3 白い狼
「どうしたんだ、もしかして君は迷子かい?」
「くぅんくぅん。ごろごろごろごろごろ」
「……喉を鳴らして可愛い。ふわふわモフモフ」
白い狼の子供だ。この辺では一度も見かけたことがない。珍しい種だ。
持ち上げて身体を確認する。契約獣であれば何かしらの目印があるはずだが。
何も見つからない。野生の子だろうか、随分と大人しい子だ。細い眉が凛々しい。
「ぺろぺろぺろ」
「あはっ、くすぐったいな。俺なんか舐めても美味しくないだろうに」
白い狼は熱心に俺の頬に鼻をくっつけてくる。
傍で見ていたエレナが、身体を傾けて口元を緩ます。
「……オルガくん、この子に薬草採取を手伝ってもらう? 仮契約が、あるよね?」
「それは、やめておいた方がいいな」
「……どうして? せっかくの出会いなのに」
エレナが提案してくるが。俺は首を横に振るう。
テイマーの掟として、無作為に契約しないというものがある。
一時的な仮契約だとしても、俺たちが干渉しすぎると生態系が変わる。
そうなっては彼らの住まう環境を破壊しかねない。もちろん緊急時は例外だが。
誰の所有物かもわからない生物を、無断で操るのは論理的に問題があるのだ。
特に今は困った状況でもないし、薬草採取なら自分たちの力でもできるだろう。
説明すると、エレナは「残念」と諦めた。白い狼を下ろして俺たちは歩みを進める。
「わうっ! へっへっへっ。う~、わう~♪」
すると、白い狼がすぐ後ろを追いかけてきていた。
わざと迂回しても、ピッタリと傍を離れずくっついてくる。
立ち止まると、背中に飛びつかれた。もそもそと頭の天辺まで登ってくる。
「はむはむ。ごろごろごろごろ」
「どうやら懐かれてしまったようだ。夢中で髪の毛を齧ってるぞ。よ、涎が……!」
「……あはは、オルガくん似合ってる。さすが、テイマーさんだね?」
珍しく感情を表に出して笑うエレナ。よっぽど白い狼が気に入ったのか。
「いやいや笑い事じゃないぞ? 契約もしていないのに、これじゃ無責任な親みたいなものだ」
「オルガくん、昔から真面目だよね」
白い狼が俺の耳をぺろぺろ舐めてくる。甘噛みしてきてちょっとだけ痛い。
テイマーは獣に好かれやすい体質らしいが、初対面でここまで懐かれるのは稀だろう。
「ごろごろごろごろ」
白い狼は満足したのか、俺の頭から飛び降りると今度は地面を転がる。
お腹を見せて自分の尻尾を追いかける。落ち着きのなさがまさしく子供だ。
両親もしくは飼い主を探してあげる必要があるな。
人の街に近いとはいえ魔物が出没する危険な森がある。
きっと一匹では心細いのだろう。責任を持って帰さないと。
「ああ……お持ち帰りしたいなぁ」
エレナが白い狼の愛らしさにやられていた。両手で柔らかそうなお腹を撫でている。
そういえば昔からモフモフした生き物が好きだったな。かくいう俺もモフモフ好きである。
「……はっ、わうわう~」
「あ、こら、ダメだぞ。そっちは森があって危ないんだ。っておい、待てって!」
「オルガくん。急いで、あの子を追いかけよう!」
短い足を小刻みに動かし跳ねながら、白い狼が森へと進んでいく。
俺たちもその後をついていく。薬草採取をしている状況じゃなくなった。
足の速さでは勝ち目がないが、無駄な動きが多いので追いかけるのは苦ではない。
一〇分ほど森の中を彷徨うと、白い狼が立ち止まって尻尾を立てていた。
「はぁはぁ……ふぅ。やっと追い付いた。元気な子だね」
体力のないエレナは肩で息をしながら、白い狼の後ろに立つ。
俺も遅れて到着すると、瞬間、魔の気配を感じ取った。心臓の鼓動が警告している。
「……エレナ、気を付けた方がいいぞ。奥に魔物が潜んでいるようだ」
「えっ……?」
「ぐるるるるる……わうわう!」
白い狼が威嚇する。前方の茂みが、激しく揺れ動いていた。
現れたのは、尖った鼻が特徴的な人型の魔物。鋭利な短剣を持っている。
既に狩りを終えた後なのか、先端に赤い血の装飾が滴っていた。動物の血だ。
「あれは、ゴブリンだよ……オルガくん、どうしよう?」
「狩場がこの辺りだとすると、近くに巣でも作っているのか。これは困ったな」
ゴブリンはFランクに属し、初心者が一番最初に相手するような魔物である。
コイツを一人で倒せる実力者ならば今頃、最底辺のGランクなんて名乗っていない。
【鍋底】では常に三人で一匹を相手するよう心掛けていた。しかし今は二人だけである。
エレナが唇を噛んで苦々しい表情を浮かべる。足が竦んでしまっている。
「うぅ……あの赤いのって……血だよね?」
「奴は俺が見ているから、エレナは視線を向けなくていい」
「う、うん。ごめんね……」
Gランク冒険者の多くは単純に実力がないか、もしくは致命的な欠点を持つ。
俺の場合は主契約を結んだ契約獣がいない点。エレナの場合、血液恐怖症である。
血が苦手なのに何故冒険者を? となるが、人にはそれぞれ事情というものがあるのだ。
それに魔物との戦闘だけがすべてではない。もちろん戦えるに越した事はないが。
【鍋底】ではエレナも俺と同じく、後方で雑用係を務めていた。つまり荷物持ちである。
「とはいえ、血が苦手でもエレナには得意の魔法があるだろう? 今日は邪魔な観衆もいないが」
「……私、魔力制御が下手だから。きっと先に、森の方を焼き尽くすと思う……」
「容易に想像できるな……。本気を出せれば同年代では最強格なのに、本当、難儀な才能だよ」
上位ランク顔負けの潜在能力を持ちながら、血が苦手でまともに戦えず。
生まれ持った莫大な魔力が仇となって、初級魔法ですら碌に制御できないという。
人に誇れる才能がない俺からしたら、羨ましく思うが。彼女にとっては大きな悩みであろう。
「しょうがない。ここは無理せず白い狼を連れて逃げよう。どうせ今は戦うだけ損だ」
「……そうだね」
ゴブリンも数の多いこちらを警戒しているのか、立ち止まったままだ。
ゆっくりと視線を逸らさず隙を伺う。先頭に立つ白い狼を抱きかかえようとすると。
「うぅーわうわう!」
俺の手をすり抜け白い狼がゴブリンに飛び掛かった。
相手に抵抗の隙も与えず、鋭い牙で喉元に喰らい付く。
「グギャアアアアア」
「……凄い、一回り大きな魔物を圧倒してる」
血を見ないよう手で覆い隠しながら、エレナが音だけで白い狼の強さに驚く。
「ただの子供狼ではなさそうだ。やはり誰かの契約獣なんだろうか?」
ものの数秒足らずで、白い狼がゴブリンを魔石へと変える。
魔物は絶命すると魔力核を残す。これが道具の素材となったりするのだ。
「わうっ! わんわお!」
白い狼が魔石を咥えて戻ってくる。俺にプレゼントしてくれるらしい。
なんて優しい子なんだろうか。お礼に頭を撫でると、嬉しそうに目を閉じていた。




