表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/32

28 リンネの秘策

「グラディオ!? どうしてお前がここに!!」 


 クイーンを救ったのはグラディオの斧だった。

 その後ろには見覚えのある【鍋底】の後輩たちの姿も。


「それはこちらの台詞だ、オルガッ! 何故、お前はいつも俺の前を歩く、目障りなんだよッ!!」


 最悪だ。乱入者の存在だけでも想定外なのに、その人物がグラディオとは。 

 どうせ無理やり連れてきたんだろう。他のメンバーは恐怖に怯え足が竦んでいる。


「あ、ああ……ぐ、グラディオさん。本当にこんな事をして良かったんですか……?」


「俺たち、邪魔じゃないですかね。ラングラルさんたちに任せた方が……!」


「気にするな。俺たちがクイーンを倒せば誰も文句は言えない。魔物討伐は冒険者の当然の義務だ。まさか、Gランクだから参加資格がないとか言い出す訳ではないな? テメェがここに居るくらいだ」


「俺たちは自分の実力を認めてもらってこの場所に居る。グラディオ、【鍋底】の後輩たちを下がらせるんだ。怖がっているだろ、戦力にはならない!」


「今さら部外者が俺に指図するな!!」


「くっ、聞く耳持たずか」


 奇襲作戦が失敗に終わり、【鍋底】が無意味に場をかき乱していく。

 遠距離支援部隊も誤射を恐れ援護ができず、敵近衛部隊が息を吹き返していた。

 フェールはなんとかクイーンを狙い剣を振るうが、その都度グラディオが妨害する。


「俺の獲物だと言っているだろ!」


「ちょ、ちょっと……こんなところで争ってる場合じゃないでしょ!」


 体調が万全の状態であれば、グラディオごとき妨害も気にならなかっただろうが。

 渾身の一撃を躱され、フェールの身体は限界が近かった。足元もおぼついていない。


「黙れ、クランを維持するには実績が必要なんだよ! お前も【鍋底】ならわかるだろう!?」


「いやいや、だったら私が倒しても一緒の事じゃん! グラディオちんこそ何を言ってるの!?」


 支離滅裂な言動を繰り返し、グラディオが暴れ回っている。

 どうも様子がおかしい。アイツはあそこまで考えなしだったか。


「おい、お前たち早くしろ! このままでは雑兵どもが戻ってくるぞ!? 早くトドメを刺せ!!」


 ゲルドルクが剣を捨て盾を握り、防戦のまま自警団と兵士を受け止めていた。

 そうだ。グラディオたち【鍋底】を足すと、この場所に人数が集まり過ぎているのだ。


「「「「「ぐギャあああああああああああああああ」」」」」


 マイトの懸念していた通りの状況が生まれてしまった。

 感染者たちが俺たちの反応に引き寄せられ、この場に集まってきている。

 

