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春色と魔法使い  作者: malico lee
1/5

1・思いやりの国

僕の一族は生まれた順番で名前が決まってる。


誰が決めたのかは知らないが、代々続いている伝統らしい。

だから、僕の名前は、祖祖母の姉、祖母と母の姉と従姉妹と同じ名前だ。

僕であり、僕ではない名前。

僕は一体誰なのか、子供の頃からよくわからなかった。

わかっていたのは、僕がこの一族で『イラナイモノ』であること。



同じ名前の祖母から、家を出るように告げられた日から僕は1人で暮らし始めた。

心の底からほっとした。


本来は男の僕だとしても泣いてしまうような、喪失感や悲しみや寂しさを感じるべき場面だったんだと思うけれど、僕はただただ初めて心の底から安らいだ。



やっと、ひとりになれたんだ。



子どもの頃から家にはずっと何か得体の知れない化け物がいて、姿は見せないけれどそれは僕のことをずっと見ていて、僕を恐怖と緊張と不安に陥れた。1人で家にいると襲われるかも知れないから、いつも父が帰ってくる夜になるまでずっと森の中にいた。


男である僕は放っておかれていたから遊んでいることを咎められることはなかったし、森の中に入ることも許されていた。


学校から帰ったらすぐに森の中で本を読んだり、歌ったり、遊んだり、昼寝をしたりした。川の流れや葉の擦れる音や風が通り過ぎる音はとても優しくてほっとした。


ある程度魔法が使えるようになったときに森の中に小さな基地も作った。

いつも遊んでいる大きな木に頼んで空間をわけてもらう方法だ。何百年も経った木の中には強い力と張り巡らされた空間がいくつもある。その中にいれば何にも侵されることはない。

昔の人は敵から隠れたり、大切なものを守るために使っていたらしい。


今まで気に入って拾い集めたものに少しずつ魔法をかけていく。拙い魔法でも自分が作った家具に興奮したのを今でも覚えてる。


僕の家にはあのとき作った家具がいまでも置いてある。あの時の基地に似せて作ったこの家にあまりにも合うから。



* * * * * * *



朝起きて、まず家の全ての窓を開ける。

布団を外に干して、畑仕事。

終わったら庭にあるテーブルセットで朝食。最後にお茶をしたら、川に洗濯をしに行って、その帰りに森で必要な薬草や木のみを採ってくる。


すべてが終わったらテーブルセットにまた座ってやっと始められる。


自分で調べて作った魔法や魔法の展開をノートに書いていく。小さい頃からずっとやってる遊び。


子どもの頃、母が趣味で集めていた昔の古い魔法書や各地に伝承されている、特定の民族だけで伝わっている魔法集を読むのが好きだった。


その魔法や呪文を読んでいくとその人たちが考えていることが流れ込んでくる。

なんのために、どうやって作ったのか、どうなっていくのか。


魔法の一つ一つは人の想いや個性に溢れている。作った人ごとにクセもあって、名前がなくても誰が作ったものなのかや誰の影響を受けているのかもわかる。魔法を見たら、作った人やその魔法のルーツを読み解く。


そのうちに自分でもやりたくなって、読みながら必要なものを集めたり、言葉を読んでみたり、分解をしたりしていくと自分でも新しい呪文や魔法が作れることがわかってそこからは楽しくて、ずっと書き溜めている。

