3 夢の職場と賄いシチュー
3 夢の職場と賄いシチュー
今生の目標を定めてから早六年、この国では十六で成人の年齢となるので、ようやく私も独り立ちできる年齢を越えた。兄が後継ぎとなっているし、私がいなくても家業はまわるので王都へ行って暮らしたいと、この一年主張してきた。私一人で王都に出ることをものすごく心配されたけれど、うちの作物の宣伝もたくさんするからと説き伏せ、最終的に家族は許可を出してくれた。少しでも助けになれたらいい。
王都で見つけた私の仕事は食堂の給仕。なんと、前世の記憶を取り戻すきっかけとなったあの場所だ。
家を出て再びの王都におり立ち、せっかくの記念にとあの食堂へ訪れたところ、人が辞めて手が足りていないのだとおかみさんが話のタネにしていて。聞いてしまったからには、我慢が出来なかった。ダメ元で働きたいと申し出てみたら、そのままOKをいただいてしまったのだ。しかも住み込み。住み込みだよ? たぶんフィルーゼが使っていた部屋と同じところを使わせてもらうみたいだ。こんなにとんとん拍子に決まっていいんだろうか、という不安もあるけれど、頬をつねっても痛いので夢ではないらしい。思わずその場で神に感謝の祈りを捧げようと思ったけれど、不審な行動すぎるのでぐっと心の中だけにとどめて我慢した。ああ、神様感謝します!!
当初は両親の友人のところにしばらく仮住まいさせてもらう予定だったけれど、早々に食堂の方へ移動することになった。色々準備を整えてもらったのに申し訳ない。お詫びとしてうちのデーツをたくさん渡したらとても喜んでくれた。
「アイリーン、これはあそこ!」
「はいっ」
「その次はこっち片付けて!」
「はいぃっ」
この食堂は王都の門に近いところに位置しているから、お昼時は特に混んでいる。常に満席ではあるけれど回転も早いし、お客さんはお茶の時間ぐらいまで途切れない。料理をメインに作っているのがだんなさん、給事を中心にやっているのがおかみさん。確かにこの忙しさではもう一人給事がいないと大変だ。
初日は注文を受けるのはおかみさんにお任せして、ただひたすらに料理のお運びと空いた席の片付け。運ぶ場所はその都度指示してもらえて大変に助かった。
「おつかれさま! これ食べて」
「ありがとうございます!」
お客さんが大分減って落ち着いた頃、おかみさんが温かいお椀を渡してくれた。中身は湯気をたてた……シチュー?
これは、これはもしや……!!! フィルーゼが本編でも食べでいた!! だんなさん特製定番賄いシチューでは?!?!
「どうかしたかい?」
「っいえ、すごく美味しそうだなと……!」
感動にうち震えてお椀を掲げる様に静止してしまった私を怪訝そうに見たけれど、おかみさんはすぐお店の方に戻っていった。
とにもかくにもまずはシチュー! いただきます!
シチューの中には仕込みで余った肉の切れ端やその他くず野菜、あとは豆類が入っている。くたくたになった具が食べやすく、トマトの酸味が疲れた身体に沁みる。ほんのりおなじみのスパイスの風味もするけど……この食堂のメニューには何にでもスパイスが入っているのかもしれない。ちょっぴりカレーみたいだ。
しっかりと堪能して、お店に戻ろう。このあとも頑張れそうだ!
夜の営業時間は今の所私は働かないことになっているので、部屋に戻ってようやく人心地ついた。基本的に常連さんが多いみたいで、初日なのにいっぱい声をかけてくれた。笑顔を褒めてもらえたのは嬉しかったな。慣れれば日中空いている時間帯は私一人になるし、少しずつお客さんの顔も覚えていきたい。ちなみに夜ご飯も同じくスパイスシチューと堅パン。美味しくいただきました。
部屋にはベッドと小さな机、それに綺麗なガラスのランプが置いてある。この部屋には不釣り合いなぐらいに鮮やかなターコイズブルーと黄色いモザイクガラス。なんとなく、フィルーゼを思わせる配色だ。もしかしてこれは彼女に関係するものだろうか? 私が触って大丈夫なの?
故郷をなくし、一人ぼっちで落ち延びたフィルーゼが何年もかけて得た居場所の一つ。ここには色々な思い出が詰まっているんだろうな。彼女もこのベッドに腰掛けて、こうして窓の外を眺めただろう。……店の裏側だから、見えるのは壁だけだけど。
柔らかなランプの光を眺めていたくて、でもずっとつけているわけにもいかない。明日のためにもそろそろ寝なくちゃと、手早く寝る準備をして火を吹き消して横になる。
まずはお仕事に慣れて、そうしたらどこか舞台になった場所に行ってみたい。そうだ、骨董市とかいいかもしれない。そんなことを考えながら眠りに落ちた。