第1章 第10話 「消し炭とミフィ」
10話です。
いつも読んでくれてありがとうございます。
(*^^*)
第1章 Beginning
第9話 「消し炭とミフィ」
アナザーが俺の頭に住み着いてから10日が経った。
アナザーは驚くほど頭が良いのにはびっくりした。
宣言通り、1週間で俺に文字を教えたのだ。
アナザーが文字を覚えるのには、書き取りが大事だと言って、とりあえず毎日、読めない文字の書き取りをさせられたのだが、これがよかったのか、俺は文字の読み書きが出来るようになった。
頭と体で覚えるという事だろう。
考えてみれば、剣術や体術と同じなのだろうが、間違えると、すぐにアナザーが教えてくれたのもありがたかった。
おかげで文字がスラスラと読めるようになったので、ユンが大きくなったら、本を読んであげられる。
頼れるパパに一歩近づいた。
意外な事に、アナザーは料理にも詳しかった。
俺が森でイノシシを仕留めて、三日ほど経ってから、アナザーが俺に言ってきた。
「お口に合うかはわかりませんが。私に料理を作らせてもらえませんか?」
俺はアナザーからの、突然の申し出には驚いたが、ものは試しとやらせてみた。
用意したのは、イノシシの肉と脂身。
タマネギにイモと豆と。
小麦粉と卵と塩。
それに昨日の残りの黒パンが1個だ。
これで何が出来るのか?
全く想像も出来ない。
アナザーは1時間ほど料理をしていたが、驚くほど手際よく台所を動きまわり、さらには見事な包丁捌きをみせた。
『出来ました。』
そう言って、アナザーが作った料理を見て、俺は呟いた。
『これ…。ユーミに食べさせるつもりか?』
俺の前には、黒くて楕円形の消し炭みたいなのが、10個以上はある。
表面がゴツゴツとしているのが嫌だ。
こんなものが、うまいわけがないだろう。
だって真っ黒だもの!
消し炭だもの!
食べ物の色と形をしていないもの!
「見た目は悪いですが、味は大丈夫だと思いますよ。」
『そうかぁ~?これ、うまいかぁ?』
「ひとつ味見をしてみましょう。」
アナザーはそう言って、黒いやつをフォークで刺し、はふはふいいながら食べ始めた。
『いけますね。コショウがあればよかったのですが、無いなら無いでもおいしいですよ。あとはソースが欲しい所です。』
『コショウなんて高いもん。王族くらいしか食べないぞ?食ったことあるのか?』
『やはりコショウは高価なのですね。コショウは口にしたことがありますよ。お肉に振るとおいしいですよ。』
『いいとこのボンボンなんだな。』
『そんな事はないです。小金持ち程度ですよ。』
『そんなわけあるか!』
『私がいた所では、コショウは高価ではないのですよ。』
『うらやましいこった。』
『それではお二人に、食べてもらいましょう。』
アナザーはそう言って、食事の支度を進めた。
「出来ましたよ。」
アナザーがそう言って手を広げた。
テーブルには、パンとサラダ。
それと、黒い塊が載っている。
「これなに?」
ユンを抱いたユーミが、怪訝な顔つきで尋ねた。
「食べてみてください。お口に合わないようでしたら、私が全部いただきますので。」
「ふーん。」
ユーミはそう言うと、黒い塊にフォークを刺してかぶりついた。
もぐもぐと口を動かしながら、塊を食べていたユーミの動きが止まった。
『まずかったら、ペッてしなさい!ペッて!』
俺はそう言ったが、ユーミはキョトンとした顔で
「なにこれ!おいしいじゃない!サクサクしてて、ホクホクしてていいわ!」
そう言って、あっという間に1個平らげてしまった。
「パンにバターを塗って、サラダを挟んで食べても、おいしいですよ。」
「これ、なんていう料理?」
ユーミは瞳を輝かせながら言った。
「クロ…いえ、コロッケです。」
「コロッケ!これいいわね!作り方を教えてよ。」
ユーミは嬉しそうに言った。
「はい。あとでお教えしますよ。これでソースがあれば最高なのですが。」
「ソースか…。ちょっと待ってて。ミフィちゃん。ユンをお願い。」
「はい。」
ユーミはユンをミフィに預けると、すぐに台所へと向かった。
『おい!俺にも食わせてくれよ。』
『どうぞどうぞ。』
俺とアナザーは入れ替わり、俺はフォークを手にした。
黒い塊をフォークで二つに割り、片方を刺す。
鼻を近づけてみると、イノシシの油のいい匂いがする。
迷わず口に放り込み、ゆっくりと咀嚼を始めると、ホクホクとしたイモが、イノシシの旨味と甘いタマネギを纏わせながら、口の中いっぱいに広がった。
「こりゃうめぇ!」
俺は思わず声をあげた。
中に入っている豆が、いいアクセントになっている。
なるほど。
いつものスープの材料も、こう料理すれば全く違う味わいになるのか。
『パンに挟んでも美味しいですよ。』
「それもいいな!やってみるか?」
俺はそう言ってパンに手を伸ばした。
「ちょっと待って!これ付けて食べてみて!」
ユーミはそう言って、ドロドロとした真っ赤な液体の入ったお皿を手に、テーブルへとやって来た。
「これなに?」
「昨日の残りのトマトスープを、少し煮詰めてみたの。試してみてよ。」
ユーミはそう言って、お皿を俺に渡した。
「やってみよう。」
とは言ったものの、普段はトマトなんか塩振って齧るか、サラダに入ってるくらいしかしねぇ。
ソースにして食べるのは初めてだ。
俺はコロッケに、トマトのソースをかけて食べてみた。
