3・とおりすぎの国
今、僕たちが住んでいる場所はどこの国でもない。
国と国のはざまの森の中。
誰のものでもないから、そこでどの国の人間が何を採ろうが、育てようが構わない。なんの決めごともない場所。
ここにいる限り、どこの誰でもない。
そもそも、うまれてすぐに勝手に提出された1枚の紙だけで、その国に存在を登録されて、その国に尽くす義務を負い、この代わりに権利と信用を受け取る。その国が出した1枚の紙を見せるだけで他の国で簡単に信用を得る。
どれだけいい紙だとか、
ここに全ての情報がのっている信用されるべきものだと言われたところで、簡単に破れて、簡単に燃えてなくなるただの紙だ。
登録するときは何枚だって書き直せるし、誰かが代わりに書いたってわからない。
そんなに頼りないものが、本当に真実なのか。
誕生日だと言われる日に本当に誕生したのか。
僕の名前は本当にこの名前なのか。
僕は生まれた時に入れ替えられてないのか。
僕はそもそも世の中に存在しているのか。
誰がそれを証明できるのか。
そもそも僕らをどこの誰であるかなんて証明できるものなんてあるのだろうか。
僕は自分自身がここにいることをどうやって証明できるのか。
それは今、僕がここにいるのだと僕が認識して信じていること以外にあるのか。
僕がここに存在しないと思ったら、その時点で存在もなければ、なんでもない。
そうなると僕が価値があるかどうなんてどうでもよくて、僕が誰にも必要とされない事実は当たり前なのだと認識できる。
故に、今僕が誰にも必要とされず、無価値であることは当たり前のことであり、この間の森に住む人間全てに当てはめられると仮定できる。
だから、この場所がとても気に入っている。
子供の頃いつもいた、木の中に似ている。
「ベイビー最近たくさん薬草を干しているけど、何かあるの?」
「ああ、そろそろ街に薬を売りに行くんだよ。買い物に行く時期だから。モモたちも行く?」
「もちろん!」
僕は今いるこの場所を気に入っている。
だから、極力この場所を出ないようにしているし、そのためにこの場所以外でしか手に入らないものは慎重に使用していた。
しかし、流石にこの家の人数が増えることまでは想定をしていなかったので、買い物に行かなくてならなくなった。
この森は3つの国に面している。
1つ目は山の向こうの僕がいた国。2つ目は商売が盛んな通りすぎの国、3つ目はなんでもあるガラクタの国。
何か必要になって買い物に行くときはまず通りすぎの国で薬を売ってお金を稼ぐ。その後にガラクタの国に行って必要なものを買う。
余分なお金は森には持ち帰りたくないので全て使ってから帰る。
この森には、自分に必要な分しか手元に置いておいてはいけないという暗黙のルールがある。
それはお金だけではなく、穀物や土地、動物などほとんどすべて。
"余剰"は自然の摂理をくずし、必ず争いや奪い合いを生むからだ。
僕たちの森の中は春だが、他の国は今は秋頃になっているところだ。
気温の変化に耐えれずに体調を崩す人が多いだろうからと身体を温めたり、バランスを整えたりする薬草を多めに見繕う。
薬状にした大概の不調に効く薬や栄養剤、傷薬なんかをいくつかまとめたものを30個ほど。
モモたちも何か作りたいというので、身代わりのお守りを一緒に作ってもらう。
植物の繊維や動物の毛で作ったヒモで、薬を買ってくれた人に一緒に渡す。これはその人を一度だけ守る効果がある。
何からかはその人それぞれで、事故の時もあれば、病気や怪我、言い争いのときもある。
みんなそれぞれ嫌なことは違うから、次会ったときにそのヒモが切れたタイミングの話を聞くのは楽しいし、また買いにきてくれるきっかけにもなる。
「できた!こんな感じ?」
モモたちが作ったヒモは僕の予想をはるかに超えた強さだった。それを見越して頼んだのだが、彼女たちと動植物との関係から考えれば当たり前だったのかもしれない。
モモたちが作ったヒモは一度"守る"いうよりも、その人を"救う"。そんな包み込むような優しさが溢れている。
「ありがとう。みんなとても喜ぶと思う。」
2人は満足気な顔をして、もっと作る材料を拾うのだと森に出かけた。
彼女たちがやるとなんでも楽しそうになる。
だから、救われる。
お金を稼ぎにいくのは気疲れがするので好きではない。
今でこそ回数を重ねて、顔見知りの人もできたし贔屓にしてくれる人もいるからいきやすいが、あの街は常に人と商売と新しいことに溢れかえっている。常に流れて止まることを知らない。
もっと。
もっともっと。
もっともっともっと。
この国にいる人たちは新しいことが好きなのだ。常に新しく、常に1番であることが彼らの求めていること。
一つのルールを守れば、あとはなんだってやっていい。
その感じがイマイチ馴染めない部分ではある。
でも、だからこそ、この国は僕が何者であるかなど気にしないし、そんなことよりも僕が持ってきているものがいいか悪いかだけで判断される。
僕が魔法使いでも差別することもなく、普通に受け入れて商売させてくれる数少ない国を僕は嫌いになれるわけがない。
こんな僕に親切にしてくれる人を無下にできるほど僕はえらくない。
通りすぎの国
本当の名前は他にあるが、みんなこの国をそう呼ぶ。
何を表しているかわからない本当の名前より、この国をよく捉えた呼び名のほうが覚えてしまうし、そもそも本当の名前の方がそれを表していないこともある。
通りすぎの国でよく売れたモノはその一ヶ月後には、どの国でも必ず売っている。世界の流行の始まりは常にこの国からはじまるのだ。
だから、他の国で販売するときに売り文句で『通りすぎの国で大ヒット』というのをよく見かける。
そうなってくると、その噂を聞きつけた世界中の人々が集まってくる。
自分の作った作品を世の中に出したいアーティスト、お金を稼ぎたい商売人、世の中の流行を早く知りたい情報屋。
さまざまな目的の人が集まってきて、ものすごい速さでこの国を通り過ぎてく。
もはやいつからこのような国になったのかわからないが、いつのまにか通りすぎの国の呼び名をつけられて、流行が絶え間なく回ることで、いろんな人やものが集まるようになった。
「おお、魔法使いか珍しいね。で、今回の入国はどのくらいいるの?目的は?」
「3日間、市場に出店します。出店許可証はこれです。」
「あー、ヨイさんのとこのね。なんか北の方の国の人が持ってきたお菓子かなんかがヨイさんとこで流行ってるからぜひ見てみるといいよ。じゃあ、楽しんで。」
入国の確認は何回されても慣れない。
証明書に記された情報と照らし合わされながら観察され、質問をされる。
僕はそもそも自分が自分であるかもわからないのに、そんな僕に本人の確認なんて無駄だ。
審査を出たところで2人が待っている。
「モモ、ドレお待たせ。僕らは街の中心部にある市場に出るからここからは少し歩くけどいいかな?」
「大丈夫。来たことない国を歩くのは楽しいからね。今から行く市場は今もやっているの?」
「うん、やってるよ。ヨイさんとこは朝から日が暮れてしばらくはやるからね。」
「なんか北の国から来た人が売ってるお菓子が面白いって言ってるから見に行きたいし、そこでご飯も食べたいなって思ってるんだけどいい?」
早くこの国を周りたいという2人に引っ張られるように市場に向かう。
どこにあるのかも知らないはずなのに、道を間違えることなく2人で話しながらどんどん進んでいく。
「見て、あの人も同じの持ってる、あれも流行ってるんだ。この国の人はみんな新しいことで頭いっぱいなんだね。すぐにもうあれがこれがってとても忙しそう。んー、なんかあれ、あの自由の国に少し似てるね。」
『うん。自由の国に似てる。ここにいるほとんどの人はここの国の匂いがしないしね。けど、なんか違う。なんか。』
「それが他の国にだからなのか。この国だからなのかわからないね。早く話がしてみたい。この国の人とね。」
「ヨイさん、こんにちは。明日からまたお世話になります。」
「おお!ウー。久しぶりだな。とりあえずいつもの部屋使ってくれ。鍵はこれ。あと、もう一部屋はその左隣の部屋空いてるから。」
「ありがとうございます。手紙に書いたのがあそこにいる2人です。また後でお店終わった頃にあいさつに来ますね。」
ヨイさんは鍵を僕にパッと渡したらまた、お客さんに声をかけてささっと話をつけて新しい商品を売ってる。相変わらずの商売人だ。
部屋に荷物を置いて、とりあえず一周ヨイさんの市場を回りがてら食事をすることになった。
通りすぎの国には3つの市場がある。
その中でもヨイさんの市場がこの国で1番大きな市場だ。
この国のものだけじゃなく、世界中からこの市場にモノが集まってくる。
この市場で売れたら世界にいけると言われているのだから、それはものすごい量だ。
しかし、この市場に並ぶのはヨイさんが認めたものだけ。
毎日市場を周り、認めていないものを売っていたり、表現をする場合は2度とこの市場には出店できない。
売りたいものがある、見せたいものがあるときにヨイさんにまず商品を見せて話をする。その商品をどのように売るのかなどまで細かく話していき、どこのエリアにいつ店を出すかまで綿密に決めてからの出店らしい。
エリアは大きく分けて5エリアある。
食料品エリアはお菓子、食事、調味料から食材まで扱っている。ファッションエリアは洋服、雑貨、靴、アクセサリー身にまとうものは全てここに。家具エリアはアンティークから最先端の科学的な家具まで置いてある。僕がいた国で開発されたものも多く並んでいる。芸術エリアは音楽、映画や舞台、絵画、小説とか表現をしたいアーティストたちが作ったものを見せることができるようになっている。
最後のエリアがヨイさんの市場の一番の見どころだ。
ヨイさんが今、一番、いいと思ったものだけを扱うそのエリアに1ヶ月残ることができれば世界中で売れることは間違い無いのだ。他のエリアに出ているだけでもすごいが、この特別なエリアは別格なのだという。ここで残ったものは”本物”とされてもてはやされる。そして、世界中に知れ渡る。
