4・ガラクタの国
ガラクタの国に初めてきたときはなんかホッとした。僕もきっとこの石に連れてこられたんだと思った。
世の中で必要なくなったモノ、忘れ去られたモノ、誰かが無くしたモノが集まる国。
大量に買って使わなかった食料、流行った洋服、片方しかない靴下と手袋、産むはずじゃなかった子ども、仕事がなくなった男、恋人に捨てられた女、埃を被った家具、持ち主が死んだ本。
探し物があったらこの国へ。
でも、自分が持ってたモノを無くしたからと言ってここに探しにきてももう同じものは手に入らない。
ここで見つかるのは今の自分に本当に必要なものだけ。
自分の手から離したのは必然。
自分の思いとは別の力が世界には働いている。
「お3人さんはこの国は初めてで?」
「僕は何度か。彼女たちは初めてです。」
「おおー、そうですか。そうしたらこの国に初めてきた方は説明を受けるのが義務なのでお兄さんも一緒に聞いてくださいな。」
ガラクタの国の入国は身分証明などは一切必要ない。
その代わりにシステムの説明を受けて、チケットさえ買えば誰でも入れるようになっている。
「まず、ガラクタの国は世界中の必要なくなったモノ、忘れ去られたモノ、誰かが無くしたモノが集まる国です。
いつからか定かではありませんが、ずっと前から、ある岩から転送されてくるのです。
今はその岩の前には運送システムができ、出てきた物を町中に送ることができるようになっています。
その岩は世界中に転送元があり、そこで必要ないかと判断されたものがこの岩に転送されてくる仕組みになっているようですが詳しいことは未だに解明されていません。
そのため、ガラクタの国のものは基本的に誰のものでもありません。
転送された時点で、ガラクタの国のモノとされて、誰か個人の所有物ではありません。
なので欲しいと思ったり、必要だと思ったりしたらそれを拾ってください。モノの場合はほとんど問題ないかと思いますが、生き物の場合はその生き物の意思を尊重するため、相手と交渉をしてください。本人が納得すれば問題ありません。
他の人が既に手にしているモノを欲しがるのは禁止です。その人がその期間に手放さない限りはその人のモノであり、モノ自体がその人を選んでいるので譲渡もできません。
持って帰るモノを決めたら、この隣にある会計場所に来てください。
基本的に値段は均一なので、個数での会計となります。
その会計が済んだら、出国時に会計をした証拠の紙を見せていただければ終わりです。
何かわからないことはありますか?」
「はいっ!ガラクタの国のモノは個人での売り買いはしていないの?」
「お嬢さんは不思議な質問をしますね。そんな必要のないことをする人はこの国にはいませんよ。
そもそも普段の生活にお金など必要ないので売り買いの必要はありません。
国自体はお金を持っていないと他の国との交渉もできないですし、自国を守るためのお金が必要みたいで。国というシステムを保つため以外でお金を必要とする人を聞いたことがありません。」
「でも、何か必要な時はどうするの?」
「ただある物を使えばいいだけです。ここの国は必要なものはモノの方からやってきます。それだけものが溢れているし、使い終わったらまた元の場所に戻せばいいだけです。もうそろそろ他の方もいるので先に進めて良いでしょうか?
まずは入国のための入国チケットをここで買って、自分が必要なモノが決まったら、会計場所にきて会計をして出国です。では、ご納得された方はチケットをお買い求めにチケットブースに向かってください。」
モモとドレは不思議でたまらないようで入国の門を身を乗り出して覗いている。
門の向こう側は多くのものが流れているのが見えるから、それもまた気になるのだろう。
僕たちの番になり、3人分のチケットを買っていよいよ門に向かう。
門は石造の重厚でクラシカルな門なのに、チケットをかざすと自動的に開くドアがついているのは先進的だ。
この国は、この国に流れ着いた物で構成されているので街の中も、古いモノや新しいモノが混在しているし、人間もさまざま。馬に乗っている人がいると思えば、空飛ぶ機械に乗って移動する人もいるガラクタでできたデタラメなところがまた人の心をそそるから、こんなにも訪れる人も多いのだと思う。
ガラクタの国にいるのは1泊で十分だ。
それで必要なものはすべてが揃う。
そもそも、これだけものが集まる国を全部回ろうとしたら何日かかるわからないし、常に何かがきてしまう国だから全部見ようなんてそんなことは一生かけてもできない。
"必要なモノは必要なところに必要な分だけくる。"
この国に来たときに教えてもらったことだ。
"じっと自分と対話をする。それが1番早く必要な物を見つける手段"
「ベイビーはそれを誰に教えてもらったの?なんかわかる気がするけど、まだわからない。」
「それは今日泊まる宿の管理人さんから教えてもらったんだよ。きっと、モモもドレもわかるよ。その人にあったら色々とね。」
綺麗な石畳の道の上にはものが規則正しくものが散乱している。
どこか独特な仕分けがされているのだ。カテゴリでもなく、色でもなく、ジャンルでもない。けど、どこか規則正しく、散乱している。
その間をぬって、丘を上がっていくとオレンジ色の屋根の屋敷が見えてくる。その周りも様々なものが置いてあるかま、ここはあまりごちゃごちゃしていなくて、きれいに整頓されているのが逆に不思議にいつ見てもなる。
屋敷の前を掃き掃除する人がこちらを振り向いた。
「あれがここの管理人のヴィーさん。」
「ユニ、久しぶりだね。元気にしてたかい?またちょっと大きくなった?それになに、その子たちは?」
「モモとドレです。」
「こんにちは、ヴィーさん。私たちは旅の途中でベイビーの家にお世話になっているんです。よろしく。」
ヴィーさんはモモたちを見て微笑んで、屋敷の中に招き入れてくれた。
屋敷の中は広く、入り口は吹き抜けになっている。本来なら絵の1枚でもかけられていていいし、装飾品があって良いものだと思うのだがそういったモノは一切ない。
「一度荷物を部屋に置いておいで。そのあと下のサンルームで話をしよう。」
サンルームはヴィーさんのお気に入りでいつもくると綺麗に整った庭を見ながらお茶をする。
最近どうしていたのか近況を話しながら、今回は何が必要なのかという話をするのが楽しいのだと前に言われたことがある。
「素敵!なんて綺麗な庭なの!ピンクとオレンジと白、お花がいっぱい敷き詰められたみたいになってる。後で外に出てもいい?」
「いいよ。あとで一緒に庭を見てまわろうね。」
ヴィーさんは穏やかな笑顔をモモとドレに向ける。いつもここにくる度にヴィーさんのこの穏やかな雰囲気に触れると心の中の波が少しだけ落ち着く感じがする。
ここは無駄なものが何もない。
ヴィーさんが必要としているものだけが、必要な分だけある空間なのだ。
屋敷の中はほとんどモノもないが、それは違和感にはならない。本来あるべき姿になっているだけだから不安にもならない。
街なのに、いつもの森の中にいる感覚があるから安心できる。
「さて、ユニは最近はどうだい?」
ヴィーさんの前だと、普段話さない僕ですら何故か饒舌になる。
はじめはなんでこんなことをと思っていたのだけど、話していくとなぜか心地よく、その後に必要なものがすっと揃っていく。
ヴィーさんと話をすると荒れていた心の中が安定するのだ。
今回もたくさんの話をした。
モモとドレが数ヶ月前に来たこと。魔法を最近また使い始めて、ヨイさんたちに使ってみたこと、それで魔法の分解や薬草の使い方についても色々と試していることなどを伝えていった。
ヴィーさんはそれを嬉しそうにうんうんと優しくうなづきながら聞いてくれる。
「ユニはモモとドレやヨイ兄と過ごす時間が大切で、楽しめているようだね。よかった、よかった。」
僕は話しすぎたのか喉が渇いてサーブしてもらっていたお茶を一気に流し込んだ。
この数ヶ月いろんなことが起きたんだなと話して初めてわかる。
いつも話すのは薬草や花の話、魔法の展開図や薬の調合について考えてることや家の庭で作る野菜で作れるレシピの話ばかりだった。
人の話といえば、ヨイさんの話くらいでヴィーが聞きたがるから伝えるくらいのものだった。
「ユニはもう魔法を使うのは怖くなくなってきたのかな?無理はしないでいられてる?」
こういう質問をサラッとしてくるのはところが2人は兄弟なんだなぁと感じる。温かさの温度と角度が同じなんだ。
「怖くはなくなってきてるんだと思います。無理はしてない……たぶん。魔法は使うときはもともと緊張感はあるから。でも、楽しいんです。」
