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14. 二度目のお出かけ

「おお、やっと出てきたか。……で?今日はどこへ行くつもりだ?」

「………………。」


 週末のその日のお昼過ぎ、私が屋敷の外に出ると、なぜだかそこにまたトラヴィス殿下が立っていた。王家の紋章の入ってない、地味な方の馬車を待たせて。


「……なぜ……いらっしゃるのですか、殿下……」

「君がもう三週間以上も学園をサボっているからだろう。今度こそ具合を悪くしたのかと」

「そんなはずないじゃありませんか……。先週あんなにもケーキをむさぼり食べた私ですよ。……あ、殿下、申し訳ございません。先週は本当にありがとうございました。私…」


 デジャヴュのように屋敷の前に殿下が立っているのを見て、前回のお礼を言うという基本的なマナーが吹っ飛んでしまっていた。


「礼なら先週聞いたからもういい。楽しかったな」

「はい、とても……」

「顔色もいいようだ。安心したよ」

「あ、ありがとうございます」

「で?今日はどうするつもりだ?」

「……。今日は……、特に大した予定は……。ただ先週のように街へ出て、ブラブラしてみようかな、なんて」

「ブラブラ?楽しそうだが、それは危険だ。若い淑女が一人で街を歩いていたらどんな不埒な輩が近づいてくるか」

「い、いえ!大丈夫です!今日はちゃんと侍女たちを連れて行こうと思っておりますので!」

「いや、そういう時は隣に男がいた方がより安全だろう。ちょうどこうして時間ができて様子を見に来たところだったんだ。俺がついて行こう」

「…………。」


 どうして!こうなるの!!

 そりゃ、先週は本当に楽しかったけど。普通の女の子たちのように甘いものを食べてたくさんお喋りして、愚痴まで聞いてもらっちゃって。

 だけどそれはたまたまあの日が上手くいっただけで……。やっぱり王族の方と出かけるとなると、気を遣うから止めてほしいのよ……。


「万が一と思って地味な服装で来ておいてよかった。かつらも持ってきたしな。君も今日は控えめだな、メレディア嬢。互いにわりと裕福な平民くらいに見えるんじゃないか?はは」


 はは、じゃありませんよもう……。

 どうしてこんなに構ってくるんですか、殿下……。




 結局私は断りきれずにトラヴィス殿下の馬車に乗せられて大通りまでやって来た。今日こそ一人でのんびりしてみたかったのに……。内心がっくりしながら黒髪になった殿下の隣をトボトボと歩く。

 トラヴィス殿下は何だか妙にご機嫌だ。鼻歌でも歌い出しそうな晴れやかな表情で歩きながら、時折気遣うように私のことを見る。


「何が見たい?また甘いものでも食べに行くか?そもそも君、食事は済ませたのか」

「い、いえ。ですが別にまだそんなに……」


 昨夜遅くまで読書をしていた私はゆっくり起きて遅めの朝食を食べていた。そんなにお腹はすいていない。


「そうか。では昼食は後回しだな。アクセサリーでも見てみるか?」


 ……殿下はお腹すいてないのかしら。

 私の返事を待つことなく、トラヴィス殿下は私をエスコートしながらさっさと一軒目のお店に入っていく。


 それから雑貨やアクセサリー、ドレスなどを見ながら様々なお店を目的もなく回った。何だかんだ言っても殿下と過ごすのは楽しい。殿下は話し上手な上に聞き上手で、しかも余計な気を遣わせないような気さくさがある。


(こんな方だから、学園でもあんなに人気者なんだろうなぁ)


 端正な顔をちらりと盗み見ながら、私はそんなことを思った。トラヴィス殿下の周りにはいつもたくさんの学生たちが集まる。王太子であるアンドリュー様よりもはるかに人望がある気がしてならない。彼の周りにも側近候補の男子生徒たちは数名いるけれど、こんなにもいろんな人から分け隔てなく好かれているわけではない。

 そんなことを考えながら通りを歩き、とある店の前を通りかかった時トラヴィス殿下が言った。


「君が好きそうなドレスがあるぞ」

「え……?……あ、本当……。すごく素敵です」


 殿下が指差したショーウィンドウを見ると、まるで晴れ渡る青空のような澄んだ美しい水色のドレスが飾ってあった。繊細なレースを幾重にも重ね、ところどころに輝く控えめな宝石が上品だ。今日見た中では断トツに好きかもしれない。…………ん?


「……なぜ私が好きそうだと分かったのですか?」

 

 ドレスの好みなど話したことはない。不思議に思って尋ねてみると、トラヴィス殿下は優しい目をして微笑んだ。


「見ていれば分かる。君は幼い頃から淡い色味を好んでいたし、とりわけ水色が好きだった。茶会の席でもよくこの色のドレスを着てきていただろう」

「あ……」


 たしかに。


 王宮で行われる茶会には、子どもの頃から母と共に何度も参加していた。

 茶会の席ではいつも緊張していたっけ。支度をしている時から向かっている馬車の中でまで、両親や教育係たちに口酸っぱく言われていたから。決して粗相をしないように。あなたは他の子どもたちとは違う。ヘイディ公爵家の娘として、そして王太子殿下の婚約者として、常に皆の見本でいなくてはならない。誰よりもお利口でお行儀の良い子でいる必要がある、目の前のお菓子にがっついてはいけない、など。だから社交界の人々やその子どもたちが集まる賑やかな茶会の場も、私にとっては楽しいものではなかった。


 けれど一度だけ、記憶に残っている特別な日がある。

 トラヴィス殿下の言葉で、私はその日のことを思い出した。






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