「ふーん。それはすごい市場なんだね。いまぐるっと回っただけでは回りきれなそう。ヨイさんってさっきベイビーに鍵をくれた人のことだよね?」
「そうだよ。あの人がヨイさん。初めて会った時はあのパワフルさにびっくりしたんたんだけど、すごく気さくで優しい人だよ。」
「ベイビーはヨイさんを信頼しているのね。」
「あ、、うん、そうだね。・・・あの人がいうことは裏がない感じがするからかな。あとで話せばモモにもわかるよ。さっきいきたいって行っていた北のほうの人のお菓子は多分特別なものがあるエリアにあるはずだから、これを食べたら行ってみようか?」
「裏がない感じがするからか。楽しみにしてる。うん。そうしよう。でも、ごめんなさい。やっぱり食べ終わったらお茶も頼んでいい?いつもあるのに今日は飲まないなんて、やっぱり落ち着かない。なんかいろんなお茶もあるし、みんなが飲んでいる紅いの頼んでいい?」
「もちろん。僕も同じように思ってたからね。」
ボーイを呼んで追加のお茶を頼む。この国で飲まれているものは紅い発酵した紅茶でいつも飲んでいるものとは少し違うが美味しい。
結局、僕らは市場にきたのに、いつもと代わり映えのしないスープとパンを頼んで、外の森が見えるテラスで食事をしている。おそらく時間もいつもと同じくらいで、ただ国が違うだけ。3人とも同じことを考えていたことが少し嬉しくて笑った。
特別なエリアに行って見ると、人が溢れかえっている。
入国の時に聞いたお菓子は今、このエリアに入って3週目らしく、あと1週で”本物”になれるそうだ。
そういった商品やお店ができると、このエリアの熱は増す。
売っている本人、買いに来た客、その情報を発信する人たちみんながまるで熱に浮かされ、今まさに世界で一番尊いものが生まれるかのような期待で踊り狂うような感覚。みんな熱で宙に浮いているのだ。
「お兄さん、このお菓子を食べたかい?あと1週でもうこんなに簡単に手に入らなくなるから、今のうちに買ったほうがいい。」
「そうよ。みてこのフォルム。味が美味しいだけじゃないの。見た目や箱までどこまでも最高なんだから一度手に取ってみたほうがいいわ。」
この商品の販売者じゃない人たちがが僕らに売り込みにくる。もうそんなことなんかしなくたってこれだけ人気なのにだ。
「ねぇ、一つ聞いていい?なぜあなたたちはこのお店の人じゃないのに、そんなに私たちにそのお菓子をすすめるの?」
「そんなの当たり前じゃないか。これはもうすぐに”本物”になるんだよ。君もこれを”本物”にした一人になりたいだろ?」
「これがもうすぐ”本物”になる。これを”本物”にした一人になりたいとあなたは思っているのね。あなたは何か売っていないの?」
「俺は。今は何も売ってないんだ。昔、ファッションのエリアに出たけど今はもう買いにくるだけだな。今は、こうやって”本物”になるのを応援して、一緒に体感するのがクセになっててさ。今回だってもう半年ぶりに出るんだからもう何かせずにはいられないんだよ。俺らが”本物”にしたんだよなーって。」
「前は出店していたけど、今は買いにくるだけ。今は、一緒に”本物”になる応援をするのを楽しいと感じているんだね。応援した自分たちが”本物”にしたんだって。」
モモと話していた人は何か言おうとして息を吸い込み。そのまま考え込んで黙ってしまった。
「ベイビー。これだけみんなに言われてるからやっぱり買って帰ってもいい?このお菓子。」
ぼくたちはそのお菓子を1個だけ買って、ヨイさんの家に戻ることにした。
もう夕方だ。明日から、3日間僕も市場にでる。
僕が商売する場所は市場の中央にあるエリアだ。
昨日回った5つのエリアはヨイさんの家とヨイさん所有のアパートメント1棟を囲むようになっていて、中央エリアは5つのエリアのどこにも属さず、どのエリアからも簡単には入れない作りになっている。
ヨイさんの家もあるし、居住区域のようものらしい。
だから人がほとんどいなく、いたとしてもこの国の地元の人だったり、ヨイさんと仲のいい友人やお得意様だったりする。
「今日から3日間、ベイビーはどこのエリアにお店を出すの?食料?」
「・・・・。いや、僕はすぐこの下のヨイさんのとこなんだ。」
さえない上に、僕みたいな魔法使いの薬なんて買う人なんていないから、ヨイさんは同情でここに置いてくれている。
3年前、初めてここを訪れて市場に出すための説明のときにヨイさんにあった。
まだ国から出たばかりでここがそんなにすごい市場だと言うことも何も知らなかった。
勝手もわからない、声も小さい、説明もたどたどしい僕の話をヨイさんは根気強く聞いてくれた。
薬については質問されたことに必死で答えたから早口で支離滅裂で何を言っているのかわからなかったと思う。今考えても恥ずかしい。
でも、そんな僕に、ヨイさんは手を差し伸べてくれた。
「で、ウーは今日はどこに泊まるんだ?明日もう一度詳しく聞きたいんだけど来れるか?」
「はい・・・・・・。あ、そのへん・・・・に。」
「?なんていった?どこだ?」
「・・・・・・・・・・・。ああああの。」
「はぁー。ウー。やっぱり早めにお前の商品をみたいから今日の夜、俺の家に泊まれるか?今一番、俺に合う薬を作ってみて欲しい。」
泊まる場所もなくて野宿しようとしていた僕に気がついて家に泊めてくれたヨイさんはそれ以来僕がくるときた日には話があるからここに来る時は必ずうちに泊まれと言ってくれる。
あの日はヨイさんに、翌日はヨイさんの友達や仲のいいお得意さんに合う薬を試しに作らせてもらって買ってもらった。自分が欲しい分のお金を稼がせてもらえたところで帰ったのだ。
それ以来、僕はここでヨイさんやヨイさんに関係する一部の人にだけ薬を売らせてもらって必要なお金をちゃんと定期的に稼げるようにさせてもらっている。
申し訳なさとありがたさからもっといい薬を作りたいと来るたびに思う。
「ここでもモノを売っていいんだね。市場が開く前にこのエリアを見てきてもいい?」
モモとドレはどこに出すかなんて、特に気にすることもなく、新たなエリアがあることが楽しんでいる。このエリアはそんなに広くもないので2人だけで回らせて僕は開店の準備をする。
と言っても、いつもの人たちが来るだけなんだけど。
ヨイの家の下に3つ、アパートメントの下には7つのお店がある。
その店たちは少し古くて何人かしか準備をしていないし、外の市場のように看板や商品の紙も貼っていない。ただ、店が開いてるか閉まっているかだけかの札だけかかっている。
「ドレ。あそこにもなんかお店みたいなものがあるよ。」
『お店とアパートメントの下に少しだけあるんだね。少し古い感じがするから昔からあるのかな?それに人がいるけど、表の市場の人たちとは全然違うね。お店出してる人は1人もいないし。ここは大概同じ匂いがするからたぶんこの国の人なのかな?』
「たぶんそうだと思うな。元の市場はここだったのかも。歩いてるあの人たちはここの国の人だね。お店の近くにいる人は売りに来てる人なんだけど、昨日の市場の人たちとは違う感じがするね。落ち着いてるし、なんか新しいとかこれを売りたいって言う感じではないね。」
『何だろうね。この感じ。ベイビーのお客さんはこの国の人ばかりだって言ってたからその時に聞いてみよう。そろそろ戻った方が良さそうだよ、モモ。』
「ベイビーが心配し始めたからね。戻ろうか。」
「ウー、ちょっといいか?今日からの3日間のスケジュール確認したい。」
僕の薬はその人ひとりひとりの状態や希望に合わせてその場で調合をしていくので、事前に予約を取っている。
初めてヨイさんに薬を作ったときに、ヨイさんが僕の薬の売り方はオーダーメイドに決めた。
そして、
決めた売り方のルールと流れを必ず守って商売をするようにと言われている。そこまでが僕の商品になるらしい。
ルール1: 1日3人まで
ルール2: 1人に対して、約2時間
ルール3:カルテと休憩
相手と話をして、自覚してることや今の体の状態などに合わせて薬草の種類を決めて調合していく。薬の形状も粉末や液状、貼り薬、飲み薬などその人の好みや状態にあわせる。利き方がそれによって違うからよく考える必要がある。
カルテを取るのが僕の性格に合っているようで、使ってみたことでどうなったのか、それを受けてまたどうするか考えるのは楽しい。
この滞在期間中に僕は9人のお客さんに薬を買ってもらうことになっている。
「今回もいつものお得意さんと俺、あと初めての人が1人の7人になってるから。あと2枠はいつも通り予備な。」
「初めての方がいるんですね。その人はいつの予約になりますか?」
「その人は1日目の3番目にしてあるよ。俺はもちろん最初。」
「わかりました。初めての方はどのくらいかかるかわからないですからね。」
まだ、モモとドレが戻らないが大丈夫かな。心配だけど、もう8時になって市場がはじまる。
表のエリアの活気だった声が中央のエリアまで響いてくる。
モモとドレも一緒に売りたいと言うのをヨイさんに伝えると、まず俺で試してからといつも通りの返事をもらった。
ヨイさんは必ず自分で試す。
まず黙って試す。その後にいくつかの確認が入った上で、その商品の強いところ弱いところを言われて、市場での売り方を話し合う。
今回は薬を売るのに同席するというだけなのだが、自分で確認しない限り販売側にも立たせるわけにはいかないという。この市場は徹底した管理がされてる。
それに、僕が連れてきた2人だからちゃんとしているのかという心配もあるんだと思う。
同じように困った人間がここに増えても困るのだから、仕方ない。
まず湯を沸かし、薬草を煎じたお茶を淹れる。
ふんわりと部屋の中がその香りに包まれたら、お客さんにサーブしてそこから2時間がはじまる。
「今の体調はどうですか?」
「あー、いつも通り。この通りの元気よ。」
