第1章 第8話「ミフィとアナザー 前編」
8話です。
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(^人^)
第1章 Beginning
第8話 「ミフィとアナザー 前編」
いきなりこの世界に呼ばれて、正直驚いた。
摩訶不思議な話だからではない。
世の中には説明のつかない不思議など、いくらでもころがっている。
要するに肝心なのは、それに遭遇する確率の問題である。
たとえ0.0000000001%であっても、可能性がある以上、否定をするのはおかしな話だ。
それよりも私には、早く帰ってやらなければならない事がある。
全てが終われば、元いた時間と場所に戻れるそうだから、焦る必要はないとは思うが。
まだよくわからないが、この世界の文明は、あまり発達していないようだ。
建物や生活道具、辺りの風景を見た感じでは、中世ヨーロッパのような雰囲気だが、中世ヨーロッパには、もちろん魔法はない。
魔物の方は、民間伝承の中に多々いたようだが。
ここは俗にいう、ファンタジー世界と言うものなのだろうが、残念な事に私は、そう言った世界観には疎い。
知っているのは、勇者と魔王とドラゴンくらいだろうか?
他のモンスターも、名前くらいなら知っているが、この世界のものと一致するかはわからない。
人並みにゲームくらいは、やっておいたほうがよかったかも知れない。
ともあれ、今まで見た事もない世界である。
これからの事を考えると、わくわくする部分は大きい。
それにしても、ガボール・ウィンストンという青年は実に興味深い。
こんな異常な状態を、受け入れてくれた事は感謝するが、豪胆なのか、判断力がないのかが、よくわからない。
気の良い青年ではあるようだ。
私より若いようだが、すでに家庭を持っている所を見ると、妻帯者としては、私のほうが後輩になるが。
ユーミさんという奥さんも、かわいらしくて素敵な方だ。
かなりのナイスボディだし、長い赤毛も美しい。
今回の騒動では、ガボくん本人よりも怒っていたが、妻としても母としても、当然の話だろう。
出来るだけ、仲良く付き合っていければと思う。
ユンちゃんという赤ちゃんもかわいい。
母親譲りの赤毛で、丸々とした健康体で元気もいい。
両親の愛情をたくさん受け、健やかに育っている証拠だ。
見た感じ1歳くらいのようだが、あともう少しで歩けるようになるだろう。
どこの世界でも、赤ちゃんはかわいいものだ。
かわいいと言えばミフィもかわいい。
彼女は気高く気品もあり、そしてやさしいようだ。
アンドロイドとは、とても思えない。
お父様と呼ばれると、少しむずがゆさを感じるが、本物のルーン族とは、あれほどかわいいのだろうか?
是非とも見てみたい。
兄や仲間達がミフィを見れば、気が狂ったように歓喜するだろう。
見境が無くなった彼らは、全員でミフィをバラバラにしてしまうかもしれない…。
兄達がいなくてよかった…。
とりあえず私は、ウィンストン夫妻がベッドルームに入る前に、ミフィと会話をしなければならない。
そうしないと私は、ガボくんと一緒に、この世界での居場所がなくなってしまうだろう。
私はユーミさんの体を見て、そう確信した。
ユーミさんの体は、程良い脂肪に包まれてはいるが、脂肪の下には、鍛えあげられた筋肉の鎧を身に纏っているのが、見てとれた。
多分、筋肉の量と付き方は、ガボくんよりもいいはずだ。
程良い脂肪を残しながらも、筋肉も付いている。
世の女性からすれば、ユーミさんの鍛え方はまさに理想的だろうが、あれほどまでに鍛え上げられた体で殴られたとすれば、本来の私の体だと、とんでもないダメージを負う事になるだろう。
ガボくんの肉体が、強靱である事を祈るしかない。
夕食が始まり、メニューを見てみたが、ジャガイモのような芋と豆が入ったスープと、黒パンのような固そうなパン。
それに塩を振って焼いただけの、鳥肉が並んでいた。
食生活はあまり豊かではないようだが、これが一般的なメニューなのだろう。
体を持たないからだろうか、見ていてお腹が空いたりはしない。
何しろ目には映ってはいるが、体の感覚が一切ないのだから、それも当然であろう。
ミフィはミフィで、何をしているんだろうとでもいう顔で、2人の食事を眺めている。
彼女に食事は必要ないからだろうが、食べる楽しみがないというのもさみしい話だ。
夕食を終え、ガボ夫妻が夫妻で話を始めたので
『それではミフィと話をします。何かあれば呼んでください。』
とだけ言って、私はミフィと話をし始めた。