「ユニは魔法が好きだもんね。」
僕はその質問にピタリと動きが止まってしまった。
魔法が好きかどうか。
そんなこと考えたことなかった。
小さい頃から当たり前のように自分に備わっているものだった。
魔法が元で周りから冷たくされた。
でも、魔法があるからできることはいっぱいあった。
魔法に没頭することで寂しさを埋めた。
魔法について考えてると今までの多くの人たちの思考に触れて包まれる心地がした。
でも、魔法で大切な人を殺しかけた僕は追放された。
けど、僕はそれでもまた魔法を使っている。
それは
「魔法が好き……?なのか?」
「好きでもなければ毎回あんなにいろんな種類の魔法書は寄ってこないと思うけどな。毎回毎回、ユニの周りにはマニアックな魔法書ばかりじゃないか。生活に必要なものはちょうどでくるのにと思うけど、ユニにはあれだけの量や種類が必要なんだろうね。」
「もしかしてベイビーの方が、魔法に好かれてるのかもしれないんじゃない?」
モモが閃いたとばかりに言うと、たしかにそうかもしれないねと3人が喜んで話し始めた。
僕は相変わらず置いてけぼりで、そのまま思考を続ける。
言われるまで気がつかなかった。
たしかにいつもこの国から帰るときには日用品意外は魔法書ばかりだった。今まで一度も読んだことのない本から誰かが走り書いたようなメモまで寄ってくる。
その中で気に入ったものを何冊か持って帰って、何度も読む。
この国で僕の手元に来るものは本当に必要なものだけなんだ。
そう改めて思わされる。
魔法に好かれていると考えるのは嫌いではない。
自分の意思とは別の力が世の中にはあって、自分の力が及ばない大きさにほっとする。
ヴィーさんと話をした後に少し屋敷の中を回って、やはり街に降りてみたいとモモたちが言うので4人で街に行こうとヴィーさんが言い始めて驚いた。ヴィーさんが一緒に街に出るのはかなり珍しいのだ。
「なんだい、その顔は。僕だって時にはこの丘を降りて街にも行くさ。いつもは必要なものが集まるからただ行かなくていいと言うだけでね。いつも頼んでいる薬は持ってきてくれているかな?それをついでに渡しにも行きたいからもらえる?」
ヴィーさんからはいつも同じものを頼まれている。薬状にした大概の不調に効く薬や栄養剤、傷薬なんかをいくつかまとめたものを30個くらいというざっくりしたオーダーだった。
それとは別にヴィーさんには家に泊めてもらう代わりに、薬を専用に作っているので何に使うのか不思議だったが、これは街に行って誰かに渡しているものだったのか。
多くの人に囲まれているヨイさんとは対極的にヴィーさんはあまり人と一緒にいるのを見ない。滞在時間が短いのもあるが、屋敷をおとづれてくる人もいないし、街にも行かない。
いつもいくと午前中は家の世話をして、午後はゆっくりとお茶をしながら読書をして過ごす。
僕の森でのルーティンはヴィーさんに教えてもらったものだった。
いつも同じようにしていくと自然と身体が整っていく。そのうちにバランスが取れると、自分自身が勝手にどうしたら心地よくて、どうしたら居心地が悪いのかを判断できるようになっていくと言われてその通りに過ごしてみている。でも、まだこんなにも穏やかには過ごせていないけど。
「さて、なにかしたいことや見たいことはあるかな?」
「とりあえず、一度街や人を見てみたいかな。」
「そうしたらせっかく丘の上にいるからまずは上から様子を見てみよう。それだけでもわかることがあるはずだからね。」
屋敷のある丘は国の端にあるので、街全体が見渡せるようになっている。庭に出てヴィーさんが街の説明をしていく。
入国の時に話があったイラナイモノが転送されてくる岩は大きな壁に囲まれていて丘の上からでも見ることができない。でも、その大きな壁から町中に線路が張り巡らされている。あちらこちらに張られた線路の上を、たくさんのトロッコがモノを載せて走り、いくつかの場所でその荷物を全部ガラガラとおろしていくのが見える。
下されたものを、今度は人が仕分けをしてモノを動かしていく。また、それを人が動かしてを繰り返しているように見えている。
丘の上からはそう見えている。
「ねぇ、ヴィーさん。なんであの上の方の場所には線路が続いていないの?」
「簡単だよ。あそこには線路が必要ないからさ。」
「線路が必要ない場所?」
「そう。そう言う場所がある。あとでいくから自分の目で見て、なんで必要ないのか考えたらいい。あ、そしたらついでに問いを投げかけておこう。モノの運ばれ方にはある一定のルールがあるんだけど、なんだろう?」
「それも、実際に見て考える方がいいことなのね?」
「人に答えを聞いてばかりではね。自分で感じて、自分の頭を使って考える方が何倍も楽しいし、もっと自分が研ぎ澄まされる。3人ともまだ若いわけだしそこを楽しまないとね。」
ヴィーさんは僕らに向かって優しく落ち着いた笑みを向けたかと思うと、さぁ街は行くぞ!続けーと子どものように坂を走って降り始めたから、僕はまだ質問の意味も答えも考え出すこともできないままただついていく。
もっと自分を研ぎ澄ますために街に向かう。
実を言えば、僕はこの街の中をあまり歩いたことがない。
大概がヴィーさんの家に向かうとき、家でお茶をしてるとき、またヴィーさんの家から出国ゲートに向かうときに必要なものが揃ってしまうことがほとんどで何かを探すと言うことしない。
だから、町中に何本も張り巡らされている道のうち2本しか僕は歩いたことがないのだ。
それで困ったことはなかったし、質問されるまでルールなんて何も考えたことなかった。
歩いてみて改めてわかる物の多さ。でも、いつきても埋まり切ることはない。いつだって同じくらいの量のままだ。ものが来たらその分そのものを持って帰る人がいる。
誰かのガラクタは誰かの宝物。人それぞれ価値観が違うから、ここにあるモノはきっと誰かのために存在するもの。
前に来たときはなんとも思わなかったのに、イラナイモノだと思っていたものがそうではないとわかるとホッとした部分と、でも心の奥で自分とは違うのだとも思って少し暗がりができた。
何本もの通りを歩き回り、ヴィーさんがお茶をしたいと言うのでカフェに入ることになった。ちょっど2本の通りが交差する場所にあるカフェのテラス席に僕らは座った。
「家ではヨイ兄から送られて来るお茶を飲むんだけど、こうやってときどき街に出て全然関係ない飲み物を飲む時間がまたいいんだよね。」
僕らはそう言われて、いつものヨイさんの温かいお茶ではなく、冷たいジュースやコーヒーを飲むことになった。入り口で買ったチケットを見せて飲み物をオーダーする。ここでもお金は使わない。
「さて、通りを何本か回ってみたけど、3人ともどうだい?モモとドレは初めてだったけど。」
「ものが置いてあるところは雑然としてるんだけど、人が通る道とは完全に区分されてて、なんか不思議な感じかな。人のいない市場みたいな感じかな?というよりも蚤の市やガレージセールのような感じ。
各通りはなんか似たようなものがある感じがするんだけど、なんか違うというか。」
『同じベビーカーなんだけど、違う通りにあるものもあるし。でもさ、似てるんだよね?』
モモたちには珍しく悩んでいる様子でもう一度通りを見ながら、ジュースにささるストローの端を噛んでいる。
この通りの1つには主に赤ちゃんや子どもが使うようなものが並んでいるように見える。ベビーカー、おもちゃ、絵本、ケット。しかし、かと思えばそこには車、大人の洋服、動物などもある。僕から見ると統一性など見えない。
「あ、ドレ。ねぇ、そうか。
モノの中にある気持ちが似てる。モノって人の気を宿すからそれがどれも似たようなモノなのかも。形というよりも温度とか匂いとかそういう感じが似てるんだよ。」
「モモとドレは面白いね。ユニの友人って感じで僕は好きだな。ね、ユニ。ユニはどう思った?」
「モノの統一感ある気がするけど。一つの通りは赤ちゃんのものばかりではあるけど、大人のものもあるし、もう一つの通りは手紙、洋服、鍋、パジャマ、写真。あまり統一性がないし。」
ヴィーさんはグラスをクルクルと回しながら、楽しそうにうなづいている。
答えは違うようだ。
「2人とも合ってるんだけど、もう少しかな。モモが言ってた話は本当にそうでね。生きているモノでも物質的なモノでもね、気が宿るんだよ。ある人がカバンをいいなぁ"素敵だな"と思って手に取る、そのあと何度かそれが続くとそのカバンにはその人たちの"素敵"という気がのってくる。誰かの"素敵"を纏うとそれはとてもいいモノになるんだよ。」
"気が宿る"