「元気ならよかった。前回話していた胃に違和感があったり、目の当たりがモヤッしたりっていうのはどうですか?」
「それはまぁ、前よりはましかな。どうしても試食とかも多いし、昼もパパッと食べちゃうから何食べるとか調整はやっぱりできないな。でも、夜はなるまで腹が減ってから、もらった薬を入れたスープ飲んでそのあと落ち着いてから寝るようにしてる。週に何度かはだけど。」
「ヨイさんの仕事だとなかなか昼は忙しくなっちゃいますよね。スープ飲めない日にも渡した薬自体はのめてます?」
「むしろ、スープにしてからすごい朝スッキリしてんのよ。飲めない時はお湯に溶いて飲んでるし。やっぱり溶かすタイプの方が俺は向いてるみたいだわ。」
「前みたいな飲み忘れはなくなってきたんならやっぱり溶かすタイプがいいですね。もともと液体のものとかも作れるからあとで作りますね。じゃあ、身体見ていきますね。」
はじめに出したお茶を飲んで10分くらい立つと、身体の調子がよくない部分になんらかのサインが出てくる。それは僕にしか見えないのだが、ノイズのような時もあれば激しく脈打つような時もある。
ヨイさんはいつも考えを巡らせて、休みも取らずに動くので頭や目にもやがかかる。
前より少し薄くなってはいるが、なにかもう少し違う感じがする。少し調合を変えるか、もしくはどこか違うところからの影響かもしれない。
消化器官は色が落ち着いていて荒れていないようだ。前は飛び出るような赤が前面に出ていた。
あ、なにか足に何か絡んでる。
「あれ、ヨイさん、足何かありました?」
「あ、なんかどっかでぶつけたんじゃないかな?少しだし気にしてないんだけど、アザができてたっけな?」
「そうですか。ちょっと痛めたんですね。この間渡したヒモってまだあります?」
「あ、これ。また切れちゃったんだよ。どうだろ?」
おまけで渡すヒモは強い力を持たせていて、つけてる人を何かから守るお守りになっている。切れたヒモを見れば本人もわかっていないことがわかることがあるので切れたら次に来るときに持ってきてもらうようにしてる。
ヨイさんの場合はほとんどが妬みや嫉みだ。
ヨイさん自体がエネルギーが強くて、それを跳ね返す力があるので基本的には何もないが、身体が疲れていたり、少し病気になりそうになったりする時にそれらがふっと、足をひっぱりにくる。
僕のヒモでは守り切れる量ではないので、ちょっとした怪我は防げない。
でも、今回用意したモモたちのお守りは防御の守りではなく、包み込む救いであって少し違う。
でも、ヨイさんを守ると考えると防御だけど、そこにつけられた妬み嫉みを落ち着かせるのに救いは効果がある。
交わりそうだけど、交わらない。
守ることと、その攻撃自体を救うこと。
ヨイさんのエネルギー、それに惹きつけられてるモノたち、それは良いものも悪いものもいる。そこに集まる力をうまく並び替えていけばいける。
魔法を使えばできる。
「ヨイさん。今回はモモ以外にも、僕も少し加えたいことがあるので試してもいいですか?嫌だったら言って欲しいんですけど。迷惑かもしれないし。僕なんかがやるなんてってのもあるし。」
「おい、ウー。それやめろっていつも言ってるよな?俺はどんなものでも試す。その上で自分で決める。俺が決める前に勝手にお前が決めるな。嫌も迷惑もお前なんかっていうのも俺が決める。言ってる意味わかるな?」
僕の横で、モモとドレがふわっと笑って、モモが僕の背中に手を置く。すっと背に光がまっすぐ入る。
「結論からいう、モモたちは一緒にこの空間にいてもいい。お客が嫌がった場合以外はな。ドレも遊びたくなって騒いだりもしないだろ。この様子だと。あと、モモは今回と同じようにしてくれてればいい。」
「ありがとうヨイさん。同じように一緒にいていいのね。よかった。ベイビーが薬作ってるの見れるのも、知らない人とお話しするの好きだからとても嬉しい。」
モモとドレは飛び上がってヨイさんにハグをする。ヨイさんも満更でもないようで2人をしっかりと受け止めて頭をワシワシと撫でている。
感情表現を素直にできるモモとドレはどこにいっても受け入れられるし、可愛がられるのだ。
「で、ウーの方だけど。はっきり言ってすごくいい。
でも、3つ確認させてくれ。
1つ目、魔法使ってるときに俺はパッと見わからなかったけど、魔法を使える人や使われたことがある人にはわかるものなのか?2つ目、お客の身体に害になることはあるか?3つ目が1番大切だ。お前は魔法を使うことが辛くないのか?」
「1つ目、魔法を使える人とか同じような力がある人ならわかるけど、使われたことがある人ではわからないです。2つ目、お客の害になる場合はある。けど、最後にすべて確認するので大概は大丈夫だと思います。そもそも薬はそもそもとして毒にも薬にもなるものなので、同じ感じで。でも、大きなことをする時は事前に話した方がいいと思いますね。3つ目は、あー………。」
ヨイさんはサラッとこういう質問をしてくる。
僕がどう思うのか、僕がどうしたいのかを確認してくる。
すーっと大きな深呼吸をして目を閉じる。
僕が僕の中に潜る。
胎児のような体勢で呼吸を細く吐いていくと深海に沈んでいく。
"お前は魔法を使うことが辛くないのか"
"お前は魔法を使うことが辛くないのか"
僕は魔法を使うことが辛いのか?
辛くはない?
怖い。
不安。
また、壊してしまうかも
魔法を使うことはとてつもなく怖い。
また、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
今までの関係が一気に変わってしまって、僕を見る目が変わるかもしれない。無視をしたり、攻撃したりする人もいるし、気味悪いと言われることも多かった。
そもそも僕のような何もできない人間に治されたいなんて思う人なんかいるのか。
僕の自己満足にみんなをいいように付き合わせているかもしれないし。
考えると怖い、とても。
でも、今、僕の背中には少し光の温かさが残ってて、安心できている。
だから、たぶん大丈夫。
「辛くは……ないです。でも、少し怖いんです。
でも、僕が魔法を使えば、その人を助けることができるのに、それに気づかないふりをするのはもっと怖いって最近思うようになって。
目の前で起きたその事実に対して僕ができることをしてみたいって思っていて、それをするのはまずヨイさんたちがいいなって思ってて。いつもよくしてくれてるみんなの役に立ちたいから。でも、僕みたいなのに薬とか魔法とか使われたくないなら断ってほしいなって思ってもいます。だから今回は必要な人には使いたいんです。」
「なんだ。言えんじゃねぇか。そしたら、1時間後に1人目がくるから俺のカルテ書いたら休んでおけよ。俺はその間に外の市場見に行ってくるわ。」
ヨイさんは一瞬驚いたような顔をしてから、口角を片方クッと面白いものでも見たいようにあげて、俺の頭を子どもにするみたいにくしゃくしゃに撫でてから、店を出て行った。
はじめてちゃんと思ったことを伝えた。
それをしっかり受け止めてもらえることがこんなに嬉しいことなんだというの感じて僕も自然と頬が上がった。
ヨイさんの後に予約が入っているお客さんはこの国に来てはじめてのお客さんだったバヴァ夫人。
まずは熱いハグからはじまる。
「いやぁー!ウーちゃん久しぶり。会えて嬉しいわ。元気にしてた?え?なに?この子たちは誰?かわいいー!ウーちゃんの兄弟なの?」
「お久しぶりです。夫人。いや、兄弟ではなく。」
「え?そうしたらなになに何なの?」
「夫人、はじめまして。わたしたちは彼の家に今お世話になってるんです。友達と家族みたいなものですね。夫人と彼もファミリーのようなものでしょ?」
「そうなの!ウーちゃんみてるとなんか親戚の子どもみたいでね。放って置けないのよ。今日もお土産も持ってきたからちゃんと持って帰ってね!」
モモとドレともまるで前からの知り合いのようによく話をしてくれる。
無口で何も話せない僕にとっては夫人のようにずっと話しかけてくれる人は助かる。2時間もどうしようかと思って心配だった僕に、初めて会った時からこの感じで話しかけてくれるのだ。
「夫人。いつもありがとうございます。あれから体調どうですか?」
最近の体調や最近の関心ごとを話をしながら聞いていく。夫人は本当に興味が多岐にわたるし、人との付き合いも多いので話題がつきない。
僕の国では夫人と同じくらいの年代の人は固定観念が強くて、いつも冷たい印象だった。しかし、夫人は全然違う。とても、フラットで素直で何でも吸収しようして、思い遣ってくれる。こんな人がいるのかと驚いたものだった。
気配りができる夫人は、無意識にものすごく、頭や気を使っている上に、水分代謝が悪いので、季節の変わり目にはどっと疲れが出る。今はちょうど秋なのでいつもより辛いはずだ。
いつもはただ薬草を煎じていくのだが、今回は夫人に必要な効果だけを強くするために、薬草自体に成長させる魔法をかけていく。
夫人はこの後の時期、食事会などが増えるといっていた。
そうなると体の中の水を巡らせる薬草と身体を温める薬草の効力を強くした方が夫人にとっていい薬を作ることができる。
そう、だからきっとそうした方がいいんだ。
だから、言ったほうがいいから。大丈夫。
「あの。今回作る薬なんですが、もう少し効果を強くするために…あの、少しだけ魔法を使って作ってみてもいいですか?………あ!夫人自体にではなく、必要な効果を高めるために薬草自体にかけていく感じで。なんですけど、嫌だったら、言ってもらって大丈夫なんで。今まで通り魔法使わなくても大丈夫なので。……はい。」
いつもなら一気に話しかけてくる夫人の声が止まる。
今まで一度もこの2時間で夫人の声が途切れたことなんてないのでとても不安になった。
やっぱり気持ち悪いんだろうか。
体に何かあったらと思っているだろうか。
そういう嫌な思いをさせたり、無理をさせるために言ったわけではなくてと思ったらもう耐えられなくて、僕の中からものすごい勢いで言葉が流れていった。