どうでもいいものから、生きていくのに必要なものまでもう何冊になるのかわからないくらいだ。



国を出て、この土地に住みはじめて3年くらいたってわかったのはこの森はずっと春のような気候で、食べるものや薬に必要な植物にも困らない。

常にポカポカとした昼間は優しい光が降り注ぎ、夕方近くになるとやわらかい陽が落ちていく。

何事もない一日を毎日ゆっくりと繰り返すことができていることに幸せを感じていた。



* * * * * * *



最近、昼過ぎに川で泳ぐようになった。


僕の中に何か変化が起きている。


今まで1人になれたことで感じていた安心感が揺れ始めていた。でも、その揺れがどこから発生しているのか僕にはわからなかったから水の中に隠れる。


水の音は僕を飲み込んでいく。

水の中で目を開ければ空と僕と水の間の境が曖昧になって、全てが水に溶けていって、1つになっていく感覚はとても心地よかった。



泳ぎ終わってそのまま岩の上で寝転がると今度は太陽の光に包まれて、そのまま吸い込まれるように寝てしまう。


あー、気持ちがいい。太陽のいい香りがする。


このまま水に溶けた不安もすべて蒸発していけば

いいのに


・・・・・・



『いーちゃん、ねぇみて!これもできるようになった。』

『すごいね。いつもがんばってるからだよ。』

『いーちゃんが誰よりも上手に教えるからだよ。上手くなってるからみんな何してるのって聞いてくるけど、ちゃんと秘密にしてる。えらい?』

『ありがとう。喜んでくれてるみたいで嬉しいよ。』

頭を撫でようと手を伸ばす。


・・・・・・


あ、またあの夢か。夢だったのか。


最近、昔の夢をよく見るようになった。楽しかった記憶の夢は目が覚めた瞬間に、何度も喪失感を僕に与える。

急降下した心がついていかなくてなかなか立ち上がれない。現実を受け止めるのに時間が必要なんだ。だから、暮れ始めた陽を遮るように手を目元に当てて目を閉じる。


腹が完全にへこむくらい息を吐く。一気に空気を吸い込んで、吸い込んだ空気を円を書くように吐き出していく。


感じた喜び、悲しみ、温かさ、寂しさをすべて吹き飛ばす。


感情をコントロールできる人間が1番強いって誰が言ってたっけ?

どこかの宗教のえらい人が言ってた。僕はまだまだコントロールできなくて弱いままなんだって思わされる。


考えろ。

思考しろ。

不安になったら整理して、分解して細かく砕いていく。

そうしたら、大概のことはなんでもない。



「大丈夫?どうしたの?なんでそんなに泣いているの?」


後ろから突然した声に驚いて振り向くと女の子がいた。


「あ、おどろかせてごめんなさい。泣いてる声が聞こえたから、大丈夫かなって。」

泣いてる?泣き声?僕じゃない。

だけど、確かめるように触れた目の下は濡れている。

家に帰るのが悲しくて、さみしいからって僕は泣いてたのか。

「あ、ああ。」

冷静になっていくとすごく恥ずかしくて、言葉が出なくなってただうなづいた。


「このタイミングで頼むのもおかしいのはよくわかっているのだけど、私たちこの先の国に向かってる最中なの。もう日も暮れ始めていて、もしよければあなたの家に泊めてもらえないかな?」


これは流れも何もめちゃくちゃなあまりにも突然の申し出だったが、この時は泣いていた恥ずかしさと落ちていく陽の速度と彼女たちの雰囲気が僕をうなづかせたんだと思う。



* * * * * * *



「これがあなたの家?すごい!なんて素敵なの!」

『モモ!こっちには庭と畑もあるよ』

「庭と畑まで!?明日の朝もう一度家の周りも見させてもらってもいい?」


僕はたぶん異世界の人を家に招いてるんだと思う。

2人は家に着いた瞬間からずっとこの調子で、家にあるすべてに感動をして、褒め、知らないものがあると詳しく聞いてくる。

旅で疲れているだろうからと、お風呂を沸かしたので入ってもらって、ようやく落ち着いた。


あの2人は一体何者なんだろうか。

今まであった旅人はどちらかと言うと警戒心が強い人が多かったが、まるで違う。


美しい、透明性、子どものよう、愛されてきた、疑うことを知らない、自己主張できる、何も知らない、受け入れられてきた、無垢、太陽のような。


彼らを形容しようとする言葉が思い浮かぶ度に、心のどこかがへこんでいくのを感じる。心の中に暗がりができていく。

彼らは明らかに住む世界が違うのだ。人を明るくする人たち。僕とは違う。



「ありがとー。とても気持ちよかった!お湯の中に入っていた薬草の香りもとても素敵で今もずっと素敵なまま。ドレも綺麗な金髪に戻ったしね。」

彼女がドレの頭をわしゃわしゃといたずらに触ると、ドレは首を振って抵抗する。

『やめて。モモも同じでしょ。ぺたんこ頭だったじゃない?』

いつも2人でこうやってじゃれてるんだろうな。2人がきてから家がずっと騒がしい。明るい。

「わたしとドレは生まれた時からずっと一緒なの。だからずっとこんな感じで・・・。騒がしかったのならごめんなさい。」

「いや、大丈夫だよ。なんか懐かしいなって思っただけだから。ところで、これから食事なんだけど、一緒に食べる?」

食事と聞いた瞬間に2人は目を大きく開けて、強く何度も首を縦にふる。

「ありがとう。なんて優しい人なの。わたしは今とても感動してる。泊まる場所だけじゃなく、食事まで一緒にさせてもらえるなんて!………ドレ?」

一瞬の間の後、モモはドレに視線を合わせる。しゅんとした顔でうなづきあって、2人が僕の方を見る。

「本当にごめんなさい。自己紹介もせずに家に入ってお風呂まで入らせてもらったなんて。失礼なことをしました。わたしはモモ、こっちはドレ。あなたの名前を教えてもらってもいいですか?」