母が持っていた魔法書はたぶんみんなそんなものばかりだったんだと思う。
誰かの手を渡ってきていて、いろんな人の思いがのっていた。そのページだけ擦り切れていたり、何度も指でこすった跡があったり。
ときどき誰かのための手紙が挟まってることもあって、きっとこの人たちにとってはこの本は思い出の品なんだろうなって思ったりもして。
「そうだよ。ベイビーそれだよ!思い出だ。」
「おお、早いなぁ。よくわかったね。
そう、ここのルールは"思い出"だ。工場は思い出別に仕分けて出荷してる。というよりもまぁ、仕分けられてしまうみたいね。各エリアに吸い寄せられるように分かれていて、そのエリアに強く引き寄せられるものがあるんだよ。」
バランスさえとれれば必要なものが揃う国で、その思い出を揃える通りがある。
イラナイモノや忘れられたはずなのに思い出だけそのものの中にあるってなんかとても切ない気持ちになった。
「この国に来るものは忘れられたもの、ガラクタなんて言われてるんだけど、通りにあるものは誰かの"思い出"が強くこもっているものなんだよ。その思い出は引き合って同じところにある。」
「思い出が強くこもっていて、引き合う。」
「そう。モノは同じ波長同士が引き合って同じところにある。僕がよくユニに言ってるバランスを取るっていうのもこれと同じなんだよ。余計なこと考えないで、自分自身を研ぎ澄ましていくと自然とこのモノたちと同じ波長になる。そうなると、自分もこの引き合う力の中に入れる。そうなると、自然と自分の手元には必要なモノが集まってくるように見える。実際はお互いに引き合ってるんだけどね。人の想いはとても強いんだよ。モノだけじゃなく、ときには他の人の中に宿ってしまうくらいにね。
人は進化しすぎたから、いろんなノイズが入ってくるし、そのノイズを考えられる。その想いが自分のものなのか人から言われたことなのかわからなくなるそうなると、他のモノたちとは周波数が変わってしまうから引き合いの流れには入れなくなるのさ。単純で複雑だろ?」
モモはいつものように、またヴィーさんに質問をして話のラリーが続いていく。
僕はそこにいつだって乗り遅れる。
ヴィーさんがいった言葉を反芻してそこにとどまってしまう。
自分自身を研ぎ澄ます
同じ波長同士引き合う
モノが集まってくる
進化しすぎた人間
ノイズ
一人でルーティンを繰り返すことで何も考えなくてもその動作が取れるようになっていく。
そうなると余計なことに気を取られなくなる。その流れの中で自分が最適だと思うことだけをして、考える。
僕が僕自身でしかなくなる。
その波長と同じモノが引き合う。
僕の手元にやってくるモノは僕に必要なモノ。
それと同時に、モノの手元にいく僕はモノに必要なモノ。
モノたちは僕と同じ波長で、そのモノは僕が必要になる。
多くの僕の手元にやってくる魔法書は僕の手元にあることでなにかが起きることを望んでいるとも考えられる。
その魔法書に想いを込めたのはおそらく多くの研究者たちや魔法を作った人たちなのだ。
でも、そこには名前は載っていない。
他の本には著者の名前が書いてあるのだが、魔法書には名前を書かないのが決まりなのだ。
でも、読んでいればわかる。
名前は知らないけど、この魔法書を書いた人やこの魔法を作った人が同じ人であること。なにを考えて作ったのかも。
だから、僕の家の本棚は人別に並んでいるし、書いている展開式もそれに合わせて置いておいている。
その中でも1人僕が好きな人がいて、その人の魔法書が1番多い。でも、集めても集めてもその人の本や紙切れは集まってくる。
ガラクタの国に来るたびに持って帰るものに必ずいくつか入ってくる。
一体誰なんだろ。
名前のないあなたの本ばかり集めている、偶然だと思っていたけど、お互いに引き合っているのかと思うとどこか心の中にジワッと暖かさが湧いてきた。
いつ、どこかなのかもわからないけど、この世の中に同じような気持ちの人がいたかもしれないのだと思うととても心地よかった。
「さっきヴィーさんは"通りは"って言っていたじゃない?そしたら丘の上から見た線路が必要ないって言ってたあそこはどうなっているの?」
ヴィーさんはモモの話をニコニコとうなづきながら聞いて、席を立ち始めた。
「さて、みんなそろそろ飲み終わったみたいだから行こうか。行ってみればすぐにわかるさ。」
ヴィーさんとモモは話を続けていて、丘の上で話した場所に行くことになっていたらしい。
おいていかれないように、僕も氷が溶けて薄くなったジュースを一気に吸い込んだ。
丘の上からみた場所に近づくに連れてどんどんとモノが少なくなっていく。線路も仕分ける人たちも誰もいないのだ。
道が狭いから線路が通らないのか?
どっちが先だったんだろう。線路がないから人がいないのか、人がいないから線路がないのか。だから、こんなに薄暗くて気味が悪いのか。
線路があるモノが溢れた通りは暖かくて明るかったが、線路がないこのエリアは寒くて暗い。
小さなテントがいくつも張られていて、テントの周りにはモノが散乱している。
ヴィーさんはそれを気に留めるでもなくドンドン先に進んでいく。
まだ、先に何かがあるのだ。
街にいる人たちはみんな明るくて余裕があったが、この路地の人たちは血色も悪く、服は破れ、痩せ細っていた。
お金もなく満たされているこの国でここだけがなぜこうなっているのだろうか。
不思議そうに思わず見ては目を逸らして、見ては目を逸らしてを繰り返す。
「あの大丈夫ですか?わたしパンを持ってるのでよかったら食べてください。」
僕がソワソワとしている間にモモは1人の男性に話しかけていたが、その男性はとても嫌そうな顔をしたあとにその場所を去ろうとした。
「あの、もう何日も食べてないんですよね?パンもさっき手に入れたモノだから変なモノではありませんからこれ受け取ってください。」
モモがなおもその男性にパンを渡そうとすると、男性は怒りをあらわにして振り向く。
「あんた何様のつもりだ?神様にでもなったつもりか?俺を可哀想だと思って見下してるのか?俺はあの有名なMTIS社の社長なんだぞ。ふざけるな。お前のパンなんか受け取るわけないだろ。」
「でも、ここの国のものはみんなの共有だから、食べ物も私がさっきお店でもらっただけで。私のパンではなくこの国のもの。それにわたしから受け取るのが嫌なのなら、ここに置いておきます。気が向いたら食べてください。」
モモはその場にさっきお店でもらったパンを自分の持っていた布に包んで置いた。
それをみて男性はさらに怒りをあらわにして、
モモの方に近づき、モモの置いたパンを足で強く踏みつけた。
「こんなもの俺が口にするわけないだろ!この国のガラクタなんか!俺のものはこんなところにあるわけないだろ!どれだけ俺を侮辱するんだ!お前は何様のつもりなんだ!俺よりも何もできないくせに!ただのバカでなんも知らなくて、価値のないようなフラフラした旅人気取ったくだらない人間なんかにこんなもの恵んでもらうほど落ちてないんだよ!!」
男性がモモに掴みかかろうとした瞬間に、ヴィーさんが間に入る。
「社長、すみませんでした。
社長がお気づきの通り、彼女は最近まで旅をしていたようなので、まだこの国について何も知らないのです。
僕にしていただいたように、新人の彼らにも学ぶ猶予をいただけませんか?」
ヴィーさんがそう言って頭を下げると、男性は興奮して上がった肩をさげて、ボロボロの服を整えた。
「まぁ、そんなことだろうと思ったよ。よろしく頼むな。君たちもがんばれよ。」
男性がきっと会社というものに属していたときに使っていた言葉遣いと落ち着いた声でさらっとそう言って立ち去った。
『ベイビー大丈夫?震えてる。』
僕の手にドレが触れてきて初めて自分が震えていることに気がついた。
怖かった。
気持ち悪かった。
久々に聞いた人の怒鳴り声。
今の男性の立場と彼の話し方の不釣り合いのアンバランス感。
自分で自分を認められない苦しさ。
不安定さに震えて落ち着くために深呼吸をしながらドレの頭を撫でた。
「ヴィーさん。あの人たぶんあと何日か食べないでいると死んでしまうかもしれないけれど大丈夫かな?」
モモはあんなことを言われたのにまだあの男性のことを心配していた。
「それが彼の選択なら仕方ないさ。彼は今を受け入れられない。自分のものなんか世の中にないことにまだ気が付けてない。その状態で何を言ったって同じだよ。」
ヴィーさんに連れて来られたのはなにか重厚な建物で、ここは昔信仰されていた神様に祈りを捧げる場所だったらしい。