「あの、無理にやらなくてもしっかり薬草だけでも効果がありますし、夫人は今も前よりもご自身で改善されている部分もあってそれがちゃんと効果をもたらしていて、それに今回魔法なんて使わなくても新しい薬草とかもあったりして。確かに僕が作ったっていったら不安になるのも仕方ないですし、嫌だなと思ってもしかたなくて、こんな不審で不安定なものなんて怖くて使えないですよね。
なので、いつも通りのものにしましょう。本当になんかすみません。すみませんでした。それに…」
「ウーちゃん!ウーちゃん待って!!違うの。全然違うの!だから待って!ちょっとモモちゃん、ドレちゃん!ウーちゃん止めて!」
いつも明るくて弾むような話し方の夫人が初めて、焦って大きな声を出していた。
やってしまった。しかも人前でコントロールが効かなるなんて。
お客さんに対して、なんて態度をとってしまったのか。しかも、いつも良くしてくれる夫人にこんなくだらないことを言って。
我にかえり、なんてことをしてしまったんだろうと思うと顔が上げられない。
「あー、驚いた。ウーちゃん本当はそんなに話す子だったなんて。何回も会ってたのに。今の今まで知らなかった。」
夫人に気を遣わせてしまっている。優しい人だから、こんな僕にもこんなに良くしてくれる。申し訳ない。
あーなんか、なんか言わないと、夫人の時間に僕のこんなくだらないことに時間を使わせるなんて。なんてことをしてるんだろう。
顔が上げられない。
「ウーちゃん。私が話さなくなったのはただ驚いたからなの。わたし、ずっと魔法使いの薬だから、魔法がかかった薬を飲んでると思い込んでて。前に会った魔法使いも何も言わない間に魔法使ってたし。だから効いているものだと思ってて。恥ずかしい〜。家族にもずっとそう言ってたから。」
夫人はそういうが、本当なんだろうか。気を遣わせているのではないだろうか。僕なんかのためになんて申し訳ないことをさせてしまっているのだろうか。
どうしたらいいんだろうか。
頭がぐるぐるとしてきて思考が止まらない。飲み込まれていく。
夫人を信じたい。でも、迷惑をかけた僕なんて僕だっていらない。
口を開くことさえおこがましい。
申し訳ない。申し訳ない。
わからなくなる。
下を向いたままふと、モモとドレに視線を向ける。
2人はこんな状況なのに変わらず僕に穏やかな笑顔を向ける。
モモが両手を大きく広げて深く呼吸をする仕草をした後に頭のてっぺんを触って、うなづく。
あ、そうだ。
前と同じだ。
僕の中にもぐりすぎた僕を起こして、浮上させる。水面をでたら深く呼吸をさせる。
そして、今、目の前にある事実だけを受けてどうしたいか考えよう。
今、夫人が言っていることの意味ではなく、事実を受けて話せばいい。
人の心をどれだけ勘ぐったって意味がない。
大丈夫。やれる。
バヴァ夫人は僕に話した。
いつもの話し方とは違う速度で。その速度はきっと僕と夫人の間くらいで、夫人がずっと後ろの方にいる遅い僕のために、合わせてくれてる速度。
そもそもヨイさんから魔法使いだということははじめから聞いていること。
前にも魔法使いに薬を作ってもらったことがあり、そのときに魔法使いの薬は魔法を使って作ってるのが当たり前だったと言われていたこと。
だから、もちろん僕が作っている薬は魔法を使ったものだと思ったし、それで良く効いているんだと思ったということ。
僕が自分から提案してくれたことをとても嬉しく思ったこと。
速度は違うけれど、いつも通りのまっすぐな夫人の言葉。
「ありがとうございます。でも、夫人が良くなっているのは、夫人自身の力です。薬はただの補助でしかないんです。魔法だって永遠ではないし。夫人がいつもここに来て、話をしているだけでもわかります。自分や家族や仲間のために食事も生活も丁寧に気を配ってます。ただ、僕は薬や情報を夫人に渡しただけでそれを有意義に使ったのは夫人自身だから。だから、僕ももっと夫人のためになりたくて、合う魔法を使わせてもらいたいんです。嫌でなければ。本人の気持ちが、回復する魔法の場合はとても大切なんです。昔から。」
夫人の言葉に応えるために僕はいつもよりも早い速度で、今までよりも自分が思うことを伝えた。
そのあと、魔法を使って薬を作るので僕は一度3人がいる部屋を出て調合するための道具を揃えた部屋に移る。
いつもは目の前で作るが、魔法を使って薬を作る最中にもしものことがあるかもしれないから、ヨイさんに頼んでもう1部屋用意してもらった。
「ウーちゃんと初めて会った頃、わたしはいつも、めまいと頭痛に悩まされててね。どこのお医者に行っても治らなくて体質改善とかもやったけど全然ダメだったの。もうこのまま持病として付き合っていくしかないと思ったときに、ヨイさんに"おもしろい薬屋"が来たから試してくれないかと声をかけられてね。
治るならとりあえずなんでもするわと思って会ってみたら、無口でかわいい男の子がちょこんと部屋に座ってて。お茶出す時もこぼしそうになってて。ふふ。この子が本当に薬屋なのか心配したのよ。
で、出されたお茶飲みながらわたしはふつうに会話にしてたの。
そしたら、いつの間に薬ができていて、これを1日3回飲んでくださいって。しかも、その薬って粉なんだけど、お湯に溶かして飲むと甘くていい香りがするの。香りのいいお茶とかみたいな感じ。
その時はちょうど今くらいの季節の変わり目で体調が1番悪い時期だったし、ヨイさんの紹介だしと思って、言われた通りに飲んでみたら、1ヶ月くらいたったら身体がすっきりしてきてね。
次来た時にそれを伝えたら、ウーちゃんたら恥ずかしそうにしながら喜んでてかわいくてね。ふふ。そのときは食事の話になって甘いものの取りすぎと水の量を指摘されて、これもすごかったの!
今は季節の変わり目に少し出る程度まできたの。ウーちゃんにあの時会っててよかったーって思うの。明後日はうちの娘もくるし、うちの家は何かあったらとウーちゃんに頼むようにしてるのよ。」
「夫人は自分の体調の悪さを治すのを諦めていたときに、ヨイさんの紹介でベイビーにあった。初めは心配したけれど、彼の作る薬はとても効果的で、今は家族も彼に薬をお願いしているんですね。」
「そう。薬とかって体に入るものだから、やっぱり信用のおける人から買いたいでしょ?できれば飲まなくていいようにしたいし。
今までの薬屋さんも悪くなかったんだけど、こういうものだからこの通りにしないとダメみたいな決め事が多くてすごい疲れちゃったのよね。でも、ウーちゃんはその人や生活に、自然と取り入れられる方法を考えてくれるのよ。娘が粉薬は苦手と言ったら、甘い煮出したシロップをみたいなのにしてくれて、紅茶に入れて飲んでくださいって。それがすごいいい香りでねー。
あれは絶対に魔法だって思い込んじゃうわよ。あと、食事もね、私が一方的に話していたと思ってたんだけど、全部覚えていてあのレシピのこの食材をこれに変えて欲しいとか、いろんなことを提案してくれるの。本当にすごいわ。」
「今までの薬屋さんたちは決め事が多くて疲れてしまったけど、ベイビーは夫人や娘さん、生活に合わせた薬だったり、食事の方法を提案してくれたりして夫人は嬉しかったんですね。」
「嬉しかったし、ホッとした。今までってあれもダメ、これもダメ。こうしてください、あーしてくださいでそれにも疲れてて。
体調も良くないし、家族のことも大変なのに。でも、ウーちゃんはそんなこと何も言わないでただ聞いてくれるのよ、真剣にね。その上、ただお茶して、料理のレシピの話して、美味しく飲める薬もらって帰ってきて自然と生活したら治るってね。感動よ、ここまでくると。」
「体調のことも家族のことも大変なのに、今までの薬屋は決まりごとが多く一方的だった。けれどウーちゃんは話を聞いて受け入れてくれた。自然と生活したら治るようにしてくれたことは感動したんですね。」
「薬ってルールがあってそれを守れないとダメってイメージだった。理由があるのはわかってるの。でも、私のことなんて置いてけぼり。なんかそうでないとダメって苦しいのよね。」
「ルールは夫人を置いてけぼりにしてしまう。そうでないとダメって苦しいと感じるんですね。」
「妻だから、母親なんだからって、家族にも思われているし。その世の中で思われているイメージに合わせてみようとするけどなんか違和感あって。
私の場合はこんな性格だから色んなことに興味があるし、その情報が仕事になるんだけど、周りから見ると落ち着きがないとかちゃんとしてないとってね。この国の人間なのにただの新しいもの好きだとか言われたりね。」
「妻だから母親だからと思われている。周りから見ると落ち着きがないとかと思われていると感じているのは誰かに直接言われたんですか?」
「いや、私が落ち着きがないっていうのは昔から言われていて、でも家族も旦那さんも君がしたいようにするのが1番だよって言ってくれているし。……………。」
「家族は君がしたいようにするのが1番だよって言ってくれている。けど、夫人は世の中のイメージに合わせようとした。」
夫人は黙り込む。
「こうしないといけないって、私が勝手に思い込んでたのかな?周りがって言ってるけど、家族はそれでいいって言ってくれてるのに。
最近、娘がお母さんと同じ仕事するんだって言ってきて、とても焦ってそれを止めて喧嘩になっちゃったの。でも、それって娘も私のこと認めてくれてたってことだよね。彼もずっと言ってくれてたのに。何で焦ってたんだろう。」
「こうしないといけないって夫人が勝手に思いこんでいただけで、家族の娘さんも旦那さんも認めてくれていたんですね。なのになぜか焦っていた。」
「家族はいつも応援してくれてたし、娘がそう言ってくれることも嬉しかった。すごくすごくね。でも、自分と同じ苦労をかけたくないなぁって変な目で周りから見られる必要ないなぁって思っちゃって。でも、それって私が1番私を認めてないってことよね。」
「自分がしたいことをやってることを応援してくれる人や認めてくれる人がいるのはとても素敵なことですよね。」