「ラングラルの旦那、限界です! ここは皆さんだけでも引いてください!!」


 遠距離支援部隊が、背後から戻ってきた雑兵部隊に襲われていた。

 一人、また一人と感染していく。クロードさんの姿すらも埋もれていく。


「主様、我らはどうすれば!?」


 ここで逃げたら、マークハイトの軍隊が感染者を蹂躙する光景を見届けるしかなくなる。

 それだけは断固として避けなければならない。そうだ、初めから退路のない一発勝負なのだ。


「ラングラル!!」


 俺は万感の想いを込めて、街の為に死力を尽くす男の名前を叫ぶ。


「オルガ! 作戦は変わらずだ。あとはお前たちにすべてを託すぞおおおおおお!!」


 ラングラルが近衛部隊を薙ぎ倒しながら、集まる雑兵たちから傷を負いながら。 

 支配されるギリギリまで理性を働かせ、吠える。自慢の筋肉で敵を押し倒していく。 


「くそったれめ!! この俺を少しでも期待させたんだ、最期まで責任を負えよGランク!!」


 ゲルドルクも悪態つきながらラングラルに続いた。すべてを俺たちに託したのだ。


「主様! これが最後の機会です!!」


「わかっている! 二人の覚悟を無駄にするものか!」


 俺とリンネたちも持ち場を離れてクイーンへと突撃する。

 ラングラルとゲルドルクが稼いでくれた僅かな時間を頼りに。


「あぐ……眩暈が……地面が揺れて……もう少し、動け……よ!」


「くそっ、当たれ! 当たれよぉおおお!!」


 逃げるクイーンを、前方で先に二人が追っていった。未だ決着が付いていない。

 フェールの剣は力が籠っておらず、空振りしている。グラディオは技量が追い付いていない。


「おーほほほほ、やはり女王様の駒に相応しいのは自警団ではなく、このわたくしでしたわね!」


 近衛部隊の中で、特に怪我もなく残っていたリリリリカ嬢が乱入してくる。

 【雷光女伯】の二つ名を持つ彼女は、本気になれば今の二人では止められない。


「あら、そちらの殿方は――憎き【鍋底】のクランリーダー!? よくもまあ、わたくしの前に出て来られましたわね!」


「貴様は、そうか【猫髭】のリリリリカ……! ククク、アハハハハハハ!!」


 グラディオの顔が一瞬、黒く、醜悪に染まったように見えた。

 握り締めた斧を両手で大きく振り上げ、眼前の少女に殺意を向けていた。


「魔物の洗脳を受けた冒険者なら、相応の覚悟はできているだろう。これは、正当防衛だ!!」


「――――ッ、最低っ!!」


 フェールが咄嗟に、操られたリリリリカ嬢の腕を引いた。

 グラディオの斧が魔法士の身体を切り裂かんと、垂直に通り過ぎる。 

 ローブごと皮膚を掠めたのか、血が飛び散る。リリリリカ嬢は意識を失っていた。


「グラディオ、お前っ!! リリリリカ嬢を殺そうとしたな!?」


「ああ、そうだ。前々から俺に楯突いて気に食わなかった。俺からエレナを奪おうとした! 才能に恵まれ、持たざる者の気持ちを理解できず、嘲笑ってきた。殺されて当然の存在だ!!」


 今までの鬱憤を晴らすかの如く、グラディオは叫んだ。


「リリリリカだけじゃない。この場に揃うのは、俺たちを日頃から落ちこぼれと馬鹿にしてきた連中ばかりだ。それが揃いも揃って魔物に支配されて、笑えるよな!? オルガッ!! お前だって、同じだろう。心の底では連中への劣等感に苛まれ、憎いと思っているはずだ。自分とは違う連中が、自分にないものを持つ連中が。お前も好きにやればいい、殺せ、今なら誰も責める人間なんていやしない!!」


「……黙れ。お前と、一緒にするな!! 俺はそこまで堕ちてはいない!!」


「そうだよ、オルガはグラディオちんのような弱い人間じゃない! 自分の力で他人を見返して、認めてもらえる人間なんだよ。どうしてわかんないかな……! その苛立ちは、全部自分が生み出しているだけなのに!!」


「アハ、アハハハハ、気分が良い。ああ、今なら誰が相手でも負ける気がしない。次はラングラルを斬ってやろうか、ゲルドルクでもいいな。選びたい放題だ!」


「……オ、オオ、ウギギ」


 ゴブリンクイーン、いや、スライムドミネイターが大きく反応していた。

 【感染支配】が鈍っているのか、周囲の感染者たちに動きはない。その代わりにだ。

 グラディオに視線を向けて、闇の聖遺物――錫杖を差し出そうとしているように見える。


「あれは、いけません! 主様、奴がこの者に反応を示しました! 適合者と認めたのです!!」


 リンネが警告する前には、俺は動き出していた。


「グラディオおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 生まれて初めて出す、腹の底、魂から溢れ出た叫びだった。