僕はいったい何を見せられたんだろう。

食事と聞いて宙にでも浮きそうなくらい楽しそうにはしゃいでたのに、自己紹介をしてないことくらいでこんなに小さくなって。なんて感情が豊かでいそがしいんだろう。

「・・・そんなに笑わないで。いつもいつも気をつけようと思ってるんどはじめましてってそんなに何回もないから毎回忘れちゃうの。」

笑ってる?僕が?あ、本当だ。彼女たちがあまりにもおもしろいから。

「っっっく。よろしくモモとドレ。僕のことは好きに呼んで。君たちがあまりにおもしろくて。明るくて。楽しくていいと思う。」

本当に心からそう思った。

彼女たちと話すたびにできた暗がりにまっすぐな光が差し込んでいく。

住む世界が違うんだ。でも、その世界の光が柔らかくて優しいから憧れや妬みをもつことも意味がないのだと感じさせられる。


その後の食事中も、僕の作った見たことない料理に感動し、料理や食材、畑ではなにを育てているのかと聞いては深くうなづく。

誰かがこんなに笑っている食事なんて初めてで、僕もこんなに笑ってるなんて初めてで。とても不思議だった。でも、昔少しだけ感じた温かい心地がしている。


「そういえばその川の向こうにある国に向かっているんだけど、行ったことある?」


温かくなっていたものが一気に引いて冷たくなっていく。

”僕は違うんだと忘れてはいけないんだ”

あまりにもあからさまな態度をとってしまったことに焦ってなにかを話したいのに上手く言葉が出てこない。

「昔住んでた。」一言で精一杯だった。

生まれ育ったのにまともな記憶なんてない。ところどころ断片的で、無意識の中でうねりが見え隠れする。

”僕はみんなと違うんだ”

だからみんなと同じようになるためにがんばらないといけないのに、何もできない僕はイラナイモノなのだから、もっとがんばらないといけないのに。人と笑いながら食事なんてできる存在でもないのに。


「もういいよ、ベイビー。大丈夫。」

モモが僕の頭を撫でた。とても柔らかい手からモモの体温が伝わってくる。

「ありがとう。たくさんたくさん。今度は私からお返しをさせて。」

モモの手の平は特別なんだと思う。きっと異世界の人だから手から光を発して、僕の頭に流し込んでるんだろう。静かにまぶたが閉じていく。足元にはドレがいて同じように光を放ってるきっとモモと同じ温度だ。



今の僕はまるで幼い子どものようで、僕のベッドサイドにはモモとドレが座っている。モモのお返しは寝室で行うものなのだと彼女たちに言われるままに連れてきたが、すごく気恥ずかしい。


「さて何の話がいいかな。なにかリクエストはある?」

「特にないかな。んー・・・。モモはずっと旅をしているの?」

「うん。マザーたちに旅してくるように言われて。もう3年くらいかな、2人で旅してる。でもときどきは国に戻ったりもしてるよ。」

「そうしたら、モモの旅の話が聞きたいな。僕は他の国を知らないから。」

モモはうなづいた後に、うーんとうなりながら目を閉じて口元を動かす。

「うーん、どの話にしようかな。・・・。よし!そうしたらこの話にしよう。」


モモは目を閉じて、鼻から静かに息を吸い込んで口から細い糸を部屋中に漂わせるように息を吐いていく。

ゆっくり目が開く。あ、はじまる。


私たちがはじめに行ったその国は、思いやりの国って呼ばれてる国。


人への思いやりが強くって、お互いを大切に想いあっているから、言葉にしなくても相手が望んでいることがわかるし、他の国みたいに命令なんかなくても、みんなが同じように感じて、同じ意思を持って動ける国なんだって言われて同じかも知れないと思った。


