とある異世界の最終戦闘
最終階層の底の底。辺り一面が紫や水色の水晶に囲まれたこのエリアは通称、玉間と呼ばれる。
そこまで生きて辿り着くことが出来る者はほんの僅か。今日もまた一人、剣とも杖ともつかぬ武器を携え、同じような獣人族の従者を従えながら新たなる勇者がそこに現われるのだ。
「……我が名はツヴァイテ。よくぞここまで来られた。それだけでも褒めてやろう」
やや棒読み気味に言うやいなや、吾輩は左手を出すと"自称"勇者に強烈な一撃をお見舞いする。先手必勝。会話などは無駄でしか無い。
……ここ最近、本当に増えた。いつからだったか本当に記憶に無いが、異世界ナンバー081の国からだけやたらと召喚されては数年時を経てどいつもこいつも吾輩に歯向かってくる。基礎スペックが低い割に特殊スキル持ちなのが特徴。その全ては吾輩の足下にも及ばぬが、一丁前に大魔法なんぞを連続で飛ばしてくる。
全く笑える話だ。人の身で第弐界魔王である吾輩にいくら攻撃をぶつけたとて、効くわけが無かろうに……。
「うおおおおおおおおおお!!」
先ほどの一撃を何とか堪え忍んだのか――それだけでも充分奇跡といっても差し支えないが――改めて武器を構えると勢いよく突っ込んでくる。脇で獣耳を生やした生き物も何かしらを叫ぶ。その様子はもはや哀れとしか言い様がない。
「……何故だ? 何故に毎度吾輩の聖域を侵さんと欲す? 吾輩が貴様の里に行ったことがあったか?」
三重防御膜を必死に破ろうと血眼にしながら攻撃を続ける彼に、吾輩はうんざりした感情を隠しきれずに尋ねる。部下が人里で好き勝手に暴れたことがあったかもしれないが、吾輩自身は見たことも聞いたことも無い。
よくよく考えてみて欲しい。
人里で魔界の者や魔王軍が制圧し、その復讐がてらに仲間と結託して魔王側に攻め込むパターンというのは王道だが、今貴様らがやっていることはその魔王軍やらがやっていることと同じでは無かろうか。
「覚えは無いが部下が迷惑を掛けたのならば吾輩が謝ろう。無駄な戦闘は必要ないだろう」
そも、人から欲しい物など何も無い。人間も魔物も関係なく、好き勝手に生活すればよろしい。我が第弐界については諍いや争いの類いについて明確な掟があるが、残念ながら人間側にはそれが無いらしい。重要な決め事に感情を持ち込んでは駄目だ。
「……違う!!」
吾輩の防御膜を打ち破ろうとするのにどれだけの魔力を使い込んだのか、既に満身創痍になりながらも勇者は言葉を紡ぐ。
「俺は第弐界魔王を倒しに来たんじゃ無い! 君に会いに来たんだ! ツヴァイテ!!」
「何?」
こいつは一体何を言っているのだろうか?
「君が観念したら、俺と付き合って欲しい!!」
「馬鹿を言うな! 吾輩は魔王だぞ!?」
「魔王だったら付き合っちゃいけない決まりなんか、無いだろ!」
「貴様! 人間軍の代表として吾輩を倒しに来たんじゃ無かったのか!」
「そんなの建前だ! 君に想いを伝えることがメインの、ただのサブクエストでしかない」
阿呆がいる。これを阿呆と言わず何というのだろうか。吾輩は素早く後方に離れ、遠距離で攻撃を飛ばす。
「お前な! そもそも吾輩と貴様は初対面だろうが! 吾輩に惚れる要素など」
「いや、もう何回も会ってる!」
それをいとも容易く避けきると、勇者は言葉を返してくる。
確かに吾輩は、ここまで辿り着いた有象無象の勇者どもを亡き者にしてきた。
無論、死んだ者は転生し、次の生を全うすることになる。当然、容姿や性格なども変わることが前提ではある。が、0では無い。幾度も転生を繰り返しながらも、前の人生の想いを紡ぐ者が出てくる可能性も。
「は? ……何故吾輩を覚えているのだ!」
普段ならあり得ないほどの会話量だ。速やかに別の生を送らせてやるのがせめてもの弔いだと信じていた吾輩にとっては異例中の異例。
「君に初めて会ったとき、一瞬で殺されて次の転生に飛ばされた。でも……一目惚れだったんだ、あの時」
「……」
「俺は、俺の心が届くまでは絶対諦めない! 絶対に逃げない!」
「馬鹿が!!」
吾輩は再度先手攻撃と同じ、特定範囲全てを爆散させるドームを放つ。それをすんでの所で躱し、諦めずにまたしても突っ込んでくる。
……確かに、無駄に諦めが悪く、いよいよとなったその瞬間も命乞いをしなかった希有な存在はどことなく覚えている気がする。
だがしかし、その原動力が恋心だと?ふざけるにも程がある。
こいつは幾度も吾輩に殺され、次の生に逝った過去がある。だが、これまでにこのような独白などは聞いたことが無かった。
「貴様は、何故今それを吾輩に言う!? それに何の意味がある!」
「……次は、無いんだとさ……」
先ほどの勢いが急に消えたようにフッと寂しげに笑うと、勇者は攻撃を緩める。それに当てられたかのように、吾輩もまた一度矛を収めた。