『ミフィ。聞こえますか。』
『はい。お父様。』
『少し話をしましょう。体の調子はどうですか?おかしな所はありませんか?』
『特に違和感はありませんわ。』
『それはよかった。何かあれば言ってください。すぐに対処します。』
『ありがとうございます。』
『この世界に見覚えはありますか?』
『ございませんわ。そもそも形を得た事自体が、初めてですわ。』
『形を得た?』
『私達はあの方と同じで、本来は形というものがございませんもの。』
『なるほど…。だからアンドロイドなのですね。』
『アンドロイドと言うものが、よくわかりませんが、これは私達の仮の体というものですわ。なかなか、かわいらしい姿ですわね。』
『なるほど。その体は依り代という事ですか。そういえば、なぜ私は、このような形で呼ばれたのでしょう?』
『体ごとこの世界にお呼びしても、お父様の体の方が保たないでしょうね。』
『なるほど。よく似た世界ではありますが、私の育った環境とは違うという事ですね。』
『多分、そういう事だと思いますわ。』
『ウィルスや、それに対する抗体を持たないからでしょう。であれば、この世界に生まれ変わるという事も、出来たはずではないでしょうか?』
『生まれ変わるにしても、生まれ変われる体がありませんもの。生まれてくる体に宿る魂は、すでに決まっておりますしね。それに生まれ変わったとしても、お父様が大きくなるまでには時間もかかりますでしょう?万が一、成人する前に亡くなられてしまえば、元も子もありませんもの。』
『確かにそうですね。さすがに死ぬのはまっぴら御免です。』
もう一度赤ちゃんからやり直すというのは、かなり貴重な経験になるだろうが、生活環境のかなり厳しい状態では、勘弁していただきたいのは確かだ。
『それに、この世界には、私達の体を作れる方はおられませんでしょう?』
『確かに。この文明のレベルだと、普通は無理でしょうね。ですが、貴方達も私と同じ方法で、この世界に来る事も出来たのではありませんか?』
『それは無理ですわ。』
『無理なのですか?』
『私達を受け入れられる方は、この世界におられませんもの。』
『それはなぜですか?』
『私達が持っている情報量が多過ぎて、普通の方の頭では、収まりきれませんもの。』
『存在自体が、我々とは違うという事ですね?』
『そうご理解頂ければ、よろしいかと。』
『逆に言えば、私が貴方達のような体を持とうにも、組み立てられる者がいない以上、無理だという事ですね。』
『残念ながら、あの方はこの世界に関して、物質的な干渉に制限があるんですの。この体が、バラバラの状態で置かれていたのは、そのためですのよ?』
『なるほど…。』
単品なら用意出来るが、あまり複雑な物は、用意出来ないという事だろうか?
銃をバラバラにして、他の部品に混ぜて密輸するようなものかもしれない。
ずいぶんとダークな話だ。
『貴方達は、あの方と同じ存在なのですか?』
『違いますわ。』
『違うのですか?』
『わかりやすく言えば、私達は赤ちゃんのようなものですわ。あの方が産んだというわけでは、ありませんが。』
『何やら難しそうな話ですね。』
『正直なお話、説明をするのはかなり難しいですわ。一つだけ言えるのは、私達はお父様達のおっしゃる所の『生まれたばかり』だという事でしょうか?』
『なるほど。それで私が貴方達を組み立てて、この世界の事を教える為に、呼ばれたという事なのですね?』
見知らぬ世界の事を、どうやって教えるのだろうという疑問が残るが、そこにも何らかの思惑があるのだろう。
何を言ったところで、私の理解を遥かに越えた存在の考える事だ。
理解が出来るはずもないし、抗ったところで現状が良くなるわけではないだろう。
ここは素直に受け入れて、旅行にでも来た気に、なればいいのだろう。
『概ね、それでよろしいかと思いますわ。』
『わかりました。とりあえず先に言っておきますが、私もこの世界は初めてです。わからないところが、たくさんあると思います。上手く出来ない場合もあるので、ご理解ください。』
『かしこまりましたわ。それも勉強という事で。』
『そういえば、ミフィに得意な事はありますか?』
『私は魔法というものが使えますわ。』
『それはすごいですね。私にも使えるのでしょうか?』
『それはわかりませんが、試してみられたらどうでしょうか?』
『明日にでも、ガボくんに話をして、試してみましょう。』
『それがいいと思いますわ。』
魔法か…。
果たしてどんなものなのだろう。
使えるとするならば、使ってみたいものではあるが…。