入った瞬間に驚いたのは、すごく街がきれいだったこと。綺麗というよりも整理されてるっていう感じで。

建物も家もまるっきり同じものが並んでて、道にゴミ一つ落ちてない。道にはなにも印なんてないのに、まるでラインがあるみたいに、みんな1列にまっすぐ歩いてる。

みんな同じ黒い服を着て、みんな同じ食事をとって暮らしている。その規則正しさにも驚いたのだけど、1番は、

なにも言わなくても、お互いが感じたことを察して話したり、先に行動したりすること。

相手の心が読めるのかと思った。


何人かになぜそんなことができるのかと聞いてもみんな決まってこう答える


『ふつう』『当たり前』ですからって。


同じ状況になった時に、この国の人は同じことをするし、答えてくるから、私達からするとすごく不思議で仕方なかった。


でも、何日かたってどうしても気になったから、部屋の掃除に来てくれた人に詳しく質問をしたの。はじめは嫌がっていたけど、ま、旅人さんには親切にするのが当たり前ですからって少しだけ話してくれた。

「なぜみんな本当に思っていることと違うことを話すの?」


「自分の意思を優先させることや伝えることは恥ずかしいことだし、相手を傷つけることだからするべきではないでしょ。」


「なぜみんな同じなの?」


「"違うことは人と人に差をつけること。人と差をつけることは優劣がつくこと。優劣がつくことは比較すること。比較することは傷つけること"

 っていうのがこの国の教えなの。違うことを主張するということは人に迷惑をかけること、人を傷つけることになるからこの国では法律には定められてないけれど重罪になるのよ。」


「法律に定められてないのに重罪?」


「公に罰せられるの。法律で裁かれるよりもはるかに重くてそれはとても怖いことよ。みんなと離れて、民間の教育施設に入れられて、もう2度とこの国に戻れないって言われている。私はみたことがないからよく知らないけどね。」


「大切な決断はどうやって決めるの?国とかみんなも何か決めることがあるよね?」


「そう言う時は匿名で多数決を行うか、今までのデータからどちらにするのか決められるシステムがあるから、自分で決めることはほとんどないの。とても幸運なことよね。他の国の人は自分で責任を持って孤独に苦しまなくてはならないらしいけど、私たちはみんなでそれを一緒に考えられるんだもの。私たちは家族だから悩みも喜びも一緒なの。ごめんなさい、そろそろいいかしら?次の部屋にとりかからないと。」


話を聞いた後、その国の人の話や行動の見え方が変わっていった。


誰にも意思がない。

自分がどうしたいかではなく、周りはどうしたいのかを考えている人しかいなくて、大切な判断もすべて”みんな”が行う。これだけの多くの人がいるのに、誰一人として自分の意思じゃなく、”みんな”を生きていると思ったら突然心細くなった。

わたしとドレだけが”みんな”ではないから。世界から見放されたような気持ちになっていくの。みんなと同じではない自分が悪いもののようにすら、感じてくる。


数日後、私たちは次の国に向かうためにようやくこの国をでた。

国を出てすぐ、思いやりの国の服を着て大きなリュックを持った人がいたから、声をかけたら、行き先が同じだったから一緒に向かうことになったの。わたしは聞きたいことがいっぱいあってうずうずしてた。国を出た開放感もあったと思うけど。


「ねぇ、あなたは旅行に行くの?」


あの国の人が1人で行動していることも旅行に行くことも考えられないことだったから。


「いえ、旅行じゃありません。わたしはあの国にはもう戻れないんですよ。」


"みんなが一緒"が教えの国の人が言うような言葉ではないし、戻れないって悲しいことなのに彼があまりにも晴れ晴れとした笑顔でいうから驚いたの。

「え?どうして?」


「簡単な話です。あの国にいるためには"同じ"じゃないといけないんです。”みんな”とね。それが国を守るための教え。でも、わたしみたいにときどき"同じじゃない"人間がでてくる。それに気がついたら、みんなわたしがいないかのように振舞って、存在がなくなるんです。そうしたらすぐに施設に収容されて、もう一度教えを教育されるんです。でも、その施設の人がコソコソと話しているのを聞いたら、大概の人は元の場所に戻ることがないみたいで。」


「戻ることがない?」


「だって自分で自分のことを決めたり、考える楽しみを知った今、あんな生きてるか死んでるか分からない状態になんて戻れないでしょ?

