4 骨董市とシトルースジュース
4 骨董市とシトルースジュース
王都に住み始めて数ヶ月。お仕事の方は大分慣れて、充実した日々を過ごしていた。ご飯は美味しいし、合間に話しかけてくれるお客さんとも仲良くさせてもらっている。自分は意外にも人と話すのが好きだったみたいだ。有り難いことに我が家のデーツを食堂でも出してもらっているので、隙きあらばお客さんにも薦めている。この調子でどんどん売り込んでいくぞ!
今日は月に二度あるお店のお休みの日で、ちょうどその日に骨董市が開かれているという話を常連さんから聞いたので、王都のメイン通りを少し外れた道を歩いている。大通りは少し敷居の高いお金持ち向けのお店が並んでいて、今歩いているところは庶民が気軽に寄れる屋台や露店が大半だ。
骨董市がやっているのは奥の広場の方。道すがらついつい食べ物の屋台を物色しているけれど、目移りしちゃうな。肉の串にパン、この辺りはよく食べるようなものだけど、焼き立ての香りがたまらない。パンには何か練り込んであるみたいで、いつも食べているものより見た目が柔らかそうな気がするし、普段は中々食べられないシロップ漬けのお菓子まである。甘味の誘惑に負けそうになったけど、さすがにお高いから無理だ。今日のお目当ては骨董市! 余計なものを買っている場合ではない! ……はずだったけれど。結局、シトルースのジュースを買ってしまった。ゲームの中では少しだけ体力が回復するアイテムになっているものだ。
シトルースは前世でいうスイカみたいなものだ。果肉は赤だけど、爽やかな苦味と何故かレモンみたいな後味がする。見た目はウリ科なのに。暑さが厳しいこの国では特に好まれていて、他にもトマトとかも広く普及しているので、乾燥地帯の割には食べ物による水分補給がしやすいのが嬉しい。
その場で割って絞ったものを屋台のおじさんが手渡してくれる。いただきます!
甘さから期待していた苦味がきて、そして爽やかな酸味に変わる。これなんだよなぁと、久々の味に心が踊った。ジュースというより少しもったりしているのは、削り取った果肉もたくさん入っているからだろうか。かなり繊維っぽく食感が主張してくる。陽射しがかからないように果実を保管してあったからか、心なしか冷たい気がした。
シトルースジュースを楽しみながら、広場までたどり着いた。ここから先はすごい人でごった返している。持っていた鞄にそっとカップを仕舞った。あとで返しに行かなきゃ。
フィルーゼは何度も骨董市を訪れている。探しものが売り出されてはいないか、他にも祖国のものを手元に取り戻せないか。空振りに終わるか関連の物が売られているかは、特定の攻略対象キャラの好感度によって違う。
ぐるりと広場を見回して、端の方に広げられている露店に目が留まる。何故か他に比べて人がすぐに離れていくことに興味がそそられた。
「いらっしゃい」
敷物の上に並べられていたのは装飾品で、そのほとんどが金属で作られているように見える。なるほど、この国ではあまり金属の装飾品は売れない。高価だし、基本的に外が暑いため、屋内でもなければ長時間つけていられないからだ。
美しい石のついたネックレスやイヤリングは眺めるには楽しい。こんなところに無造作に並べていて持っていかれたりしないかは気になるところだけど。
ふと、シンプルだけど彫り込みの繊細な腕輪に既視感を覚える。これ、どこかで……?
「お目が高いね、お嬢ちゃん。
これは王妃様の出身国、今は亡き【アッシャーラ】の品だよ」
「ええっっ」
フードを被った商人のおじさんが触ってもいい、というので恐る恐る持ち上げてみる。金に近い色だけどまさかそんなわけないし、なんの金属なんだろう。幾何学的な彫りが透かしのように入っているからか、見た目よりかなり軽い。指二本分くらいの太さであまり主張しすぎないのもいい。
……確かに、この文様はスチルやアイテム一覧で似たようなものを見た気が、する。あの国の伝統模様。でも【アッシャーラ】のものというのが本当かはわからないし、それを模しただけのものかもしれない。当時ということは少なくとも二十年は前ということになるけれど、それにしてはなんだかツヤツヤして新しい感じがするし。
「これ、いくら?」
「五十リルゥだ」
「五十?!」
思わず大きな声で復唱してしまった。五十リルゥといえば、一人でなら二月は暮らせるぐらいの値段だ。王都に来てから聖地巡礼資金としてコツコツ貯めていた、私の貯金と同じくらい。どうしよう、概念グッズ、これはちょっと……いや、かなり。どうしても欲しい。
とはいえ、貯えが無くなるのは困るし、少しでも安く抑えたい。かくなる上は、交渉だ!
「おじさん、私これ、絶対に欲しいんだ」
「……おじさんという歳でもないんだがな」
商人のおじさんは、そう呟きながらも続きを促すように片眉を上げた。聞いてくれる気はありそうだ。
「今、貯めてあるお金を持ってきて、全部一括で払う。それで少し安くならない? 三十ぐらいに」
「四十五だ」
「この腕輪、傷も少ないし新しそうに見える。本当に【アッシャーラ】当時のものなの? 三十五!」
「……四十三」
「どうせこのあたりじゃ金属の装飾品は売れないと思うよ! もう一声!」
「……まあ、それはそうだな。四十でいい」
これ以上は下げないぞ、という圧を感じたのでここで終わりにしておく。商人さんの気が変わらないうちにと、できる限り早くお金を取ってきた。
「まいどあり」
「こちらこそ、まけてくれてありがとう!」
きっちり四十リルゥ支払い、腕輪を受け取る。さっそく身につけてみると、ちょうどよく私にぴったりの大きさだった。これはきっと運命、そう思いたいぐらいに。
鼻歌でも歌いたいような軽やかな足取りで通りを歩いた。食堂に帰るとおかみさんにいいことがあったのかい?と聞かれるくらいには浮かれた顔をしていたらしい。早速腕輪を褒めてもらえたし、仕事のときもつけていて問題ないと言ってもらえてその日はニヤニヤが止まらなかった。