「本当にそうだわ。あー、なんで見えなくなっちゃってたんだろう。わたしが1番私を認めていなかったなんて今日、初めて気がついたわ。」
薬が出来上がって部屋に戻ってみると、夫人とモモたちが楽しそうに話していた。彼女たちは誰とでも打ち解けられるのだ。
羨ましさとありがたさが混ざり合う。
夫人の雰囲気が少し柔らかくなっているから、きっとモモの光の一部が夫人にも入ったんだろう。
「ウーちゃんそういえば前にもらったこのお守りってまたもらえるかな?この間の切れちゃったの。とても素敵で気に入っていたのにふと切れちゃうのよね。」
夫人が切れたお守りをこちらに差し出した。それをみると、夫人の頭の後ろになにか引っかかっていた何かと同じものが見える。
夫人もヨイさんと同じで人からの羨望や嫉妬を向けられていることが体に影響している。
めまいも水や食生活の影響もあるのだが、夫人の場合はいつも頭の後ろに誰かの視線がある。お守りだけでは守り切れないし、夫人の優しい性格からそれを跳ね返し切れていないことがほとんどだ。
「今回はもっと綺麗なおまもりをモモが作ったのでそれをお渡ししますよ。彼女が作ったお守りは夫人を今までよりも強く見守って救ってくれます。」
「あら、そうなの?今日はウーちゃんが作った薬とモモちゃんが作ったお守りがもらえるなんてとても素敵ね。」
「そう言ってもらえて僕も嬉しいです。薬の説明をしていいですか?」
夫人はいつもこうやって僕を褒めてくれる。それを僕はとてもくすぐったい気持ちで、でもとても嬉しくて下唇を噛んでしまう。
「まず、夫人はいつもお茶にした薬を飲んでいると思うんですけど、これからの季節は出かけることも多いみたいなので、持ち運べるように、今回は粉を丸い粒状にしました。時間がある時はこれをお湯に溶かせばいつものお茶になるし、時間がない時はこのまま水で飲んでください。
今回の魔法は薬草の自力を強くするために使っています。今までの薬草はめまいとか夫人が実感している症状自体を改善していくものだったんですけど、薬草自体の自力を高めるとそれ以外の身体のベースとして必要な栄養素が豊富に取れるんです。シンプルな魔法なので特に副作用とかは心配ないと思います。」
「え。これって今までの薬草だけで栄養素が増えるの?前の薬屋さんはなんかそのためにいろんな種類の薬草を混ぜてたような気がするけど。」
「あ、そういう作り方もあるんです。ブレンドして強化していく。でも、今回は2つの理由からこの魔法を使うことにしました。1つは夫人がこのお茶の味が気に入ってること。他のものを混ぜたら味が変わってしまうし、薬草自体に煮出す時間とかもバラバラなのでどうしてもブレンドするほどえぐみとかも出やすいんです。2つ目は症状に対しての薬草はいつもの種類で良さそうだったこと。もともと植物には生命力が必ずあります。大地って人が想像なんかできないくらいに何年間も生死が積み重なってできているんです。その大地に根を生やしてそこから栄養をたっぷり吸収できたものだけが芽を出すことができる。その上、そこで太陽の光をうまく得て強く育った薬草にはそこまで生き抜いてきた、そういう強い力が植物にはそもそもあるんです。なので特に症状が増えていないなら薬草自体を強化した方が都合がいいんですよ。」
夫人はニコニコしながら、うんうんとうなづいたり、おおーと驚いたりとても表情豊かに僕の説明を聞いていてくれている。魔法を使うことで喜んでくれたり、褒められたりすることに慣れていない僕はいつもより少し高揚した気持ちとどこかで夫人の家に生まれていたらとありもしないことを想像をする。
僕は誰かの役に立てているのだろうか。
役に立ちたい、少しでも。
だから、こういう今僕によくしてくれる、一緒にいてくれる人たちに報いたいと強く強く思う。まだまだやらないと。
「あと、お守りにも少し魔法をかけてもいいですか?今まではっきりと伝えてなかったんですが、夫人の頭の後ろにはいつもなにかが引っかかっているんです。それは切れたお守りにも同じものがついてました。
夫人に引っかかっているのは"視線"です。
目立った行動をする勇気ある人は多くの人の視線を集めます。いろんな人が色んな感情をのせて送ってきますが、それは大概が夫人の全てを知らなくて一面を見てだったり、どこかで聞いたり読んだりして勝手にして抱く感情です。こうあるべきとかもまるで公の人のようになる。人間は公のものなんかではないのに。勘違いする。
夫人の場合は優しいのでそれをどこかで自分の中にむかえ入れてしまうから、今の症状があるのかなと思ってきて。身体自体も生活もかなり良くなっているのにまだめまいとかが続いているのはその辺の影響かもしれないなと。なので、今回モモが作った見守りと救う力のあるお守りに、視線を元の持ち主に返す魔法をかけます。」
「ウーちゃんそれってなんか復讐とかになっちゃうのかしら?それで相手の人が傷つくのはわたしはあまり。」
「持ち主に返すだけだと悪意や怒りの場合はまたそれが倍増してしまうんです。
なので、今回の返す魔法はモモの救いの要素と今回夫人が飲む薬のベースになってる自力のあがった薬草を使います。視線をそのまま返すんではなく、その2つを入れて再構成したものを送り主に戻すんです。
自分が送った視線が優しいものになって帰ってきたときに、それについて自分の中で違和感があるはずなんで、今の夫人がふと考える程度に考えることになります。あれ、なんでこう思ったんだろうって。気が付かないくらいに自然とですね。それが何度も続くと自然と他人ではなく、自分の中の問題に気がついていくので夫人にも向けられる視線を変わるはずです。だから、人を傷つくことはないので、大丈夫で。優しい夫人にあってるかなと思って考えてみました。」
「ウーちゃん。私のことをとても想ってくれているのね。ありがとう。そうやって想ってくれている人がいると思うだけでとても幸せな気持ちになったわ。ぜひそのお守りにも魔法をかけて。わたしの素敵な魔法使い。」
夫人は少したぶん、ほんの少し目を潤ませて僕にハグをしてくれる。僕の視線の先には空に浮かぶ小さい雲があって、大きな雲に包み込まれていくところだった。目を瞑ると夫人の優しい香りが鼻から入ってきて、僕も何となく少しだけ目が潤んだ。
この3日間、僕がカルテを書いているときにモモとドレは2人で市場に出かけていた。
だから、3日目には彼女たちは僕よりも今のこの市場に詳しくなっていたし、知り合いも増えていた。どこに行ってもこの2人は目立つのだ。
あの華やかな外の市場の空気にも馴染んでいる。
何度来ても外の市場に行くとみんながキラキラと輝いて見えて落ち着かなくなる。
あの市場に僕が出ることは一生ないし、出る実力もないのだ。
何かを強く想い、望む人の強さは僕にはない。
夢中になってそれしか見えない、活気に浮かされ、宙に浮くような感覚。
どこかであそこに行ってみたい自分と、その信仰心や熱狂に我を忘れることが不安で手放しになんてできないと思う冷静な自分がいる。
他の国に来ても結局変わらない。人を簡単に信じきれないから、簡単に身を委ねることなんてできない。
それなのに2人は普通にお店の人や街の人に馴染んであたかも前からの知り合いだったかのように挨拶をし、友達のように笑い、当たり前のようにも話し込む。
それをみたらどこか心許なくなってきて最後の日なのに一緒に昼ごはんに行こうと言う彼女たちの誘いを断ってしまった。
僕は彼女たちにとって特別な存在でもないのに、まるで自分のもののようにヨイさんたちに紹介をしていた自分をとても恥ずかしく思った。
何を勘違いしてたんだろうか。
彼女たちはみんなに平等で、たまたま僕の家にきてたまたまいた僕に、優しい彼女たちは同情して一緒にいてくれているのだ。
特別な彼女たちといて自分も特別だと思い込んでしまっていたんだと思う。なんて恥知らずなのか。
勘違いしてはいけない。僕は他の人に誇れることなどない、ただ何もできない底辺の人間なのだ。その上魔法使いなのに何もできない。イラナイモノなのだ。
特別な人間と一緒にいたって変わらない。
そう、忘れてはならない。僕はダメなんだ。他の人よりももっともっと努力しないといけないのに、何をうつつを抜かしていたんだろうか。
もっと努力をしないと、人の役にも何にも立たない僕なんていらないのだ。イラナイモノなのだと忘れては行けない。
カルテを書いていた手は完全に止まって、僕は僕の中に沈み込んでいって視界がぼやっと暗くなる。
勘違いをして努力を怠る自分に怒りが増して、思わず一度自分の腕を叩いた。
スッーと少しだけ楽になる。
自分がダメだと言う証はもう身体にあるのに、ときどきなぜか忘れてしまう僕を律するにはこれが1番きくのだ。
さぁ、モモたちが帰ってくる前にカルテを書き上げて、呼吸を戻そう。
大丈夫。大丈夫。
自分は最低であることを忘れなければ彼女たちといても大丈夫。
『ただいま。ベイビーの分も買ってきたよー!』
ドレがドアから飛び込んでやってきて、僕はそれを受け止める。キラキラの金髪からいい匂いがする。青くて甘い。
「ん?ドレなにか爽やかな香りがするね。」
ドレの後ろからは両手いっぱいのモモが現れた。
「仲良くなった果物屋さんがこれをくれたの。皮を向いた瞬間にすごくいい香りがするから香りがうつったのね。味もすごい美味しいから後で食べよう。あと、他にもサンドイッチ屋さんやスープ屋さんもおまけとかいっぱいくれたからこれも食べよう。いろんな人がもっと持って持って行っていいって言ってくれたんだけど、断ってきたの。これ以上食べれないしね。さっきもらったコイン1枚で全部手に入ったんだよ!みんなこのコインを見ると驚いて色んなものをくれるの。すごいね。はい、これ残り。」
出かけるときに2人には5枚のこの国のコインを渡していた。
僕の手に戻ってきた4枚のコインをまじまじとみる。この国の通貨を使う方が不思議なのか?
