20 建国祭とアイスクリーム②
20 建国祭とアイスクリーム②
シャン、シャン、と鈴の音が空気を震わせる。寸分違わず揃ったその音に合わせて、笛の音や太鼓が聞こえてきた。やがて歩兵を先頭に音楽隊を時折挟みつつ、一糸乱れぬ見事な行進が続いていく。
「そろそろですよ」
ベステさんの言葉に通りの奥に視線を向けると、山車のようなやぐらを組んだ馬車が見えた。その上には恐らく第一王子、第二王子、そして王女だろう人が座っている。……あれ、馬車の前を歩いているのはベルカンさんでは?! ベステさんと同じく軍の盛装が格好いい。戦えると聞いて半信半疑だったけど、王族の馬車先導を任されるとは、本当にお強いってことなんだろう。引き締まった真剣な表情が昼会ったときの柔らかい雰囲気とは全然違って見えた。すごい、格好いいなぁ。
馬車がしっかりと見える距離まで近づいてきた。第一王子はエルレン王と同じ黒髪にフィルーゼ妃と同じ蒼の瞳。第二王子と王女はその逆でフィルーゼ妃の金の髪とエルレン王の緑の瞳。あれが、フィルーゼとエルレンのお子様たち。
第一王子はゲーム本編時のエルレンより少し若いくらいになるのかな。緩やかにウェーブした髪といい、容姿は本当に良く似ている、と思う。第二王子と王女は、どちらかというとフィルーゼ似なんだろう。まだまだ少年少女という年頃だし、可愛らしい印象だ。沿道の人々に手を振りながらも時折会話をしているようで、三人とも仲が良さそう。
ふと、王子様方がこちらに顔を向け、表情を少し崩し親しげな様子で手を振った。えっ何故……どなたか知り合いが……? ……あれ、そういえば、ベステさんって。アーデルのお弟子さんだ。……え、もしかして、もしかして、ベステさんとベルカンさんって王族の方々と顔見知りだったり、するの……?! これはとんでもなくラッキーな場所に立たせてもらってるのかもしれない。
パレードは進み、歓声が大きくなってくる。そろそろ国王夫妻が来るんだろう。お子様たちが乗っていたのと同じような馬車が視界の端に映る。馬車を先導するのは……アーデルだった。あの船で出会って不思議に思っていたけれど、アーデルは今でも【アッシャーラ】に仕える騎士である、ということなのかな。
心臓の音がどきどきとうるさい。馬車の上から穏やかに手を振る二人の姿が見える。ああ、そうだ。ここに、フィルーゼとエルレンはいる。本当に存在しているんだ。画面の中なんかじゃない。
二人が通り過ぎる時、先程の王子様方と同じくフィルーゼが何か気がついたようにこちらを見た。やっぱりベステさんを見ているみたい? フィルーゼはエルレンにそっと耳打ちして、そして、二人は優しく笑いあった。歓声がひときわ大きくなる。
「アイリーン?」
いつの間にか涙があふれて、止まらなかった。お兄ちゃんの心配そうな声も頭を素通りする。
ああ、なんて、幸せそうなんだろうか。
◆
日も暮れる頃、半ば放心しながらお兄ちゃんに連れられて食堂まで帰ってきた。あのモザイクガラスのランプを眺めながらパレードを噛み締める。ついに会えた……というのはちょっと違うけど、姿を見ることができた。これはもう、一生の思い出だ。脳に焼き付けるように反芻していると、おかみさんが私を呼んだ。
「どうしました?」
「ほらこれ、毎年建国祭の時にもらうんだけど、一緒に食べないかい?」
おかみさんがテーブルに乗った箱を開くと、そこからひんやりとした空気が漂う。箱には透き通った……なんと、氷だ! 砕いた氷の中から取り出されたケースに入っていたのはオレンジがかったクリーム色の……ムースのように見えるけど、まさかこれって……
「氷を使った冷たい菓子だ」
やっぱり、アイスクリーム?! 溶けないように周りに詰め込まれた氷の量といい、私の生きているうちに庶民が食べられるようになるものではなさそうだ。だんなさんが試しにと一掬い差し出してくれたスプーンを受け取って口に入れると、オレンジ系の爽やかな柑橘の風味が広がり、冷たい滑らかなアイスがしゅわっと解けて消えていく。ああ、なんて美味しい!!!
