!」
2人は建物から出ると南から魔物を挟んで北に追い込み、次々と魔物を倒していく。瓦礫の山に隠れていたり、民家を荒らしていたりする魔物も見つけ、片づけていく。2人で挟み撃ちにしたため、魔物は一匹残らず倒すことが出来た。2人で建物に戻れば、ちょうど水と食料を持った艦長がエレベーターから出てきた。
「お二方、ご無事で何よりです。魔物退治の進み具合はいかがですか?」
「もう倒してきた。外に出ても問題ないぞ」
「……! 本当ですか!? 少し外に出ていきます!」
ドアから出た艦長は、街の有様に膝をつく。手に持っていた食料と水を落としている後ろ姿から、ショックを受けているのが分かる。ここまでの光景を、近くで見られなかったためだろう。しばらくそうしていた艦長だったが、立ち直り落とした物を拾って二人に向き直る。
「……旅のお二方、本当にありがとうございました。これはお礼の物です。落としてしまいまして、申し訳ございません」
「それは気にするな。だが、1つ聞かせてくれ。ここは『戦艦』だったはず。何故ここまで魔物が侵入してきたんだ?」
船長は重い口を開く。手に力が入り、食料の袋に皺が寄る。
「……この戦艦は、もとより戦艦としての機能はないのです。ハリボテの戦艦でございます。私を作った方々がいた世界では、戦争が起きてしまい生き物の住む世界ではなくなってしまいました。そして、生き残った方々を何とか避難させるために、唯一宇宙を飛べるこの船に皆様を乗せたのです。最低限の土や生き物、水、食料、そして大勢のご住民様を乗せ、この見せかけの『戦艦』は旅立ちました。長い年月をかけ生活基盤を作り、文明を残そうと発展を遂げ、皆さまは生活をしていました。次なる土地で、平和な世界で暮らすことを夢見て……」
艦長は、街並みを遠い眼で見る。懐かしさと悲しさが眼に映る。
「しかし、お察しの通り魔物の攻撃を受けたのです。戦闘能力のない戦艦に穴を開けられ、戦闘能力のない方々から被害が出ました。当然、この戦艦内にも戦う力を持つを持つアンドロイドもありました。しかし、戦争の最中に連れてこられたアンドロイドはごく僅か。すぐに被害は広がり、そして……、艦長であった私を操縦席に残したまま、皆滅んでしまったのです」
長い話が終わり、艦長は二人に向き直る。目には涙が浮かんでいる。
「旅の方。この度は本当にありがとうございました。ご住民様の埋葬は私が一人で行いますので、どうか手伝わないで下さい。皆さまを死なせてしまったのは、艦長である私の責任です。罪を背負ったこの手で、埋葬をしたいのです」
「わかった。気を付けてな」
2人が報酬を荷物に入れていると、突然艦内全体が揺れる。ついていた僅かな明かりが無くなり、辺りは非常灯に切り替わる。緊急警報も鳴るが、音量は小さい。艦長が二人に言う。
「旅の方。もう間もなくこの艦のエネルギーが底をつきます。その前に脱出を」
「お前は残るのか? エネルギーが無くなった戦艦に、一人きりで」
「はい。私はここ『セレストブルー号』の艦長ですから」
その目は真っすぐで、迷いはない。ルーグが口を開く。
「そうか……。ここは『セレストブルー号』って言うんだな」
「はい」
「なぁ、お前の名前は? 艦長の名前を、せっかくだから覚えていたい」
今度はクリスタルが問いかける。それに艦長がほほ笑んで答える。
「私は、『セレステ』と言います。少しでも覚えておいてくれれば嬉しいです」
その微笑みに向けて、二人も微笑みで返す。
「どうか達者でな。セレストブルー号艦長、セレステさん。」
「俺達だけでも、お前とこの戦艦を覚えておこう。穏やかにいけよ、セレステ、セレストブルー号。」
そして2人は駆け出す。振動のせいで振ってくる瓦礫を避けながら、侵入してきた穴に向かう。その後ろ姿に、艦長は頭を下げ続けた。
クリスタルとルーグは、セレストブルー号を出て少し離れた宇宙空間でようやく足を止めた。もう、あの戦艦は動くことはないのだろう。船長であるセレステを残して。2人は暫くセレストブルー号を眺め、そして離れていった。
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ザク、ザク、ザク。辺りに響くのは、土を掘る音のみ。そうしているのは、艦長であった自分のみ。セレステはエネルギーが切れた艦内で一人穴を掘っていた。そして出来た穴に住民の亡骸を1つずつ埋めてく。
「この方は、確か呉服屋の店主様でしたね……。よく服を譲ってくれましたね」
艦長は亡骸に独り言を言いつつ、丁寧に埋めていく。大勢いた、その船員全ての亡骸を。
「このアンドロイドは、私によく話しかけてくれました……。お懐かしい。また、お話がしたいです」
どれくらい経ったのか、分からない頃。ついに全ての埋葬が終わった。そして弔いのために、長かった髪を切り、墓の前に置いた。そうして艦長としての役目を終えたアンドロイドも、もう動くエネルギーもなく倒れる。
「ようやく……。ようやくやくめをおえた……。これで、わたしも、ねむれる……」
もう直に自身のエネルギーも切れるのだろう。思い出すのは、大昔の住民達の事、そして以前訪ねてきた旅人2人。あの2人が居なけば、全住民の埋葬は出来なかった。
「もういちど、あえたら。あえたなら、そのときは……」
艦内にいた、最後のアンドロイドの電源が切れた。
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眼を開けた。どうやらスリーブモードになっていたらしい。見渡せば、まだ見慣れぬ古めかしい民家の中。そして目の前で各々賑やかに過ごす、自身の『マスター』がいた。
「セレステ、起きたか。スリーブモードになってたみたいだったから、お前の分の菓子は取っておいたぞ。ほら、食べな。」
マスターの手には「マカロン」という菓子がある。食べると不思議な味わいがする。『食べる事』にまだ慣れないセレステには、どう表現していいのか分からない感覚だ。
「……ここには、私にとって未体験の事ばかりです。何だか不思議です。」
「『世界広し』とも言うからな。それなら宇宙はもっと広い。こういうのはもっとたくさんあるさ。これから経験していきな、セレステ。」
そうして立ち去っていくマスター、もといクリスタル。自身の電源が落ちた後、色々な経緯でクリスタルの下にやって来た時、修理をしてくれたのだ。修理にはルーグも手伝ってくれたらしい。
そんな恩人であるクリスタルを、セレステは引き止める。あの時、電源が落ちる時に言いたかった事を思い出したから。
「貴方にもう一度会えて、良かったです。そして、ありがとうございました。」
「……構わんさ。」
微笑みながら立ち去るクリスタルを見送り、セレステは空を見上げる。もう飛べないアンドロイドは、よく晴れた空を眺め、そして立ち上がった。
その眼には、「セレストブルー」が宿っている。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
拙作『CrystalAsiro』のスピンオフでございました。
いずれはこの『セレステ』も物語に登場しますが、そのチラ見せも兼ねての作品でした。
皆さんが見上げている星空に、セレストブルー号のような戦艦があるかもしれません。探してみるのもいいかもしれませんね。
ここまでお読みいただきありがとうございました!