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7 悪しき魔神の異能

 ひとまず依頼達成の報告を済ませ、薬草採取の報酬を受け取り。

 ギルドから許可を得て敷地の一部を借り、喧嘩の準備が整えられた。

 冒険者同士の争いは日常的に起こり得るので、誰もが慣れた様子で流している。


「あの、えっと、わざわざお手数をおかけして申し訳ありません。ラングラルさん……」


 夜風を浴びて酔いが醒めたのか。ホーガンが弱々しい声で【鋼の華】に頭を下げている。

 強豪クランに喧嘩を売れば、今後の活動が厳しくなると本人が語っていただけに、必死だった。


「グハハハハ、気にすんな。冒険者と喧嘩は切っても切り離せない関係だ。俺様の方こそ邪魔をして悪かったな? アイツらの分も含めて迷惑料を支払ってやる! ん、どれだけ欲しいんだ? 希望を言ってみろ!」


「いえいえいえいえ、そんなのいただけませんよ! とんでもありません。はい、はい……!」


「だったら、もうこの一件は無事解決だ! グハハハハ!」


 ラングラルは萎縮するホーガンの肩を叩き、そして俺の前までやってくる。


「よぉ、久しぶりだな、オルガよ。最近は顔を見せてくれなくて寂しかったぜ?」


「おっさんはいつも元気だな。今年でもう四〇だろ? いい加減落ち着いたらどうだ」


「おうよ。俺様はまだまだ現役のつもりだからな、あと一〇年は戦えるぞ!」


 冒険者の全盛期は二〇代前半。三〇を超えた辺りで引退も視野に入る。

 四〇にもなって、現役で大暴れするなんてほんのごく一部の豪傑だけだ。


「まったく。【鋼の華】もしばらく見ない間におっさんの悪影響を受けすぎじゃないか? 何だ、あの暑苦しい応援団は、年甲斐もなく騒いで」


 ラングラルの後ろで筋肉男たちが「兄貴! 兄貴!」と連呼している。

 偶々通りがかった観光客や、その他冒険者も一夜限りの祭りに巻き込まれていく。


「きゃー! ラングラルーこっち向いてー!」


「そのデカい筋肉イカしてるぜー! 仕上がってる!!」


「【鋼の華】はいつ見ても漢臭い、だがそれがいい!」


 ラングラルたちを称える声援が続く。わざわざポーズまで取っている者も。

 何故か【蛇の足】の面々も無理やり参加させられていて、ホーガンも渋々叫んでいる。


「ガハハハハ、応援ありがとうよー! 俺様の自慢の可愛い同志たちだ。オルガ、お前の方は――ついにあの馬鹿(グラディオ)に【鍋底】を追い出されたんだってな? さっきエレナから話を聞いたぞ」


「まぁな。今は適当に、気楽にやっていこうと考えていたところだ」


 そこでラングラルは一転して、真剣な瞳をぶつけてくる。


「オルガ、何度でも言うが俺様のクランに来い。このままお前という才能を腐らせるのは人類の損失に繋がる。俺様と共に世界を取ろうじゃないか!」


 予想していた通りの反応に、俺はやれやれと肩を竦める。

 以前からラングラルは【鍋底】から俺を引き抜こうと躍起になっていた。


 過去何度か依頼で共同戦線を結ぶ機会があり、その過程で俺の何かに惚れたらしい。

 顔を合わせたらこうして面倒事になるとわかっていたので、会うのを避けたかったのだ。

 

「はぁ……再三言い続けているが、俺には”お前の望む才能”なんてものはないぞ?」


「それを判断するのは俺様だ。俺様は筋肉と人を見る目には自信があるんでな。自覚がないのか、もしくは隠しているか。お前は確実に何かを秘めている」


「その根拠のない自信はどこから来るんだ……?」


「グハハハハ、エレナも一緒に歓迎してやるぞ。嬢ちゃんは稀代の面白天才魔法士だからな! 日頃から体力不足のようだが、いかんぞ、筋肉が足りん! 俺様と明日からトレーニングだ!」


「え、えぇ……? 面白……? 筋肉……?」


 何を言っても通用しない、頭まで筋肉に染まった男に俺たちは苦笑するしかない。

 確かにこの男は人を正しく評価する目があるのだろう。【鋼の華】の繁栄を見れば明らかで。

 尊大な口の聞き方をする男ではあるが。住人や仲間から信頼されているのは周りの反応でわかる。

 