「この馬鹿やろうがあああああああああああああああああああああああ!!」


「ゴガッ、グギャアアアアアアアアアアアアアア」


 【神腕】を込めた一撃を、グラディオの右頬にぶつける。

 奴は闇の聖遺物に見惚れていた為か、俺の拳を避けようともしなかった。

 前歯が砕け、骨が折れる音が続く。地面を何度も跳ね、倒れて、やがて動かなくなった。


「こ、殺した……? オルガ、もしかして殺っちゃったの……?」


 フェールも動揺したのか、唖然として俺の方を見ていた。

 同業者への故意の殺人は状況がどうであれ発覚すれば罪となる。

 身柄を拘束されギルドの検査も入るだろう。人造魔神の俺には致命的だ。


 だから――――殺してはいない。


「う……うがっ……あっ、ああ……」


 遅れてグラディオが呻き声を上げる。血を吐いていた。

 早とちりしたのだと気付いて、フェールが安堵の息を漏らす。


「…………」

 

 でも、俺は――内心ではコイツを殺しても構わないと思ってしまった。

 他者に劣等感を抱いている。その言葉に、激情してしまったのは間違いない。

 奴の血で濡れた拳を見下ろす。俺も本質は、グラディオと変わらないのかもしれない。


 普段は人の好い姿を装っていても、本質は醜い化物だ。自分に嫌気が差してくる。

 心臓から冷たい血が巡ってくる。憎いから殺すでは、罪を犯した人造魔神と一緒じゃないか。


「――いいえ。主様は、あの者とは違います」


 俺の背中を暖かく柔らかい何かが触れる。リンネが小さな身体で包み込んでいたのだ。


「主様はあの者を害することは簡単にできました。ですが、そうはしなかった。最後まで理性を働かせ、拳を直前で緩めたのです。それは命を奪わんと武器を振り下ろしたあの者との決定的な差です。似ているようで、違います。主様は正しく理性ある”人間”なのです」


 リンネは最後の、人間の部分を強調して。後ろから優しく手を握ってくれる。 

 彼女は俺の正体を知らないはず。だが、すべてを見透かされているような気持ちだ。

 俺の欲しい言葉であり、俺の劣等感を刺激する言葉でもある。今は――心が安らいでいく。 

 

「あーあ。これで作戦は失敗。私たち、囲まれちゃった」


 グラディオに構っている間に、俺たちの周囲には感染者たちが集まっていた。

 ラングラルにゲルドルクも支配され、敵側に回っている。クイーンはほくそ笑んでいる。


 だが、俺は一抹の不安もなかった。きっと彼女が傍で支えてくれているから。


「リンネ……ありがとう。大丈夫だ、俺はまだやれる。どんな時だってお前の期待に応えてみせる」


「我はいつだって主様を心から信じております。主様なら、どんな闇にも吞まれず打ち勝てると」


 そうして、リンネは前に立つ。白き獣を召喚する動きだ。

 彼女がやろうとしている事を、俺は理解していた。力強く頷く。


「ああ、頼む。リンネの秘策がどれだけ危険なものだとしても、俺は乗り越えてやる!」


「主様の声に応えてこそ神獣の本懐と言えましょう――――いでよ、怠惰の魔神ベルフェゴールの魂をその身に宿し白き獣よ!」


「ぐぅ……すぅ……くぅ……」


 召喚されたのは首回りが蒼い毛並みの、幼い狼だった。

 ベルフェゴールと呼ばれた彼女は、ベルフェと呼ぶべきか。

 眠り続ける白き獣は。幼い個体ほど強大な魔神の魂を宿している。


「この状況で呑気に寝てるんですけど……! 私よりやる気ないよ、あの子!?」


「主様、フェール様。どうかお覚悟を……」


「ぐぅ……わう? うぅ……うう……うおーーーーーーーーーーーーーん」


 ベルフェは目を覚ますと、鼓膜を震わす高く響き渡る鳴き声を発した。

 瞬間――魔力でできた薄い膜が広がり、街全域を覆って膨大な力が加わった。


「……がっ……な……んだ……これは……!」


 目に見えない力が、絶え間なく降り注いでくる。

 重い、身体が、動かない、脳が、思考を拒絶していく。

 全身を襲う倦怠感が、無を、闇を求め、眠りへ誘っていく。


「主様、ご無礼をお許しくださいませ!」

「わう!」

「うぅぅ!」

「ワウワウ!」


「ぐっ……うぅ!」


 リンネは俺の背中に飛び乗ると、鉄針を俺の腕に深く突き刺した。

 ガルムとサイロ、エゴームも足を噛む。鋭い痛みで、正気を取り戻した。


「これが、ベルフェゴールの異能、永久の眠りに誘う【怠惰の音】です。主様、気を確かに持ってくださいませ。主様が意識を失えば、異能を解除できず、領域内すべての生命が死に絶えるまで生命力を吸収され続けます!」


