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実春 ⑦

 

      7


「最近、実春ちゃんは夜抜け出して、どこへ行くのかな?」

 笑顔の花音に詰問されて、実春は「トイレです」とごまかしたが、嘘が下手である。歩は天井に張り付いていた。もう、彼女の真横に座る訳にはいかない。

「それだけやないやろ。あのスパイの彼と仲良く、か?」

「そんなことないです。ケガをしているからちゃんと介抱しないと」

「介抱、ねえ。手取り足取りかな」

「花音さん!」

「でも、大丈夫なんですか? あの人、銃を持っていたし、気が立っているみたいだったですよ」

「平気だよ。あいつは子供っぽいから、怯えていただけだから。今はちゃんと落ち着いて……怪我は快方に向かってる」

 先輩の笑顔から逃れるように実春はせき込みながら言った。

「まあ、二人が仲睦まじくてよかった。で、どうするつもりや? あいつを外に逃がすにも警戒は厳しいで。このまま匿うのも無理がある」

「どうにか外に逃がすことができれば――」

 先日の騒動のせいで、訓練所は昼夜の警戒が厳しくなった。周りにはセンサーが張り巡らされた塀で囲まれている。巡回する兵も多い。正直、実春を宿舎と体育倉庫を行き来させるだけでもかなりの妖力を要した。ここには、幸運の糸も少なく、陰湿だ。二人を外に逃がすにはよほどの幸運が必要となる。

「あの」藍子は手を挙げた。「出入りする乗り物に忍び込むっていうのは? 訓練生がやって来るバスとか、資材を搬入する輸送機とか」

「それは無理やと思う。チェックが厳しいからな。考えることは皆同じや」

 三人はため息をつきながら、天井を見上げようとしたので、歩は慌てて壁に移動した。

「バカみたい」

 一人がそう言った。コヨミだ。

「あんた達は何をしているのか分からないの? スパイを匿っているのが分かったら、私達もただでは済まない」

 コヨミは実春を睨んだ。

「あんたがあいつを助けるのがいけないの。あんた一人のせいで、この班が連帯責任で軍法会議にかけられたら、責任を取れるの?」

「皆に迷惑はかけない」

「うちは迷惑って感じてへん」

 花音が実春の肩を抱いた。「わ、わたしもです」と藍子も言ってくれた。

「うちは、実春とあいつを外に出してやりたい。だいたい、ここへ志願しに来た連中は、ほとんど半強制。好き好んで来た奴なんかおらん。こんなところのルールに従う理由なんか、どこにもない。ちゃうか?」

「ありがとうございます」

「さて、皆、この基地は入るのも出るのも難しい。運搬車に混じっても検問で見つかる。どうしたものか」

 藍子がまた手を挙げた。

「ほい来た、三班の頭脳。名案か?」

「実は、今度、この基地でこんなものがあるらしいです」

 彼女は一枚のポスターを見せた。『開戦三周年記念祝賀会』とある。

「このイベントには、外の住民も参加できるようになっています」

「それでも手荷物検査とかあるで」

「入って来る人はそうでしょうが、帰る人はそのまま無視してもらえるかもしれないです」

「そうか。入場者に混じって逃げるんか」

 帰る人まで手荷物検査はないだろう。

「でも、一つだけ問題がある」

 花音は顎に手を置いて考え出した。

「祭りのパンフレットには、入場者に証明書のタグをぶら下げさせて、帰る際にそれを提出させるとある。証明書をどっかで調達せんと」

 花音指導の下で作戦が練られていく。歩もまた、彼女たちの話に耳を傾けた。

 日付が変わり、基地の中が祝賀会の準備で慌ただしくなる。実春達訓練生も準備の手伝いに駆り出された。しかし、内情を知ることができるので好都合だった。やはり、以前にカケルの件があったせいか、来場者の検閲は厳しくなっている。携帯を義務付けられている国民ナンバーカードの提示をしなければならない。帰りには省略されている者の、検閲の際に作成される来場者のタグを返還する際にチェックされる可能性がある。

 帰る客に混じるにはそれなりの準備をしなければならない。しかし、基地関係の人間が出入りするチャンスがあるのは祝賀会くらいだ。この機会を逃せば、カケルを逃がすのは難しくなるだろう。

 国民ナンバーのカードについては、花音が考えてくれた。道徳上あまり良くないのだが、他にやり方がない。彼女は、招待客の名簿を手に入れてくれた。その中に、カケルと実春の年齢に近い客をピックアップした。つまりは――。

「そいつらから少し拝借するの」

 花音の提案に実春らは呆れた。

「でもさ、偽造はできないんだよ。幸い、国民ナンバーに顔写真は登録されていない。帰りのチェックはあくまで、タグとカードを見られるくらいだ。藍子が係の一人になったんだよな」

「はい。確かに、帰りのチェックは行きの時よりも簡単に済ませるみたいです。カードとタグさえあれば、顔のチェックはありません」

「バカバカしい」

 コヨミは三人の話を聞くと、そう言った。

「二人を外に出したら、今度こそ私達が疑われるのよ。先日の誘拐と失踪で、間違いなくルームメイトの私達が疑われる」

「じゃあ、これはどうや、全員で脱走する。強制参加や」

「そんな無茶苦茶な」

「コヨミ、残りたいなら一人で残り」

 三人はお互いに手を合わせて宣言した。

「一人は皆のため、皆は一人のため、ほんで、実春は彼氏のため」

 実春は顔を赤らめながら、花音の背中を叩いた。

 祝賀会の日は近づきつつあった。歩もまた、実春に話そうか迷っていた。間違いなく、彼女の周りを舞う黒い糸は大きくなりつつあった。

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