「気に入ったかい?」
私の反応に、おかみさんが満足そうに笑った。アイスの味を噛み締めながらぶんぶんと首を縦に振る。
「あの、本当に食べていいんですか……?」
「もちろんさ!
毎年建国祭のときもらうんだけど、娘が嫁に行ってからは食べきるまでにすっかり溶けちまってもったいないからねぇ」
「今年からはアイリーンがいるからな、ちょうどいい」
建国祭の贈り物。こんなすごいものを毎年贈ってくるなんて、もしかしたらフィルーゼから、なんだろうか。……そうなのかもしれない。
まだ種類があるからと、他にもケースを取り出して並べられる。薄い緑色はきっとピスタチオかな。赤いつぶつぶの入った白いやつ…いちごにも見えるけれどなんだろう? この薄茶のものは同じく何某かのナッツとか?
テーブルには人数分の温かいお茶も置かれた。明らかに貴重なもの、もらっていいものか迷ったけれど、うん、確かにアイスは溶けないうちに食べないとだもんね。ご相伴にあずかろう!いただきます!!
最初に食べたのはオレンジで間違いないだろう。薄緑のものは……やっぱりピスタチオ。とっても濃厚で、砕いたピスタチオも入っている。赤いつぶつぶのものは、食べてみたらぴりりと辛かった。なんと、唐辛子が入っているらしい! 甘じょっぱいならぬ甘辛、これはクセになりそうだ。最後の薄茶色は、スパイスを感じるチャイの味だった。おかみさんが淹れてくれたお茶ととても合う。
どれも口当たりとしてはジェラートという方がイメージに合うかもしれない。そもそもアイスクリームと呼ぶのかもわからないけれど。
「おかみさんたちもパレードを見られましたか?」
「ああ、知り合いの店の二階からね」
「そっちは人混みが大変だったろう?」
「はい、でもおかげさまでばっちり王族の方々が見られました」
「今の王様は、庶民のこともいっぱい考えてくれて有り難いよ」
食堂を始めたばかりの頃はまだまだ道端に孤児がいたりしたもんだとだんなさんが思い出すように言う。今の王都はしっかりとした孤児院があり、少なくともストリートチルドレンのような子たちは見たことがない。エルレンも、フィルーゼも、たくさん頑張ったんだろうな。
「それに、幸せそうな姿を見せてもらえるのは……嬉しいもんだね」
そう言いながら、おかみさんが笑った。とっても優しい微笑みで……大切な誰かを想うときの眼差しだ。今もこの食堂は、フィルーゼのもうひとつの家なんだろう。
◆
窓の外からはまだ楽しそうな声も聞こえてくる。今日ばかりはと夜通し開けているお店もたくさんあるそうだ。ベッドに座ったはいいけれど、興奮してなかなか寝付けそうにない。頭の中にあのパレードのシーンがスチルのようにしっかり映し出される。
おかみさんが言ったように、二人の幸せな様子を見られてただただ嬉しいなと思った。生まれ変わったとわかったあの頃、まさに見たかった、確認したかった光景だった。あの大好きだった世界の先を、私は今生きているんだ。
私の力は小さくても、それでもフィルーゼとエルレンが頑張って守っているこの国を支える一人だ。私みたいななんでもない人間が恙無く日々を過ごしていく、それが二人の国をもっと良くしていくことに繋がっているといいな。
だから、明日からもまた頑張ろう。そう思いながら、ランプの火を吹き消した。