「毎度この世界に来れる訳じゃ無かった。他の異世界でも、自死じゃまともに次の転生は無い。だからそこでも頑張ったよ」
「……」
「でも、転生だって無限に出来るわけじゃ無かったみたいだ。そろそろその魂を休めろ、って。天使様とやらに言われたよ。俺にとっちゃ悪魔みたいな宣言だったけどな」
「私も、そんな勇者様に惹かれてずっとお供してきました!」
急に横やりが入ったかと思うと、それは勇者に連れられた獣人族だった。
「……貴様も転生を繰り返して……?」
「そうです! 私は勇者様をお慕いしております!!」
「勇者よ! そこに貴様を慕っている獣人族がいるぞ! 大抵こういうのって最終そういうところに落ち着くもんじゃ無いのか!」
「悪いが俺は一人しか愛せないんでね」
「獣人族よ! 何故こやつに付いていくのだ」
「私も、一目惚れだからです!」
呆れた連中だ。馬鹿しかいないのか。
「……吾輩としては、貴様を今度こそ亡き者にしてやろうかと思うのだが? これでもう苦しむこともあるまい」
改めて一息つき、再度勇者を睨み付ける。
「いや、俺の想いはさっき告げたはずだ。……・観念したら、俺と付き合ってくれ! ツヴァイテ!!」
「するわけが……無かろうが!!」
吾輩は光学の閃光を放つ。当たれば即蒸発するそのビームを何連発も撃ち込む。魔力が尽き果てることは無く、撃ったその場から回復していく。所詮、人間風情には勝てぬようにできているのだ。
「ツヴァイテ……だから俺は、君が好きだ」
勇者は口の端を上げると、あの全てを避けきったところから武器を構えた。
――――――――
壮絶な闘いだった。いや、人間にしては善戦も良いところ。だが、気力だけでは何とかすることが出来ず、遂にその場に倒れる。
「良い……闘いだったよ」
「それ以上話すな」
再度睨み合いになってから、吾輩は一切の感情を消し只こいつを殺すことだけに専念した。それなのにも関わらず、あまりにも時間がかかりすぎであった。とうとう終わりが見えたところで再び口を開く。
「でも……やっぱり駄目だったか。……俺、次に転生できるなら魔王が、いいな……」
「馬鹿を言うな……。つまらぬ生だぞ。寿命も無く、老いることも無いが、ただただ専守防衛に努めるだけの門番に過ぎぬ」
「だったらさ……やっぱり俺と……付き合った方が楽しいんじゃね?」
もうほぼ息絶えかかっているというのに、最後までそんなことを言う勇者に、吾輩は思わず応える。
「貴様の心は充分過ぎるほどに届いた。観念しよう。貴様が次に転生に成功できたなら、その時は付き合ってやる」
「はは……や……った……」
戦闘に敗れ無残に死んでいく者とは思えないほどの安らかな微笑みを浮かべたまま眼を瞑った勇者は、そのまま動かなくなった。
「……人間とは、分からん」
戦闘が始まる前に座っていた椅子に腰掛けると、吾輩は独り言を漏らす。
「あそこまで執着出来るのは人間の心とは本当に厄介な物よ」
「だが……」
「人間では無い吾輩の心まで僅かばかりながら動かしたことは、認めよう」
この感情は一体何だ? 恥ずかしさか? 大義を手放して私利私欲のためにやってきたことへの無礼に怒りを覚えたのか? それともあまりのストレートな感情表現に……胸が躍ったのか?
バカバカしい。あり得ん。しかしそれを意識すればするほど、魂を休息させた奴を少しばかり惜しく思う自身がいることに我ながら少々呆れるのだ。
奴と付き合っていれば、どんな日々だっただろうか。このつまらぬ日常が少しは面白くなったのだろうか。第弐界魔王という役職を全て放り投げる覚悟までが出来れば、それもまた一興だったやもしれぬ。
「全ては、終わったことだ……。またいつもの番人に戻ることとしよう」
そうして吾輩は、戦闘の後片付けを始めた。
――――――――
「次期第参拾弐界魔王として、ドリッテ。貴様を任命する」
「有り難く、拝命いたします」
久しぶりに第壱界魔王様、この世の全ての世界を統べる最上位が開催する会議は当然、全魔王が集められる。何かしらの原因で魔王が交代することも当然あり、本日はその為に招集された。第参拾弐界魔王がその世界の勇者に敗れたらしい。
「それでは解散とする。貴様ら、励めよ」
「「はっ!」」
終わってしまえばあっけない。またすぐに日常に戻るのだ。吾輩も自界に戻るべく準備をしているその時だった。さっき任命された新人が声を掛けてくる。
「ツヴァイテ! やっと来られたよ!」
「貴様序列というものを知らんのか! 吾輩が貴様よりどれだけ上の階級であると……」
「約束、果たしてもらいに来たぞ!」
「き、貴様は……!」
「今日からよろしくな! 恋人として」
「全く……ククッ……本当に馬鹿な奴だ」
そう言いながら吾輩は吹き出してしまった。笑ったことなんか何年ぶりだったか分からないが、不快ではない笑いなど本当に久しぶりだった。
これが、とある異世界の最終戦闘。その全貌のあらましである。
完