12 船上のひとときとデーツのピタサンド①
12 船上のひとときとデーツのピタサンド①
ゆらゆら、身体が揺れている。ああ、日が昇る頃出発と言っていたし、もう海の上なんだろうな。寝ぼけた頭で身体を起こしたけれど、心地よい揺れに寝かしつけられそう。とりあえずなんとか着替えをして部屋から顔を出すと、近くにいた女性の使用人さんがお顔を洗う用です、と湯気の立った桶を渡してくれた。お湯とはなんて贅沢なんだろう。もしかしてそろそろ起こしてくれるつもりだったのかもしれない。
「おはよう、アイリーンさん」
「よく眠れたか?」
「おはようございます。
はい、とても快適でした!」
昨日と同じくベルカンさんに案内されてダイニングでの朝ごはんだ。ルルちゃんたちとも挨拶を交わしつつ席に座る。テーブルには、たくさんの種類の料理が少量ずつ盛られた皿が並んでいる。ビュッフェみたいに豪華でテンションが上がるなぁ。いただきます!
胡椒のきいた豆ペースト、ハーブの香りがする鶏ハム、コーンとマカロニサラダ、トマト入りのふんわりオムレツ、オリーブとパプリカのマリネ、チーズが数種類と、たぶん蜂蜜が垂らされたヨーグルト。ジャムはフルーツが数種とミルククリームだろうか。パンもふわふわ寄りの食感で、もちろん焼き立てだ。どれもとっても美味しくて、朝からたいへん満たされた。
食後にミルクたっぷりのスパイスティーをいただいているところで実は、とルルちゃんが切り出した。
「料理長さんが、デーツサンドを?」
「ええ、作り方をさわりだけでも教えてもらえないかしら……?」
昨日話題にのぼったうちのデーツサンドを王都で噂に聞いたことがあるらしく、気になっていたのだと。もしよければレシピの一部でも知りたいということらしい。
「貴女の店の商品だろう?
無理にとは言わない」
ジャンくんの言葉に少し考える。売っているデーツサンドは私の考えたレシピに旦那さんが手を加えたものだ。基本の材料は珍しくないし、お店でもお客さんに聞かれたらざっくりとした作り方を伝えたりはしていた。市場の屋台でも似たような甘いピタサンドが売られ始めていたけれど、隠し味の部分は誰にも再現ができないからそこは問題ないのでは。
「完全に同じものは作れないですが、それでもよければ」
「ありがとう! 私も食べてみたかったから嬉しいわ」
もう必要なピタは焼いてあるのでいつでも作業にとりかかれるらしい。用意がいいなあ!
ルルちゃんも作るところが見たいというので、結局皆一緒に厨房まで来た。料理長さんは無理を言ってすみません、と言いつつも興味津々な様子だ。せっかくなので家のデーツもお渡ししておく。チャンスはチャンスだからね。
船内の材料、器具はなんでも使って大丈夫とのことで、せっかくだから色々と惜しみなく使わせてもらおう。万が一にも料理中に落とさないよう念の為腕輪を外す。
「それ、【アッシャーラ】の文様かしら? 素敵ね」
「そうなんです!!
骨董市で手に入れまして、お気に入りなんです」
思わず勢いよく返してしまって後半落ち着くように軌道修正する。見てもいいかというルルちゃんに是非どうぞと渡すと、細かい透かし模様の彫り込みに感嘆をもらしている。うん、そうやって光にかざして見るのが私も好きだ!!
さて、しっかりと手も洗ったしデーツサンドの中身を作ろう。
ひとまずヨーグルトを水切りしておく。
船内厨房にあったデーツはサイズがうちよりも小さいみたい。かじって見ると乾燥した硬めタイプかな? 種を取り、りんごと一緒に細かく刻んで火にかける。ほんのりラム酒と、お店ではここで旦那さんの秘伝スパイスを入れるのだけど、変わりにシナモン。それがないだけで大分風味は変わるだろう。ジャムは粒が残っても良いから煮ている間真面目に潰したりしない。それにしてもなんて良さげなラム酒……これは結構、味の印象が変わるかもな。
お次はナッツ……アーモンドとくるみ、船内にあるピスタチオとヘーゼルナッツもあるので入れさせてもらおう! 乾煎りして粗熱をとり、すり鉢で荒く砕いた。
水切りヨーグルトもそろそろよさそうだ。なめらかに混ぜたらはちみつを入れる。
たくさん積まれたピタパンは、食べやすさのためか小さめに焼いてあるのがかわいい。水切りヨーグルト、クラッシュナッツ、ジャムと挟んでいく。これは順番も大事だ。かじった時の味の印象にも関わる。
「できました!」
時折料理長さんの質問に答えつつ、無事デーツサンドは出来上がった。なるほどといいながら味見をしている料理長さんの表情は明るい感じなので味は問題ない様子だ。そもそも材料がいつもより数段良いものだから、それだけで美味しさのグレードが違いそうだけど。
「噂に聞く甘いサンドがどんなものかと思ったのですが、とても美味しかったです。
早速作ってみますね!」
「参考になったなら良かったです」
ありがとうございますと頭を下げる料理長さんにこちらもお礼を伝える。美味しい料理のお礼になったなら嬉しい。
「とっても美味しそう……早く食べたいわ!」
「さっき朝食を食べたばかりだろ」
呆れたようなジャンくんの言葉に甘い物は別腹なの、と返すルルちゃん。その概念、こちらにもあるんだなぁ。