 しかし、だからこそ俺はラングラルの誘いを受ける訳にはいかないのだ。


「ところで、さっき喧嘩を預かったと言っていたが。まさか、俺は今からおっさんと戦うのか……?」


 話題を変える為に、騒動の発端となった喧嘩の話に戻す。


「おうそうだ。オルガ、聞こえていたぞ。お前契約獣を得たんだってな。そりゃもう、お前の才能を高く買っている身からすれば、是非とも実力を確かめたくてウズウズしているところだ」


「うえぇ……勘弁してくれ」


 ホーガン相手に殴られずに済んだと思ったら、余計酷い事になった。

 【蛇の足】の腰の入っていない拳なんて、別に大した痛手ではなかったんだが。


(ラングラルって、片手で鉄板を曲げられるほどの怪力だったよな……?)


 ◇


「主様、話し合いはどうなったのでしょうか?」


「ううむ、結局ラングラルとの喧嘩は避けられそうにない。参ったね」


 実力を試したいという明確な目的がある以上、棄権は許してくれなさそうだ。

 というより、あれだけ場を暖められると、こちらからはもう何も言えなくなるぞ。

 

「我があの無礼な蛇男の息の根を早々に止めていれば……!」


「まてまて、ギルド内での殺人は大問題だからな? できればもうちょっと血の気を抑えてくれリンネ。ラングラルが乱入してくるまで、生きた心地がしなかったぞ」


「わふぅ……申し訳ありません。主様」


 リンネは耳を垂らし、その場で座って反省のポーズを取っていた。

 数千年も人里から離れていたリンネに、人の常識を問うのも可哀想だが。

 今後も同じような騒動が続くと俺の身が持たない。我慢も覚えてもらわねば。


「わう!」

「わうわお~!」


 ガルムと、隣に一匹の白い狼が座っていた。一輪の花を咥えている。

 前足だけ黒い毛が輪っか状に生えていて、八の形をした困り眉が印象的だ。

 見覚えがあると思ったら、エレナに懐いていた子か。俺にも花を贈ってくれる。


 ラングラルとの喧嘩を前に何らかの意図があって、リンネが呼び出したらしい。


「おーい、こちらは準備が整ったぞ。オルガも早くしろ! でないと俺様の筋肉ショーが始まっちまう! うおおおおおおお、見よ、この鍛え抜かれた三角筋を! フンッ!!」


 ラングラルが観戦者たちの輪の中心で踊っていた。

 血が苦手なエレナは、少し後方で心配そうに見つめている。


「ふぅ。そろそろ覚悟を決めるか。骨の一本で済めば上出来か」


 Eランク【蛇の足】にすら敵わないというのに、相手はCランクを束ねる豪傑だ。

 おっさんは俺に隠された才能があると信じている。初手から本気で攻めてくるだろう。


 だが、こちらには見せられる才能なんて無いというのに。困ったものだ。

 とにかく致命傷さえ避け続け、適当にやり過ごしながら、頃合いを見て負けよう。

 

「お待ちください主様。我が一〇〇の悪しき魔神を封じ込めているのは覚えていらっしゃるでしょうか?」


「ん? ああ、ハッキリと覚えている。神獣であるリンネの使命だったよな?」


「実はそこには話の続きがありまして。封印の際に魔神の異能までも我は引き継いでしまったのです」


「それって……まさか、契約獣と同じ原理が適応されるのか?」


「はい。ご察しの通り、我と契約を結んでいる主様にも異能が扱えるはずなのです。我は封印を維持するので余力は殆ど残されておりませんが、器に宿る魔神の異能そのものは別物でありますから」


 テイマーは主契約した獣の能力の一部を身体に宿す事ができる。

 例えば火龍であれば、鋼をも弾く肉体と、炎への耐性が高まったりと。

 戦闘面での強化が期待できる。その他、種族によって臨機応変に立ち回れる。


 他の冒険者と比べて契約の負荷で身体能力が衰える分。

 契約獣の能力の恩恵に頼るのが、テイマーの基本戦術である。


 神獣リンネが、過去封印した闇の力を扱えるのだとすれば。

 契約者も一部を活用できるはず。しかも一〇〇体分の異能をだ。


「魔神の力か、そんなものを大手を振って扱えるのであれば、こと人間相手にはおいては無敵だな」


「安全面を考慮して、封印が不完全なものは省いておりますので。現状、行使できる異能は一〇〇ある内の二つのみですが……しかもその内の一つは、仮に制御ができたとしても場所を選びます」