言われなくてもわかる少しカビ臭い香りと木を焚いたような香り。今はもう何もしていないと言っていたが、それでもなおその荘厳さは抜けることないんだと思う。
祈りを捧げる部屋を抜けて、廊下を進んでいくといくつかの部屋から声が漏れてくる。
「「ヴィー!!!ヴィーが来た!!」」
その声に続いて沢山の子供たちがヴィーさんに目掛けて突進してくる。
大きな子、小さな子、肌が白い子、チョコレート色の子、髪の毛が茶色の子、髪が真っ赤な色の子。
ヴィーさんは一瞬で子供たちに囲まれていた。
「ものすごい熱烈な歓迎ありがとうみんな。今日は僕の友人たちを連れてきたからみんなにも紹介してもいいかな?3人ともさ、この中央にきて。さ、そこに人が一人分通れる道を作って迎えよう。」
子供たちの間にできた道を通って、中央に向かう。子供たちの期待のこもった興奮した目線を感じる。我慢できなくて発狂する子どももいて、ドキドキする。
「さて、じゃあ紹介しよう。右からユニ、モモ、ドレ。」
「ヴィー、ユニはあのユニ?」
「そうだよ。あのユニだ。」
小さな女の子はヴィーさんに質問をして、こちらをチラチラと見ながらこの部屋をかけて出て行ってしまった。
あのユニってなんなんだろうか。
「さ、僕は先生に薬を渡しに、会いに行ってくるから、君たちはみんなと遊んでいてくれるかい?でも、ま、初めてだからまず案内してもらおうかね。フロル!3人にここを案内してやってくれるかい?初めてだからね。フロルはここでは1番のしっかりものさ。ユニと同じくらいかな?」
ヴィーさんは手をあげてフロルを呼び、自分は別の場所に出て行ってしまった。
「はじめまして、フロルです。よろしくお願いします。」
フロルは丁寧にお辞儀をして、ぼくたちを迎え入れた。
僕と同じくらいと言ったが、フロルの方が遥かに大人っぽい。透けるような銀髪をリボンで束ねて綺麗なシャツを着ているだけでしっかりとした雰囲気が漂う。どこかでみたことがあるような懐かしい感じがした。
「館内をまわりながら、案内しますね。」
フロルは今僕らがいるところから、廊下に出て
食堂、ベットルーム、図書室、保健室、教室を淡々と説明しながらまわる。
「この施設にいる子どもは今は53人います。増えたり、出て行って減ったりするので増減しますが、この建物自体は100人は住めるようになっています。食事は全員で集まって、食堂でとります。食事はどこに行っても困らないようにといろいろな国の料理を先生が食べさせてくれています。図書館には本がありますが、これもいろいろな国の歴史、辞書や図鑑、物語もあってさまざまな言語で書かれています。教室で先生が教えてくれるのは生きていくために必要な技術や自己防衛。それは身体をつかうこともですが、頭を使って考える力は特にです。」
ここは子供たちが住む家であり、学校であり、病院であり、世界そのものなんだ。
子どもの頃、家族や自分の家が世界の中心だと思っていた、それしか知らなかった。
そこでの価値観や決まりごとに合わないものはいらないものだったし、そこで身についたものが今でも僕の中に多く残っている。
ここの子どもたちの世界はどんなものなんだろう。
「この建物も、この施設もいつからあるのかもわからないけど、この国に来てしまった子どもを預かってくれて、大人になったらここを出て1人で生きていくんです。ほとんどはこの国自体から出て、他の国に行くことが多いですね。ガラクタの国はあまり大人には向かないんだって先生が言っていました。」
「フロルはいくつからここにいるの?」
珍しくじっと話を聞いていたモモはようやくフロルに質問をした。
「フロルはたぶん3歳くらいですかね。フロルでも曖昧で、先生がたぶんそのくらいだろうからといってくれてそこから数えてます。」
「自分でも曖昧なのね。ここはフロルにとって楽しい場所?」
「んー、それは難しいですね。楽しい場所と言われるとそうなんですけど、どこか違う気がします。んー、どうだろう。ほっとするような。でも、なにか違う感じもありますし。」
「安心できる場所なのかな?」
「それに近いのかもしれませんね。でも、ここに永遠はないんです。兄さんや姉さんはもういなくて、弟や妹が増えたんです。だから、近いけどもうあの時とは違う。けど、暖かさは同じって感じですかね。じゃあ、そろそろ先生のところに行きましょうか。」
フロルは暖かいけど、少し寂しくて、でも柔らかに笑って、そのまま先生のいる部屋に案内をしてくれた。
重厚な扉を2回ノックして、フロルが扉を開ける。
「先生、2人の案内が終わったのでお連れしました。」
「お客さまを案内をしてくれていたのね。フロルありがとう。あなたの優しさがわたしは誇らしいわ。」
先生はフロルに近づいて、頭を優しく撫でた。
「先生。フロルはもう小さい子ではないですから。」
「私にとってはみんなわたしの大切な子なんだからいいじゃない。頭を触るくらい許して?フロル。」
先生が寂しそうな目をしてフロルを見つめるとフロルは僕らの方を見て少し恥ずかしそうにしながらも、先生に頭を撫でられるのを嬉しそうに受け入れた。
「ふふ。フロルは先生が大好きなのね。フロルは後少しでここを出るだろうからたくさんふれあいたいはずだわ。」
『そうだね。フロルはここでは1番年上のようだったから、きっと後少し。だからしっかりしないとって言う思いと、先生に甘えたい思いが混ざり合っている感覚があるね。ねぇ、モモ。先生って僕らと同じ匂いなしない?』
「ええ。私たちと同じ匂いがする。でも、少しなにか違う。片割れがいる感じがしないから。」
また、モモとドレ、ヴィーさんと先生が話し込み始めた。
僕とフロルがこの空間に残されたようになって、気まずさから僕は何を話そうかと頭の中をぐるぐるとめぐらせているうちに、フロルがふと口を開いた。
「あの、ユニさんは魔法使いなんですか?」
「あ、はい。あ、でもなんでフロル、誰かに聞いたんですか?」
僕はここに入ってきてから魔法は使っていないし、ヴィーさんも特にそんな説明をしていないのに、なぜフロルは魔法使いだと気がついたんだろうか。
「薬を作っているのはユニさんだと言うのはヴィーさんから聞いています。でもそれとは別になんかわかるんです。ユニさんは他の人とどこか違うって身体が感じているんです。なんて言ったらいいかわからないんですけど、そうだってフロルにはわかる感じで。」
「もしかしてフロルは何か魔法が使えますか?」
「いえ、フロルは魔法は使えないと思います。魔法書とかは何が書いてあるのか分からないことが多いし、先生からよくわからないで魔法は唱えるものではないからと言われていて。でも、子どもの頃からこういうことはできるんです。」
フロルが手を伸ばした先には、机があり、その上には本が載っていた。
「行きますよ?」
そういうと同時に、本がこちら側に引っ張られて一瞬でフロルの手元におさまった。
僕はそれを見た瞬間にあることを思い出した。
「フロル。さっきの図書館には魔法書もいくつか置いてありますか?」
「あると思います。このガラクタの国で集まる本ですから、本当にさまざまな国のものがあります。」
フロルの話を聞いてうなづいて、僕らはまた図書館に戻った。
フロルを見たときに感じた既視感が正しければ、おそらく魔法民族学の中に答えがあるはずなのだ。
図書館は上の階まで吹き抜けになっていて、天井まで本棚になっている。上の方の本が取れるように長い梯子がかかっているが、あそこまで手を伸ばしたら落ちてしまいそうだ。
何十年経ったっても読みきれないであろう本はあまりにも存在感が強くて圧倒される。
これだけの本の中から自分が必要なものを見つけなくてはならない。でも、この国なら見つかる。そうか、見つかるからフロルが見つけられるのだ。
ここはガラクタの国、必要なものが揃う国。
じっと自分と対話をすればいい。
それが1番早く必要な物を見つける手段。
「さ、フロル。目を閉じて深く考えてみてください。フロルが1番自然なときを想像して、さっきみたいに手を伸ばして一言この言葉を呟いてください。」
フロルに伝えたのは呪文。
半信半疑だが、おそらくフロルはこの呪文が使えるはずだ。
子どもの頃、そうまだ妹が生まれる前だった。
その頃はまだ母の部屋で、母がお気に入りの本をよく読んでくれていた。
そのときに僕が何度もせがんで読んでもらったお気に入りの本があって、その主人公はフロルによく似ていたのだ。
透き通るようなまっすぐストレートの銀髪、細い身体、冷静沈着。
自然に愛された民族たち。
多くの人たちを和解し、間を取り持つことができる。
