14 山登りと蜂蜜酒
14 山登りと蜂蜜酒
ルルちゃん達と港で別れた私は、早速目的地に向かうための準備を進めることにした。さて、今から登れば野営するにもいい時間かな?
まずは買い出しに市場へ向かった。食べ物のお店が固まっている辺りが結構広いなぁ。この港町はエルマナと比べると小さいけれどかなり賑わっている。保養所への玄関口でもあるため、結構人口は多いのかもしれない。
目についた野菜と、下味のついたお肉。これは……蜂蜜酒、かな。小さな瓶で荷物にはならなさそうだし、ちょうどいいかもしれない。
「お嬢ちゃんは保養所に来たんじゃないのかい?」
私の買い物ラインナップを疑問に思ったのか、地元民らしいおじさんが声をかけてきた。
「あとで行く予定はあるんですが、今日のところはちょっと山登りを。
見事な花畑があるって聞いたもので」
「よく知ってるね! 丁度花の盛りだよ。
今からってことは泊りがけかい?」
「はい、そのつもりです」
花畑の付近には東屋に焚き火台もある、ということもリサーチ済み。できればそこで煮炊きして寝るつもりなのだ。
「そうしたら、これも買っていくといいぞ!」
おじさんがそう言って教えてくれたのは、着火剤の木の皮。花畑の付近は霧が出やすいけれど、この着火剤なら煙は出るが湿気に負けないのでよく使われているらしい。おじさんにお礼を言ってそれも買い込んだ。
◆
さて、目指すは山の上にある花畑だ。人で賑わう保養地とは反対側の山道を黙々と歩いていく。道中全然人に会う気配がないけれど、この島に来る外の人は基本保養所が目的だからね。療養に来る人は山登りなんかするはずないので当たり前だ。緩やかな坂は道としてそれなりに整えてあり、大変に有り難い。
それにしても。今回海を渡るのに、私は一生分の運を使い果たしたのではなかろうか。上流階級の食材は素材から違うから、食べるもの全部が美味しかった。まさか【ロウ=ファレン】の料理を食べる機会に恵まれるとは思わなかったし。出会ったのがいい人たちでよかったなぁ。懐かしい味も感じられて、本当夢みたいな数日間だった。
数時間歩いて、開けた場所にぽつんと屋根が見えてきた。きっとあそこだろう。坂を登り切ると見事な花の絨毯が現れ、思わず息を忘れる。平地が一面青や白、ピンクの花で埋め尽くされている。花は詳しくないから名前はわからないけれど、線香花火みたいな形が面白い。葉っぱは少し白っぽい不思議な色だ。
この花畑は、フィルーゼの家族が恐らく亡くなっただろう場所だ。彼女の持つ特殊能力は物の持つ記憶を映像として見ることで、この花畑で見つけた遺品の欠片から偶然両親の最期を知ることができる。ちなみにフィルーゼの特殊能力の対象は物だけ、と終盤近くまで思われている。【アッシャーラ】の国宝である例の腕輪がないと無機物ぐらいにしか使えなかったのだ。腕輪で力を増幅して、記憶を読み取り、その中に潜り込んで、そうして妹姫の呪いを解いた。そのあたりはふんわりしていてよくわからないけれど、魔法的なものはほぼ無い世界なので仕方ない。原作でも不思議な力を持つ人物はお伽噺よりは身近だけど、血で継がれるようなものでは無かった。滅ぼされた【アッシャーラ】の王家が特別だっただけだ。
花畑に作られた東屋、もしかしてこれもフィルーゼのためのものだろうか。話に聞いた焚き火台は火の粉が飛び出づらいようになっていて、かなり良いものだ。どちらかというとかまどみたい。火を起こす箇所の蓋を開けると誰かの焚き火跡の炭が残っている。数日中というところかな? この花が咲く時期は、地元の人には結構使われているのかもしれない。
市場で買った木の皮を使って火をおこすと、確かに煙がもくもくと出る。これ、こっそりしたい旅には向かないやつだな。でもなんとなくいい香り……もしかして、燻製とかに使われてるのかもしれない。麓で買ってきた食材を串に刺して焚き火で焼いていく。うーん、予想通りいい匂いがする! 船を出てくるとき料理長さんが堅パンを分けてくれたのでそれと、デーツも炙って食べる。少しとろけて甘みが増して美味しい。
いい感じにお腹が膨れたところで蜂蜜酒の小さな瓶を取り出す。完全なる自己満足だけど、弔い酒のつもりで買ったのだ。不謹慎に観光してごめんなさい、という気持ちもある。地面に少し、自分のコップにも少し注いで、献杯。
う、、思ったより濃い、かも。よくよく考えたら、お酒は今生初めてだったかもしれない。飲むのに年齢制限は特に無い国だけど、料理で使うのに舐める程度しかなかった。ちびちび口に含みながら舌の上で転がす。喉を通るときの蜂蜜感が強いけれど、かすかにミントのような爽やかな風味があって慣れると美味しい。気がする。
東屋のベンチに毛布をひいて転がると、ちょうどその上の屋根部分にガラスがはめてあって星空が見える。これは完全に泊まることを想定して作られているなぁ。ほろ酔いだからか、ふわふわ浮いているような心地がする。ああ、なんて雄大な景色。まるで星が降ってきそうだ。
翌朝目が覚めると、花畑は薄い霧に包まれていた。霧の中に浮かぶような花たちが、朝日に照らされてとても幻想的な光景だ。
焚き火台のおかげで熾火からすぐに火を起こすことができた。朝ごはんを軽く食べて早々に下山する。これまでもずっと歩いてきたけれど、昨日今日の登山でさすがに足がパンパンだ。テルメは明日にして、今日は保養所の方に行くんだ!




