15 保養所と『テルメ』とハーブティー
15 保養所と『テルメ』とハーブティー
保養所の入浴施設は湖のほとりにある。湖畔は緑にあふれていて、なんだか空気も美味しい気がした。
「こんにちわ。【アッシャーラ】の保養所へようこそ」
施設に入ってすぐはホテルのロビーみたいになっていた。初めてということで、使用方法や禁則事項など丁寧に受付のお姉さんが教えてくれる。そういえば、『テルメ』については保養所の受付に招待チケットを出せばいい、とベルカンさんが言ってたっけ。
「すみません、これなんですけど……」
「『テルメ』のチケット……!」
……今お姉さんの目が一瞬カッと見開いた気がした。
「……失礼しました。
こちら本日のご使用でしたらすぐ手配しますが、いかがいたしますか?」
曰く、『テルメ』は真反対の建物なのでここから馬車で送迎があるらしい。使用はいつでも問題ないらしいので、明日行きたいとお願いしておいた。今日は保養所の方を楽しみたいからね。
貸出の専用ローブに着替えて荷物を預けると、浴場に入る。着替えスペースも中も完全男女別なので気を使わないでいいのが有り難い。石造りの部屋は蒸気で満たされていて、椅子や寝そべる場所もある。サウナと岩盤浴の中間みたいな感じだろうか。蒸気でしっかりと身体を温めて、季節が良ければ隣の湖で泳いだりするらしい。ちなみに湖は海と繋がっているようで、水がちょっとしょっぱいみたい。
蒸気をたくさん浴びて全身がしっとりした気がするし、疲れていた足も温まってほぐれた感じがする。その日はそのまま保養所の簡易宿に泊まった。
◆
次の日、保養所前に来たお迎えの馬車に乗って『テルメ』へ移動する。普通の乗合馬車とは違ってふかふかのクッションも置かれていて大分快適だ。舗装されているけれど、道のすぐ外側は手つかずの自然という雰囲気だ。こんなところに本当に『テルメ』があるのか、大きな建物が見えるまで半信半疑だった。建物の大きさにもびっくりしたけれど、馬車を降りてもっと驚いた。
「『テルメ』へようこそ、アイリーン様」
「……ベルカンさん?!」
なんと、出迎えてくれたのはベルカンさんだったのだ。
「何故ここに……」
「船の他にも、色々担当しているんです」
いたずらが成功したような表情のベルカンさんはこの前と同じくさっと荷物を持って案内してくれる。こちらもまたホテルラウンジのようなホールを抜けると、いくつか大きな扉があった。
「ようこそ『テルメ』へ!
お世話をさせていただきます、エラと申します」
「よ、よろしくお願いします」
扉の前に立っていたお姉さんがにこやかに挨拶をしてくれる。
「ではアイリーン様、『テルメ』をお楽しみください」
ベルカンさんに見送られて扉をくぐると、テーブルセットがある小さな部屋だった。さすがにいきなりお風呂ってわけじゃないんだな。さらに進むと、さっきより大きな部屋に同じくテーブルセットや棚がありリネンなども置いてある。奥は大きなガラスになっていて、曇って見えるから、この先が浴場なんだろう。
「まずはこちらにお召し替えください」
エラさんから受け取ったのはごく薄い生地でできているバスローブみたいなものだ。例によって手触りすべすべの生地。脱いで羽織るだけみたいな感じだし、着替えの手伝いはお断りした。このローブのままお湯に浸かり、そのあとマッサージなどあるらしい。雰囲気としてはエステみたいな感じだろうか、緊張するなぁ。
ごそごそ着替えていると、なにやらいい香りが漂ってきた。エラさんがワゴンでティーポットとカップを運んでくる。衝立の先はミニキッチンだったみたいだ。
「こちらは紅茶に香り付けしたものでございます」
「ありがとうございます」
お湯につかる前の水分補給ってところだろう。いただきます!
オレンジのような爽やかな柑橘とカモミールかな、ふわりと香ってくる。白いカップに注がれた琥珀色が綺麗だ。お茶の渋み雑味みたいなものが全然なくて、上品な香りがすーっと鼻に抜けていく。リラックス効果もあるんだろうな、気持ちがほぐれて肩の力が抜けた気がする。
お茶を飲み終わるといよいよガラスの向こう側へ。湯気に包まれた浴場に入ると思わず感嘆が漏れた。タイル貼りの浴槽は何十人も入れそうで、まるでプールみたいだ。
身体を洗う前にお湯につかるなんて、と前世の自分が頭の片隅で主張しているけれどそのように入るものだから仕方ない。浴槽の入り口は手すりと階段がついているから安心。ちょっと肌にしゅわっとつく気がする……もしかして炭酸泉ってやつかな。いきなり入っても大丈夫なぐらいの優しい温度のお湯の中でしっかりと手足を伸ばして力を抜いた。
ああ…………広いお風呂、最高だ!! 今生初にして、恐らく最後かもしれない。しばらくつかったあとは、マッサージ台に移動した。ごしごしと全身を洗われて、シトラス系のオイルを塗ってまたごりごりマッサージ……これがかなり痛い。昨日の保養所で大分足は楽になったと思ったけど全然だったようだ。がっつりマッサージを受けたあと、もう一度湯船につかって指先がふやけるくらいに温泉を堪能した。
◆
「『テルメ』はいかがでしたか?」
「とっっっても良かったです……!」
拳に力を入れた私の答えに、ベルカンさんと一緒にお見送りをしてくれているエラさんもクスリと笑った。
「夢のような体験ができました。本当にありがとうございます。
お二方と、あと、ベステさんにも。よろしくお伝えください」
「承りました」
ではまた、という挨拶とともに馬車の扉が閉められた。ゆらゆら揺れるのが心地いいし、身体はぽかぽかしているしですごく眠くなってきた。今日はまた保養所の簡易宿に泊まって、次の定期船に乗るための準備をしなくては。
あんなに痛かったマッサージだけど、身体はとても軽くなった。かつてないくらい全身つるつるぴかぴかで髪もつやつやだ。やっぱり大きなお風呂はいいな。『テルメ』みたいな本格的なものでなくていいから、いつかいつか、自分のうちに大きなお風呂を作りたい。