いつも僕がこの市場で使うのはガラクタの国の通貨だったからまともにこのコインを使ったことがなかった。
この市場はさまざまな人が行き交うので、いろんな通貨でのやりとりが認められている。
基本的にはこの国の通貨でのやれとりなのだが、お店によっては他の国の通貨や物々交換でも応じてくれる場合もある。それらの通貨のレートはそのときどきによって変わってくるので、その通貨をうまく変換しながら稼いでいる人もいるらしい。
誰かが欲しいと思った瞬間に、物にも、金にもすべてに価値が生まれて、本来は存在していない数値がついてそれを売買していく。
それが簡単に、頻繁にされる国だったのをふと思い出す。
この国での3日間が終わる夜に、モモはヨイさんに聞きたいことがあるのだと言って時間をとってもらっていた。
ドレは特に興味がないらしく、外に出かけたいと言うので僕とドレは夜の市場にでることにした。
僕たちがいるエリアでも僕のように商売をしている人がいるのだが、基本的に誰も看板は出していなく他の人に会うことはほとんどない。
だから、彼が木の下に座っていることも、僕らに声をかけてきたのもあまりにも予想外だった。
「ねぇ、その子は君のなの?僕はその子が欲しいからちょうだい?お金で売ってもらうことってできないの?」
彼が一体何を言っているのか意味がわからない。僕の方なんか見ていなくて、ずっとドレを凝視しながら近づいて話してくる。気持ちが悪い。悪意がなく、言ってきているのを感じて恐ろしさを感じて、ドレを後ろに下げる。
「僕のでもないし、売り物でもないです。なんなんですか?」
「んー、そうしたら今回僕がここで稼いだすべてをあげてもいいよ。ヨイさんに言ってくれれば今回稼いだ分も今までの分も出てくるから。ねー、君はどこの国の子なの?すごい綺麗な透けるような金色と瞳は深いダークブラウン少し赤みも混じってるのかな?暗いからはっきりわからないけど。」
彼は素早く僕の後ろに回ってドレに近づいて顔を近づけて観察する。
「ドレは売り物ではありません。僕の、僕の知り合いの子で。」
ドレとモモとの関係がわからなくて、知り合いなのか?友達なのか?家族?今こんなタイミングで考えることじゃないのに、ぐるぐるして言い淀む。
「ただの知り合いなら君のものではないね。そうしたら彼女自体に交渉するから君はどいていてくれる?」
「いや、あの。知り合いではなくて、一緒に住んでるんです。一緒に住んでて、ご飯も食べて、一緒に散歩したり、洗濯に行ったり、暮らしてて。だから、あの。」
何を言っているのかも、何を言いたいのかもわからない。自分でも僕らは何なのかよくわかってないけど、でも今ここでドレをこの人に差し出すわけにはいかない。
「あのあの、あと、一緒に薬草取りに行ったり、あと、あと、昼寝したり、話をしたり、今もヨイさんとこにみんなで泊まってて。だから、あの。」
「それって家族なんじゃないの?その子と君。全然空気も違うけど。言われてみればたしかに同じ匂いするし。」
家族なのか?たった一ヶ月で、家族なのか?わからない。わからない。でも、今渡せない。
「家族がよくわからないけど、でも特別だから、君にはこの子は渡せない。」
「初めからそういえばいいのに。そうしたら、この子を1時間だけ貸してくれないかな?一枚だけ絵を描きたいから。」
「絵を描く?」
「そう。君もここにいるってことはヨイさんとこにいるんだろ?僕は絵を描いてる。それをヨイさんがあちこちに売ってくれてるからそこのアパートに住まわせてもらってるんだよ。君も一緒でいいから彼女を一枚だけ描かせて。不安ならヨイさんに聞いてもいいし、ここの許可証を見せても構わないよ。」
彼はペラっとこのエリアに入る許可証を見せてきた。描いてある特徴とともに注意書きがある。
"この者天才だが、奇行あり。何かあったらヨイに連絡"
その下にヨイさんのサインがあった。
心配ではあるが、ヨイさんのこのサインは簡単にもらえるものではないから、ドレに任せることにする。
「ドレはどうする?絵を描かせてあげる?」
『この人は嫌な感じも悪意も感じないから、構わないよ。芸術家に描いてもらうなんてめったにないしね。』
ドレはさっきの怯えた態度とは一転して、さっと彼の後ろについていくつもりのようなので僕らは彼のアトリエに向かうことになった。
ヨイがベイビーの部屋に入ってきて、中を見渡す。
「おお、モモだけか?あと2人は?」
「なんかドレが外に出かけたいからって言って2人で出かけたんだけど、なんかヨイさんのアパートの絵描きに捕まって今からドレが絵のモデルやるんだって。」
「あー、キーラか。ドレをモデルで描くって言ってんのか。いいね。楽しみだなそれ。でも、変なことされたら俺に言えって伝えといてくれな。モモとドレは離れててもやり取りできんだろ?」
「やっぱり、ヨイさんはわかってたんだね。」
モモはいたずらに笑って、ヨイはまぁなと得意げな顔をする。
「モモとドレはあの春の国の人間だろ?前にお前たちみたいに旅してる人に会ったことがある。みんなどこか似てるよな。雰囲気とか感じもそうだし、常に対でいるのもあるし。何より根掘り葉掘り聞いてくるからな。」
「ふふ。確かにそうかもしれないね。」
「どうせ今回もそうなんだろ?何が聞きたいんだ?」
モモはまたイタズラな顔で笑った後に、目を閉じてふっと息を吐いて吸ってから質問をし始めた。
「この街にきて思ったんだけど、ヨイさんは波のはじまりを作る人だよね?この市場から、世界中にずーっと。この国に訪れる人はみんなその波の最中にいるか、波がはじまる瞬間に乗りたくてきてる人がほとんどだった。その場で止まってはいけない、戻ってはいけないルールになってる。
ヨイさんはどうやって、なんで波を作っているの?」
「波のはじまりかぁ。まぁ、確かにそうかもな。その例えのまま答えるなら、海にふっと風を吹かせるだけかな。
ちょっと人の気を引いてもっともらしいことを言えばいいのさ。
例えばパンなんて誰が焼いたって"焼きたて"になるだろう?焦げたって焼きたてだ。
それを堂々と言えばいいんだよ。
大概の人は物事の片面からしか見てない。だから、少し見た目整えて、大声出して、違う角度が見えるところまで誘導して見せてやる。
それだけで人の関心は引けるし、流れができる。そしてこの国で売れたものは世界中に流れていって、消えていく。」
「だからヨイさんはベイビーの薬を絶対に流行らせたくないのね。」
ヨイは大声で上を向いて笑う。
「さすがだな。春の国の人間にはなんでもお見通しか。本物は手放したくないから、絶対に流すことなんてしない。本物は消費するモノじゃないからな。」
「流行するモノは通り過ぎていって何も残らない。だから本物は流行らせない。」
「ま、そう言うことだな。
んーでも、本物なんて言葉使ったけど、そもそもそんなものないんだよ。
それなのに世の中は本物とか元祖とか1番とかが好きですぐに振り回されるだろ?
これが"間違いなく"良いだ、"絶対に"悪いだって騒いで、その度に影響されて、右行って左行って、そのうちどっちが正しいかって喧嘩まで始まって最後に裁判や殺し合いってな。馬鹿らしい。
そう言うやつはみんな決まって自分のモノサシがわかってないのさ。人のモノサシの話ばっか。
自分のモノサシもなければ、コンパスも狂っててぐるぐるその場を回ってるようなやつが世の中にはいっぱいいるのよ。
まぁ、この国来てるやつなんかは特にその傾向が強い。」
「自分のモノサシ?」
「そうだ、俺のモノサシだ。それでピターっと来るものが俺の本物。」
「ものさしでピターっとくるものが本物。
そしたらみんながバラバラの本物を持ってるってことだよね?」
「そう言うことだと俺は思ってる。
誰かにとってはもしかしたら本物かもしれないけど、誰かにとっては本物ではないかも。
俺の本物も、他の人からしたら価値がないものに見えたりもするし。
そういうもんだろ?みんな違う人間なんだから。
俺は外の市場で仕掛けて世の中に出したモノはすべて俺が面白いか、面白くないかで決めてきてる。
でも、それは本物とは違う。
仕掛けたくなる面白さは出会った瞬間に最後どこで波がブレイクするかまで見えるんだ。
考えてみると、本物はそもそも波よりもずっと高いところにある。静かな場所に。」
「誰かにとっての本物は他の人の本物ではない。けど、本物はそもそも波よりもっとずっと高い静かなところにある?」
「モモ、紅茶の話知ってるか?
