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10 ひたひたシロップパイと想定外の出会い

10 ひたひたシロップパイと想定外の出会い


 宿屋の精算をして、船着き場に繋がるお屋敷の前までやってきた。門番さんに名前を告げると、迎えが来るので少し待つように言われる。この繊細な飾りのついたおしゃれな門扉からして世界が違いすぎて、既に気後れしているぞ。ドレスコードとかが必要なタイプの家じゃないだろうか。門の端にはこの国でよく見るお守りが吊るしてあった。目がモチーフで、前世でも似たようなものを見たな。たくさん吊るしてあるとちょこちょこ目があうように感じてどきどきする。


「ようこそ、アイリーン様。

 お待ちしておりました」

「いえ、ありがとうございま──」


 様付けされるような立場じゃないと訂正しておいたほうが、と過るも迎えに来た人物の顔を見て違和感に首を傾げる。


「えっと……ベステ、さん……

 じゃ、ない……?」


 ベステさんが来たのかと思ったけれど、少し雰囲気が違う気がする。服装は男の人のもので、それに、思わず見てしまったけれど体型──主に胸周り──が控えめ。いや凝視はよろしくない場所だ。ベステさんと同じ顔のその人は楽しそうにフフっと笑った。


「ベルカンと申します。ベステの双子の弟になります」

「弟さん!?」


 双子と言われて納得したけれど、まさか男性だとは! 表情の感じは違うけれど、瓜二つと言っていいんじゃないかな。


「とても似てるんですね」

「よく言われます」


 あれ、それならこの人もルルちゃん達と兄弟ということ? でも使用人のように振る舞っているのはなんで??

 頭の中が疑問符だらけだけど、お荷物お預かりしますね、と私の荷物をさっと持ち流れるように屋敷へ案内される。玄関の中に入るとステンドグラスのようになっている扉上部から射し込む光に変化があって綺麗だ。


「大変お手数ですが、お召し替えをお願いいたします。

 服は御用意しておりますので」

「わかりました」


 確かに今の旅装は砂っぽいからそうしたい。というかこのままだと数々の綺羅びやかな調度品を汚してしまいそうと思ったところだった。それにしても、客人用の服まであるとはすごいなあ。

 ホールに控えていた女性使用人さんの先導についていくと、着替え用という部屋に通される。湯浴みはどうするかという質問に、船の上ではゆっくり入れないと聞いて入ることにした。着ていたものは洗濯をしてくれるというのでお任せしたけれど、身体を洗うお手伝いはさすがにお断りした。物語の中でしか見たことないけれど、お貴族様は本当に全部洗ってもらうんだろうか? 前世も今世も庶民の私には、髪はまだしもその他の箇所はハードルが高すぎる。

 置かれていた憧れの猫足バスタブにテンションが上がる。名残惜しく思いながらさっとあがると着心地の良い薄紫を基調にしたワンピースに着替えた。デザインはシンプル、だけど心なしかスタイルがよく見えるような気がする。靴もいくつかサイズが用意されていてぴったり合うものを選ぶ。髪を乾かすのはせっかくなのでやってもらった。塗り込まれたオイルで爽やかないい香りがするし、複雑な編み込みで一つにまとめられて自分にできない髪型が新鮮だ。


「よくお似合いです」

「あ、ありがとうございます」


 部屋を出るとベルカンさんが控えていて、全身を見て褒めてくれた。お客様を迎えるのに慣れているから茶飯事なんだろうけれど、私には初めてのことばかりでそわそわする。それに、お風呂に入ったあとの遭遇というのはなんだか落ち着かない。


「アイリーン様をお連れしました」


 通された応接間と呼ぶべき場所では、ルルちゃんとジャンくんが待っていた。ベルカンさんはそのまま二人の座っていたソファの横にいるベステさんと対になるように立つ。それはつまり、二人とは明確な立場の差があるということ、なのかな。

 座るように促されて恐る恐る腰を落とすと足元の質が良さそうな絨毯が目につく。椅子に貼られている布も刺繍がすごい。うーん、これはあの旅装のままじゃ無理だ。本当に着替えとお風呂、助かりました。


「ベステは護衛なんだ。私達の姉弟として道中付いてきてもらっている」


 なるほど、二人とは顔の系統が違うと思っていたけれどそうだったのか。改めてベルカンさんとベステさんを見比べると、ベルカンさんのほうがほんのり背が高そうだ。顔は驚くぐらい似ているけれど。


「待ってたわ、アイリーンさん!」

「お招きありがとうございます」


 まずはお茶休憩しましょう、と運ばれてきたのはスパイスの香る濃いめのチャイと四角い小さなパイのようなお菓子。これはもしかして、王都で聞いたノーブルな方々で流行っているというものでは……?

 フォークを刺すと下からじゅわっとシロップが滴る。やっぱりそうだ、シロップがひたひたにかけてある例のパイ。これはお皿持ち上げていいのかしら……綺麗に食べるのは難しそうだ。いただきます!