「一つで十分。元は何もできない無能と呼ばれていた。それと比べたら大きな進歩だ」


 契約獣を持たない落ちこぼれ。自分をテイマーだと思い込んでいる異常者だの。

 周囲からさんざん揶揄されてきたのだ。神獣が隣に居てくれるだけで恵まれている。


 それにしても……よりにもよって魔神の力か。

 どうも俺はコイツとは逃れられない運命のようだ。


 意識を戻すと、リンネが見惚れるような美しい所作で俺の手を握っていた。


「我が主様は己をよく律し、悪しき力をも正しい方向へ扱えるとお見受けしました。これより、巨神サイクロプスの魂をお預けします。身体能力を、特に筋力面の強化を施す【神腕】の異能です!」


「わう、わお~ん!」


 リンネが命じると、困り眉の白い狼が俺の指を噛んだ。

 契約時と同じ感覚。体内に封印された悪しき魔神の異能が流れ込んでくる。

 左胸にある心臓部に吸収され、そして馴染みのある冷たさが全身へと広がった。


「力が、漲ってくる……!」


 試しに拳を握る。拾った石が簡単に砕けてしまった。

 扱いようによっては大参事だ、逆の意味で緊張してきたぞ。

 リンネに主様なら正しく扱えるはずだと言われたばかりだ。責務は果たす。


「話は済んだかオルガ。さっそくだが、お前の実力を試させてもらおう。今までずっと我慢してきたからな。身体が温まってるぜ!」


 ラングラルが鍛え抜かれた右腕を回し、原始的な圧を掛けてくる。


「我慢?」


「ああ、仮にもテイマーを名乗りながら契約獣を持たないお前さんを殴っちまったら、それはただの弱い者虐めだ。しかし、今日だけは本気でやり合える。なんせ、そこの白い狼と契約して、お前がテイマーとしてどの程度強くなっているのか俺様にはわからないからな。言っておくが、これは弱い者虐めにはならないぞ?」


 なるほど。俺の実力が明確になっていない今なら、全力で叩き潰せると考えたのか。

 仮に契約獣を得ても以前と変わらなければ、落ちこぼれのままなら彼の言う弱い者虐めになる。 

 しかし現状は契約してからの実績が皆無なので、ラングラルが本気を出しても咎める者は現れない。


「おい、そこまでして俺を殴りたいのかよ!?」


「おうよ。そのまま殴り返してきてもいいぞ! 俺様の胸板に飛び込んで来い!」


「この熱血脳筋オヤジめ!!」


「お、オルガくん……大丈夫?」


 【神腕】によって強化された事を知らないエレナが、不安げに言葉を掛けてくる。

 本来の俺の実力を知っていれば、万に一つも勝ち目がない勝負だとわかっているのだ。


「安心してくれ。俺は平気だ。……若干、不安はあるが」


「今からでもギルドに頼んで……中止にしてもらお? 怪我なんてしたら大変だよ……!」


「逆だよ逆。心配なのは相手の方だ」


 さっきから何度も力の調整をしているが、扱いが難しすぎる。

 油断すれば一撃で人体に風穴を開けてしまいかねない馬鹿力なのだ。

 

