資料請求
「怜那ぁぁぁぁぁ!」
夕刻。帰宅した私に、お母さんの怒号が鳴り響いた。
今日は在宅の日なので、ずっと家にいたみたい。
「どうしたのお母さん! そんな戦国時代の武将みたいな形相をして!」
「どっちかってっと、伊賀越えの徳川家康の気分よ! あんた、あちこちの不動産に資料請求したでしょ!?」
「おー。昨日した! なんかね、家はポチるんじゃなくて、実際に見に行ったりして決めるんだって! 危なかったよ。だから気になってるところ、片っ端から資料請求してみたの! しかも、タダだし!」
「あんた家ポチろうとしてたのっ!?」
「えへへ」
「我が子ながら心配だわ……じゃなくて、私の連絡先で資料請求した?」
「うん。未成年だから、まずいかなって」
「やっぱり! おかげさまで昼間っから電話が鳴りやまないんだわこれが!!」
スマホを目の前に突きつけられる。画面には、見知らぬ数字の羅列がずらっと。
「『資料請求ありがとうございます。〇〇ハウジングです』って何百回聞かされたことか! 知るか! 誰や! 着拒してやったわ!」
「え~。でも、資料請求しただけなのに?」
「あれのこと?」
お母さんが顎で指した床に、いくつもの郵便物が雑に重なっている。
まるでお母さんの怒りにあてられて項垂れる今の私のようで。
「ピンポンピンポンピンポンピンポン……何回来んねん郵便! 仕事になるか! しかも同じ奴2回来たし! 1回ではこべや!」
「どうどう! お、お母さん、落ち着いて」
お母さんは自分を落ち着かせるように小さく息を吐いた。
「あのね、怜那。家探しをしてくれてるのは助かってるし、任せたのは私たちだから文句はない。けど、私の番号とか使うときは、事前に相談して」
「……ごめんなさい。電話が来るって思ってなくて」
「あっちは営業なんだから、餌に食いついた魚を釣ろうとするのは当たり前なの。大人しく資料だけ送って『ごゆっくり考えてね~電話待ってるね~』なんて気の抜けた愚か者がいるわけないでしょ」
「さすがバリバリの営業マン。相手のことがよくわかってる」
「とりあえず、返答は保留にしてあるから。あの山のような資料をきちんと仕分けして、本当に検討したい物件を絞りなさい。時間も体力も有限なんだから。もし見に行きたいところがあったら、こっちから連絡すればいいわ」
お母さんはそう言って、ようやく玄関からリビングの方へと戻っていく。
悪いことをした後というのは気まずい。いつもは気にならないお母さんの背中が、とても暗く、怖く感じてしまう。
今日は余計な事は言わないでおこう。まずは、この山のような資料を片付けねば。
「怜那。それは後でいいから。とりあえずご飯食べよっか。お父さん、今帰ってくるから」
お母さんがリビングから顔をのぞかせて笑った。
「ただいまー」
お母さんの予言通り、玄関の扉が開かれて、お父さんの声が鳴り響いた。
さすがお母さん。とっても厳しいけど、とっても優しいんです。