干ばつが起きれば雨を降らしに、奪い合いが起きれば心を満たしに。争いが起きれば、彼らがみんなの絡み合った心をほどいていく。
宝物も、伝説の剣も、お姫さまも出てこない。
でも、僕はこの話にいつも夢中で何度も読んでもらった。
彼らは大切な魔法を使うときにだけ呪文を使う。それも一つだけ。
それですべてがうまくいく。
何度も何度も子どもの頃、その呪文を唱えたが、何にも起きなくて泣きながら母に聞いたら、この呪文はこの民族にしか使えない特別なものなのだと言われた。
フロルはきっとこの民族だと僕の中の何かがずっと言っている。
「ユニさん。あの、この呪文を唱えたらどうなるんですか?何が起きますか?あの。」
フロルは不安そうな顔をした。さっきまで大人びていた表情から一気に年相応の子どもの顔になっている。
「フロルが心配しているようなことはないと思います。ここではそんなこと起きない。ただ必要なときに使えるようになるだけで、誰かを助けたり、救うための魔法でしかないから。この呪文は暖かいものなんです。だから、安心して唱えてみてください。大丈夫です。」
自分でも驚くくらい、僕は今落ち着いている。憧れの民族が前にいるのに。彼の不安が僕に移りそうになってきているのに。
それ以上に、フロルのこれから起こす魔法への信頼が強かったんだと思う。
フロルは覚悟を決めたように、手を前に伸ばし、僕が伝えた呪文を恐る恐る唱えた。
"ヴィッティ・メテゥス"
唱えた瞬間に、一冊の本がフロルの手元にやってきた。
まだ少し不安そうにフロルは僕を見るので、僕は微笑んでうなづいた。
フロルの手元にやってきた本は僕もみたことのない古い本だった。深い緑色をした表紙は古いはずなのに生命力を感じるし、表紙の文字ははっきりとした銀色をしているが、みたことのない文字で書かれている。
「フロルはその本の文字がわかりますか?」
「?はい。いつも読んでる文字と同じものですから、読めます。」
「そうなんですね。僕から見るとこの文字はフロルがいつも読んでいるこの館内に書いてある文字とは別のものに見えています。おそらく、今唱えた呪文のせいか、それがもともと読めるのかですね。さ、ページをめくっていきましょう。」
フロルは少し驚いたような表情をした後に、ページをめくりはじめた。
一通り読み終えて、フロルはふぅと息を吐き、少しの間、目を閉じて上を向きながらゆっくりと目を開く。
「ユニさん。こちらに来て手を貸してください。」
フロルがいうとおりに手を出すと、その手を握られ、さっきと同じ呪文を唱えた。
「これで、ユニさんもこの本が読めるようになったと思うんですが、どうですか?」
フロルがペラペラとページを数枚めくってくれると、そこに書かれていることが読めるようになった。
この本は雪解けの民の生活や考え方の規律が書かれたもので、その文書群の一部だと言うことがわかる。本から溢れ出る生命力は雪解けの民の誰かが強い想いを込めて書いたのだというのが心に直に響く。
「ユニさんはいつから気がついていたんですか?」
「いや、会った瞬間は少し懐かしいなと思っていた程度なんです。
でも、さっきの本の移動を見せられた瞬間に全部思い出して。魔法が記憶を持っていることもよくあるので、それで誘発されたのかもしれません。あとは、こんなに大人びているのに一人称が"フロル"だったことも不思議でした。」
「そうなんですね。そうしたら僕が今、この本を手に取って、開いた瞬間に、記憶が一気に頭の中に流れ込んできたのもそれなんでしょうか?フロルの中に流れている血と魔法の記憶?でも、なんかスッキリしました。
子どもの頃からずっと自分が不思議でした。
生まれてすぐにここに来た赤ちゃん、自分を知っている人が誰もいなくなったような誰の思い出も入っていない子どもはここの通りに並ばないで、このスラムに直接押し込まれる。
誰にも望まれることもなく、誰の想いも持たない。
ただ快楽や本能や機械的に製造されたもの、孤独に社会に取り残されたもの。
その中でも、自分の身体は神様の戒めや罰なのかと思いました。なんなら人間ですらないのかとも。
でも、今魔法を使ったことで一気に記憶が入ってきたんです。」
さっきまでの不安そうなフロルではなく、僕の目の前にいるのは強く自分の思いを語る、雪解けの民だった。
「自分の身体は男でも女でもないんです。だから、いつも"僕"なのか"私"なのか一人称さえわからない。周りが成長していく中でずっと身体は子どものままで呪われた身体だと思っていました。だから、先生に頼んでいつもみんなと別に風呂やトイレに入りました。
でも、それであってたんです。自分で決まったタイミングで決められるとここに書いてありました。男にも女にも両性でも、自分で決めていい。それも時代やその時に合わせて最善の判断を自分ですればいいと。他の人間よりも遥かに自由なだけだっただけだった。
この何かよくわからない力もやっとわかった。今まで他と違う自分はここを出たらどうしたらいいのか全然わからなくて、毎日不安に思ってました。いらないと言われた子どもの中でも自分は呪われた子なんだって。誰も言わないけど、自分の中では成長するたびに不安になっていて。
でも、やっとたどり着いた。それに今感じるんです。どこに彼らがいるのか。」
「彼らがどこにいるのかわかるの?」
「具体的にここって言うのではないんですが、生きてる感じがある、もっと暖かい気候のところにいる感じがあります。
彼らに一度会ってみたい。
誕生日が来たら、ここを出て何をするのか決めなくてはならなかったんですけど、彼らに会いたい。彼らにあって色んなことを聞いて過ごしてみたい。」
フロルから一気に感情が溢れて、笑ったり、困ったり、頼もしかったり、表情も声色も強くはっきりとしていく。キラキラと輝いていた。自分の意思が明確になって色濃くなる。
僕はそれをみて、羨ましさを感じた。
魔法の記憶。血の記憶がフロルはとても嬉しくて暖かいものだった。
僕とは正反対だ。
思い出があって望まれなかった僕とは正反対。
フロルから強い意思を感じる。
フロル自身だけではない。
フロルの中にある思い出から。
誰かがフロルのために意図的に想いや記憶を消して、先生に預けようとしていた。
自分たちが落ち着くまで、信頼できる場所に預けて、時が来たらまた迎えに行こうとしてる。
「フロル。探しに行かないでもいいと思いますよ。先生がフロルの全てを知っています。それにおそらくそろそろ迎えがきます。」
「先生!フロルはフロルの家族がいるんですか?」
フロルは息を切らして扉をあけた。
図書館から先生の部屋まではそんな距離ではないのに、気が馳せたのか足が絡むのではないかというくらいに夢中で走っていたからだ。
先生はドアが開く音に驚きながら、状況をすぐに把握したようで手を招いてフロルを呼ぶ。
「フロル、こちらにいらっしゃい。今から素敵な話をあなたにしましょう。あなたのご両親から頼まれたとっておきの話をね。」
先生があまりにも柔らかい笑顔をするので僕まで気持ちが暖かくなって、心がキュッとした。
ヴィーさん、僕、モモ、ドレは2人を、舞台を見るようにアーチを描いて座り込んだ。
「さて、フロル。もうあなたは自分が誰なのかはわかったのかしら?」
「はい。フロルは"雪解けの民"のフロルでした。」
「そう。良く思い出したわね。もう本は読んだかしら?雪解けの民の本はあの部屋には一冊だけ。読めるのもあなたしかいないはず。雪解けの民の本はその民俗しか読めないように魔法がかけてあるから。」
「ユニさんに言われて、図書館で読みました。雪解けの民のしきたりや歴史が書いてあって、そのときに一気に記憶が入ってきたんです。
ずっとみんなが紡いだ記憶。みんなが守ってきたもの。みんなが今いる場所も。会えるんだと思ったらとてもワクワクしています。」
「そう、フロルはとても嬉しかったのね。それならよかったわ。安心しました。
そうしたらまずは私の話からしましょう。あなたがここにくることになった、きっかけの話だから。」
喜ぶフロルを包み込むような暖かさで先生は話をしていく。それはあまりに美しく、窓から入る光ではなく、先生自体が放っている光なのではと錯覚するほどだった。
私がその人たちに会ったのはわたしが6つのとき。
私たち一家3人は馬車で旅をしながら暮らしていたの。とても楽しかったのを覚えてる。
でも、雪がふりはじめた深い森で私たちは何かに襲われた。あのときは声も出ないほど恐ろしかった。あれは人間では無くて、でも言葉を操る生き物だった。目は赤く、身体は腰が曲がっていて、不思議な声でずっとひとりごとをつぶやいている。