「おいおい。女子に構ってる暇はあるのか!?」


「いきなりかよっ!」


 突然、ラングラルが太い拳を振り下ろした。

 衝動的に横へと転がる。地面が揺れ、亀裂が入っていた。

 コイツも馬鹿力が過ぎる。こんなのに殴られたら普通に死ぬぞ。


「「「「うおおおおおおお!! 兄貴! 兄貴! ぶっ飛ばせえええええ!!」」」」


 応援団の声援に力が入る。熱気が目に見える形で夜空を漂っている。


「俺様の動きを捉えたな? 身体は固いが、いい眼をしてる。この大衆の場で隠された本気を引き出してやろう!」


「んなもんねぇよ! 俺はこれで精一杯だ!」


「ホラホラホラホラ、当たると泣くほど痛いぞ!!」


 更に連続で太い腕が振り回される。巨漢ながら俊敏な動きで拳が飛び交う。

 デカければ動きが遅いだなんて迷信だ。筋力の分だけ初速が付くに決まっている。

 体重差で足の速さでは勝てるかもしれないが、結局、スタミナ勝負で負けてしまう。


 こちらには魔神の異能があるとはいえ、【神腕】は一時的な腕力強化。

 全身をカバーできるような異能ではない。目を大きく開け、回避に専念する。

 しかも相手は超ベテランの冒険者だ。反撃も、ここぞという場面を見極める必要がある。


「……くっ!」


「口数も減ってきたな! さぁ、後がないぞ。俺様の拳は鋼をも貫く!」


 駄目だ。根本的に実力に差があり過ぎる。

 手加減だとか、余計な考えをしてる余裕がない。

 心臓に意識を向ける。僅かに、冷たい魔力を引っ張り出す。


 足元の砂利で身体が滑る。一瞬の重心のズレを見抜かれた。


「隙アリだ!」 


 勝利を確信したラングラルが、大胆な動作でこちらの懐に飛び込んだ。

 真下から顔面を捉えたアッパーカット。急所を避ける為に左手を差し込む。


 バシーーーーーーン


 手のひらから鞭で叩きつけるような音が響いた。

 骨に伝わる衝撃が、手元から身体の節々にまで伝わる。


「な……にぃいいいいいいいいいいい?」


「いってぇええ……! 本当に、泣くほど痛いな……!」


 俺は何も考えず防御の構えを取っただけ。

 観客たちの息を飲む音が鮮明に聞こえてくる。

 ラングラルにとって渾身の一撃が止まっていたのだ。

  

「……やっと、腕に馴染んだ。これが【神腕】か、痛みまでは防いでくれないのか……!」


「お、おおおおお!! これ以上腕が動かねぇ!? 俺様の自慢の上腕二頭筋、三頭筋、広背筋よ、応えろおおおおおお!!」


「「「「そんな、兄貴が力負けしたああああああああ!?」」」」


 筋肉一つでCランクまで到達した男の拳を、俺の細い片腕が封じ込めていた。

 ラングラルは鼻息を荒くし必死に抵抗しているが、こちらは鼻を掻く余裕すらある。

 古の時代に神々と争った魔物の祖の異能なんだ。普通の人間の力で、抗えるはずがない。


「や、やべぇぞ……オルガがエステルでも屈指の強豪【鋼の華】それも【鋼の肉体美】相手に善戦してやがる!?」


「馬鹿、善戦どころか圧勝ムードだぞ。アイツ先日までGランクの落ちこぼれだったはず、テイマーは主契約だけでここまで変わるのかよ!? まったく別人じゃねぇか!!」


「あの怪力は白い狼の能力なのか。……しまった、俺、さんざん悪口を叩いたぞ!」


 野次馬の冒険者たちが、まさかの大番狂わせに慌てだす。

 大体はGランクを馬鹿にしてきた連中だ。顔はよく知っている。

 ラングラルの利き腕を握りながら、徐々に反対方向へ曲げていく。


「どうだ、これで満足だろう。ラングラル!」


「グハハハ……これがお前の隠していた実力か! どうだ、俺様の目に狂いはなかったぞ!? やはりお前こそ【鋼の華】に相応しい……!」


 痛みに耐えながらも満面の笑みを返してくるラングラル。

 落ちこぼれと呼ばれる俺にしてやられて、それでも大層喜んでいる。

 やはり人としての器が違う。この男の下で働くのも、それは幸福なのかもしれない。


「……違う。これはリンネの協力で得たテイマーとしての実力だ。俺だけの力じゃない」


「ハッ、今日は良い面構えを見せるじゃねぇか。古巣を追い出され、塞ぎ込んでいるかと思ったが、いい出会いを果たしたようだな。……さぁ、勝者の特権だ。祭りの締めを盛大に決めろ!」