自分の意見を主張することが人を傷つけるんじゃなく、お互いの意思を尊重し合わないことが1番自分のことも相手のことも傷つけているんだよ。」


「自分の意思で決めたり考えたりすることが楽しいと感じていて、お互いの意思を尊重し合わないことが自分も相手も傷つけてる。」


「そう。そもそも相手の意思を想いやってとか察してと言っているが、自分の意思がない人の何を汲みとってるんだと思わないか?自分で決めないことで責任も取らないでいいし、ただ楽してるだけでさ。すべては大きな何かの意思なのですってねぇ。それって結局自分自身を信じられてなくて、他人のことばかり気にかけて、自分自身を無視して、置いてけぼりにして自分自身を傷つけてるんだ。

それに気が付いているのが、この世で俺しかいないとわかった時、信じていた当たり前やあたたかい”みんな”が一気に得体の知れないものに変わって、でも誰にも言えなくて、不安と孤独で何日も眠れなくなったりして。

けど、ある朝ふといつものラインを抜けて、街が見下ろせる丘に登ってみたんだ。そこには大きくて綺麗な朝日が上がってきていてね。あー、この国でこの朝日を知っているのは、今あの街の中にいないことを選ぶことができた俺だけなんだと思ったら、なんか1人でもやっていけるな、”みんな”と違う自分はいけないって思ったけど、それでいいんだって思ったんだ。」


「自分の意思がない中で何を汲みとっているのか、自分で自分を信じられていない、自分を傷つけていると気がついたらとても不安になった。だけど、ラインから抜けて朝日をみて、1人でもやっていけるし、みんなと違う自分、それでいいんだって誇らしく思った。」


彼は大きくうなづいた後に、体いっぱい大きな声を出して笑った。


「そうそう!そうなんだよ。自分らしくいる自分自身を誇らしく感じた。俺はみんなと違うって気がついた。みんなそれぞれ特別な存在なんだって、違くていいんだって。誇らしかったんだ、あの時。あー、なんかやっと自分が思ったことを話せたよ。ありがとうな。これからは自由に生きてくんだ。」


彼女たちが知っていて、僕が知らない国の知らない人たちの考え方の話。

彼女たちはその国をどう感じたんだろう。どういう風に見えたんだろう。


モモが話をするのに夢中になった。

それは旅で行った国の話に?それともモモの声を追いかけるのに?






太陽の気配が強くなって目を開けると、ドレの綺麗な金髪が目に入った。

『おはよう。昨日のスープがあたたまったよ。』

開いたドアからはスープの香りがする。深く香りを吸い込んで身体を起こす。

そうだ、今朝のこの家には、人がいるんだ。


「おはよう。昨日のごはんの残りを温めてしまったのだけどよかったかな?」

「おはよう。うん、ありがとう。食べようか。」

「ね、朝ごはんを食べ終わったら庭と畑をみてもいい?」

朝ごはんを食べているモモたちを見ると、また2人で戯れ合いながら楽しそうにしている。


昨日の夜のモモを思い出す。

呼吸をして、目をひらいた瞬間に、纏う空気が変わってまるで別人のようだった。

声が頭の中に直接流れこんできて、情景が目の前にあるように浮かんでくる。

自分がその場にいるような気がした。

昨日僕は夢を見ていない。

でも、ゆうべのあの時間自体が夢だったんじゃないか。


「ベイビー、昨日はゆっくり眠れた?」

「あ、うん。たぶん。」

そう、たぶん、眠れたんだと思う。久々に寝る前のあの不安と起きた後に襲われる喪失感がなかった。だから、眠れたんだと思う。

「それならよかった。」

モモは穏やかに目を細めて、幸せそうな顔をして微笑んだ。

「よし!庭に行こー!」

一瞬その顔が昨日の夜のモモに見えたけれど、2人が外に駆け出していく姿にかき消された。


庭に出てからはモモたちは植物や畑で育てている野菜や薬草について聞きたがった。


一つずつどんな植物なのか、どんなことに役に立つのかを伝えると、モモはそれに向かって同じことを伝えていく。

「あなたには傷を癒す力があるの。あなたが強く根を張ってくれてるおかげでみんなが助けられてるんだよ。」

独特な記憶の方法だが、モモのすることだからもう不思議さはない。


「僕はこれからやりたいことがあるけど、まだ知りたいようなら薬草の本を読むといい。本棚に入ってるから。」

「ありがとう。でも、あなたの詳しい説明を聞きながらの方がいいからまた今度にする。」


僕は洗濯物といつものノートを持って川に向かった。


"また、今度"なんてない。


はっきりと断ればいいのになぜ人はみんなそれをはぐらかしていくのか。


その一瞬の自分の言いにくさや相手に察して欲しいと思う甘えから、相手が期待して落胆して傷つくことをみんな知っているのに、それも含めて相手が察してくれると思い込んでいるのだ。