 バターたっぷりパイのサクッとした食感に、クルミとかピスタチオかな、挟まれているナッツがザクザク感じる。下の方は染み込んだシロップで柔らかになっているのも美味しい。間違いなく、今生食べた中で一番に贅沢な味のスイーツだ。……美味しい、美味しいけれど目を白黒させてしまうくらいとっっっても甘い。


「美味いが、こんなにシロップをかける必要あるのか」

「この歯が痛くなる感じがいいのよ!」


 ジャンくんとルルちゃん、どちらの意見にも同意だ。この小さめサイズをたまに、ぐらいが適量なんだろうなぁ。ベルカンさんが空になったカップにすかさずチャイのおかわりを入れてくれた。


「貴女にもらったデーツは甘いのに後味がしつこくなくて美味かった」

「ありがとうございます、そう言ってもらえると嬉しいです!」


 実家のデーツの話題に思わず営業モードになる。加工するのもいいけれど、やはり素のままのデーツを褒められるのは誇らしい。


「ご実家は農家って言ってたわよね。どのあたりなの?」

「【トルクゥア】南西部なので、この町からみると南東方面でしょうか。キラビルの村近くで、サボテンも扱ってます」

「へえ、結構すぐなのね。

 王都にもデーツを売るために?」

「実は美味しいものに目がなくて、そのために王都に来たようなものなんです。商品の宣伝をするからと家族を説き伏せまして……」

「それじゃ、船に乗っている間の食事は期待していて!

 船の料理人はいつも珍しくて美味しいものを出してくれるのよ」

「はい!」



 お茶のあとは、いざ船へ! 街から見えた廊下を歩いて港まで進んでいく。扉を開けた先、大きな船の横っ腹に感嘆がもれた。手前の屋根がついたカゴのようなものは、丈夫そうな太い鎖が上に伸びている。船に乗り込むためのもののようだ。段差があるからか、ジャンくんがルルちゃんの手を引いて乗り込む様がとても絵になる。


「どうぞ、アイリーン様」


 つい二人に見とれていると、次に乗り込んだベルカンさんから手が差し出される。えっ私もですか??

 ドギマギしながら先程のルルちゃんの見様見真似で手を重ねる。エスコートなんてされたことがないけれどこれで合ってるのかな。乗り込んだあともそのままだけど、これはいつ離したらいいんだろう。最後にベステさんが乗り込んで、カゴの扉がカシャンと閉じられた。

 ベステさんが屋根から下りる紐を引くと鐘の音が響き渡った。と、間もなくカゴが上に登っていく。海風のせいか思っていたより結構揺られるし、こんな高いところは初めてで喉の奥が冷える心地がしてきた。それに、よろめく度にさりげなくベルカンさんが支えてくれるのが助かるけどなんとなく落ち着かない。ルルちゃんたちは慣れているのか全然平気そうだ。

 ガッシャンと大きな音を立ててカゴが止まる。ベステさんの次にベルカンさんに手を引かれて下りる。揺れない場所、と思って一瞬ホッとしたけれど、これは船だから出港したらまた揺れるんだったな。今世は船酔いはするだろうか。馬車は特に酔ったことがないから船も平気だといいな。


「ジャン様、ルル様、お待ちしておりました」

「ありがとうアーデル。

 こちらアイリーン、ルルを助けてくれた人だ」


 えっアーデル?

 出迎えのためか甲板にはたくさんの人が立っていて、その先頭にいたのは男の人。薄紫の髪をサイドでみつあみにまとめていて、濃いグレーの瞳の目元は鋭い印象だ。……えっ待って、、待ってこの人、なんだかすごく覚えがある。


「お話は伺っております。

 ラルマーレ号へようこそ、アイリーンさん。

 船長のアーデルと申します」


 改めて聞いた名前は聞き間違いじゃなかった。カラーリングも、目元の雰囲気も現在の見た目の年齢も一致している。もしかして、もしかして、あの攻略対象のアーデルだろうか?!

 アーデルは、同じく【アッシャーラ】の宝物を集めている盗賊……として出会うが、実際は【アッシャーラ】出身の騎士だ。彼の主は特使として【トルクゥア】に住んでいたので国の滅亡には巻き込まれなかったけれど、いつか正統な後継者に渡せるよう、流出した国の財をアーデルに命じて集めていた。お堅く真面目で、怪我したフィルーゼを放っておけなかったりと、盗賊似合わないな〜と思っていたので素性を知って納得したなぁ。

 日に焼けて肌は大分黒いけれど顔の作りはアーデルらしさを感じる。ゲームでは表情筋があまり動かない印象だったな。目の前に居るアーデルは年齢を重ねたからか全体的な雰囲気は柔らかい。


「……私の顔に何か?」

「すみません、その、知り合いに似ている気がして……

 アイリーンです、よろしくお願いします」


 こんなところで出会えるなんて、不意打ちすぎる。案の定見すぎてしまっていたようだ。気をつけなきゃ。アーデルだけでなく他の皆も不思議そうな顔をしていた。 


 お部屋にご案内しますね、とベルカンさんが連れてきてくれたのは階段を二階降りたところにある個室。ベッドの他に書き物机やクローゼットもあって、普通の宿屋みたいだ。家具の質を考えたら下手するとそこらの宿よりグレードが高いかもしれない。

 部屋の中には既に私の荷物が置かれていた。ひとまず落ち着きたくてデーツを取り出してかじる。色々起こりすぎてキャパオーバーだよ!!

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