「な、なんて……力だ……!」


 一歩足を動かすだけで、激しい苦痛に歪む。息を吸うのですら苦しい。

 リンネが最後まで出し渋っていたのがわかる。これはあまりにも危険すぎる。

 何の覚悟もなくこの異能を発動していたら、数秒も持たずに俺は意識を失っていた。

 

「この隙にスライムドミネイターを倒してください! ベルフェゴールの深い眠りを確実に妨げるには、【感染支配】が必要なのです!!」


 【怠惰の音】によって、感染者たちが意識を失い次々と倒れていく。

 ゴブリンクイーンすらも痙攣し動きを止めていた。首元から黒影が動き出す。


 ブヨブヨした肉体を持つ、スライムドミネイターだ。聖遺物を背負っている。

 元は魔神の魂だけあって怠惰領域でも僅かに動けるようだ。ゆっくりと地を這い逃げている。 

 

 ここで奴を仕留めないと、これが正真正銘の最後のチャンスなんだ。


「あはっ……逃がさないよ。さんざん、苦労させてくれちゃって。私も、もう限界なんだから……!」


 スライムドミネイターの行き先に、フェールが剣を構えて待ち構えていた。


「フェール、動けるのか……!」


「うん……身体は、すっごい怠いけど、体調不良は、元々だから……ね」


 怠惰の作用も個人差があるのか、フェールは歯を食い縛り堪えている。

 俺は後ろからスライムドミネイターを脅かし、彼女の前へ無理やり導く。


「フェール、今だ、終わらせてくれ!!」

 

「これで――――おしまい!!」


 グチャ


 スライムドミネイターは剣圧に潰れ、闇となり霧散していく。

 街の住人の大半を支配した者の末路としては、至極あっけないもので。


「ヴウヴウ、ヴアウッ!!」


 支配者の亡骸の前で、赤い耳を持つ大人狼が錫杖の闇を喰らっていた。

 スライムドミネイターを封印する白き獣だ。彼女はスラネイと呼ぶ事にしよう。

 機嫌が悪いのかスラネイは唸りながら、呑気に眠っているベルフェの首元を噛んだ。


「ヴウウウ、ハヴウウウッ!」

「ぐぅ…………はっ、くぅん!?」


 スラネイの異能【感染支配】によって、ベルフェは強制的に叩き起こされる。

 すると、全身の倦怠感が消失する。同時に、腕と足に今も突き刺さる痛みが倍増した。


「あいたたたたたたたたたた!! リンネ、結構深くまで刺していたんだな!?」


「あ、主様、必要だったとはいえ、申し訳ありません。すぐに抜き取りますので!」

「くーん。ぺろぺろぺろぺろ」

「ぺちゃぺちゃぺちゃ」

「ワウ、ベロベロベロ」


 腕に刺さった数本の針が抜かれ、血が噴き出てくる。

 足元ではガルムたちが謝っているのか、噛み痕を丹念に舐めていた。 


「……疲れた。もう無理、死ぬ」


「っと、よく頑張ったな。フェール」


 その場に倒れたフェールを受け止めて、目にかかった前髪を動かす。


「もう一生分は働いたかも……たまには、こんな労働も悪くないか」


「ああ。しばらくは俺も働けとうるさく言うつもりはない。ゆっくりと休んでくれ。ありがとう」


「それでもしばらくだけなんだ……あはは。うん、オルガ。貴方の……役に立てて、良かった……ぐぅ」


 気を失ったフェールをベンチまで運び、俺も、腰を下ろして背中を預けた。

 街の各地では支配が解けたのか、目を覚ました人々が騒ぎ出している。長い一日の終わりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