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50. 第三応接室

 だけどこんな時に限ってなかなかトラヴィス殿下に会えない。私は間近に迫ったダンスパーティーの打ち合わせで毎日のように放課後生徒会室に向かうことになったし、トラヴィス殿下は学園に通う以外にも王子としての仕事がある。アンドリュー様も今週は生徒会室に顔を出さないから、ご公務の方が忙しいのだろう。王家の方が登校しない時期は結構あるのだ。


 そんな中で、あの日から数日後の昼休みに、私はエルシー嬢から呼び出しを受けた。


「メレディア様……。本日の放課後、第三応接室でお待ちしていてもよろしいですか……?あ、あの、……例の件で……」


 第三応接室とは、校舎の別棟にある応接室だった。第一、第二応接室は本棟の学園長室のすぐそばにあるけれど、第三応接室はかなり離れていて、たしかに放課後の人気はなさそうだ。


「……構わないけれど、少し待たせるかもしれないわ。一度生徒会室の方に顔を出さなければ」

「は、はいっ。大丈夫です。お待ちしておりますので……。ありがとうございます、メレディア様」


 そう言って涙ぐむエルシー嬢に、悪意は全くなさそうに見える。……もちろん完全に鵜呑みにするつもりはない。ただ、あの日窓から身を乗り出していたこの人を、痩せ細った体を震わせながら辛くてたまらないというようにむせび泣いていたこの人を、このまま無情に放り出すことはできなかった。




「メレディア様、本日も生徒会の方に行かれるのですよね?私たちは委員会の集まりがありますの。お先に失礼いたしますわ」


 授業が終わり、生徒たちが皆帰り支度を始めた頃、マーゴット嬢がいつものように私に挨拶に来てくれた。その後ろには仲良しのレティ嬢とフィオナ嬢もいる。


「……あのね、マーゴットさん……」


 登校していない日でも、提出物や何かの用事でアンドリュー様やトラヴィス殿下が学園に顔を出しに来る日もある。言ってどうなるものでもないかもしれないけれど、私は小さな声で彼女に耳打ちした。


「もしも、万が一、あなたが帰るまでにトラヴィス殿下かアンドリュー殿下にお会いすることがあったら伝えてくれる……?」


 伝えたいことを簡潔に伝えると、彼女は神妙な面持ちで分かりましたわ、と頷いた。


 私はそのまま生徒会室に出向き打ち合わせに参加すると、今日は用事がありますのでと断って第三応接室を目指した。







「……来てくださったのですね、メレディア様。嬉しいです……。本当にありがとうございます」


 裏庭に面した一階の応接室。私がそこに足を踏み入れると、やはりエルシー嬢は一人でそこで待っていた。


「先日の件、話を聞きにきたわ。あなたの話をきちんと聞いて、どう対応すればいいかを決めましょう」

「……はい。分かりましたわ。……どうぞ、メレディア様、そちらにお座りになってくださいませ」


 彼女が示した長いソファーに控えめに腰を下ろす。目の前にはローテーブルがあり、エルシー嬢は私に背を向けて備え付けの簡易キッチンで紅茶を入れはじめた。


「お茶はいいわ、ウィンズレット侯爵令嬢。いいからあなたも座って、できれば早く話してほしいのよ。あまり時間がないから」


 私がそう促しても、ええ、とかでも、とか言いながら、彼女は背を向けたままだ。少し苛立ってくる。やがて華やかな甘い香りが漂ってきた。


「……どうぞ、メレディア様。せめてもの私の気持ちです。まずは温かい紅茶をお召し上がりくださいませ」

「……。」


 目の前に置かれた、繊細なカップに入った透明感のある紅褐色。その液体と、向かいに腰を下ろした彼女の悠然とした微笑みを見比べる。


 私の頭の中に警報が鳴った。







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