馬車を走らせていた父の悲鳴が聞こえて、母と私は起きた。まだ眠い私は何が起きているかわからなかったけど、母が震えているのが伝わってきてはっきりと目を覚ました。
この外に何かがいる。その生き物はずっと何かをつぶやいている。
母に抱きついた。泣くことすらまだできない張り詰めた空気だった。その生き物が馬車を壊すために攻撃する音が響く。
母の震えが止まって私のことをギュッときつく抱きしめる。
「母さん?」
「聞いてリディ。この窓からあなたを出すからそのまま振り返らないで走って。」
「母さんは?一緒に来るんだよね?」
「母さんは一緒に行けないわ。」
「だったら、わたしもいけない。」
「リディ。父さんも母さんもあなたのことが大好きなのはわかっているわよね?あなたは私たちの宝物でしょ?」
「うん。私も大好き。」
「大好きなら、リディはちゃんと生き残るほうを選んで。あなたが生きて幸せになることが私たちの幸せになる。」
「嫌だ。絶対に嫌だ。」
「リディ。お願いだから。行って。もう時間がないの。この窓からでてひたすらに走って。誰かに出逢ったらその人に助けてもらうの。
そうだ。リディ。そうしたらこうしましょう。この窓から走って誰かを呼んできて?」
「母さんは一緒に行かないの?」
「ええ、あなたが一人で行って誰か呼んで来てくれたら母さんは助かるわ。父さんを置いていくわけには行かないから。さぁ、もう行くのよ、リディ。」
母はもう一度痛いくらいに抱きしめて、わたしを窓から出した。
「母さん、あとでね。すぐ迎えにくるからね。」
「ええ。リディありがとう。」
そのあとはわたしは力いっぱい森の中を走っていった。振り返るなと言われた言葉の通りにまっすぐ前だけ見て走った。
だから、馬車が壊れる音や母が少しだけ上げた悲鳴が聞こえても聞こえないふりをして走った。
どのくらい走ったかわからない。雪が降ってぐちゃぐちゃになった地面のせいで履いていた靴はボロボロになっていたし、喉も乾いた。
立ち止まると水の音がする。その方向に向かってまた走っていくと川があったので川の中に入ると暖かかった。
そこでわたしは力尽きて、意識を失ったわ。
暖かさで起きるとわたしは柔らかなベッドの中にいた。
洋服も綺麗なものに変わっていて汚れた手も洗われていた。
起きて、部屋のドアを開ける。
人の声がする方に向かって歩こうとするが足がとても痛い、足の裏が燃えるように痛くて倒れ込んだ。思いっきり転けたときにものすごい音がしたが、そのまま立ち上がれなかった。
「あら、目が覚めたのね。おはよう。昨日手当をしたけれどまだ治っていないから歩いてはだめよ。」
柔らかな雰囲気の女性がきて、わたしを抱き上げてまたベッドに戻そうされたので慌てた。
「ここはどこ?早く母さんのところに戻らないといけない。」
お母さんを助けるために来たのにと言いながら、もうそのとき2人ともなくなっているっていうのは子どもながらにわかってはいたのだけど、そう言わないといけないと思った。約束を守らないとダメな子だってあの時、2人を置いてきたことを一生後悔すると思った。
「わかったわ。あなたは勇敢で優しい子なのね。あなたのお母さんのところに行きましょう。」
「でも、あそこには化け物がいるの。赤い目をした変な。でも怖い。」
戻ると言ったのは私なのに、戻ると思ったら最後にふと視界に入っていた化け物が浮かんで身体が震える。
呼吸の仕方がわからなくなる。ヒュッと喉が鳴る。あの時の恐怖が蘇って視界が暗くなる。死んでしまう。
抱きしめてくれた女性が私の背中をトントンと叩きながら、私の体を優しくゆする。
「大丈夫。大丈夫。」
抱きしめられながら、一緒に背中をトントンと叩かれる。
「わたしの声だけ聞いて。大丈夫だよ。大丈夫。死んだりしない。お母さんとお父さんのために何かをしようとするあなたは勇敢な子。大丈夫。わたしの呼吸を追いかけて。吸って、吐いて…。」
落ち着いたわたしはその女性に抱きついて泣きじゃくった。勇敢なんて程遠いまだ子どもだったのに今でもあの恐怖と安心感は忘れない。相容れない2つが一緒にあることがすごく気持ち悪くて忘れられない。
結局、その翌日に何人かの人たちとその場所にいくと馬車の中で2人のバラバラになった食いちぎられた遺体があった。
みんなは2人の身体を私の視界に入れないようにわたしを抱きしめて母がいつもしていたネックレスと父が持っていた時計を手渡してくれた。
2人を連れ帰って、私が世話になっている家の庭にお墓を作ってもらって毎日会いに行っていたの。
わたしは両親以外の親族を知らなかったし、頼りにしている人なんてわからなかった。どうなってしまうんだろうと怖かった。
だから彼女の申し出は私を救ってくれた。今のわたしには彼女がいないなんてことが耐えられなかった。
「リディ。よかったら、あなたの家族が見つかるまで私たちの家族にならない?」
わたしはこの日からこの春の国の民と一緒に生きることにした。
この国は、他の国で言うところの仕事と言うものは、植物を育て、必要な食べ物を山や川、海に取りに行くことや自分たちが必要なものを作ることだった。それ以外の時間は自然の中に身を置いたり、学んでいることが多かった。
わたしがここにきて一番初めに学んだのはゆっくりと過ごすことだった。
わたしの両親は商人だった。
その国に滞在する間に効率的に物を買い付け、物を売るという時間を何度も見ているうちにわたし自身も効率を重視した行動や考え方を持っていたみたいでね。何かをしながら、次の行動を考えて行動する癖があったの。それに、それがみんな大人が喜んでくれることだと思っていたわ。
「リデル。あなたは頭の回転が早いのね。時間通りになんでもこなしてしまうなんてすごいわ。」
わたしは褒められてとても嬉しかった。
わたしをあの日抱きしめてくれたマールさんはわたしを毎朝、抱きしめてキスをおでこに落として、毎日いかにわたしが大切な人間かを伝えてくれる。
初めはなれなくて、そわそわしていたけど、寝るときもわたしが気がすむまで一緒にいて本を読んでくれていた。
「リデル。明日はこの国もお休みの日だから準備をするわよ。」
「お休みの日?いつも休んでいるのに?」
「私たちは14日たったら、一度じっくりとお休みをするの。」
「じっくり?あ!どこかに遊びにみんなで行くのね?!昔、遊び場に連れて行ってもらったことがあるの。ゆっくり休める日はって行って。」
「存分に遊ぶ休みもとても素敵よね。わたしも昔いったことがあるわ。でも、今回は違うの。私たちはゆっくりとただ、休むのよ。明日リデルにもわかるわ。」
マールはわたしの頭を撫でて、明日の料理の準備を行うと言うのでそれをわたしは手伝った。
翌日、わたしはただ森の中や海、庭、家でただそれら全てを感じる時間を過ごすことなった。
「リデル。この世界はみんな繋がっているの。今日はそれを感じる日。だから自分が好きな場所で座ってただその中に自分をおくの。リデルが一番好きなのはどこ?」
「わたしはこの家の庭のあの木の下にいるのが好き。」
「それならそこに座って、目を閉じて、ゆっくり呼吸をしてごらん。」
初めはなにを言われているのかわからなかったのだけど、やって見るだけだった。
だから、そのまま寝てしまったり、なにか考え事したり、マールに会いたくて行ってみたりしたけど、マールは穏やかな顔でただ目を閉じていたわ。あまりにも自然で暖かいマールをみていたら、声がかけれなくて、マールのそばでまた座って目を閉じた。
休みの時間を過ごすのが初めはとても不安だったから初めは初日を同じようにマールのそばで目をつむっていた。始まる前にぎゅっと抱きしめてもらうのをお願いしてから。
でも、回を重ねるごとにだんだん心地よくなっていった。
自分なんだけど、自分ではない時間。
空気も香りも温度も全部一緒になっていく時間。
それでいままで時間をうまく使おうって思って、無駄を無くさないとって思っていたけど、逆に無駄にしていたのかもって気が付いてね。
今までごはんを食べながら、次にすることを考えていたけど、今このごはんを食べることにわたしは集中したことがなかったの。
今、わたしが目の前で食べている食事はマールが料理してくれた。マールはこの材料を森から取ってきた人からもらった。森から取ってきた人は森からこの野菜を分けてもらった。野菜は森の良い土が育ててくれた。森の良い土はそこのすむ動物や木々が降ってくる雨が積み重なってできたものだ。
わたしが今スプーンですくって入れた一口の中にはそれだけのモノたちが関わっている。それに気がつかず、何も感じないで食べた一口とその時間と、それをわかった上で食べた一口とその時間はどちらがわたしにとって気持ちがいいのか。
