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4. 私が持っていないもの

 エルシー・グリーヴ男爵令嬢はいつも殿方に囲まれていた。

 淡い赤毛に、緑色の瞳。高く甘い声でゆっくりと喋るその独特な話し方は、周りにいる男子生徒たちをだらしなくニヤけさせていた。真っ白でか細い手。困ったように眉を下げながら小首を傾げる仕草は、同性から見ても「これはモテるだろうな」と思わせるほどあざとかった。

 普段なら相手にもしないけれど、あの日以来、あの王宮での晩餐会の日以来、私はどうしてもエルシー・グリーヴ男爵令嬢のことを目で追うようになってしまっていた。クラスが違うからいつもいつも目に入るわけではないけれど、廊下を歩く時、登下校中、何かと彼女を見かけては妙な劣等感のようなものを感じてしまうのだ。


(…私とは全然違う。狡猾ではあるけれど、女性らしくて可愛いわ。対して私は…、完全無欠の公爵令嬢なんて呼ばれるほどに、隙がない。可愛げなんて欠片もないものね)


 そう。私にできないことなど今やほぼない。淑女として必要な知識もマナーも完璧だし、国外の要人たちとの会話も流暢にできる。もちろん学園での成績は常にトップ。唯一苦手なことといえば、馬に乗ることくらいだ。自分にできないことがあるという事実が悔しくて、がむしゃらに乗馬の練習をした時期もあった。でもあれだけは、いくら練習しても上手くならなかった。仕方ない。私には特に必要のない技術だ。だからもういい。そう思い込むことで諦めた。


 アンドリュー様は、あの子のああいう可愛らしいところに惹かれたのだろう。他の大勢の男子生徒たちのように。私とは正反対の、あの可愛げに。


 エルシー嬢は私と目が合っても、アンドリュー様のように挙動不審にはならなかった。むしろ空気中の塵でも視界に入ったぐらいの雰囲気ですーっと目を逸らすだけだった。


(…悪びれてもいないってわけね)


 そんな態度を見るたびに腹が立ったけれど、もちろん相手にしたりはしない。


 ある日の放課後、エルシー嬢が数人の友人たちと楽しそうに会話をしながら私の横を通り過ぎていった。彼女と同じ男爵家や、裕福な商家の娘たち。この王立学園は授業料は決して安くはないけれど、家柄や身分に関係なく生徒を入学させてくれる学校でもあった。


「ねぇ、エルシー。大通りに新しくできたカフェに行ってみない?ケーキがとても美味しいんですって!」

「まぁっ!いいわね。行きましょう行きましょう。ふふっ、楽しみだわぁ」

「やだわ、私これ以上太らないようにしなきゃいけないのに」

「大丈夫よ。殿方って少しふっくらしてて柔らかい女性が好みだったりするのよ」


 そんな他愛もない会話を交わしながら、楽しそうにキャッキャとはしゃぎ、通り過ぎていく。その後ろ姿を見て、私の気持ちはますます沈んでいった。

 正直、羨ましかったのだ。私にはあんな風に気さくに話せる友人もいなければ、放課後を自由に過ごしたりする時間もない。街のカフェでケーキだなんて、太って体型が崩れてしまってはいけないと不安になるし、そもそも授業が終わればタウンハウスに直帰しなければいけない。教師陣が待っているもの。


(なんか……、彼女って、私が持っていないものを全部持っている気がするわ…)


 窮屈でない気楽な生活。気心の知れた友人たち。そして、アンドリュー様からの愛情。


 アンドリュー様から愛情を向けられることが羨ましいのかと問われれば、それは少し違う気がする。私自身、別に彼に対して恋愛感情を抱いているわけではないから。ただ、この国の王太子殿下であり、私の人生の伴侶だと認識している相手だからこそ、誰よりも大切にするべきだと心得ていた。

 アンドリュー様からも、同じように思ってもらえているのだと信じていたのに、違った。


「……。」


 考えれば考えるほど暗く沈んでいく思考を振り払うように、私は大きく深呼吸して姿勢を正し、ゆっくりと歩いた。






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