 望み通り、人差し指をラングラルの額に乗せ、一気に突き出す。

 後頭部から地面にぶつかり、ラングラルは白目を剥いて意識を手放した。 


「大変だ! ラングラルの兄貴が気を失っちまった!! みんな、急いで医務室に運ぶぞ!」


「「「「「わっせ、わっせ」」」」」


 【鋼の華】の面々が、気絶したリーダーを担ぎこの場を立ち去っていく。

 誰一人としてラングラルを責めず、また、俺に対して抗議する者もいない。


「【鋼の華】楽しかったぜー! これからもエステルをよろしく頼むな!」


「よっ、さすがラングラル。負け方も漢らしいぜ!」


 それどころか、観衆の暖かい拍手で送りだされていた。

 おっさんは街から愛されている。何だか羨ましい光景であった。


「さて、と」


 観戦していた【蛇の足】、ホーガンに視線を向ける。


「ひっ、脅して悪かった。悪酔いしていたんだ。許してくれ!」


「だったら今後は、お酒に飲まれずまっとうに活動すると約束してくれ。弱者から金品を脅し取るのは人として最低だぞ?」


「わかったわかった! もうやらないと約束するから! これまでGランク冒険者から脅し取った金も全部返す!」


「よし、言質は取った。ここに居る全員が証人だ。あと、場を収めてくれたラングラルに感謝しておいた方がいいぞ。最悪両者共にギルドから罰せられるところだったんだ」


 何度も頷いて、【蛇の足】は背中を向けて逃げ去っていく。

 観客たちも疎らになっていた。俺は息を吐いて緊張を解く。酷く疲れた。

 

「主様お見事です。初めての異能をこうも完璧に使いこなされるとは。力を預けた我も誇らしいです。本音を申しますと、あの蛇男にはもう少し痛い目を見て欲しかったのですが……」


「ん、まぁ俺たちGランクにも責任があるからな。それに怪我なんて負わせて脅し取ったお金を返せなくなった、なんて言われても癪だろ? せっかくただの喧嘩を祭りに昇華してもらったんだ、気分よく終わらせたいじゃないか。俺は別に人といがみ合う為に、冒険者になった訳じゃないからな」


 【鋼の華】の仕事には、街の治安維持もある。

 自警団が動き出す前に小さな揉め事を仲裁する役目だ。

 また【蛇の足】も素行が悪いだけで、犯罪者集団ではないのだ。

 

「強大な力を得て道を踏み外す者は数多くいます。かつて古の神々、神人ですら、悪しき闇へと堕ちた前例もあります。自我を失わず、相手を気遣う余裕も残していらっしゃる。これはもはや主様の才能と呼んで相応しいでしょう。――あの方と同じ魂の輝きです。……主様が、我の元へと戻ってきてくださいました」


 リンネは俺の身体を、今度こそは離さないとばかりに強く抱きしめてくる。

 情熱的だ。どう反応すればいいか一瞬悩んだが、背中に腕を回し軽くポンポンと叩く。


「それは褒めすぎだ。テイマーは本人の能力は微々たるもので、いつだって契約獣への感謝の気持ちを忘れるな。これは俺ではなく爺さんの教えだが、今後もリンネの期待にはできる限り応え続けるよ。それが俺が君に返せる感謝の気持ちだから」


「主様……主様」


 神獣リンネと契約したからといって、内面が何か大きく変わった訳でもない。

 彼女を失望させたくない気持ちが強いのだ。これがテイマーとしての自覚の芽生えか。


 ――そんなものが芽生える日が訪れるとは、夢にも思わなかったが。


「今日は【神腕】に助けられた。おかげで骨を折られずに済んだよ」


「わう~!」

 

 困り眉の白い狼にお礼を告げて、小さい頭を撫で回す。

 巨神サイクロプスの魂を宿すので、サイロという名を付けてあげた。

 サイロはガルムに飛び掛かると仲良くじゃれ合う。まるで姉妹のようだ。


「……オルガくん、ありがとう。その、庇ってくれて……腕、怪我してない?」


 エレナが俺の身体を注意深く確認する。血が苦手な癖に無理をする。


「大丈夫だって。俺より気絶したラングラルの心配をしてやった方がいいんじゃないか?」


 何となく気恥ずかしくなって、俺は冗談っぽく答える。


「……カッコよかったよ。とても、とても」


「落ちこぼれ同士助け合うのが信条だからな。あとで夕食でも奢ってくれよ。金欠なんだ」


「……ふふ、オルガくんのそういう飾らないところ、尊敬する。助け合い……だね?」


 【鍋底】時代では寧ろ、裏方仕事でエレナに助けられた記憶の方が多い。

 まだまだ恩は返し切れていない。とはいえ何もなしだと本人も気にするだろう。

 今晩の食事代でおあいこにしよう。エレナもこちらの意図を察してか笑顔で承諾してくれた。

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