まだその時は6歳だったけど、早く大人になりたくて焦っていたし、今思えば誰かに必要とされたくて必死だった。
人間だから、生きていくためには当たり前なのだけど、マールたちはそんなわたしにゆっくりと過ごすこと、ゆっくりと成長することを与えてくれたんだと思ってる。
ゆっくりと過ごすことを学んでから6年たったある日、マールに呼ばれたの。
「リデル。あなたの家族が見つかったわ。来週に会いにいくから準備をして。私たちが家族になる日に約束をしたことを覚えている?」
「うん。家族が見つかるまで、家族になるって。」
「そうね。リデルの家族が見つかったから、これからはその家族と過ごすことになる。」
とても驚いた。自分に家族がいることも、その家族が見つかったことも、マールがそれを笑顔で話していることも。それに悲しくて、下をむいた。
「リデル。顔をあげて。離れていてもいつも一緒にいるのをあなたはもうわかっているでしょ?それに、会ったらきっとその人のことを好きになるわ。あなたのことをとても想ってくれているから。」
ここですべてはみんな繋がっていることを学んだし、みんなから多くの愛情をもらっているから大丈夫なんだと思う。そう思うけど、でも寂しくてわたしはマールに抱きしめてとお願いした。
「もちろんよ、リデル。おいで。わたしもみんなもリデルのことが大好きよ。離れていてもいつもあなたを想っているわ。」
翌週、母方の祖母に会った。
あの事故が会った日に向かっていたのは祖母の家だったこと、3人をずっと探していたこと。母さん、父さん、わたしに向けられた愛情が深さを感じた。
「リデル。よく顔をみせて。ああ。エドナとアランによく似ているわ。みんなよく帰ってきた。」
おばあさまはずっと泣いているからわたしは思わず抱きしめた。
「ただいま。おばあさま。これからはリデルが一緒にいますから。」
その私をみて、マールは安心して帰って行ったわ。それが最後の別れだった。
それからわたしはおばあさまと二人で暮らした。あのとき習った時間の過ごし方や考え方を持っているとなんでもうまくいくし、乗り越えられた。
わたしはそのあと、春の民について知りたくて、勉強をし、旅をたくさんした。
多くの文献や人から聞いていくけど、なかなかその国にはたどり着けなくてね。
この国に寄ったのもそんな文献探しだったの。
でも、この国に何度かきているうちになんの思い出もない子供たちが死んでいったり、売られていったりしていくのをみた。
その時に、わたしがマールたちに会えて育ててもらえたのってすごく特別なことだったんだってようやく本当に実感したのよ。
それまでもわかっていたけど、それ以上にね。
特別で自然なこと、みんなつながっていることの手伝いをわたしはしなくてはならないと思ってここで今みたいに先生をやることに決めた。春の民を探して、あちこちいくのではなく、そのとき学んだことをすることがもうみんなにたどり着いているんだとわかったの。
初めは大変だったけど、どうにかこうにかいままでやって来れたし。今ももう国の一部に認められているくらいになった。
わたしがここで先生をはじめて3年くらい経ったころ、あの国で一緒に過ごしていた友人がここを訪れた。
彼女たちはマザーからの課題の旅の最中に、ガラクタの国にある子どもの家のことをきいてきたらしく、私がやってるということは知らなかったそうだ。
久々の再会もマールたちの近況が聞けたことも嬉しかったんだけど、なによりも彼女たちが私が育てている子どもたちの支援をしたいと申し出てくれたことが一番嬉しかった。
子どもたちの教育の仕方や大人になったときの生きる場所を提供してくれたし、旅先でここの話を伝えてくれるようになったことでいろんな人が訪れたり、様々な支援をしてくれるようになったわ。ヨイさんは支援金を、ヴィーさんは選定と薬を定期的に持ってきてくれる。
そう、ヨイさん、ヴィーさん兄弟も彼女たちから聞いたんだものね。
今となってはここにいる子どもたちはこの国にいながら、世界中のさまざまなことに触れることができている。多くのつながりの中で生かされている。
何も思い出がないと言われている子どもたちが、多くの人の愛情で溢れかえった場所で育つことができている。
たぶん世界中のどこを探してもこんな場所ないわよね。不思議な構図で気に入ってる。
しばらくして、この場所も知れ渡って国でも認められるようになったころにある夫婦がやってきた。
2人は綺麗な銀髪で母親は赤ちゃんを抱いていたわ。雰囲気は春の民に似ているけど、何かが違う。
「この場所について、マールさんに聞きました。どうかこの子を預かっていただけないでしょうか?」
2人は真剣な顔をしているし、赤ちゃんへの愛情も感じる。
わたしが運営する子供の家はガラクタの国にある。ガラクタの国にくるモノは忘れられたモノ。その中でもわたしの家にくるのは「なんの思い出ももたないモノ」のみ。そうだから。
「ごめんなさい。わたしはこの子を預かることはできないんです。ここは何も思い出がない子どもしか預かれない。この国のルールで仕分けられたモノだけが、ここに住むことができるんです。それに、あなたたちはこの子に愛情を注いているのになぜ手放そうとしているのですか?」
2人は顔を見合わせたあとに意を決したように話はじめた。
「私たちは雪解けとともに生きる者です。春とともに訪れる雪解けはともに過ごすこともあれば、我々が後から追いかけることもある家族のような存在です。春の国は意思を持って移動ができる。けれど、雪解けは自然に委ねられているので危機を迎えています。今、この世界はバランスが崩れてきています。バランスが崩れることで雪解けが早まり、私たちは雪解けの中に居られる時間が少なくなり、今いる人数を保つことができなくなってきているんです。より少人数で行動する以外に今はない。何かを捨てていかなくてはならない。」
「だからこどもを捨てるということですか?」
「いいえ、捨てるだなんてありえません!!私たちはこの子を心から愛しています。今は離れるしかない。この子の未来のために私たちは今、雪解けの時間を元に戻す義務がある。そのためには今は時間がいる。それも長い時間がこの子は今2歳です。この子が16歳になる歳に必ずすべてを終わらせて迎えにきます。だからどうか預かってください。マールさんから子どもを預けるのならあなた以外に適任はいないのだと言われてきたんです。お願いします。」
この子の未来のために必要な時間。それは世界と雪解けの民のバランスを取り戻すのに必要な時間。それは万物に繋がっているものなんだとわかる。
春の国にいるときは自然があることが当たり前だった。でも、おばあさまの住んでいる国やこのガラクタの国を見るとそうではないのだと思い知った。
人は学習し、成長していく。
常に食べ物が獲れない恵まれていない場所の人間は農耕を始めるか、手に入れるために奪い合う力をつける。魔法が使えない人間は自然現象を解明して、科学を生み出す。
世界は繋がっていて常にバランスを取る。
世界のどこかで何かがあれば、そのまたどこかで何かがなくなる。
世界の重心が変わる。バランスが崩れていく。
でも、そのバランスは崩れているのか、変わってしまったものを元に戻すことは崩しているとは言わないのか。
それでも今、彼らを助けたいと思ったから、わたしは夫婦に助言をした。
まず、この子が16歳の誕生日に必ず迎えにくること。
次に、この子からすべての記憶を消すこと。
その次に、ガラクタの国につながる石の場所。
夫婦はわたしに頭を下げて、去っていった。
その1年後あなたがわたしの元にやってきたのよフロル。わたしの可愛い子。」
「フロルの誕生日は来週だよね。」
「ええ。でも、それはここにきた日ね。あなたの中にある思い出を全部消すときに誕生日も消してしまってるから。だからそろそろだと思うし、彼らはその日が近づけば本人がわかるって言っていたわ。どう?フロル?」
「暖かいものがどこにあるかわかる。それが動いているのも。たぶん今の感じだと来週の真ん中にはくるんだと思う。それが両親ってこと?」
「ええそうね。おそらくそうだと思う。それに、あなたがここにくることで消してしまったもの全てが2人にあったら戻ってくるわ。あなたがちゃんと真ん中にいたらね。」
「真ん中…。」
「ええ。真ん中。いつもみんなでやるでしょ?自分の真ん中。全てとつながっている場所でゆっくりと自分と世界と話ができること。」
先生が微笑むのとは逆に、フロルの表情は少し曇った。
フロルはきっと真ん中が苦手なんだ。