お茶の商人がある日、船での輸送に失敗をした。
貴族に売るための大切な無発酵のお茶が輸送中に全部発酵しちまった。緑色だったお茶は見事紅色さ。
商人は困った。
こんなもの貴族には売れねぇ。
でもあー、そうだ。これを庶民に売っちゃおうって。
"そんな不味い水なんか沸かして飲んでたら、病気になっちまう。飲むならこの安く買える紅茶にしたらどうだい?これは抗菌作用もあって身体にもいい。貴族も飲んでる優れもの"
実際に抗菌効果もあったし、貴族が"お茶"を飲んでるのも本当。このうたい文句で大ウケして即完売。
質が少しでも落ちたものものは今までは買い付けなかったが、発酵させて真っ赤にしてから売るんなら今まで使えなかった品質のお茶も使えるわけよ。
そうなると、茶畑ももっと資金が入るからもっといいものを作ることに集中できるようになる。
ただ運んだだけじゃ発酵しないから、赤くさせるために工場を作って雇用を産む。
最高ランクの緑色のお茶は貴族さまのために、
赤いお茶は庶民のために。
これでこの商人は無駄なく儲けて、茶畑により投資ができるし、庶民からは雇用と健康を与えてくれたと喜ばれる。
しかも発酵させた庶民のお茶は瞬く間に流行って、あれこれと色んなものがでてきた。
茶の種類からフレーバー付きや紅茶味のお菓子とか色んな変わり種もあったりしてね。みんながどんどん進化させて楽しんでるわけよ。
でも、貴族の飲む高貴な本物のお茶はそんな波なんか一切立つことなく、真っ直ぐ貴族の元に届く。あるべき値段で。
1人の商人があっという間に紅茶の文化を作った上に、サラッと上と下を分けたっていう話だ。
諸説あるけど、おれはこの話が好きだから信じてる。
だから、これは俺にとっての本物の話なんだ。」
「ヨイさんもその商人さんみたいに空と海を分けて、使ってるのね。
外の市場は海。私たちが今いる中の市場は空。
ヨイさんは"ヨイさんの本物"だけを扱っていて、それを理解できる人だけに売ってる。
それにうちで飲んでるお茶って、ヨイさんがベイビーに売ってるものだったんだね。外のお茶と全然違うから紅いお茶に驚いたもの。」
「そういうことだな。でも、お茶は俺じゃない。他の客がくれたやつだ。ウーのファンは多いから。この3日間一緒にいたらわかるだろ?
ウーはさ、初めて会った時からすごいやつがきたって思ったんだよ。それは魔法使いだからじゃない。俺の中でピンってきた。
で、聞くと作れるのは薬だけというから作らせてみたら、ものすごい一級品。あいつの国でもこんなレベルの高いものなんて作ってないだろうな。見たこともない。
それに加えてあの謙虚さと柔らかさ。しかも2回目にきたときには"薬を買ってもらってる"からって買った人にヒモを渡すんだよ。それがまたすごいんだ。つけてると疲れも飛ぶし、何かあった時には守ってくれるお守り。
でも、あいつはすぐに自分を投げ売っちゃいそうになるのが怖いから。うちに泊めてるんだ。危うさもある。
今回はお前たちがいることで少し違うみたいだけどな。」
「ヨイさんはベイビーを気に入っているし、大切にしているのね。ベイビーの話をしてるときにとても柔らかな気持ちを感じる。」
「気に入ってるし、"評価"してる。
俺がこのエリアに泊めてるやつらはみんなクセがあるやつばかりで、みんな最高レベルの人間だけ。俺は俺のモノサシで最高だと思ってるから彼らを支援するし、ものを買う。
キーラは自分の本能のままに生きすぎてるぐらい生きてる。だから、周りから見るとただのおかしいやつだ。けど、あいつの絵は誰にも真似できない。すごい心に響く。
ウーは逆だ。自分自身を自分で認められないで生きてる。誰かのモノサシで、はかって誰かの目から見えるウーを生きてる。最高の作り手なのにだ。
あいつが自分が最高だと気がついた時にもっとすごいものができるんだろうなと想像したら楽しみでさ。モモとドレがいたらもしかしたらその日も早く来るかもな。春の国の人間に言うことでもないかもしれないけど、あいつのことをよく見てやってくれ。」
ヨイは真面目な顔をしていた。
彼らを大切に思っている自分に気がついているし、それを恥ずかしいとも思ってない。
ヨイはヨイが思う最高のことをしてるのだ。
モモはそれを嬉しく思って笑った。
4日目の朝、少しだけ残った薬草を全て粉にして土に返す。
いつかどこかで使えるかもしれないからという思考は必要ない。
自分自身の周りには今必要なものを必要な分だけ揃えるようにしておかなくてはならない。
必要な分だけにして片づけていないと戻るべき場所が見つけられなくなる。
ある程度荷物が片付いてきたので、3人でヨイさんに挨拶に行がなくてならない。
でも、行きたくなくてなかなか足がヨイさんの部屋に向かない。
人と別れるは何回目だとしても苦手で、嫌いだ。
ここで別れた後にもう2度と会えないかもしれない。
また数ヶ月後に来た時にはもう僕のことなど忘れているかもしれない。
また、会おうねと言う言葉はただの社交辞令かもしれない。
そもそも僕と会った人が僕と会ってよかったなどと思ってくれることなんてあるんだろうか。
最低な僕にだ。
それを考えるとあり得ないからとても怖くなる。そう思うとあいさつなんかしないで立ち去りたくなる。だってもともと僕にあった事実さえ覚えてない人ばかりなのにあいさつなんかされても困るのではないだろうか。
誰も僕のことなんか知らないし、覚えてもいない。
例え覚えていてくれて、僕を褒めてくれたとして、最低な僕のことを褒められれば褒められるほど、惜しまれれば惜しまれるほど、それが嘘に聞こえてくる。そんなわけないのにと感じる。
そう思うと、その人の言葉は一つも入らなくなってくる。嘘をつかれていると思うと怖くなる。アンバランスな世界に自分しかいない感覚に苛まれるのだ。
「ベイビー。そろそろ挨拶に行く?ヨイさんとこ。わたしたちは準備できたよ。」
「僕も終わったから、行こう。」
行きたくない。
「ヨイさん。おはようございます。」
「おはよう。こっちは準備できてるぞ。3人ともこっち座れ。」
ヨイさんはリビングでゆっくりお茶を飲んでいて、僕らは呼ばれるままに一緒にテーブルを囲む。
「このあとはガラクタの国に行くんだよな。今回はお金はどうする?いつも通り必要そうな分だけ持っていくか?」
「はい。今回は3人分なんで5枚くらい持っていけば十分かなと思ってます。残りはしまっておいてもらっていいですか?」
毎回稼いだものの使わない分は、ヨイさんが保管してくれている。
森には余剰は持って入らないからいらないと言ったのだが、ヨイさんがいつか必要になる日が来るからと言って残りを保管してくれている。
「わかった。そしたら一回支払いな。まず、今回稼いだのは100Rで、出店の手数料は3Rだから、今回の売り上げは97Rで、5Rはいつも通りガラクタの国の通貨に両替でいいな?」
ヨイさんが僕らの前にお金を置いて、計算とともにテーブルの上でより分けていく。
ヨイさんからもらえるこの"R"と呼ばれているお金は夜空のような色をした深い藍色の石でできていてお金という感じはあまりしない。
他の通貨のように金属でキラキラした感じもなく、シンプルで美しい。
お金は国ごとに全然数え方が違うし、種類もいっぱいあるので理解がしきれないが、僕が見た中ではそのお金が1番美しい。
ただの石であることが僕をホッとさせてくれる。
「ねー、ヨイさん。これって一体何でできてるの?すごいきれい。それにこの間外の市場でこれを見た人がみんな驚いてたよ?」
「外の市場に持ってったのか?そりゃ驚くだろ。"R"は真実の石。とても硬くて美しい。誰が真似しようとしてもどうしても人工では作れない石で、全体採掘数にも限りがある。この石自体にも価値があるし、そもそも一級品の売買にしか使われない世界共通の通貨になってる。うちの国の外の市場ではこれを使うようなものは売ってないし、出回らないようなものだからな。」
「真実の石か。この夜空みたいに綺麗な石なのね。素敵。ずっと見てられるもんね。」
「この石が気に入ったのか?それならこれ持ってけ。今回はモモも働いてるからな。お金よりも小さいけど細工してある。俺には華奢すぎてどうしようかと思ってたところだったからちょうどいい。」
ヨイさんは"R"の小さな石がついたネックレスを戸棚から出してモモに渡す。
サイズは小さいが、夜空のような色は変わらずむしろまるで星のように感じる美しさだった。
「でも、この石自体がかなり希少なものだから外歩く時には人に見えるようにはつけないようにしてくれ。」
「この石はみんなが欲しがるものなのね。」
「そりゃそうだ。この"R"で売買されるものは世の中で一級品だと思われたものだけ。一級品は一級品のこの"R"の通貨でしかやり取りされないんだから。その希少性から、この石があれば当分働かなくてもいいような人間もいるからな。」
「"R"で売買されるものは世界の中で一級品だと思われたものだけ?この石があれば当分働かなくてもいい人もいる?」
「そうだ。この国の中でもこの内側の市場でしか使われないし、その中でもよほどじゃないとこの"R"を使うことはない。最近だとウーの処方とドレたちがあったキーラの作品くらいでしか使ってないんじゃないかな?あとはその下の通貨で十分だしな。」
話がおかしい。
ただのきれいな石だと思っていた。外で扱う金属のコインの方がキラキラしているからいいものなんだと思っていた。
ヨイさんの同情心から、僕はこの家に置いてもらっているし、ヨイさんの優しい友達が付き合いで僕の薬を買ってくれているのだと思っていた。ずっと。
あまりに場違いな。なんて恐れ多くて申し訳ない。