結局、みんな自分が可愛いし、自分を守るためにはいくらでもいいように解釈し直すんだから、深く考えてはいけない。


だから、今回も期待などしてはいけない。

一瞬の接点だからこそ、心が解けるのを許せただけだ。

名前だって生い立ちだって一日や瞬間ならいくらでもどうにでもなる。


考えよう。

分解して、整理しよう。



パターン1:戻った時には彼女たちはいない

そもそも日が暮れるからと、この家に泊まったのだ。今日は天気もいいし、もう今まさに旅立ってるかもしれない。

こちらの宿のお返しに、話をしてくれたのも昨日のうちに全てを精算しようとしていたのかもしれない。

そうしたら、「また今度」は社交辞令。



パターン2:もう何日か滞在する

色々と知りたいことも多そうだったから、もう数日かはいてその間に僕に聞けるだけのことは聞いていこうとするかもしれない。

母親に言われてあちこち旅をしながら、いろんなことを学んでいるようだし、自分の知らないことがあるこの場所にも、ある程度理解できるまではいるかもしれない。そうしたら後で僕の持っている本のタイトルを写したりとか、それに次の国で僕が持っている本はほぼ揃うだろうし、僕に聞くことなんてない。



そう考えるとまた今度なんてあるんだろうか。

どちらのパターンにしてもないな。


本があれば全て済む。

そして、次の国のテクノロジーを使えば、一瞬にして多くの頭脳や情報にアクセスができるから質問すればすぐに答えがわかる。

彼女たちが求めている知識も簡単に手に入るから、もしもまだいるのから伝えてあげよう。


だから、ここにいる意味などない。

僕といる意味などない。

なんの価値もない時間だ。


言わなくても伝わっているかもしれないけれど。


洗濯も終わって、太陽の向きも変わったからそろそろ家に帰らなくてはならない。


もしかしたらまだ彼女たちがいるかもしれない

でもいないかもしれない


考えるといつもよりも遅い速度でしか足が進まない。



この地域は一年通して春の気候だが、朝と晩は存在する。

ずっと朝で、夜が来なければきっとこんな気持ちに毎日なったりはしない。


夜が近づくと良くないことばかり考えて、暗いところに引きづり込まれていく。

それもまた大切だと、誰かが説いていたが、自ら入る暗闇と引きづり込まれる暗闇は違う。

ベタつくように体にまとわりついて息ができなくなる。かいてもかいても上がれないのではない。かくことすら許されないのだ。


コントロールができない世界が僕はとてつもなく怖いのだ。



だから、彼女たちがいるかどうかという不確定ことも怖いのだ。


だから、大丈夫。

今、僕は不確定を恐れていることを認識できているのだから大丈夫。

早く朝が来るように早く眠ればいい。

だから、早く帰ろう。



「あー、やっと見つけた。ベイビー!少しこっちにきてもらえる?知らない花があるから聞きたくて。」

モモは当たり前のように僕の前に現れて、花を見せるためだけに僕を呼ぶ。


「なんか庭にあるやつに似てるんだけど、少し違うの。なんか声をかけてみたんだけど、違うみたいでね。あ、なんで笑ってるの?庭のと同じやつだった?」


たぶん、今僕は笑っている。


「いや、これは庭のとはまた違うやつだよ。根に少し毒があるんだ。薬草として使えるけど、食べれない。」


「どんな効果がある薬になるの?」


「おなかが痛いときに飲むと余分なものを出してくれて調子がよくなるんだよ。でも、そのまま食べるのは強すぎて危ないから薬にしないと口にしてはいけないんだ。」


うなづいてからまた、同じように花に向かって話しかけるように暗記していくモモ。僕は思わず目尻が下がって口角が上がっているのがわかる。


さっきまで何パターンも考えて、心の準備をして、諦めるように自分が納得できるようにたくさん分解していたのに、なんだこれ。


モモたちが現れて声をかけてきただけでこんなに顔が緩んでるなんて。


なんだこれ。こんなに嬉しい気持ちになって、うわついてる自分自身が嫌になる。

まだ、彼女たちが一緒にいてくれることにこんなに安心してしまうなんて。


「私たち当分の間、あなたと一緒に住んでもいい?ベイビーが泣かなくなるまで。」


モモは僕の頭をまた撫でた。

相変わらず彼女の手からは光が出てる。すごくあったかいからそれが目を通ってこぼれてく。





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