自分がなんでもないと思っている人は自分との対話がすごく難しい。
ドレとモモが私の背中をくいくいと押してくるので僕はなんだろうかと顔を2人の方に傾ける。
「ねぇ、ベイビー。フロルには今、ベイビーの助けが必要だと思うよ。きっとベイビーならフロルの気持ちがわかるはずだから。」
「でも。僕なんかじゃ。」
「僕なんかじゃと思ってる、ベイビーだからじゃないかな?今、彼が必要としているのはその気持ちを知ってる人だから。」
モモはそう言ってもう一度、僕の背中をトントンとする。
この光たちがまた僕の暗い気持ちを明るく浮上させて考える力になる。
フロルと僕は歳も近い。
フロルと僕は魔法が使える。
フロルも僕も、自分が世の中でイラナイモノなのだと不安に思っていた。
他の子は愛情をもらってそんなことを感じていないのに僕はその中でも異質だから、イラナイモノなのだと思ってきた。
自分と他人の声に出すことのない比較。
モモとドレにしてもらったこと、もらった言葉。
ヨイさんたちが受け入れて認めてくれていたこと。
ヴィーさんに教えてもらって続けていること。
今まであったモノが新しくなっていく。
過去が僕の中で変わっていく瞬間。
それを今度は僕がフロルに。
思考が終わってもう一度、モモとドレの方をふり変える。
また、モモとドレはいつもの笑顔でうなづいて背中をトントンとしてくれる。
大きく息を吸い込んで不安を押し出しこんで、僕と混ぜてから息を吐き出して僕はこれからフロルと話をする。
それはここ数ヶ月僕に起きたこと。
通りすぎの国でもらったいつものお茶を飲みながらしたい。
モモとドレが突然現れてきたこと。
モモが旅をした国の話が面白かったこと。
ニセモノとホンモノの話。
もしかしたらいつもの魔法の展開を話すと仲良くなれるかもしれない。
ヨイさんに何度も叱られて、裏を考えないで信じろっていわれた話。
でも、1番必要なのはそんな僕を知ってもらうことではなく、これからゆっくりお茶をしながらフロルが何を感じているのか感じてきたのかを聞くことなんだと思う。
「ねぇ、フロル。よかったら庭で僕とお茶をしよう。さっきみたいにたくさん話をした後でも遅くないよ。」
人を誘うなんて慣れてないからきっとわざとらしくて、声もうわずっていてけど、フロルは少し恥ずかしそうにしてでも嬉しそうにうなづいた。
あのあと、僕はフロルと外が暗くなって、寒くなるまで話し込んだ。
フロルが持っている1番古い記憶は、ここに来たときに先生の腕に抱かれて、兄姉たちが覗き込んでるところだってこと。
そこからは12歳くらいまではみんなと変わらないと思っていた。
けれど、その年よりも上の兄姉たちはどんどんと体が成長していって男や女らしくなっていた。
フロルだけがフロルのままで、取り残されていく。
先生は大丈夫だと抱き締めてくれる。先生の胸の中はすごくあったかい。
ほかの兄弟たちも別にそれを知った上で何も言わずに一緒に抱き締めてくれる小さな手もみんなあったかい。
みんなといると大丈夫だって思えるのに、離れたらすぐにその温度は下がって、また1人のベッドでうずくまった。
どうにかしたくて、たくさん身体にまつわる本を読んでいっぱい勉強をして、自分が魔法使いなのかもと思って試した力は魔法使いとは違う力だった。
この違和感を隠さないとフロルはここを出たときに異質なものになるかもしれないと思ってより苦しくなった。
"フロルはずっと違和感を感じて、いつも不安だった"
自分という存在について、自分の力について、これだけの仲間や家族がいるのに、不安を感じていた。
「フロルはずっと違和感を感じて、いつも不安だったんだね。」
「うん。フロルは一体何者なんだろうって不安だった。みんながいいって言っても不安だった。僕なんかじゃって。」
「今はどう?」
「今はきっと違和感はなくなったと思う。自分が何者か分かったから、不安じゃなくなった?不安じゃなくなってきてる。」
「不安じゃなくなってきてるんだね。フロルは今はどうしたい?」
「んー。今はみんなに会いたい。」
「みんな?」
「みんな。妹や弟たちをたくさん抱きしめたい。あちこちに行ってしまった兄や姉にも会いたい。ちゃんとしなきゃって思ってたし、僕が泣いたら迷惑もかかるからって最後の日に伝えられなかったことがいっぱいある。それにフロルを心配してくれてたから雪解けの民だったことももう大丈夫だってことも伝えたい。」
「フロルはみんなのことをとても大切にしてるし、みんなもフロルのことを大切にしてるんだね。」
「うん。大切。ここにいるみんなが自慢の家族で、みんな大切なんだ。
だから、こんな変な僕が一緒にいたら申し訳ないと思ってた。でも、もう違うから。」
「フロル。今まで聞いていて僕は、フロルがどんな人でも何者でも雪解けの民じゃなかったとしても、ここにいるみんなは"ただのフロル"が大切で大好きなんだと思うよ?フロルがみんなにそう思ってるようにね。」
フロルは僕と目を合わせた後に、視線を宙に投げて、もう一度中央に視線を戻して、深く笑ってそのあと泣いた。
フロルはただ優しくて、フロルのこの家族も優しくて、フロルの本当の家族もきっと優しい。
ただその優しさをキャッチするのが下手なだけだった。
フロルはきっともう"真ん中"にいる。
羨ましいと純粋に思った。
家族を語るときのフロルはあまりにきれいで、そんな家族の中に自分のようなものがいることを恐れて起きた不安。
綺麗なフロル。
綺麗すぎて、僕はまた少し影になった。
僕とフロルが帰ってきたときにはもう日も暮れていた。
僕らは先生に誘われた夕食を丁寧に断り、ヴィーさんの屋敷に戻って、いつものように同じ時間にいつもと同じ夕食を取る時間に戻った。
ヴィーさんの夕食は野菜を使った簡単なものとスープとパンがいつも出てくる。
そのあと、3時間ほど経ってから眠るのがいつもなのだ。
夕食はたわいもない話をして、それぞれの部屋に戻る。
明日の朝はきっと元通りだ。少しいつもと違う流れがあっても、流れに戻る。いや、元からそこまで含めての大きな流れなんだよってヴィーさんに言われるんだ。
翌朝、みんな自分のいつもの時間に起きてきて、庭に出て朝食をとって、ヨイさんとこのお茶を飲む。
いつもと同じ。
「さぁ、最終日だからそろそろ僕らもやろうか?ま、僕はいつも通りだけど。」
「あー!昨日先生が言ってた真ん中やるの?」
「そうだよ。まぁ、モモもドレも元から真ん中にしかいない感じするけどね。」
ヴィーさんの言う通りで、モモとドレはどこにいても何をしてても変わらない。
彼女たちはいつだって迷うことなく真ん中にいるのだ。いつだって自分と対話しているのだ。
彼女は今まで心乱されるようなことにあったことはないんだろうか。
逆に、心乱れることがあったからなのだろうか。
それとも、元から?
僕はまだ彼女たちのことは何もわからない。
知りたいのか知りたくないのかもわからないけど、今はもう大切になっていて、きっと手放したくないと思い始めてきている自分がいることに気がつきながら、無視をした。今は集中してここに身を委ねよう。
庭の中で深呼吸をして目を閉じる。
暖かい光が瞼を赤くする。体中にめぐっていくのを感じて、いらないものを吐き出して、また吸い込む。
全員でそれをした後に荷物を持って、お世話になった家をでる。
ヴィーさんはいつもに戻るからと僕らを送ってすぐに屋敷に入っていった。
僕たちがヴィーさんの家から出国の出口に向かう最中に、日用品とは別に、僕はふと気になる本があったので手に取って何冊か持った。
またいつもと同じ人の本と紐で閉じた紙の束だ。なぜかやってくるこの人の思い出が僕に引き寄せられているのか。僕があなたに引き寄せられているのかどちらなんだろうか。
でも、間違いなく、今の僕に必要なものなのだ。
出国ゲートについて、ふとみるとモモがお金を払っている。
「ん?モモいつのまにか何か持ってたの?」
「うん。なんかこっちにきたからこれだけ持って帰ることにしたの。」
『モモが本なんだね?』
「やっぱりそう思うよね。わたしに本なんてね。」
「いや、そんなこと思ってないよ。」
彼女の買ったものをよくみると表紙には日記と書いてある。
「モモ、これは本ではなくて誰かの日記だよ。」
「日記?そうなんだね。わからなかった。家に帰ったらみてみようかな。私のところに来たんだからきっと縁があるはずだもんね。ねぇ、ベイビー家帰ったら一緒に読もう?」
僕らは家帰ったらあれをしようこれをしようと話しながら、まるでずっと一緒に住んでたように、同じ家に帰る家族のような会話をしながら森に戻った。