「ヨイさん。僕。お金やっぱりいらないです…。そもそもこんな僕を泊めてくれたり、物を買ってくれたり、親切にしてくださっていてとてもありがたいのに、まさかこんなにすごい価値のお金をもらってるなんて今まで理解できてなくて。僕の作ったものには全然合わないし。申し訳ないです。僕の価値に対して、このお金はあまりにも多すぎます。もらいすぎててバランスがおかしいんです。本当にすみません。今まで気がつかなくてすみません。」
バランスがおかしい。
こんなことをヨイさんにさせてしまって。本来このお金を得られる人やヨイさんに認めてもらうべき人の場所を、僕は無断で踏み荒らしてしまったんだ。
そんな価値もないものを価値があるようにしてもらってしまって。
僕があまりにも惨めだったからか。申し訳ない。もっとちゃんとしないといけないのに。
なんて申し訳ないことをしてしまったのか。
あー、いつもこうだ。
僕がいることで迷惑がかかる。知らない人のことまですぐに傷つけてしまう。申し訳ない。
だから、僕はすぐに調子に乗ってイラナイモノなのを忘れて迷惑をかけるダメな人間なのだ。
「ベイビー。バランスがおかしいって感じてるのね。自分がいることで本来ヨイさんに認められはずだった人の時間をとってしまって迷惑をかけてしまったと感じてるのね。」
「バランスがおかしい。もらいすぎてる。いつもこうだ。ヨイさんの気持ちにつけ込んで、本来ヨイさんに認められる人の分を僕が奪ってしまった。」
「もらいすぎてる、他の人の分をもらってる?」
「なんでもない僕に対してもらっているお金は多すぎる。そんな価値なんてないのに。本当はこのお金も全部もらうべき人がいるのに僕が横からズルして奪い取ってしまったんだ。ヨイさんの優しさにつけ込んで。」
「自分にはそんなお金をもらう価値なんてない。ヨイさんの優しさにつけ込んでズルして奪い取ってしまったと思っている。」
「僕なんか何の価値もない。そんな僕が作るものはなんでもない。買って"もらっている"身分なのに。ヨイさんの時間もお金も場所も無駄にしてしまってる。申し訳ない。」
「僕にはなんの価値もない。ヨイさんの時間もお金も無駄にしてしまっていて申し訳ないと感じてる。ベイビーはヨイさんのことを大切に思ってるんだね。」
「…………大切というか、ヨイさんはこんな僕にまで優しく接してくれて、世話まで焼いてくれるとてもいい人で。これ以上ヨイさんの迷惑になりたくなくて。何も返せてないから少しでも早く返していきたいって思ってて。」
「ヨイさんに何も返せてないから少しでも返したいと思っている。今は何も返せていないと感じてるのかな?」
「今は何にも。むしろ、迷惑をかけてるだけで、来るたびに色々考えてやってみてるんだけど全然で。まだなんもうまくいってなくて。」
「むしろ、迷惑をかけてるだけで、色々やってみてるけどうまくいってない。
ベイビーはどうしたらうまくいってるなって思えるのかな?今回もヨイさんはベイビーをいいと言っていたし、他の人も満足しているように見えたけど。」
どうしたらうまくいってるって思えるのか。
どうしたら思えるのか。
"うまくいってない"はわかるのにうまくいってるは………わからない。
でもきっと相手が喜んでくれたら、
「・・・・・・・・・・・・・。ヨイさんの、、、、役に立てたら。みんなの役にたったら?かな。」
「みんなの役にたったら、うまくいっている。みんなには役にたってないって言われたの?」
「みんなは優しいからそんなこと言わない。お客さんは喜んでくれて、助かるっていってくれていて・・・・・・・。でもそれはみんなが優しいからで。気を使ってくれてて。」
「みんなは喜んでくれているけど、みんな優しくて気を使っているから本心ではないと感じている。」
「僕なんかと一緒にいたい人なんかいないし、僕なんかの作ったものなんか。気持ちが悪いって思われていても仕方ないから。本心ではない・・・・。ん。でもそれはなんか違くて。でも違くて。嘘ではないし、本心じゃないわけじゃなくて、あの、結局・・・・・・。」
不安で、とても怖いんだ。
よくしてもらえばしてもらうほど、その気持ちを無くすことが怖くなる。受け入れられたことを、僕自身が受け入れたら、当たり前になってしまう。
所有したら、当たり前になったら、手放したくないっていう欲が出てきて、失う日を想像すると震えが止まらなくなる。
僕の一面をみて、仲良くしてくれても、僕のことをもっとよく知るうちに嫌われてしまうかもしれない。
だから、褒められると不安になる。褒めてもらった僕でいないといけないと思ってどんどん縛られていって、自分でなくなる。
人なんか一瞬だ。
すぐに変わる。
丁寧で優しい言葉が、響きが、変わる。
気持ち悪い不協和音。
言葉と感情が合っていない、気持ちが悪い音になって、僕は吐きそうになる。
ここの人とはそうなりたくない。
「僕、もうみんなのことが好きで、だから失いたくなくて。薬を褒めてくれるから、いい薬を、前よりもっといいものを作り続けないと必要ないって言われるかもしれなくて。僕に価値があるって今思われていたら、価値がないってなったときにみんなが落胆して、嫌われるかもしれない。だったら、価値を下げていたい。」
「みんなとこれからも一緒に居たいから、自分のことも、作ったものの価値もさげたい?」
「もともとないだけど、価値があるって言われるといつかなくなる時を想像して不安になるから。ヨイさんたちのことを信じているのに。本当にいいっていってくれているのもわかっているのに、それを受け止めたらみんながそうでない僕を知ったら離れていくのだと思うと、こ、、、わ、こわ、こわ、、い。くて。誰にも迷惑もかけないから。もっとちゃんと頑張るからだからお願いだからいなくならないで。もっともっといいものが作れるよう努力するから見捨てないで。」
声が裏返る。僕は気づいたら子供みたいにボロボロと泣きながら引きつった声で泣く。止まらない。よくわからないこの感情。ただ、怖い。とても怖い。
一人がいいのに、一人がいやでとても怖い。
「不安で怖くなってしまうんだね。ベイビー。大丈夫。見捨てないよ。ベイビーが何をしてもどんな状態でも見捨てたりなんかしない。いつもいつもがんばっているのみんなわかってるよ。」
モモが僕を抱きしめて、背中をさする。そうすると僕はもっと幼くなってモモにしがみついて声を出して泣いた。
「いやだ、いやだ、いやだ。置いていかないで。」
「うん、置いてかないよ。」
「もっとがんばるから。」
「うん、もっとがんばるんだね。もっとがんばってもがんばらなくても一緒にいるよ。」
「ちゃんとするから見捨てないで。」
「ちゃんとしたいんだね。ちゃんとしてもしなくてもずっと一緒にいたいよ。」
僕はモモにずっとくっついて、泣けるだけ泣いた。
ヨイさんがいる前でなんて恥ずかしいことをしているんだろう。でも、怖くて、でもモモの腕の中はやはり暖かな光があるから優しくて暖かい。
ウトウトとしてきて、僕はそのまま意識を失った。
目を開けた瞬間、ヨイさんの家の僕の部屋だった。
勢いよく体を起こす。もう日が高くなってるさら今は昼過ぎくらいだと思う。
バタバタとリビングに降りていくと、ヨイさんとモモたちがお茶をしていた。
「あー、ベイビー起きた。大丈夫具合悪くない?」
「大丈夫。あの、あの、あの、すみませんでした。こんなこともう2度とないようにしますから。迷惑かけてすみませんでした。」
ヨイさんがイスから立ち上がって僕に向かってくる。恥ずかしい。なんてことをしてしまったのか。
あー、もう2度とここには来れないかもしれない。気をつけていたのに。くだらないことをしてしまった。もう。
ヨイさんは僕を一度きつく抱きしめて、体を離すと同時に、今度は強い力で頭をガシガシを撫でてくる。
「ウー。いつも言ってるよな?俺が決める前に勝手にお前が決めるな。嫌も迷惑も"お前なんか"っていうのも俺が決めるって。お前は俺のことが信じられないか?」
「いえ、そんなことないです。すごいなっていつも思ってます。」
「そうか。ならよく聞け。
俺は俺自身のことを信じてる。だから、俺は自分が最高だと思っているものは絶対にいいと思っている。誰がなんと言おうとだ。
お前がどう思おうが、なんて言おうがどうでもいい、俺にとってはお前の薬も、それを作っているお前も最高だ。お前は最高の中でもさらに最高だ。それを否定なんかさせてたまるか。ウーが、自分自身をダメだと思って認められないんだったら、ただ俺のことを信じろ。世界中のいいものばかりが集まる通りすぎの国の最大の市場を取り仕切ってるヨイが言っている言葉を信じろ。お前みたいなどこの国にもろくに行ったことねぇ、ものもたくさん見たことのないヒヨッコなんかに、一級品の見分けなんかつくわけねぇだろ。わかりもしないのに、人の言葉の裏なんか考えるな。今はただ、その人が言った言葉をそのまま受け入れて信じろ。お前の客には言葉と気持ちがずれている人間なんかいない。全員俺の友達なんだからな。だから、今度来たときも不安にならないで、ここでは好き勝手やれ。何したって、どんな状態だってお前はもう家族なんだから。」
ヨイさんは全然その後も僕の頭をガシガシと撫でるのをやめてくれなかった。少し震えたヨイさんの声はいつもよりまっすぐに強く僕の耳に入る。
気持ちと言葉が重なり合った力強い音の言葉で、僕は目をつむった。
結局、今まで通りの金額をもらうことになったが、稼いだお金の20%をヨイさんが支援している子ども支援団体のために使う寄付にしてもらうことにした。
自分が稼いだ分だけ、誰かのためになるならいいだろ?というヨイさんの提案は、僕のことを理解している提案だった。
もう5年くらいこの国に来ているが、次に訪れるときはきっと安心してこの国に来れる気がする。
僕はヨイさんのことを信じたいと強く強く思った。