「これは美味いぞ!」
俺はあっという間に、コロッケを平らげた。
「本当?」
ユーミは嬉しそうだ。
「こりゃ美味いよ!ユーミも食べてみなよ。」
俺はそう言いながら、腰のナイフを抜いて、パンに切れ目を入れた。
ユーミはコロッケにトマトソースをかけると、すぐに食べ始めた。
「やだ!すごく美味しいわ!」
ユーミは満面に笑みを浮かべている。
「パンに挟んでみるか?」
「いいわね!」
「俺が作るよ。」
「お願い!」
俺はパンの切れ目にサラダを敷き、その上にコロッケをのせてパンに挟むと、トマトソースをコロッケにかけた。
「はい。」
俺が出来上がったパンをユーミに渡した。
「ありがとう!」
ユーミは嬉しそうに言って、パンにかぶりついた。
「おいしー!」
ユーミは目をキラキラと光らせながら、もぐもぐとパンを食べている。
こんな顔をされたらたまらんね。こっちまで笑顔になってしまう。
「そうか?じゃあ俺も…。」
俺はパンにコロッケとサラダを挟むと、思い切りかじりついた。
あ、これはいい!シャキシャキのサラダと、カリカリホクホクのコロッケが、口の中で合わさって、非常に美味い。
何個でも食べられそうだ。
「美味いな!」
「これ、お弁当にもいいわね。」
「そうだな。今度、これを持ってピクニックにでも行こうか?」
「いいわね~。」
俺とユーミは、そんなことを話ながら夢中でコロッケを食べ続けた。
それほどまでに、コロッケはうまかった。
気がつけば、パンもコロッケも無くなっていた。
正直、俺もユーミもまだ食べたかったが、無くなってしまったものは、どうしようもない。
そう思っていたら、アナザーが話かけてきた。
『おいしかったですか?』
「うまかった!こんなに美味いもんがあるとは知らなかった!」
『では、今度はイノシシの肉を使って、メンチカツを作りましょう。メンチカツも美味しいですよ?』
「メンチカツ!なんだそりゃ?」
「メンチカツってなに?」
ユーミも不思議そうだ。
『それは食べた時のお楽しみです。』
「今度はメンチカツってやつを、作ってくれるんだってよ。」
「メンチカツ?どんなのかしら?楽しみね。ん?」
嬉しそうなユーミが、ユンを抱っこしながら、自分に嬉しそうな視線を送るミフィを見た。
「どうしたのミフィちゃん?」
「ずいぶんと嬉しそうだなと思って。」
ミフィはにっこりと笑いながら言った。
「そうか。ミフィちゃんは何も食べなくてもいいもんね…。」
ユーミは少し寂しそうに言った。
アンドローのミフィは何も食べない。
それでも食事時には、一緒にテーブルにはついてくれるのだが、見ている感じだと、ミフィは食べるということが理解出来ていないようで、ただ、楽しそうに食事をする俺とユーミと、ニコニコと笑いながら会話をするだけだ。
食べるという事は楽しみであり、幸せでもある。
ミフィはそれを味わえないのだから、俺とユーミはかわいそうな気もするのだが、本人は気にも止めていないようだ。
ミフィは大変優秀だ。
魔法も使えるので、たいていの家事は難なくこなせるし、お使いを頼んでも、びっくりするほど早く帰ってくる。
ミフィは常にユーミとユンのそばに居て、ユーミとは仲良く話をしているし、ユンの子守りもやってくれる。
ユーミもミフィのおかげで、家事も子守りも楽で楽しくなったと喜んでいるし、何より、ユンが喜んでいるのがわかる。
ユンのミフィへの懐きっぷりは、うらやましい限りである。
ユンはミフィを見かけると、ものすごく嬉しそうな顔をしながら、高速スーパーハイハイをしながらやってくるのだ。
高速スーパーハイハイはとんでもなく速い。
パパにもしてくれることもあるが、残念なことに、いつもパパには背中を向けている。
ミフィは、おむつ換えも抱っこも、寝かしつけも完璧だ。
これにおっぱいがつけば、ミフィはユンの2人目のママになれるだろう。
ユンはミフィか居れば、嫌な顔一つするどころが、常にご機嫌である。
あーあーと声まであげ、時にはなにやらミフィに話かけたりしているようだ。
もちろん、何を言っているかはわからないが。
抱っこをすると、ペチペチとほっぺたを叩かれ、おむつを換えると、鬼のようにキックの嵐をくらった挙げ句、かなりの確率でおしっこをひっかけられる、パパとは大違いだ。
世の中のパパはみんな、こんな感じなのだろうか?
ミフィがうらやまし過ぎて、泣きそうになる。
ミフィは眠らない。
そもそも、眠るという意味がよくわからないらしい。
だから夜は、いつもユンのそばにいて、子守りをしてくれている。
つらくないかと尋ねると、考え事をしているより、ユンを見ているほうが、楽しいらしい。
たとえユンが夜泣きをしても、ミフィがあっという間に寝かしつけるし、体調がおかしければ、すぐにベッドルームに来るように頼んであるので安心だ。
おまけにミフィのおかげで、俺とユーミの夜の時間は確保されたので、それにも感謝している。
まだ10日しか経っていないが、今のところはアナザーやミフィとの関係は、順調に行っていると思う。
食べ物や植物の名称なのですが、変えようかとも考えたのですが、読み手書き手ともに、意味のない言葉に頭を使うのもどうかと思い、そのまま引用することにしました。
芋は芋。
林檎は林檎。
桜は桜。
シンプルで良いかなと。
頭を捻って造語を作って、使えもしない言葉を覚えても仕方ないかなと。




